無職転生×我間乱 ――六面世界の大亀流――   作:からし明太子

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第三話 五剣

 

 

 六歳になって、何かが劇的に変わったかと聞かれれば。

 

 別に何も変わらなかった。

 

 朝は早い。

 

 飯は多い。

 

 修行はきつい。

 

 亀じいは容赦がない。

 

 宗一郎さんは人の飯を盗る。

 

 ハルマは事あるごとに勝負を挑んでくる。

 

 俺は毎日のように転び、殴られ、木刀を落とした。

 

 非常に健全な少年時代である。

 

 ……たぶん。

 

「レン!」

 

「嫌だ!」

 

「まだ何も言ってねえだろ!」

 

「どうせ勝負だろ!」

 

「そうだよ!」

 

「じゃあ嫌だ!」

 

「逃げんな!」

 

 朝飯を食べ終えた直後から、ハルマが木刀を持って追いかけてくる。

 

 こいつも飽きないな。

 

 俺が雷電型第一式で初めて一本を取って以来、明らかに当たりが強くなった。

 

 負けず嫌いなのだ。

 

 まあ俺も人のことは言えないけど。

 

「昨日三本取っただろ!」

 

「俺は五本取られた!」

 

「じゃあ俺の負けじゃん!」

 

「一本でも取られたのが気に食わねえ!」

 

「面倒臭え!」

 

 庭へ逃げ込むとハルマも追ってくる。

 

 速い。

 

 以前なら簡単に距離を離せたが、最近はそうでもない。

 

 俺が迅くなれば、あいつも追いつこうとする。

 

 あいつが強くなれば、俺も負けたくなくなる。

 

 そうやって互いに追いかけている。

 

「捕まえた!」

 

「おわっ!」

 

 襟首を掴まれた。

 

「卑怯だぞ!」

 

「戦いに卑怯もクソもあるか!」

 

「まだ戦い始まってねえよ!」

 

 振り返りざまに木刀を抜くと、ハルマも笑いながら構えた。

 

「一本」

 

「三本」

 

「一本!」

 

「三本!」

 

「飯食った直後なんだぞ!」

 

「じゃあ吐くまでやるか?」

 

「一本でお願いします」

 

「最初から素直に言え」

 

 くそ……この野郎。

 

 絶対いつか泣かす。

 

「始めるぞ」

 

「来い」

 

 お互い呼吸を整える。

 

 先にハルマが動いた。

 

 上段の構えだ。

 

 あれは……。

 

《火柱》。

 

 最近のハルマはこれが上手い。

 

 俺より遥かに。

 

 腕を振り上げ、空いた手が肘裏へ。

 

 来る。

 

 俺は木刀を見る。

 

 ――違う。

 

 見るのは人だ。

 

 足、腰、肩、肘。

 

 ハルマの身体全部を見る。

 

 踏み込みから、向こうも俺が雷電型へ入ることを分かっている。

 

「っ!」

 

 間合いへ入った瞬間。

 

 火柱が振り下ろされる。

 

 速い、重い。

 

 まともに受けたら負ける。

 

 だったら、避ける。

 

 力を抜き――《影縫》。

 

 身体を正中線から外す。

 

 木刀が鼻先を抜ける。

 

 そのまま身体を回転。

 

 ハルマの横へ。

 

「そこ!」

 

 読まれていた。

 

 肘が飛んでくる。

 

「っ!」

 

 頭を下げる。

 

 危ないだろ!?

 

 てか、こいつ本当に剣の稽古してるんだよな?

 

 拳、肘、蹴り、何でも飛んでくる。

 

 慣れたから俺ももう文句は言わないけど。

 

「お返し!」

 

 足を払う。

 

「うおっ!」

 

 隙を取られたハルマの身体が傾く。

 

 もらった。

 

 木刀を下から――

 

「甘い!」

 

「え?」

 

 倒れながら、ハルマが木刀を振った。

 

「うわっ!」

 

 避けるが、急な動きから体勢が崩れる。

 

 その隙にハルマが起き上がる。

 

「ちっ」

 

「今舌打ちしたな?」

 

「してない」

 

「した!」

 

「気のせいだろ」

 

「お前最近性格悪くなってねえか?」

 

「誰のせいだと思っている」

 

 もう一度、向き合う。

 

 呼吸、足、距離。

 

 大丈夫見える、前よりずっと。

 

 ハルマが踏み込む。

 

 今度は横薙ぎ。

 

 木刀を合わせる。

 

 カンッ!

