【推しの子】もしも星野アイの隣人が天才外科医だったら〜命を救う、その先へ〜 作:ペンギンって可愛いですよね
エンドロールが終わってから数分後、涙を拭う観客たちがまだ余韻に浸る中、場内の照明が少しだけ明るくなった。
そして、スクリーン横の舞台へ一人の司会者が現れる。
「皆様、本日は公開初日にお越しいただき、ありがとうございます!」
大きな拍手が起こった。
「それでは早速、本作品を作り上げた皆様にご登壇いただきましょう!」
再び拍手が大きくなる。
主演俳優。
ヒロイン役の女優。
主要キャスト。
そして五反田監督。
次々と舞台へ姿を現していく。
有馬かなも拍手しながら舞台を見つめていた。
しかし…彼女が待っているのはアクアだった。
「そして、主人公とヒロインの幼少期を演じてくださいました――星野アクアさん、星野ルビーさんです!」
「!」
かなの背筋が伸びた。
舞台袖から二人が出てくる。
「アクア!」
思わず声が出た。
「かなちゃん!」
隣のあかねが慌てて腕を掴む。
「声大きいよ!」
「だ、だって!」
かなは興奮を抑えながら小声になる。
「アクアよ! 本物のアクア!」
「映画でずっと見てたでしょ……」
「そういう意味じゃないの!」
かなは食い入るように舞台を見る。
最後に会った頃より、当然ながらずっと大きくなっている。
(大きくなったわね……って、私もだけど!)
妙な感慨まで湧いてくる。
あかねはそんなかなを横目で見て、少しだけ笑った。
「かなちゃん、アクア君のこと好きなんだね」
「はぁ!?」
かなが勢いよく振り返る。
「役者としてよ! 役者として!」
「分かったから静かにしよう?」
「くっ……!」
完全にあかねに宥められていた。
一方、舞台上では、
「よろしくお願いします」
アクアが丁寧に頭を下げる。
その隣でルビーも満面の笑顔だった。
「よろしくお願いしまーす!」
客席から笑いが起こった。
つい数分前まで、スクリーンの中で涙を流しながら幼馴染との別れを演じていた少女とは思えない。
「あの子……」
観客の一人が思わず呟く。
「さっきの子だよね?」
「全然雰囲気違う……」
司会者も笑顔でルビーへマイクを向ける。
「ルビーさん、今日は公開初日ですが、今のお気持ちはいかがですか?」
「すっごく嬉しいです!」
ルビーは即答した。
「撮影したのが結構前だったので、やっとみんなに見てもらえたー!って感じです!」
「実は私も完成した映画をちゃんと見るのは今日が初めてだったんですけど、自分がスクリーンに映ると恥ずかしいですね!」
客席から笑いが起こる。
「撮影中は緊張しましたか?」
「最初だけすっごく緊張しました!」
ルビーは笑いながら答える。
「最初の撮影で一回NG出しちゃって」
「でも、皆さんが優しく声を掛けてくれたので、二回目からは楽しくできました!」
「なるほど。では、あれだけ素晴らしい演技ができた理由は?」
「アクアがいたからです!」
迷いのない即答だった。
隣のアクアが僅かに眉を動かす。
「俺?」
「うん!」
ルビーは嬉しそうに頷く。
「初めての映画だったけど、隣にアクアがいたから安心できました!」
客席から「おおー」という声が上がる。
「素敵な兄妹ですね」
司会者が微笑む。
アクアは少し気まずそうに視線を逸らした。
「まあ……役に立てたなら良かったです」
その反応に、また客席から笑いが起こった。
続いて司会者のマイクがアクアへ向く。
「アクアさんは以前にも子役経験がありますよね?」
「はい。ただ、かなり幼い頃の話なので、今回とは少し感覚が違いました」
「久しぶりの演技はいかがでしたか?」
「楽しかったですよ」
アクアは落ち着いて答える。
「ただ、今回の作品は幼少期の描写が後半の説得力に直結する構成だったので、そこは意識しました」
「……はい?」
司会者が一瞬固まった。
アクアは気にせず続ける。
「十五年後に二人が再会した時、観客の方に感動してもらうためには、最初に二人がどれだけ大切な存在だったのかを理解してもらう必要があります」
「だから別れの場面だけを強く演じるのではなく、それ以前の日常を自然に見せることを意識しました」
「一緒にいることが当たり前だった二人だからこそ、離れた時の喪失感が大きくなると思ったので」
「…………」
司会者が完全に黙った。
客席も静かになる。
そして、
「……本当に小学五年生ですよね?」
司会者が恐る恐る尋ねた。
「はい」
「十一歳です」
「ですよねぇ!?」
客席がどっと笑いに包まれる。
かなは頭を抱えた。
「相変わらず何なのよ、あいつ……」
あかねは逆に真剣な表情でアクアを見つめていた。
「すごい……演技だけじゃなくて、作品全体を考えてたんだ」
「子役が考えることじゃないでしょ」
かなは呆れながらも、どこか嬉しそうだった。
(でも……)
(やっぱりアクアだ)
昔からそうだった。
子供らしくない。
何を考えているのか分からない。
それなのに演技になると、とんでもないものを見せてくる。
あの頃のアクアが、そのまま成長していた。
少し離れた客席では、悠真も舞台を見つめていた。
「ふふっ……」
思わず笑ってしまう。
(相変わらずですね、アクア君)
図書館で外科について二時間も討論した時と何も変わらない。
むしろ、あの時の方がまだ異常だった。
小学四年生と外科医が専門的な手術について議論していたのだから。
司会者は気を取り直し、今度は二人へ尋ねた。
「ちなみに、お二人は今後も役者として活動していきたいですか?」
「はい!」
ルビーが元気よく手を挙げる。
「またやりたいです!」
「演技も楽しかったし、今度はいろんな役をやってみたいです!」
「おお!」
客席から拍手が起こる。
「では、アクアさんは?」
「俺は……」
アクアが答えようとした瞬間、ルビーが横から口を挟む。
「アクアも出ます!」
「おい」
再び場内が笑いに包まれた。
「勝手に決めるな」
「だってまた一緒に出たいもん!」
「俺には俺のやりたいことがある」
「でも私が出るって言ったら心配で来るでしょ?」
「…………」
アクアが黙った。
「ほら!」
「いや、ほらじゃない」
五反田監督がとうとう吹き出した。
「はははっ!」
「こいつら撮影前からずっとこんな感じなんですよ」
司会者も笑う。
「仲が良いんですね」
「はい!」
「普通です」
また答えが分かれた。
「アクア!」
「なんだよ」
そんな二人を見て、観客たちも笑顔になっていた。
映画の中では、十五年離ればなれになる幼馴染。
スクリーンの外では、正反対の性格をした仲の良い双子。
そのギャップが、余計に観客を惹きつけていた。
かなも楽しそうに笑っていた。
「何よ……全然変わってないじゃない」
隣のあかねは、アクアとルビーをじっと見つめている。
映画では役者として。
今は本人として。
そのあまりにも大きな違いに、強く興味を惹かれていた。
そして悠真もまた、穏やかな表情で拍手を送っていた。
スクリーンの中で観客を泣かせた二人。
舞台の上で観客を笑わせる二人。
そのどちらも、間違いなく、悠真が知っているアクアとルビーだった。