玉虫色の雲海事件より五日の時が流れる。
「あぁあぁ! もう! なんでいつまで経っても犯人が分からないのよ!」
「ま、まぁまぁ、落ち着いて」
「有希はなんでそんなに落ち着いてるのよ! ムカつかないの!? 土日までこんなことで潰して!」
「ん、まあ、ムカつきはするけどさ……『アリス』とかも手伝ってくれてるし」
『アリス』の名前を耳にした途端、いづみの顔が歪んだ。
その感情は、嫌悪。
「あれ、『アリス』のこと嫌いだっけ?」
「嫌いっていうか……苦手? あのダラケの権化具合が」
あー、と有希は納得した様に手をあわせる。
「うんうん、だね。いづみちゃんは正反対だもんね」
「ってか! なんで全部人形任せにしてて太らないのよ! 髪だってサラサラしてるし! おかしいでしょ!」
「胸なら勝ってるよー?」
「それ以外が負けてれば逆に虚しいのよッ!」
まぁまぁ。と有希は目を吊り上げて吠える友人を手のひらを向けて制する。
ため息を吐いて落ち着きを取り戻したいづみはごめん、と謝罪を繰り出し、返事は待たず言葉を続けた。
「……にしても、何したかったんだろ」
それは疑問。
ここの誰にも分からないそれは空に溶け消える。
禁術の使用--それもアレンジされているともなれば、それこそ死ぬ気の努力を必要とする。
禁術自体の運用もそうだが、常人ならば魔法式の一端を理解しただけでも寿命を終えると言われるほど複雑なのだ。
それをアレンジ……しかも成功させるなど、正直な話当事者でなければ信じられなかった。
とはいえ、自分達の知り合いにそれを容易く可能とするだろう存在がいるわけだが、犯人の可能性からは排除する。
なにせ彼女はそれどころじゃないのだから。
「〈黒い本〉の見立てだと、魔法式の表記ブレから最低三世代に及ぶ努力の結果とか言ってたよね」
「ぶっちゃけ三世代でも信じられないわよ」
「え? そうなの?」
「そうよ。そりゃ、三世代続けて生まれた瞬間から死ぬ瞬間の一秒ですら研究に注ぎ込んだなら話は別よ。けれど、まともに思考出来るなんて五十年あるかないか、三世代なら約百五十年。この程度であれだけ膨大な魔法式を組み上げるなんてそれこそ才能の塊みたいな一族じゃない」
嫉妬しちゃうわ、といずみは続ける。
「〈嫉妬〉に言われると中々説得力すごいよね」
「人を嫉妬心のスペシャリストみたいに言うのやめなさい。だいたいその二つ名は私の模倣魔法から来てるのよ。皮肉にも程があるわ」
あはは、と有希は乾いた笑いを返す。
--彼氏である〈魔法破壊〉にすら重たい女とか言われてるのは言わないほうがよさそうだなぁ。
「……なによ」
「なんでもないよ」
二人は作業に戻った。
#
『魔法破壊』白崎計都は学園内でも高位に属する実力の持ち主だ。
クラスは【勇者】で、そのクラスは越界者、あるいは異世界人と呼ばれる別世界の住人のみが得られる専門職である。
勇者達には固有の能力があり、彼の場合にはそれが『魔法の無効化』という理不尽極まりない能力だった。
これはその後能力の完全把握をすることによって反射や効きづらくする程度に抑えることが可能となったわけだが、それはともかく。
「聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「……?」
白崎計都の前には少女がいる。
小柄で、表情に乏しいが整った顔立ちをしている。
計都の呼びかけに、少女はこくりと短い黒髪を揺らすことで了承を示した。
「ん、そう。玉虫の雲海を呼んだのは私」
計都が問いかける寸前、少女が徐ろに口を開いた。
「……あー、自白してくれてアリガトウ。まさか適当に話しかけた奴が犯人とかマジ楽だわー」
「……? 分かってたんじゃないの……?」
「あぁ、単に情報収集したかっただけだ」
二人の間に気まずい沈黙が流れた。
少しして、少女が壁に手をついた。
そして深くため息を吐いて、壁に向かって三角座り。
「とちった……」
その声には後悔が乗っていて、その上雰囲気もやたら重かった。
話しかけるのを躊躇う程度には。
「……仕方ない。私の悲願の為、あなたには死んでもら……あ」
「思ったより饒舌なのな?」
いきなり立ち上がった少女が何のためらいもなく赤黒の弾丸を無数に放つ。
しかし、残念ながら計都には魔法は効かない。
仕上げと巨大な魔法陣から極太のレーザーを放とうとした少女に投石。
すると、魔法陣が砕け散って辺りに散乱した。
散乱したそれは空気に溶け、学校の廊下に幻想的な光景を作り出した。
「ッスー……では、そういうことで」
「待て待て待て!!」
魔法が効かないと知るや否や、深呼吸してから少女は駆け出した。
速度から見るに、相当数の強化魔法を用いているらしい。
計都は追いつくために強化魔法を使って追いかける。
「【隆起せよ】」
「おわっ……!?」
計都の足元。廊下の一部が軽く隆起した。
それは普段なら跨いで通れる程度の隆起だが、しかし、全力疾走中の今では単純に脅威だ。
一瞬早く反応したが、それでも躓いた。
「【滑落】ぅぅ!!」
計都の叫び。
それは滑るという魔法。
対象は自分の制服前面だ。
つまずき、まず腹が着地した。
次いで腕、下半身。
そして。
狙い通りに計都は滑り出した。
「……ッ!? っ!!?」
その姿はまるでペンギンの様。
少女は恐怖を顔に張り付けてさらに速度を速める。
しかし、ここで少女に限界が訪れた。
足を縺れさせたのだ。
距離はおよそ十メートル。
倒れ、鼻血を垂らした少女に腹で滑る男が迫る……!
「ひ、あ、こ、来ないで……!」
「--なにをやっとるかこの変態があああ!!」
高速で駆け寄った少女が、
「ぐほぉっ!?」
計都が横に吹き飛んだ。
下手人の声に聞き覚えがありすぎた。
「何すんだいずみ!」
「こっちのセリフよアホ!! 私がいながら他の女に物理的に迫るなんてどういうことよ!」
「まて、なにか勘違いしてるぞおまえ!」
「は?」
「ごめんなさい。じゃなくて! 犯人! そいつ犯人だから!」
え、といずみが振り向いた先。
既に人影はない。
気まずい沈黙が流れた。
「……どーすんだよおい」
「……ごめん……」