 

 接触した瞬間、今だッ。

 

 手首、腰を回す。

 

《荒神》。

 

 ガッ!

 

「なっ!?」

 

 ハルマの木刀が浮いた。

 

 大きくではない、ほんの僅か。

 

 でも初めて、俺の《荒神》がハルマの木刀を弾いた。

 

「――!」

 

 考える前に身体が動いた。

 

 一歩。

 

 壱。

 

 弐。

 

 ハルマが下がる。

 

 参。

 

 木刀を首筋へ。

 

「……」

 

「……」

 

 静かになった。

 

 俺は自分の木刀を見ると、それからハルマを見る。

 

「……一本?」

 

「…………一本」

 

 ハルマがものすごく嫌そうな顔をした。

 

「よし!」

 

「もう一回!」

 

「嫌だ!」

 

「なんでだ!」

 

「勝ち逃げ!」

 

「ふざけんな!」

 

 逃げる、追ってくると、結局さっきの繰り返しだ。

 

「待て!」

 

「誰が待つか!」

 

 そのまま庭を走り回ってると。

 

 ゴン。

 

「痛ぁっ!」

 

 頭に何か落ちた。

 

「朝から騒ぐな」

 

  竹の棒を杖にした亀じいだった。

 

「ハルマが!」

 

「レンが逃げるから!」

 

「二人とも」

 

「はい」

 

 二人とも大人しく声が揃ってしまう。

 

 最近分かったことだが、亀じいはそうそう怒鳴らない。

 

 本当に怒る時ほど声が小さくなる。

 

 怖いくらいに。

 

「レン」

 

「はい」

 

「今の荒神」

 

「……見てた?」

 

「見とった」

 

「どう?」

 

「三十点」

 

「低っ!」

 

 少しくらい褒めろよ!

 

「でも初めて弾けた!」

 

「偶然じゃ」

 

「ひどくない!?」

 

「ではもう一度できるか?」

 

「……」

 

 できる、と言いそうになった。

 

 でも、昨日の夜に言われたことを思い出す。

 

 才能に命を預けるな。

 

 自分ならできる。

 

 そう思った奴から死ぬ。

 

「……分かんない」

 

「うむ」

 

 亀じいが少し笑った。

 

「なら百回やれ」

 

「え?」

 

「百回やって九十回できたなら」

 

 竹棒で俺の胸を軽く叩く。

 

「その時は技と呼んでよい」

 

「十回失敗してるけど」

 

「実戦なら十回死んどる」

 

「……」

 

 何も言い返せない。

 

「百回全部できたら?」

 

 聞いてみる。

 

「千回やれ」

 

「終わらないじゃん!」

 

「武芸に終わりがあると思っとったのか?」

 

「あると思ってた!」

 

「残念じゃったの」

 

 この爺、絶対楽しんでるだろ。

 

     ◇

 

 歳月が過ぎ、七歳になって、いつの間にか八歳になった。

 

 これまで通り、山での生活は続いている。

 

 その間にも俺の身体も少しずつ変わっていった。

 

 身長が伸び、腕も太くなった。

 

 足も五歳の時に比べれば、ずっと丈夫になった。食べる量も増えた。

 

「それ俺の魚!」

 

「早い者勝ちだ」

 

「俺の皿から取ってる時点で早い者勝ちじゃない!」

 

「隙を見せる方が悪い」

 

「食卓でまで武芸者理論使うな!」

 

 宗一郎さんは相変わらずだ。

 

 そんな日々の毎日で、俺の剣も少しずつ形になった。

 

     ◇

 

 雷電型第一式《落雷》。

 

 これは最も早く身についた。

 

