【推しの子】もしも星野アイの隣人が天才外科医だったら〜命を救う、その先へ〜 作:ペンギンって可愛いですよね
その日の夕方、アクアとルビーが勉強を終えたあと、アイは二人から今日の出来事を詳しく聞いていた。
どうやらアイが買い物へ出かけている間、ルビーは庭で遊ぶことに飽き、以前アクアから言われた「少しは勉強しろ」という言葉を思い出したらしい。
そこから家にあった小学四年生の算数ドリルを始め、あっという間に最後まで解いてしまった。
さらに物足りなくなったルビーが他に何かないかと尋ねたところ、アクアが自分の部屋から中学数学の問題集を持ってきたという。
アイが帰ってきたのは、ちょうどアクアがルビーに数学を教えている最中だった。
事情をすべて聞いたアイは、自室へ入るとスマートフォンを手に取った。
どうしても、この驚きを誰かに伝えたかった。
相手はもちろん、苺プロダクション社長・斉藤壱護。
数回のコール音のあと、電話が繋がる。
『もしもし』
「社長!」
アイは開口一番、大きな声を上げた。
『おっ、どうした?』
「聞いて聞いて!」
「ルビーも天才だった!」
『……は?』
壱護は思わず聞き返した。
『今なんて言った?』
「だから、ルビーも天才だったの!」
『ちょっと待て』
『順番に話せ』
「今日ね、私が買い物に行ってる間に、ルビーが家にあった小学生の算数ドリルをやり始めたんだって」
『ほう』
「そしたら、あっという間に全部終わらせちゃったみたい!」
『四歳でか?』
「そう!」
「私も聞いてびっくりしたんだけど、それだけじゃないの!」
『まだあるのか……』
壱護は嫌な予感がした。
「ルビーが『他に何かない?』って言ったら、アクアが自分の部屋から中学数学の問題集を持ってきたんだって!」
『……中学数学?』
「うん!」
『いや、何でそんなもんまで部屋にあるんだよ……』
壱護は思わず頭を抱えた。
アクアが大学数学の本を読んでいることは知っている。
だが、その部屋に中学数学の問題集まで置いてあるとは思わなかった。
「それでね、最初はルビーも全然分かんなかったみたいなんだけど」
『まあ、そりゃそうだ』
「アクアが一から教えたら、どんどん理解していって!」
『理解したのか?』
「うん!」
アイの声がさらに弾む。
「私が帰ってきた時には、まだ基礎だけど、自分で問題を解けるようになってた!」
電話の向こうで壱護はしばらく黙っていた。
やがて、小さく息を吐く。
『……あの双子、どうなってんだ』
アイは苦笑した。
「私も同じこと思った」
「アクアだけでも十分すごいのに、ルビーまでだもん」
『アクアは大学数学を読んでる』
『ルビーは中学数学を理解し始める』
『……普通じゃないな』
「うん……」
アイも苦笑いする。
「普通の四歳児なら、まだ幼稚園で遊んでる年齢なのにね」
『まあ、ルビーは今日も最初は遊んでたんだろ?』
「そうみたい」
アイは笑いながら答えた。
「朝から庭で遊んでたんだけど、お昼前には飽きちゃって、それで『勉強してやる!』って始めたんだって」
『ははっ』
壱護は思わず笑った。
『そのきっかけも変わってるな』
「アクアに『少しは勉強しろ』って言われたのが悔しかったみたい」
『なるほどな』
壱護は納得したように頷く。
『でも、それで本当に勉強するのは偉いじゃないか』
「そうなの!」
「しかもアクアに『地頭はそんなに悪くない』って褒められて、すっごく嬉しかったんだって」
『そうか』
壱護は少し笑みを浮かべる。
『兄妹で教え合えるのはいいことだ』
「うん」
アイも優しく微笑んだ。
アクアは何だかんだ言いながら、ルビーが分からないと言えば一から教えている。
ルビーもそんな兄に褒められたことが、よほど嬉しかったらしい。
その話を聞いた時、アイまで嬉しくなってしまった。
しかし、少しの沈黙のあと、壱護の声が真面目なものへ変わった。
『でも、一つだけ気を付けろ』
「うん?」
『あまり外では、こういうことをさせない方がいい』
「……やっぱり?」
『家の中ならいい。だが、幼稚園や人前で同じことをやったら目立ちすぎる』
アイの表情も引き締まる。
「……それは私も思った」
『アクアだけでも十分目立つんだ』
『ルビーまで四歳で中学数学をやってるなんて知られたら、本当に騒ぎになるぞ』
「分かった」
「二人にも言っておく」
『頼むぞ』
「うん」
電話を切ると、アイはスマートフォンを置き、静かにリビングへ戻った。
すると、アイは足を止めた。
勉強はもう終わったはずなのに、机ではアクアが本を読んでいる。
そして、その隣ではルビーが先ほど教わった文字式をノートに何度も書いていた。
どうやら、よほど楽しくなってしまったらしい。
「お兄ちゃん、これ合ってる?」
ルビーがノートをアクアへ見せる。
アクアは本から視線を外し、書かれた式を確認した。
「ああ、合ってる」
「やった!」
ルビーは嬉しそうに笑う。
「じゃあ、これは?」
「それは違う」
「えっ!?」
「ここ。符号が逆だ」
「あっ、本当だ!」
すぐに消しゴムを手に取り、書き直していく。
そんな二人を少し離れたところから眺めながら、アイは自然と笑みを浮かべた。
四歳の子供が大学数学の本を読む。
四歳の子供が中学数学を教わり、楽しそうに問題を解いている。
どう考えても普通ではない。
けれど、アイにとっては、そんなことよりも二人が楽しそうにしていることの方が嬉しかった。
「ほんと……すごい双子なんだから」
その声は、誰にも聞こえないほど小さかった。