【推しの子】もしも星野アイの隣人が天才外科医だったら〜命を救う、その先へ〜 作:ペンギンって可愛いですよね
それから十か月後、アクアとルビーは小学五年生になっていた。
学校生活にもすっかり慣れ、以前と変わらず勉強に励みながら、それぞれ充実した毎日を送っている。
そんなある日、ついに、五反田監督が手掛けた映画の公開日が正式に発表された。
幼い頃に離ればなれになった男女が、十五年前に交わした合言葉を頼りに再会を目指す物語。
公開日とあわせて、出演者やあらすじ、ポスタービジュアルも解禁される。
その知らせはニュースサイトや映画情報誌で大きく取り上げられた。
しかし、映画業界の関係者たちが注目していたのは、主演俳優や五反田監督の新作という部分だけではなかった。
「なあ、五反田監督の新作に出ている子役の噂、聞いたか?」
「聞いた」
「撮影に参加した人間が、みんな同じことを言ってるらしいな」
「子役がとにかくヤバかった、って」
撮影が終わってから十か月。
アクアとルビーの演技は、作品が公開される前から役者や制作関係者の間で噂になっていた。
主演俳優。
相手役の女優。
共演者。
撮影スタッフ。
映画の撮影に関わった者へ二人のことを尋ねると、誰もが口を揃えて同じように答えた。
「あの二人は普通じゃない」
「本当に子供なのか疑いたくなる」
「幼少期の場面だけで泣かされた」
「映画が公開されたら、絶対に話題になる」
まだ完成した作品を一般の人間は誰も見ていない。
予告映像すら公開されていないにもかかわらず、二人への期待は少しずつ高まっていた。
しかも、その噂をさらに加速させる理由があった。
アクアとルビーは、この十か月間、芸能活動を一切していなかったのだ。
映画の撮影を終えたあと、テレビ番組にも出演していない。
ドラマにも出ていない。
雑誌の取材や広告の仕事も受けていなかった。
映画の情報が解禁されるまで、表舞台から完全に姿を消していた。
「撮影現場では天才扱いされたのに、そのあと仕事をしてないらしいぞ」
「どういうことだ?」
「事務所が映画の公開まで隠してるんじゃないか?」
「話題作りのための戦略かもしれない」
「いや、五反田監督が次の作品にも呼びたがってたらしい」
「それを断ったって話もあるぞ」
情報が少ないからこそ、さまざまな憶測が広がっていく。
しかし、実際の理由はそれほど複雑なものではなかった。
二人はまだ小学五年生。
芸能活動よりも優先したいことが、いくつもあった。
アクアは医学や考古学に関する文献を読み、自分の興味を持った分野をさらに深く学んでいた。
ルビーも数学の勉強を続けながら、歌やダンスのレッスンを楽しんでいる。
もちろん学校生活も大切だ。
友人たちと遊ぶ時間もある。
二人にとって芸能活動は、人生のすべてではなかった。
特にアクアは、役者や芸能活動そのものに熱心なわけではない。
今回映画へ出演したのも、初めて映画へ出演するルビーが心配で付き添ったという理由が大きかった。
役者として成功したいという夢はない。
自分から積極的に仕事を受けたいとも思っていなかった。
それに、映画がまだ公開されておらず、演技を世間へ披露していない二人に、本格的な芸能の仕事が次々と舞い込むはずもなかった。
全国学力調査で一位になったことで知名度は上がった。
しかし、それは「天才小学生」としての評価であり、「天才子役」としての評価ではない。
その実力を知っているのは、撮影現場にいた人たちだけだった。
一応、五反田監督からは何度か連絡が来ていた。
「次のドラマに出てみないか?」
「二人にぴったりの役がある」
「短期間の撮影でもいい」
監督は二人の演技を高く評価しており、ぜひ別の作品にも出演してほしいと考えていた。
しかし、そのたびに二人の返事は変わらなかった。
「映画が公開されるまで待ってください」
アクアがそう答えると、ルビーも笑顔で頷く。
「私も映画を見てもらってから、次のお仕事を考えたいです」
五反田監督は苦笑しながら頷いた。
「分かった。だが、公開されたら忙しくなるぞ」
ルビーは不思議そうに首を傾げる。
「そんなにですか?」
「ああ」
「お前たちの演技を見たら、放っておく監督なんていない」
「特にルビー……初出演とは思えない演技だったからな」
「えへへ……」
ルビーは照れくさそうに笑う。
一方のアクアは、小さくため息をついた。
「面倒なことにならなければいいんですが……」
「お前はもう少し役者としての自覚を持て」
五反田監督が呆れたように言う。
「別に役者を続けるつもりはありません。ルビーがやりたいと言うから出ただけです」
「お兄ちゃん、それ何回言うの?」
ルビーが頬を膨らませる。
「本当のことだろ」
「でも撮影中はすっごく真剣だったじゃん!」
「やる以上は手を抜かないだけだ」
そんな兄妹のやり取りを見ながら、五反田監督は苦笑した。
本人は付き添いのつもりでも、その付き添いで見せる演技が、第一線で活躍する役者たちを驚かせるほどなのだから。
そして、映画の公開日が発表されたことで、これまで業界内だけに広がっていた噂が、少しずつ世間にも広がり始める。
「あの天才双子が映画に出るらしい」
「全国一位だった子たちだよね?」
「演技も天才らしいよ」
「撮影に参加した役者さんがみんな絶賛してるって」
まだ予告映像すら公開されていない。
それでも、人々の期待は日に日に大きくなっていく。
十か月間、静かに時を待ち続けた二人。
その才能が、いよいよ全国へ知られる日が近づいていた。