魔法を正しく学び、社会に貢献する。
そんな建前で設立されたここ、総合魔法学園アインソフ。
そこで空を二つの人影が縦横無尽に跳ね回っていた。
彼らの頭上に浮かぶは玉虫色の積乱雲。
一秒として安定した色を放つことはなく、それは見るものに不安と恐怖を別け隔てなく与えていて、だからこそ『なんとか出来る』人間が対応していた。
——第捌禁呪・時空神の招来。
それがこの積乱雲の正体だ。
効果は簡単。時空の神を呼び寄せる。ただそれだけだ。
命令も祈りすらいらない。
と、そこに飛びかかる影がいくつかあった。
「|嫉妬(エンヴィー)! 何してやがるさっさと嫉妬しろよ!」
「無茶言わないでよ|魔法破壊(マギブレイカー)! あんなのの何を嫉妬すればいいのさ!」
「——色だな」
ねぇよ! と鋭く少女の声が響く。
魔法破壊と呼ばれた少年は愉快そうに笑うと、足場としていた魔法陣を蹴るように跳躍。
玉虫色の積乱雲に突撃していく。
「あぁ! もう!」
続いて苛立ったように地団駄を踏んだ少女が腰から生えた大きな翼——にも見える光の粒子を羽ばたかせるように動かす。
金色に近い粒子はハラハラと舞い落ち、それと引き換えにするようにして少女は空を飛ぶ。
「嫉妬! 頼む!」
「いい加減名前で呼んでくれないかなぁ!? 私嫉妬深い女みたいじゃない!」
「間違って——」
「【破却しろ】ォッ!」
「うぉお!?」
力のこもった食い気味の詠唱に魔法破壊は思わず振り向き、そして自らに向かった黄金の弾丸を受け流すように積乱雲にぶつける。
もちろん、本気で当てようと黄金の弾丸を投げかけたわけではなく、予定調和のように積乱雲を穿って消える。
されど穿たれた穴はほとんど間を置かずにふさがり、元の雲海が頭上を覆い尽くした。
「あっぶねぇ! 何すんだよいずみ!」
「るっさい計斗!」
「やっべ、ヘイト稼ぎ過ぎたな……いずみの。パフェじゃ許されんかこれ」
疲れたように魔法破壊——白崎計斗は笑う。
それに呼応するように背後に無数の魔法陣を広げた嫉妬——加賀いずみは積乱雲を睨む。
「久しぶりのデートだったのに! こんなののせいで学園に呼び戻されるとかッ!」
「デートなら終わったら続きやればいいだろー? かっかすんなよ」
「もう! ばか! しらない! 【天撃】!」
「おお、上級魔法。マジかー反射に苦労するわーマジつれーわー」
上空から降り注ぐ凄まじい太さと輝きを放つ黄金の柱を見ながら困ったように笑う計斗。
その意は余裕の二文字だ。
「そぉれっと」
まるで野球のボールが飛んできたかのように腕を振るうと、計斗に降り注いでいた光の柱は跳ね返されるように積乱雲を貫き、その先にある扉のような魔法陣に直撃する。
ガラスが粉砕されるような音が連続で響き、しかし彼らにその後の魔法陣がどうなったのか見る術はない。
瞬く間に雲が穴をふさいだからだった。
「なにそれ本当理不尽!」
「はっはっは!」
いづみも計都に本気で当たるとは思ってないのか、どこか楽しげだ。
だがその目だけは真剣であり、積乱雲を睨みつけている。
(魔法陣を守る玉虫の雲海、その先にあったのは『扉』で間違いないだろう。ってことはだ。やっぱりこれは禁呪に限りなく近い贋作で、しかもある程度アレンジして劣化させてやがるな)
ここまでは多分、いずみも分かっている部分。
しかしこのままでは沈黙が続きそうだし、と計都は口を開いた。
「術式の構成はオリジナルっぽいなぁ……」
「だね。二つ名持ちの犯行かな? でもそれにしては雑だよね」
「ってか魔王共は何してんだよ……!」
魔王。この世界において魔王は悪ではない。
淀んだ魔力溜まりや、穢れた地脈の調律などをする存在だ。
ゲームなんかでは語感からか、悪の親玉的な立ち位置を貰うのでネタを振れば分かる人はノリノリで対応してくれるが。
つまり、この状況において明らかに地脈が穢れる要因となる邪神召喚を静観しているのがおかしいというわけだ。
確かに、といづみは片手で小型の空間投影型端末を弄る。
そして『職能チャット魔王BAN』というアプリをタッチすると、チャット画面と今までの魔王達の会話が開かれる。
〈極冠魔王〉さぁ! 始まりました怪獣大戦争! どっちにかける?