 俺の身体に合っていたのもあるけど。

 

 間合いへ侵入し、相手の反応を見る。そこへ壱、弐、参と三段を叩き込む。

 

 最初は壱を出したら弐。弐を出したら参。

 

 頭の中で順番を考えていたが今は違う。

 

 壱を防げば、防いだ場所に応じて弐が出る。

 

 弐を避ければ、避けた先へ参が出る。

 

 技を出している感覚すら薄くなった。

 

 相手が動く、だから俺が動く、それだけだ。

 

「迅くなったな」

 

 宗一郎さんにそう言われた時、かなり嬉しかった……顔には出さなかったけど。

 

     ◇

 

 虚空型第一式《影縫》。

 

 これも得意だった。

 

 力を抜き、使っていない筋力を身体回転へ集中させる。

 

 初めの頃は、脱力と言われても意味が分からなかった。

 

 力を抜いたら速く動けないだろう、そう思っていたが、違った。

 

 必要のない力を使わないから、必要な場所へ全部回せる。

 

「レン」

 

「ん?」

 

「肩」

 

「あ」

 

 宗一郎さんに指を置かれる。

 

「ここは要らねえ」

 

 肩の力を抜く。

 

「次に腰」

 

 抜く。

 

「そして腕」

 

 抜く。

 

「怖くない?」

 

「何が?」

 

「こんな力抜いて」

 

「あぁ、怖いぞ」

 

「怖いんだ」

 

「当たり前だろ」

 

 宗一郎さんは笑った。

 

「でもな」

 

 木刀を構える。

 

「必要になった瞬間だけ入れる」

 

 すると、一瞬で消えた。

 

「っ!」

 

 気付くと俺の真横へ、木刀が首に触れていた。

 

「それができりゃ、怖くても問題ねえ」

 

 なんかずるいな。

 

 普段はアレなのにこういう時だけ格好いい。

 

「もう一回」

 

「嫌だ」

 

「なんで!」

 

「酒飲みたい」

 

「修行は!?」

 

「自主練しろ」

 

「師匠だろ!」

 

「俺はお前の師匠じゃねえ」

 

「連れてきた責任取れ!」

 

「亀伝坊に言え」

 

「逃げた!」

 

 そんなことを繰り返しているうちに《影縫》も、俺のものになった。

 

     ◇

 

 水龍型第一式《逆鱗》だが、これは本当に苦労した。

 

「また落とした」

 

「言うな」

 

「今日十二回目」

 

「数えるな」

 

「昔の宗一郎さんみたいだろ?」

 

「嫌なところ真似するな!」

 

 ハルマが笑う。

 

 振り下ろし、途中で左右の握りを入れ替える。

 

 それだけだ、言葉にすればそれだけ。

 

 実際にやると木刀が飛ぶ。

 

 握り替えが早ければ軌道が読まれる。

 

 遅ければ変化しきらない。

 

 強く握れば手首が止まる。

 

 弱すぎれば落とす。

 

「水じゃ」

 

 亀じいが呆れながら言う。

 

「何が」

 

「水を掴めるか?」

 

「無理」

 

「なら何故、刀を掴もうとする」

 

「……刀だから?」

 

「阿呆」

 

 竹棒が頭にゴンと叩き込まれる。

 

「痛い!」

 

「刀を支配しようとするな」

 

「じゃあ?」

 

「流れを作れ」

 

 また分かりにくい。

 

 でも、何百回、何千回と振った、握った、離した、入れ替えた。

 

 ある日、木刀を振った時……。

 

 するり。

 

 手の中で柄が動いた。

 

 力を入れていない、なのに落ちない。

 

 そのまま斬撃の軌道が変わる。

 

「……あ」

 

 これか、と思った。

 

 大声では叫ばなかった。

 

 叫ぶとまた百回やらされそうだったから。

 

     ◇

 

 土公型第一式《荒神》。

 

 これも時間がかかった。

 

 武器と武器が当たる、その瞬間に刀を回転させる。

 

 激突速度を増し、相手の武器を弾き、壊す。

 

 言葉では理解しているが身体が追いつかない。

 

「力むな」

 

「分かってる」

 

「押すな」

 

「分かってる」

 

「ぶつかった後じゃ遅い」

 

「分かってる!」

 

「分かってねえからできてねえんだろ!」

 

 ハルマに言われる。

 

「じゃあ見せろよ!」

 

「いいぞ!」

 

 カンッ!

