【推しの子】もしも星野アイの隣人が天才外科医だったら〜命を救う、その先へ〜 作:ペンギンって可愛いですよね
映画公開まで、あとわずか――。
その頃、有馬かなは都内のローカル番組のロケを終えていた。
「はい、お疲れ様でしたー!」
スタッフの声が響く。
「お疲れ様です」
かなは笑顔で頭を下げる。
カメラが止まると同時に、その笑顔も少しだけ消えた。
控室へ戻る途中、スタッフたちの話し声が耳に入る。
「そういえば、今度公開される五反田監督の映画知ってる?」
「ああ、あの天才双子が出るやつだろ?」
「アクアとルビーって子役らしいな」
「撮影に参加した役者全員が、演技がヤバかったって言ってるらしいぞ」
「まだ公開前なのに、業界ではかなり話題みたいだ」
かなは思わず足を止めた。
(アクア……ルビー……)
(映画に出るんだ)
その噂は、かなの耳にも何度も入っていた。
今度公開される映画で、アクアとルビーが子役として出演するらしい。
しかも、撮影に参加した役者やスタッフ全員が口を揃えて絶賛しているという。
「子役がヤバい」
「本物の天才」
「公開されたら絶対話題になる」
そんな話ばかりだった。
(いいなぁ……)
かなは小さく笑う。
自分は今、仕事がほとんどない。
それなのに、まだ作品が公開されてもいない二人は、噂だけで業界中の注目を集めている。
正直、羨ましかった。
(私も昔は……)
"天才子役"
そう呼ばれ、ドラマや映画へ次々と出演していた。
監督たちから指名されることも珍しくなかった。
しかし、それはもう過去の話。
成長するにつれ仕事は減り、気付けばオーディションにもなかなか受からなくなっていた。
今の仕事と言えば、地方局のローカルロケ番組くらい。
食レポをしたり、街を歩いたり。
決して嫌な仕事ではない。
スタッフも優しい。
視聴者からの評判も悪くない。
ただ――。
(演技がしたい……)
その想いだけは、どうしても消えなかった。
今こうして仕事があるのも、演技力を評価されているからではない。
「昔、天才子役だった有馬かな」という知名度と、容姿の良さを買われて起用されている部分が大きい。
それが、かなには少し悔しかった。
その日の夜。
家へ帰ると、母親が声を掛けてきた。
「かな」
「あんた、こんなローカル番組ばかりやってる場合じゃないでしょ!もっとドラマや映画に出なきゃ」
かなは苦笑する。
「私だって出たいよ!でもオファーがないんだから仕方ないじゃん」
母親は納得しない。
「だからもっと営業しなきゃ!」
「もっと売り込まなきゃ!」
「あんたはそんなところで終わる子じゃないの!」
母親は昔からそうだった。
仕事がなくなり始めても、何とかドラマや映画へ出演させようと、何度も関係者へ頭を下げ、娘を売り込んできた。
かなの才能を誰よりも信じているからこそ、今の状況を受け入れられないのだ。
「私は、あんたがまた主演を張るところを見たいの!」
「ローカル番組なんかで終わる子じゃない!」
かなはため息をつく。
「分かってるよ……でも、仕事がないものはないんだから、今ある仕事を頑張るしかないでしょ」
「だからって諦めちゃダメ!もっと上を目指しなさい!」
また言い合いになる。
最近は、こうした口論が増えていた。
母親は娘を諦めさせたいわけではない。
むしろ逆だった。
もう一度ドラマや映画の世界で輝いてほしい。
その一心だからこそ、つい厳しい言葉になってしまう。
かなも、それは分かっている。
だから余計に辛かった。
(もう少し大きくなったら一人暮らしした方が良いかな……)
嫌いになったわけではない。
ただ、お互い少し距離を置いた方が、きっと上手くいく。
そんなことを考えながら、自室へ戻る。
ベッドへ倒れ込み、スマートフォンを手に取る。
映画の記事が目に入った。
『五反田監督最新作、公開決定』
その下には、子役として名前が並んでいる。
**星野アクア。**
**星野ルビー。**
かなは自然と笑みを浮かべた。
(でも……)
(アクアの演技は楽しみ)
昔、自分と互角以上に芝居をした男の子。
あの頃から特別だった。
今はどんな演技をするのだろう。
そして、業界中が絶賛するほど成長したというルビー。
その二人をスクリーンで見られる日が、少し待ち遠しかった。
「絶対観に行こ」
かなは小さく呟き、映画の公開日をスマートフォンのカレンダーへ登録する。
今は悔しくてもいい。
焦りがあってもいい。
それでも――。
一人の役者として。
かつて"天才子役"と呼ばれた少女は、新たな天才たちの演技を心から楽しみにしていた。