【推しの子】もしも星野アイの隣人が天才外科医だったら〜命を救う、その先へ〜 作:ペンギンって可愛いですよね
「僕は、その覚悟で勉強しています」
その真っ直ぐな瞳を見て、悠真は自然と微笑んだ。
十歳の子どもとは思えないほど強い覚悟が、その瞳には宿っていた。
しばらく二人は声の大きさを抑えながら話を続けた。
図書館という場所柄、大きな声は出せない。
そのため自然と耳打ちするような距離になる。
「ところでアクア君」
「今日は一人で来たんですか?」
悠真が尋ねると、アクアは小さく頷いた。
「はい」
「ここなら一人で来てもいいって、お母さんから許可をもらっています」
「スマホの位置情報も共有しているので、今どこにいるかはお母さんにも分かるようになっています」
その答えに悠真は安心したように息を吐く。
「そうでしたか」
「それは良かったです」
「勝手に一人で来ているのかと思ってしまいました」
その瞬間、アクアは少しだけ頬を膨らませた。
「先生は俺を何だと思ってるんですか」
少しむっとした表情で小声のまま抗議する。
その姿は、さっきまで医学を語っていた少年と同一人物とは思えないほど年相応だった。
悠真は思わず苦笑した。
「ごめん、ごめん」
「アクア君なら、そんなことはしませんよね」
「……分かればいいです」
そう言ってアクアは小さく咳払いをする。
だが、その表情はどこか嬉しそうでもあった。
「では、続きを話しましょうか」
「はい」
そこから再び二人の医学談義が始まった。
外科医に必要な資質。
術前の判断。
手術中に最も重要なこと。
術後管理。
海外で発表された新しい術式。
論文に書かれている内容への疑問点。
アクアが質問すると、悠真が答える。
その答えに対して、アクアがさらに疑問をぶつける。
今度は悠真が少し考え、自分の考えを話す。
まるで大学の医局で医師同士が議論しているような光景だった。
気が付けば二時間近くが過ぎていた。
「……」
「……」
ふと二人は同時に周囲を見回す。
(これ……)
(誰かに見られたら絶対変な顔をされますね)
悠真は心の中で苦笑した。
一方のアクアも全く同じことを考えていた。
(十歳の小学生と現役の外科医が二時間も外科について討論してるとか、普通じゃないな)
すると、その時だった。
「あ、いたいた!」
図書館の入口から聞き覚えのある声が響く。
「アクア!」
「もうすぐ夜ご飯だから帰ってきて!」
アイだった。
その後ろからルビーもひょこっと顔を出す。
「お兄ちゃん!」
二人はアクアのいる席まで歩いてくる。
そして机いっぱいに広げられた専門書とノートを見て、
「え?」
さらに、その向かい側に座る人物を見た瞬間、
「先生!?」
アイは驚いて目を丸くした。
「お久しぶりです!」
「何でここにいるんですか?」
「もしかして、アクアのこと見ていてくれたんですか?」
ルビーも満面の笑みで悠真を見る。
「先生だ!」
「久しぶり!」
悠真は優しく笑いながら首を横に振った。
「いえ」
「今日は私が調べ物で図書館へ来ていたんです」
「そこで偶然アクア君を見つけまして」
「外科の勉強をしていたので、少し一緒に討論していました」
「…………」
その一言で、アイとルビーの動きが止まる。
二人は机の上の医学書を見る。
次にノートを見る。
最後にアクアを見る。
「…………」
「…………」
どこか引いたような視線だった。
アクアが眉をひそめる。
「なんだよ」
アイは額へ手を当て、大きくため息をついた。
「いや……」
「十歳のやることじゃないでしょ……」
ルビーも何度も頷く。
「そうだよ、お兄ちゃん!」
「普通は漫画とか読んだり、ゲームしたりする年齢だよ?」
さらにアイは悠真へ視線を向けた。
「それに先生!」
「何、一緒になって楽しそうに討論してるんですか!」
「普通は止める側でしょう!」
思わぬツッコミに、悠真は困ったように苦笑する。
「その……」
「最初は少し助言をするだけのつもりだったのですが」
「話しているうちに、私も楽しくなってしまいまして……」
少し申し訳なさそうに頭をかく悠真。
その姿を見てアクアが口を開く。
「先生だけじゃありません」
「俺も楽しかったです」
その一言で、アイとルビーは同時に顔を見合わせた。
そして、息ぴったりに言う。
「「やっぱり変わってる……」」
その場にいた四人は、一瞬静まり返る。
次の瞬間、
「ふふっ」
悠真が吹き出した。
それにつられてアイも笑い、ルビーも笑う。
少し遅れてアクアも小さく笑みを浮かべた。
静かな図書館の一角には、小さな笑い声だけが穏やかに響いていた。