 

「うわっ!」

 

 木刀を飛ばされた。

 

「……」

 

「ほら」

 

「ムカつく」

 

「褒めろよ!」

 

「もう一回!」

 

 そして何度も、何度も木刀を合わせた。

 

 相手の力へ力をぶつけない。

 

 刃が触れる瞬間の身体、腰、手首、回転。

 

 ある時。

 

 カァン!

 

 ハルマの木刀が高く跳ねた。

 

「……」

 

「……」

 

 俺とハルマは宙を舞う木刀を見上げた。

 

 落ちるところまで。

 

 カラン。

 

「……今の」

 

「荒神」

 

「……」

 

「できた」

 

「……」

 

「俺の勝ち?」

 

 ハルマが無言で殴ってきた。

 

「痛っ!」

 

「調子乗んな!」

 

「なんで殴るんだよ!」

 

「腹立つ!」

 

「理不尽!」

 

     ◇

 

 そして、最後に残ったのが焔燃型第一式――《火柱》。

 

 こいつだけは本当にどうしようもなかった。

 

「はっ!」

 

 肘裏を弾き、木刀を振り下ろす。

 

 バシッ!

 

 丸太についたのは傷だけ……以上。

 

「……」

 

 横を見ると、ハルマも焔燃型を振っていた。

 

「ふっ!」

 

 パンッ!

 

 肘を弾き、鞭のように腕がしなる。

 

 ドン!

 

 木刀なのに丸太へ深く食い込む。

 

「……」

 

 俺の丸太を見ると傷だけだ。

 

 ハルマのと比べても甘く見積もって半分以上。大きく違いが分かる。

 

「もう一回」

 

「やめとけ」

 

「なんで」

 

「顔怖いぞ」

 

「怖くない」

 

「めちゃくちゃ悔しそうだぞ」

 

「悔しくない」

 

「じゃあその木刀握ってる手緩めろよ」

 

 気づいたら自分の木刀をギチギチに握り締めていた。

 

「……」

 

 言われてから、ハッとなって力を抜いた。

 

「火柱はお前には合わねえよ」

 

「なんで」

 

「細いし」

 

「お前だってそんな変わんないだろ」

 

「俺の方が太い」

 

「ちょっとだろ」

 

「力も俺の方がある」

 

「……」

 

 事実だが、腹立つなぁ。

 

「速いのはお前」

 

 ハルマが自分の木刀を肩へ乗せる。

 

「俺は力」

 

「……」

 

「別に全部俺より上じゃなくていいだろ」

 

 確かに理屈では分かる。

 

 人には得手不得手があるものだ。

 

 俺は雷電型でハルマは焔燃型。

 

 普通ならそれでいいのだろう……でも。

 

「嫌だ」

 

「あ?」

 

「俺、大亀流全部覚えるから」

 

「……」

 

「火柱も」

 

 木刀を構える。

 

「絶対覚える」

 

 ハルマが目を丸くして、次に笑った。

 

「じゃあ一生やってろ」

 

「やる」

 

「馬鹿だな、お前」

 

「お前に言われたくない」

 

「俺は天才だからな」

 

「寝言は寝て言え」

 

「なんだと!」

 

 そうしていつもの喧嘩になると、亀じいに二人とも殴られる日々。

 

     ◇

 

 八歳の冬。

 

 転機は意外なところから来た。

 

「レン」

 

「ん?」

 

「薪割っとけ」

 

 宗一郎さんから斧を渡された。

 

「何本?」

 

「全部」

 

「多いよ!」

 

「冬だぞ」

 

「知ってるよ!」

 

 薪の山を見ると、俺より高い。

 

 滅茶苦茶、悪意を感じる。

 

「夕飯までな」

 

