【推しの子】もしも星野アイの隣人が天才外科医だったら〜命を救う、その先へ〜 作:ペンギンって可愛いですよね
その頃――
都立大学病院。
一台の車が病院の正面玄関へ急停車した。
運転席から飛び出したのは、斎藤壱護。
助手席からはミヤコも慌てて降りる。
二人は走るように病院の中へ入り、受付へ向かった。
「すみません!」
「救急搬送された星野アイさんは!」
受付の事務員は落ち着いた様子で二人を見つめた。
「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「斎藤です!」
「星野アイの所属事務所社長です」
事務員は端末を確認すると、すぐに頷いた。
「斎藤様ですね」
「神崎先生より申し送りを受けております」
「神崎先生が?」
斎藤は思わず聞き返した。
「はい」
事務員は静かに説明を始める。
「神崎先生から、『アクア君という男の子、もしくは斎藤社長という方が後ほど必ず来られると思います。お二人が来られたら受付で止めず、そのまま手術室前までご案内してください』と指示を受けております」
斎藤とミヤコは顔を見合わせた。
まだ一度も会ったことのない医師。
それにもかかわらず、自分たちが来ることを見越して受付へ指示を残していた。
正確には、アクアが自分へ連絡し、自分たちが病院へ駆け付けることまで読んでいたのだ。
「ここまで先を読んでいたのか……」
斎藤は小さく呟く。
事務員は続けた。
「現在は神崎先生が緊急手術を執刀しております」
「こちらへどうぞ」
二人は事務員の案内で病院の長い廊下を歩いていく。
病院特有の静けさが、かえって二人の不安を大きくしていた。
ミヤコは恐る恐る尋ねる。
「アイは……」
「助かるんでしょうか」
事務員は少し困った表情を浮かべた。
「申し訳ございません。病状についてはお答えできません」
「ただ、神崎先生をはじめ、スタッフ一同全力で治療にあたっております」
その言葉だけが今の支えだった。
やがて赤いランプが灯る扉の前へ到着する。
『手術中』
その表示が、現実の重さを突きつけていた。
「こちらになります」
事務員は一礼した。
「神崎先生から、こちらでお待ちいただくよう伺っております」
そう言い残し、その場を離れていく。
斎藤は静かにソファーへ腰を下ろした。
ミヤコも隣へ座る。
二人とも言葉が出ない。
手術室の扉を見つめることしかできなかった。
「神崎先生……」
斎藤は小さく呟く。
「お願いします」
「アイを助けてください」
ミヤコは両手を強く握り締め、涙をこらえながら祈り続ける。
静かな廊下には時計の秒針だけが響いていた。
それから約三十分後――。
廊下の向こうから小さな足音が聞こえてきた。
斎藤が顔を上げる。
そこには息を切らせながら歩いてくるアクアと、涙で目を真っ赤にしたルビーの姿があった。
「アクア!」
斎藤は立ち上がる。
「お前……」
「家で待ってろと言っただろ!」
思わず声を荒げる。
アクアは真っ直ぐ斎藤を見つめ返した。
「待っていられるわけないだろ」
静かな声だった。
しかし、その一言には強い感情が込められていた。
「母さんが生死をさまよってるんだ」
「家でじっと待ってろなんて無理だ」
斎藤は何か言い返そうと口を開く。
しかし、言葉が出なかった。
目の前にいるのは、まだ幼い子どもだ。
それでも、母親を心配する気持ちは誰よりも強い。
自分だって同じ立場なら、きっと病院へ来ていた。
「……悪かった」
斎藤は小さく息を吐き、アクアの肩へそっと手を置いた。
「来てくれてよかった」
アクアは何も言わず、赤く灯る『手術中』のランプを見つめる。
一方、ルビーはもう限界だった。
「ママぁ……」
「ママに会いたいよぉ……」
涙が止まらない。
ミヤコはすぐにルビーの前へしゃがみ込んだ。
「ルビーちゃん」
「大丈夫だから」
「神崎先生が頑張ってくれてるよ」
優しく頭を撫でる。
ルビーはしゃくり上げながらミヤコへ抱き付いた。
ミヤコはその小さな身体を優しく抱き締める。
「一緒に待とうね」
「きっとママは帰ってくるから」
ルビーを手術室前のソファーへ座らせ、自分も隣へ腰を下ろした。
ルビーは何度も手術室の扉を見つめながら、小さな手をぎゅっと握り締める。
アクアも斎藤の隣へ座る。
誰も話さなかった。
ただ、赤く灯り続ける『手術中』のランプだけを見つめ、それぞれが同じ願いを胸に祈り続けていた。
――どうか、助かってほしい。