タルミナ秘文録《ゼルダの伝説 時のプレリュード》 作:北条 ゆう(いすわーる)
差し込む朝日に包まれて、ルスタは目を覚ました。
感じる違和感。
発光しながら『ちょっと、いつまで寝てるのよ!』と耳元でうるさく騒ぎ立てる、あのいつもの甲高い声が聞こえない。
「……チャット?」
ルスタは自室を見回した。
あの琥珀色の光は、どこにもなかった。
「チャット、どこにいるんだよ? もうすぐ朝ご飯だよ」
声を張り上げてみても反応はない。
宿屋の周りを探ってみる。しかし、光の粒子のひとつすら残っていない。
『何かの気まぐれで、少し遠くまで散歩に出かけたのかもしれない』
ルスタは自分にそう言い聞かせ、胸のざわつきを抑えながらその日の仕事に取り掛かった。
しかし昼が過ぎ、夕暮れが訪れ、夜が巡ってきても、あの琥珀色の妖精がルスタの前に姿を現すことなかった。
その夜、ルスタは笛を握り締めながら寝入った。
チャットがいなくなってから三日、そして一週間が過ぎた。
「前と同じやつかな? ……本当、怒りっぽい妖精だな」
ルスタは薪割りをしながら、苦笑い混じりに呟いた。
これまでも、チャットが
以前ルスタが冗談半分に『ちょっと太ったんじゃない?』とチャットに言ったところ、琥珀色の光を爆発するほど発光させて激怒し、丸二日もの間どこかへ行ってしまったこともあった。
どうせ今回も、町外れの美味しい果実のなる木の上かどこかで、ふんぞり返っているに違いない。
「(もしかして……)」
しかし、十日が過ぎ、半月が経っても、宿屋の部屋にあの騒がしい羽音が戻ることはなかった。
ルスタの心に、薄暗い不安の影がじわりと広がり始める。
仕事中ふと誰かの視線を感じて、肩口に視線をやる。ひょっこりあの妖精が帰って来たのではないかと期待してしまう。
チャットのいない日常は、驚くほど静かで、そしてひどく味気ない。
「(コキリの森に帰っちゃったのかな……)」
ふと、そんな思いが頭をよぎった。
何らかの理由で、故郷へ帰ってしまったのかもしれない。
「帰るなら帰ると、そう一言言ってくれればいいのに……」
ルスタは小さく溜息をついた。
だが、胸のどこかで少しだけ安堵もしていた。
次に長期の休みが取れたら、いつものように自分も森へ帰ればいい。ヘソを曲げた理由は分からないが、そこで『悪かったよ』と謝れば、チャットはまたツンとそっぽを向きながらも、自分の肩に戻ってきてくれるだろう。きっと。
そう自分に言い聞かせ、ルスタは日常へと戻っていった。
数ヶ月後、宿屋の繁忙期が過ぎ、ルスタはようやくまとまった休みを手に入れた。
彼は弾む心で荷物をまとめ、懐に笛を忍ばせ、故郷を目指して街道をゆく。
見慣れたハイラル平原の景色が、少しずつ鬱蒼とした木々に遮られていく。あのひんやりとした、深い霧を孕んだ森の空気がルスタの全身を包み込んだ。
「ただいま!」
ルスタは声を弾ませ、いつも通り迷いの森へと足を踏み入れた。
体に染み付いた感覚のまま、右へ曲がり、左へ折れ、大木の根元を潜り抜ける。何度となく行き来した、目を閉じていても歩けるはずの、コキリの村へと続く《いつもの道》。
「変だな……」
だが、おかしかった。
いつもならもうとっくに霧の向こうから子供たちの賑やかな笑い声が聞こえてくる頃合いだ。コキリの家々が見えてくるはずのタイミングだ。
「道、間違えたかな?」
しかし、ルスタの目の前に広がっているのは、どこまで行っても変わらない、薄暗い巨木の群れと、立ち込める白い霧だけだった。
ルスタは足を止め、あたりを見回した。
もう一度入り口まで戻り、最初から慎重に足を進めてみる。あのねじれた倒木を越えて、次は三つ目の角を右に――
しかし、何度試しても、どれほど慎重に歩を進めても、景色は無情にループするだけだった。
焦りから、全身を冷たい汗が伝う。
まるで森そのものが生き物のように蠢き、ルスタの歩みを拒んでいるかのように。気がつけば、彼は自分が今、森のどこにいるのかさえ分からなくなっていた。
「リンク! サリア! ミド! 誰かいないのか?!」
声の限りに叫んでみても、その声は厚い霧に吸い込まれていく。
ルスタは知っている。
コキリの森という優しき揺り籠は、デクの樹の強力な結界によって、外の世界から完全に切り離されているということを。
だが、ルスタは知らなかった。
その結界を破り、コキリの森へと足を踏み入れることができるのは、神聖なる《森の妖精》に導かれた者だけであるというルールを。
「チャット! どこにいるんだよ……チャット!!」
・あとがき
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