「無理!」

 

「じゃあ明日の朝まで」

 

「増えてる!」

 

 宗一郎さんは笑いながら去った。

 

 ……覚えてろ。

 

 渋々と斧を持ち、丸太を前に構える。

 

 大きく振り上げる。

 

「よっ」

 

 ガッ。

 

「……」

 

 刺さっただけだ。

 

 足で押さえながら抜き、もう一度。

 

 ガッ。

 

 割れない。

 

「なんだこれ」

 

 重い……木刀よりずっと。

 

 しかも斧は先端が重く、腕だけでは振れない。

 

 次は足、腰、肩、全部使ってみよう。

 

「ふっ!」

 

 ガン!

 

 少し割れた。

 

 もう一回やりたいけど、肘が痛い。

 

「……ん?」

 

 肘を見ると、ふとあることが過ぎった。

 

 斧、重い、腕だけで振れない。

 

 だから全身の力を最後に腕へ。

 

「……」

 

 火柱を思い出す。

 

 片手で振り被り、空いた腕で持ち手側の肘裏を、弾く。

 

「まさか」

 

 斧では危ないから、木刀へ持ち替える。

 

 庭の端にある古い薪。

 

 構える。

 

 いつも通りではない。

 

 斧を振る時みたいに、足から腰、背、肩、腕。

 

 そして最後に肘裏。

 

 パンッ!

 

 木刀がしなるように落ちる。

 

 バギッ!

 

「……」

 

 薪が……割れた。

 

「……」

 

 もう一度!

 

 別の薪を置いて、さっきと同じよう全身の身体を意識して最後に、弾く。

 

 バキン!

 

「できた……?」

 

「何しとる」

 

「うわっ!」

 

 後ろを見ると亀じいが立っていた。

 

「なんで毎回気配なく現れるんだよ!」

 

「お前さんが鈍いだけじゃ」

 

「心臓に悪いだろ!」

 

 亀じいが割れた薪を見る。

 

「火柱か」

 

「……多分」

 

「見せろ」

 

「うん」

 

 構える。

 

 足、腰、背、肩、肘、全部を繋ぐ。

 

 最後に肘裏を弾く。

 

《火柱》。

 

 バキッ!

 

 薪が割れたのを見て、亀じいは何も言わない。

 

「……どう?」

 

「もう一度」

 

 さっきと同じように。

 

「もう一度」

 

 繰り返す。

 

「もう一度」

 

「何回?」

 

「お前さんが失敗するまで」

 

「嫌な試験だな!」

 

 十回、二十回、二十三ときて失敗した。

 

 木刀が薪の横へ逸れた。

 

「あ」

 

「二十二回」

 

「うん」

 

「まだ技ではない」

 

「……」

 

 分かってる。

 

 百回やって百回、それぐらいじゃないと……でも。

 

「じゃが」

 

 亀じいが割れた薪を拾う。

 

「入口には立ったの」

 

「……!」

 

 それだけで嬉しかった。

 

「亀じい」

 

「なんじゃ」

 

「俺」

 

「うむ」

 

「五つできた?」

 

 雷。

 

 火。

 

 空。

 

 水。

 

 土。

 

 まだ、完成なんて言えない。

 

 でも五つ全部、形になった。

 

 亀じいはしばらく俺を見ると、やがて。

 

「そうじゃな」

 

 頷いた。

 

「ようやく」

 

 竹棒で俺の頭を軽く叩く。

 

「大亀流の入口じゃ」

 

「……三年やったのに入口?」

 

「たった三年じゃ」

 

「俺の人生の半分近いんだけど」

 

「なら残りの人生すべて使えばよい」

 

 簡単に言う。

 

 でも、嫌ではなかった。

 

「次は?」

 

「何がじゃ」

 

「一式の次」

 

 五剣にはそれぞれ三つの技がある

 

 なら。

 

「二式」

 

 亀じいを見る。

 

「教えて」

 

 亀じいは黙りこむと、さっきまでの柔らかい顔が消える。

 

「まだ早い」

 

「なんで」

 

「使えんからじゃ」

 

