【推しの子】もしも星野アイの隣人が天才外科医だったら〜命を救う、その先へ〜 作:ペンギンって可愛いですよね
その頃――。
劇団ララライ。
都内にある稽古場では、今日も舞台稽古が行われていた。
「はい、今日はここまで!」
演出家の声が響く。
「ありがとうございました!」
劇団員たちが一斉に頭を下げる。
黒川あかねも額に浮かんだ汗を拭いながら、深く一礼した。
「ありがとうございました」
「今日も良かったよ、黒川」
演出家が満足そうに頷く。
「ありがとうございます」
あかねは控えめに微笑んだ。
稽古を終え、更衣室へ向かう途中。
数人の劇団員が楽しそうに話している声が聞こえてきた。
「そういえば、五反田監督の新作映画、もうすぐ公開だよな」
「ああ、あれ今かなり話題らしい」
「主演じゃなくて子役が、だろ?」
「そうそう」
「アクアとルビーっていう双子」
「撮影に参加した役者全員が、『子役がヤバい』って口を揃えて言ってるらしい」
「子役でそこまで話題になるって珍しいよな」
「しかも、映画が公開されるまで芸能活動を全然してないんだろ?」
「余計に気になるよな」
その会話に、あかねは思わず歩みを止めた。
(アクア……)
(星野アクア君)
その名前には聞き覚えがあった。
全国学力調査で一位になり、一躍有名になった天才小学生。
そして双子の妹、星野ルビー。
最近は演劇や映画関係者の間で、その二人の名前を聞かない日はないほどだった。
「子役とは思えない」
「現場の空気を変えた」
「主演俳優ですら圧倒された」
「公開されたら間違いなく話題になる」
噂は日に日に大きくなっている。
しかし、不思議なことに、その二人の演技を実際に見た人はほとんどいない。
映画はまだ公開されていないからだ。
だからこそ、業界では期待ばかりが膨らんでいた。
(そんなにすごい演技なんだ……)
あかねは演技が好きだった。
誰よりも役を研究し、表情や仕草、話し方まで分析する。
舞台でも映像作品でも、優れた役者がいれば必ず研究する。
年齢は関係ない。
相手が子供でも、大人でも。
学べるものがあるなら吸収したい。
それが黒川あかねという役者だった。
(噂だけじゃ分からない)
(実際に自分の目で見たい)
そう思った瞬間には、答えは決まっていた。
映画館へ行こう。
話題だからではない。
ミーハーな気持ちでもない。
純粋に演技を勉強するためだ。
「公開日……」
スマートフォンを取り出し、映画の公開日を検索する。
画面に表示された日付を確認すると、そのままスケジュール帳へ登録した。
「これでよし」
小さく微笑む。
(楽しみ)
(どんな演技をするんだろう)
業界中が絶賛する子役。
しかも、主演ではなく幼少期を演じるだけの子役が、ここまで噂になる作品など聞いたことがない。
それだけでも興味を引かれた。
(もし噂が本当なら……)
(きっと何か学べる)
一つの表情。
一つの仕草。
一つの間。
演技には必ず理由がある。
あかねは、それを見つけることが好きだった。
だからこそ、この映画は絶対に観ると決めていた。
「黒川、何見てるの?」
劇団員の一人が覗き込む。
「五反田監督の映画の予告です」
「ああ、あの噂の子役か…気になる?」
あかねは静かに頷いた。
「はい!勉強になる気がするので」
その返事に劇団員は苦笑した。
「さすが黒川勉強熱心!」
「やっぱり見るところが違うな」
あかねも少し照れたように笑う。
「せっかくなら、一つでも多く吸収したいですから」
そう言ってスマートフォンをしまう。
その瞳には、期待の色が浮かんでいた。
こうして、公開前にもかかわらず、映画は少しずつ業界中の注目を集めていく。
かつて"天才子役"と呼ばれた有馬かな。
劇団ララライで演技を磨き続ける黒川あかね。
そして、多くの役者や監督たち。
まだ誰も見ていない二人の天才子役の演技を、その日を待ちわびながら楽しみにしていた。