【推しの子】もしも星野アイの隣人が天才外科医だったら〜命を救う、その先へ〜 作:ペンギンって可愛いですよね
同じ頃……映画館の客席には、もう一人。
アクアとルビーの演技を静かに見つめていた人物がいた。
神崎悠真だった。
『ぜひ見に行かせていただきます』
以前、アイから二人の映画デビューを報告された時、そうLINEで返した。
そして今日、その約束通り、仕事の予定を調整して公開初日の上映へ足を運んでいた。
もっとも、舞台挨拶付きの上映を選んだのは、少しだけ迷った。
(普通に映画だけ観てもよかったのですが……)
それでも、せっかくなら二人が登壇するところまで見届けたい。
そう思い、この回を予約したのだった。
そして映画が始まってから、悠真は驚かされ続けていた。
(……すごいですね)
スクリーンには、幼少期の主人公を演じるアクアと、その幼馴染を演じるルビーが映っている。
黒髪のウィッグを着けているため、普段の二人とは印象がまるで違う。
しかし、悠真が驚いたのは見た目ではない。
演技だった。
特にアクア。
図書館で大学レベルの外科について二時間も議論した少年と、同一人物とは思えない。
普段のアクアは十歳を超えたばかりとは思えないほど大人びている。
言葉遣いも考え方も、とても小学生とは思えない。
だが、スクリーンの中にいるアクアは違った。
どこからどう見ても、普通の少年だった。
幼馴染の少女に振り回され。
少し呆れ。
時には笑い。
それでも少女を大切に思っている。
その感情が、表情や仕草から自然と伝わってくる。
(なるほど……)
(これがアクア君の演技ですか)
そしてルビー。
悠真にとって、こちらの方が驚きは大きかった。
(ルビーちゃんまで……)
初出演だと聞いている。
しかし、とてもそうは見えない。
いつもの明るさは残っている。
それでも、そこにいるのは星野ルビーではない。
物語の中の少女だった。
やがて、二人に別れが訪れる。
家庭の事情で、少女が遠くへ引っ越すことになった。
二人は最後に合言葉を決める。
いつか再会した時、互いを見つけるための、二人だけの言葉。
『絶対、忘れないでね』
『分かったって』
悠真は静かにスクリーンを見つめていた。
そして引っ越しの日、最後まで笑顔で手を振り続けた少女。
車が角を曲がり、少年の姿が見えなくなった瞬間、その笑顔が崩れる。
声を上げることなく、涙を流すルビー。
一方でアクアは、車が見えなくなった道をいつまでも眺め続ける。
『……またな』
その一言。
悠真は小さく息を吐いた。
「……これは」
思わず声が漏れそうになり、口を閉じる。
周囲から鼻をすする音が聞こえてきた。
悠真自身も、目頭が少し熱くなっていることに気付く。
(参りましたね……)
医師として、何度も人の生死と向き合ってきた。
感情を乱されないよう冷静でいることには慣れているつもりだった。
それでも、これは別だった。
(演技だと分かっているのに……)
二人の別れが、本当の出来事のように感じられた。
何より悠真には、スクリーンの中の二人とは別の姿が重なってしまう。
四歳だったアクアとルビー。
病院でアイのそばにいた二人。
あれから六年以上。
二人は大きくなった。
全国学力調査では揃って満点。
アクアは外科医を目指し、大学レベルの医学書を読むようになった。
ルビーも驚くほど勉強ができるようになり、今度は芸能界へ一歩を踏み出した。
(本当に大きくなりましたね)
悠真は少しだけ笑った。
そして映画は十五年後へ。
大人になった主人公が、かつて二人で決めた合言葉を検索する。
一件のブログ。
そこに残されていた、あの言葉。
そこから幼馴染を探し始める。
何度も手掛かりが途切れる。
それでも諦めない。
その途中で、何度も幼少期の回想が挟まれた。
アクアとルビーが笑う。
二人で遊ぶ。
喧嘩する。
仲直りする。
その一つ一つが、十五年後の物語に重みを与えていた。
そして最後、ようやく再会した二人。
男が合言葉を口にする。
女性が涙を流しながら同じ言葉を返す。
一瞬だけ、現在の二人に幼いアクアとルビーの姿が重なった。
『絶対、忘れないでね』
『分かったって』
その瞬間、悠真は静かに眼鏡を外した。
目元を指で拭う。
「……やられましたね」
小さく呟く。
周囲では泣いている観客が大勢いた。
悠真も、その一人になっていた。
やがてエンドロールが始まる。
幼少期・少年役 星野アクア
幼少期・少女役 星野ルビー
二人の名前がスクリーンを流れていく。
悠真はそれを見ながら、自然と拍手を送っていた。
やがて劇場全体へ拍手が広がる。
(アイさん)
(これは自慢したくなるでしょうね)
以前、アイが嬉しそうに二人の映画デビューを報告してきたことを思い出す。
もし隣にいたなら、きっと今頃――。
『先生! うちの子たちすごいでしょ!』
そんなことを言っているに違いない。
想像すると、思わず笑ってしまった。
「ええ」
誰にも聞こえない声で呟く。
「本当にすごかったですよ」
そして、悠真もまた知らなかった。
このあと舞台挨拶で登場するアクアとルビーが、客席に自分がいることに気付いた時。
二人がどんな反応を見せるのかを。