「やってみないと――」

 

「レン」

 

 低い声に口が止まる。

 

「技とは、覚えればよいものではない」

 

「……」

 

「二式から先は」

 

 亀じいが俺の木刀へ目を落とす。

 

「使い方を誤れば、お前自身が壊れる」

 

 自分が。

 

「特に」

 

 俺を見る目に師としての厳しさがあった。

 

「お前さんが欲しがる雷電型第二式はの」

 

 胸が跳ねた。

 

 あるんだ、雷電型の次が。

 

「どんな技?」

 

「教えん」

 

「そこまで言って!?」

 

「ホッホッ」

 

「性格悪い!」

 

 逃げやがって、このジジイ。

 

「待て亀じい!」

 

「薪を割れ!」

 

「あ!」

 

 忘れてた。

 

 目の前にある薪の山。

 

「これ全部!?」

 

「全部じゃ」

 

「今日中!?」

 

「宗一郎に言え」

 

「あのおっさん!」

 

 遠くから。

 

「聞こえてんぞ!」

 

 聞こえるように言ってやった。

 

     ◇

 

 それから、俺は二式を教えてもらえなかった。

 

 何度頼んでも、まだ早いの一点張り。

 

 宗一郎さんに聞いても。

 

「師匠が駄目って言ったら駄目」

 

 ハルマに聞いても。

 

「俺も知らねえ」

 

 誰も教えてくれない。

 

 なので、諦めた……わけがない。

 

 見て盗むことにしたんだ。

 

 年上の門弟が二式を修行しているところを遠くから、隠れて。

 

「レン」

 

「はい?」

 

「何しとる」

 

「散歩だけど」

 

「茂みに隠れて?」

 

「自然観察」

 

「向こうで宗一郎が稽古をしとるが?」

 

「奇遇だな」

 

「……」

 

 ゴン。

 

「痛っ!」

 

 バレた。

 

 でも見た。

 

 宗一郎さんが異様に低い姿勢を取り、両膝を曲げた半身。

 

 そして、自分から前へ倒れる。

 

「え?」

 

 転ぶ。

 

 そう思ったが、違った。

 

 落下姿勢で前へ倒れ込む力を利用して。

 

 そこへ脚に力を込め、脚力を爆発させた。

 

 ドンッ!

 

 地面が抉れる後、宗一郎さんの姿が消失。

 

 次にズガァン! と遥か前あった太い丸太が斜めに両断されていたのだ。

 

「……」

 

 言葉が出なかった。

 

 速い。

 

 今まで見た何より、雷電型第一式よりも遥かに。

 

「五剣ノ一」

 

 亀じいが後ろから言った。

 

 というかいつの間にいたんだ?

 

「雷電型第二式」

 

 俺は瞬きも忘れていた。

 

「――《紫電閃》」

 

 しでんせん。

 

 その名前を頭の中で何度も繰り返す。

 

「……教えて」

 

「駄目じゃ」

 

「絶対覚える」

 

「まだ駄目じゃ」

 

「俺なら――」

 

 言いかけて止まった。

 

 俺ならできる、その言葉を亀じいに言われたことを思い出す。

 

 才能がある者ほど、自分ならできると思う。

 

 そして、死ぬ。

 

「……」

 

 亀じいが俺を見る。

 

「どうした」

 

「……いつならいい?」

 

「一式を極めろ」

 

「五つ?」

 

「五つ」

 

「どのくらい?」

 

「儂がよいと言うまで」

 

「長そう」

 

「長いぞ」

 

「……分かった」

 

 悔しい。

 

 でも、見る。

 

 もう一度、宗一郎さんが構える。

 

 膝、半身、重心。

 

 倒れ込み、落下を利用して脚力を上乗せして、突進。

 

 あれが雷電型第二式――《紫電閃》。

 

 胸が熱くなった。

 

 あれを俺もいつか絶対に自分のものにしてみせる。

 

     ◇

 

 八歳の終わり。

 

 俺は五剣第一式を一通り、実戦形式で扱えるところまで来た。

 

 雷電型第一式《落雷》。

 

