【推しの子】もしも星野アイの隣人が天才外科医だったら〜命を救う、その先へ〜 作:ペンギンって可愛いですよね
休日の午後、悠真は都内でも有数の蔵書数を誇る図書館を訪れていた。
病院にも専門書は数多く揃っている。
しかし、今日調べたいのは少し古い医学論文や海外の文献だった。
病院では見つからない資料も、この図書館なら所蔵していることが多い。
「やはり、こちらにありましたか」
目的の本を見つけると、悠真は静かに席へ座り、ページをめくり始めた。
館内には静かな時間が流れている。
本をめくる音。
鉛筆が紙を走る音。
時折聞こえる足音だけが、静寂の中へ溶け込んでいた。
二時間ほど調べ物を終えた悠真は、借りる本を探すため医学書の棚を歩いていた。
その時だった。
「……あれ?」
少し離れた閲覧席に、一人の金髪の少年が座っている。
机いっぱいに専門書を広げ、夢中になってノートへ何かを書き込んでいた。
(あの子は……)
悠真は足を止める。
四歳だった頃と比べれば、身長も伸び、顔立ちも随分と大人びいている。
それでも見間違えることはなかった。
(アクア君ですね)
もう十歳。
小学四年生になっていた。
しかし、本人は勉強へ完全に集中しているらしく、悠真が近くまで来ても全く気付いていない。
(何を読んでいるのでしょう)
悠真は視線を机へ向ける。
そして、小さく目を見開いた。
「これは……」
『外科学総論』
『腹部外科』
『血管吻合』
『人体解剖学』
『麻酔管理』
机に並んでいるのは、どれも医学部の学生でも難しい専門書ばかりだった。
ノートには人体の構造が細かく描かれ、術式ごとの流れまで丁寧にまとめられている。
どう見ても、小学四年生が勉強する内容ではない。
(驚きましたね……)
悠真は思わず感心した。
すると、アクアが一冊の本を前に腕を組む。
「……ここは」
「いや、この方法だと危険か」
どうやら術式について考え込んでいるようだった。
悠真は静かに後ろへ回る。
足音を立てないよう慎重に近付き、アクアのノートへ目を通した。
「アクア君」
「その術式でしたら、こちらの方法の方が安全ですよ」
「血管を先に処理してから切除した方が、出血量も少なく済みます」
突然、真後ろから声がした。
「っ!」
アクアの肩が大きく跳ねる。
驚いて勢いよく振り返ると、一人の青年が穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
白衣は着ていない。
だが、その顔を忘れるはずがない。
自分とルビー。
そして母・アイの命まで救ってくれた恩人。
日本最高峰とまで言われる天才外科医。
神崎悠真だった。
「……先生」
思わず、その言葉が漏れる。
悠真は優しく微笑んだ。
「久しぶりですね、アクア君」
アクアはしばらく言葉が出なかった。
テレビで何度も名前を聞いた人物。
自分が最も尊敬している医師。
その本人が、今、目の前にいる。
胸の鼓動が自然と速くなる。
悠真は机に広げられた本へ目を向け、少しだけ驚いたように笑った。
「そういえば、アクア君」
「前にお会いした時も医学に興味があるようでしたが……」
「今読んでいるのは、外科の本ばかりですね」
アクアは小さく頷く。
「はい」
悠真は続けて尋ねた。
「アクア君は、外科医を目指しているのでしょうか」
その質問に、アクアは少しだけ目を伏せる。
前世の自分は外科を諦めた産婦人科医だった。
だが、今の自分には新しい目標があった。
もう迷いはない。
アクアは悠真を真っ直ぐ見つめ、はっきりと答えた。
「はい」
「僕は……先生みたいな外科医になりたいです」
その言葉を聞いた悠真は、一瞬だけ目を丸くした。
そして、どこか照れくさそうに笑う。
「それは光栄ですね」
「ですが、外科医という仕事は決して楽な仕事ではありません」
「一つの判断が患者さんの命を左右します」
「何時間も手術室から出られない日もあります」
「それでも目指したいと思えますか」
悠真の問いに、アクアは一切迷うことなく頷いた。
「はい」
「僕は、その覚悟で勉強しています」
その真っ直ぐな瞳を見て、悠真は自然と微笑んだ。
十歳の子どもとは思えないほど強い覚悟が、その瞳には宿っていた。