〈雷霆魔王〉魔法破壊一択。完全顕現じゃないヨグ様とか目じゃねぇだろ。
〈時空魔王〉だな。見た感じ一部顕現の低級使い魔だろうし。ちなみに俺はヨグ様。
〈魔王〉私嫉妬で。つかあれどう見てもステージ三相当の深度に極めて近い召喚魔法だよね? どう破壊すんの?
〈聖天魔王〉間違いなく魔法破壊だな。あいつはガチな人外だ。つか、ぶっちゃけ、ステージ三まで進行してると邪魔する余地がないから出てくるまで待つしかない。だからあいつら夫婦喧嘩してんだろ。
〈魔王〉勉強になりやす。
「ん、あー、うん、魔王達は盛り上がってるね。時空神と魔法破壊・嫉妬の怪獣大決戦とか言って」
「くっそあいつら終わったら出てくる気かよ!?」
文句を言いたいが、職能チャットは自身に応じたしか書き込めない特殊なアプリだ。見るだけは自由。
魔王ではない自分たちには反論することはできないし、したところでまた他の角度から煽られるのは目に見えていた。
悔しさを噛み締めながら斥候として先に現れた玉虫色の巨大な球を思わず蹴り飛ばす。
——多くの魔王が窓に張り付いて見てる教室を狙って。
チャットが物凄い速さで流れ出した。
抜粋するなら『鬼畜!』とか『低級使い魔と言えどヨグ様の身体ぶん殴るとかやっぱり人外』とか『誰か対応しろください』『あれ、人外夫婦の痴話喧嘩でヨグ様薄くね?』だろうか。
最後は余分だし、人外って言った奴は後で焼き尽くすと心に決める。
というかまだ夫婦じゃない。
ともあれ、教室に向けて人差し指を伸ばして待機し、魔王の攻撃によって玉虫色の球が弾ける様に消滅したのを確認した上で精一杯のドヤ顔を繰り出した。
——ざまぁ。
チャットがさらに加速した。
〈音速魔王〉今あいつ躊躇わなかったよなぁ!? 仮にも世界の秩序をご近所から守ってる魔王にヨグ様ぶつけるの迷わなかったよなぁ!?
ウケる!!!!
〈猛禽魔王〉拙者が第八位魔法で対応せねば危ないところであった……!
〈魔王〉見て! 今あの子ザマァってやったわよざまぁって! 訴訟案件よ!
〈時空魔王〉おまえら三人どの教室にもいなかったろ。特に音速。おまえ今寮から見てるだろ。待ってろ。殺す。
〈音速魔王〉なんで!? なんで俺!? 意味わかんなぎゃああああなんかきたぁあああ!
「煩わしいわね」
一通り眺め、やがてため息混じりの一言でぶった切り、アプリを閉じる。
どうやら教室だけでなく、寮やほかの場所からも見てる魔王がいるらしい。
……じゃなければアプリでチャットする意味ないか。
背後で引き気味の苦笑をしている存在にさらに弾丸を放つと、なんでもない様に弾かれて空に消えた。
その向こうに見えたのは玉虫色の魔法陣。
〈禁術深度〉ステージ四。本命、時空神の招来が始まったのだ。
「おい——」
「分かってるわ。ヨグ様存在感薄かったからね。そろそろ本気出す頃合いよね」
「ちげぇよ。今日は白なんだなって」
「どこ見てんのよ変態!!!」
五分後。
学園の空は青く澄み渡った。