 焔燃型第一式《火柱》。

 

 虚空型第一式《影縫》。

 

 水龍型第一式《逆鱗》。

 

 土公型第一式《荒神》。

 

 もちろん得意不得意はある。

 

 雷電は得意。

 

 虚空も得意。

 

 水龍は普通。

 

 土公はやや苦手。

 

 焔燃は相変わらず一番苦手。

 

 それでも使える。

 

 止まっている丸太相手ではない。

 

 動く人間、攻撃してくる人間へ、五つ全部使えるようになったのだ。

 

 その頃、俺はもう子供組ではほとんど負けなくなっていた。

 

「一本!」

 

「くそ!」

 

 相手の首へ木刀を止めると、ハルマは悔しそうに歯を食いしばる。

 

「もう一回!」

 

「今日は三本目だぞ」

 

「次!」

 

「疲れた」

 

「俺は疲れてねえ!」

 

「お前体力おかしいんだよ!」

 

 とはいえハルマにもまだ負ける時もある。

 

 特に力比べでは、火柱を真正面からやれば今でも勝てない。

 

 だから俺は考える。

 

 どうすれば勝てる。

 

 どうすれば届く。

 

 思考し、観察し、行動する。

 

 それが楽しかった。

 

     ◇

 

 そして九歳になる少し前、その男は山へ来た。

 

「道場破りだ!」

 

 昼過ぎに門弟の一人が叫ぶ声が響いた。

 

 最初は意味が分からなかった。

 

「道場破り?」

 

「知らねえのか?」

 

 俺が聞くと、ハルマが木刀を置きながら応える。

 

「他流派の武芸者が、道場に勝負を挑みに来るんだよ」

 

「へえ」

 

「へえ、じゃねえ」

 

 ハルマの顔が険しい。

 

「負けたら看板持ってかれることもある」

 

「……」

 

 看板……? 大亀流の?

 

 門を見る。

 

「誰が戦うの?」

 

「普通なら兄弟子だ」

 

 庭が騒がしくいな。

 

 門弟が集まっているらしい、宗一郎さんも出てきている。

 

 そして門の外、一人の男が立っていた。

 

 まず一目で思ったのが、大きい。

 

 背は宗一郎さんより高く、肩幅も広い。

 

 腰には二本の刀。

 

 俺から見たら山のように大きい男に見えた。

 

「大亀流」

 

 男が言った。

 

「随分山奥に引っ込んでやがるな」

 

 誰も笑わない。

 

 いつもの道場と空気が違うのを感じた。

 

 俺は少しだけ怖かった。

 

 男の目を見たからだ。

 

 何か、斬るものを探している目。

 

「当主はいるか」

 

 宗一郎さんが前へ出た。

 

「用件は?」

 

「聞かなくても分かるだろ」

 

 男が刀の柄に触れる。

 

「勝負だ」

 

 空気が張る。

 

 俺は無意識に木刀へ手を伸ばした。

 

「レン」

 

「……」

 

 亀じい。

 

 いつの間にか俺の隣にいることにも気付けなかった。

 

「下がっとれ」

 

「でも」

 

「見ておけ」

 

 声がいつもと違う。

 

 稽古をつける時の、叱る時の声でもない。

 

「これも修行じゃ」

 

 それを聞くと相手の男は薄ら笑いで本物の刀を抜く。

 

 シャッ。

 

 初めて俺は稽古ではない武芸者同士の戦いを見ることになる。

 

 木刀ではない。

 

 寸止めでもない。

 

 負ければ怪我をするし、下手をすれば死ぬ。

 

 ふと、亀じいが前に子供組に向けて言った言葉を。思い出した。

 

 刀を握るなら、自分が死ぬことを忘れるな。

 

 その意味を俺はこの日、初めて本当の意味で知ることになる。

 

 そしてどういうわけか、この一人の武芸者を皮切りに山奥にある大亀流へ。

 

 外の世界から、次々と武芸者が訪れるようになる。

 

 やがて九歳になった俺は、その者たちの前へ。

 

 一人で立つことになるのだった。

 

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