タルミナ秘文録《ゼルダの伝説 時のプレリュード》   作:北条 ゆう(いすわーる)

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《第二話:惨劇(さんげき)

 タルミナの男たちが命を()して稼いだ時間は、あまりにも短く、あまりにも無慈悲に打ち砕かれた。

 ハイラル王国の情報網。それは遥か天空より地上を見下ろすことのできる圧倒的な《制空権》。避難民たちの隠密行動は最初から手のひらの上で転がされる玩具(がんぐ)に過ぎなかった。

 タルミナ避難民が街を出て、数日後の昼下がり。

 都市国家タルミナから南西のゲルド渓谷へと続く亡命ルート。

 それは《ウッドフォールの森》。後に《迷いの森》と呼ばれることになる、深く鬱蒼(うっそう)とした原生林の周辺をかすめるように伸びている。

 

「皆さん、ここで一度休憩し、昼食を――」

 

 避難民を先導する警護隊長が、乾いた喉を震わせながら一団にそう声をかけようとした、その瞬間――

 

 ――キェェェェェェァァァァァッ!!

 

 突如、雲を突き抜けて、鼓膜(こまく)を震わせる怪鳥の咆哮(ほうこう)が大空から降り注いだ。

 見上げるルスタの瞳に映ったのは、太陽の光を(さえぎ)るほどに巨大な、色鮮やかな翼の群れ――ハイラル王国軍が誇る最強の精鋭部隊:ハイラル聖天騎士団。

 すなわち、《ロフトバード騎兵》であった。

 

「な、なんだ、あの鳥は……! うわああああっ!?」

 

 逃避行の疲れから生じたわずかな安堵は、一瞬にして絶望へと塗り替えられた。

 空を埋め尽くす巨鳥の背には、鋼鉄の鎧に身を包んだハイリアの騎士たち。

 怪鳥共々、騎士団は冷徹な眼光を放ちながら次々と急降下してくる。彼らにとって、地上で泥にまみれる短耳の民など、天罰を与えるべき野蛮な異教徒に過ぎない。

 

 ――ドォォォン!!

 

 上空から容赦なく投下された爆弾が地表で炸裂(さくれつ)し、凄まじい爆炎と土煙が避難民を吹き飛ばした。

 悲鳴、怒号、そして肉が焦げるおぞましい臭いが、一瞬にして美しいタルミナ平原を地獄へと変えていく。

 

「ルスタ、離れちゃ駄目! 私の手を握って!!」

 

 母親は叫び、ルスタを(かば)いながら必死に地を駆ける。ルスタのすぐ横を、昼間にお菓子を分けてくれた優しいおばさんの生首が転がっていく。六歳の少年の視界は、飛び散る鮮血の赤と、爆炎の黒で完全に染まった。

 だが、この凄惨な殺戮(さつりつ)は、単なる殲滅(せんめつ)戦ではなかった。

 ある程度の数の警備兵や避難民たちが血の海に沈んだところで、ロフトバード騎兵たちはにわかに動きを変え、逃げ惑う生存者たちを包囲するように巨躯(きょく)を割り込ませてきた。

 

「武器を捨てろ! 這いつくばれ、未開の(ねずみ)どもめ!」

 

 高貴な白銀の鎧をまとったハイラル騎士の隊長が、血に濡れた剣を突きつけながら、傲慢な声を響かせる。

 彼らの真の狙いは、この場で全員を殺すことではない。生き残った女子供を《捕虜(ほりょ)》として拘束し、今なお必死の籠城戦を続けるタルミナの男たちの前に引きずり出すこと。

 我が子の泣き叫ぶ声を聞かせて戦意を挫き、誇り高き都市を無血開城させるための、冷酷極まりない軍事戦略であった。

 

「お、お母さん……怖いよ、お母さん……!」

 

 ルスタは血にまみれ、母親の胸に顔を埋め、ガタガタと震えながら(むせ)び泣いた。

 周囲では、泣き叫ぶ子供たちが母親の腕から引き剥がされ、(かせ)に繋がれていく。空を見上げれば、役目を終えたロフトバードたちが、まるで獲物を仕留めたことを誇るように、優雅に大空を旋回していた。

 神に選ばれし民の、圧倒的な暴力。

 タルミナの未来は、文字通り踏みにじられようとしている。

 

 

 

 勝敗は決した。そう誰もが確信し、ハイラル騎士たちが冷酷な笑みを浮かべている、そんな時だった。

 突如として、ウッドフォールの深い原生林から、陽光さえも遮るほどの濃密な何かが溢れ出してきた。

 森の木々が生き物のように不気味に蠢き、湿った風が、戦慄(せんりつ)を乗せて吹き抜ける。

 

「――何だ? 何が来る!」

 

 ロフトバードを降り、地上で避難民を追い詰めていたハイラル騎士の一人が、本能的にその何かを察し、恐怖で声を裏返した。

 霧の向こうから、その何かが現れた。

 ハイラルの洗練された軍隊とは根底から異なる、この世の理を外れた《森の軍勢》。

 カタカタと不吉な骨の鳴る音を響かせ、漆黒の大剣を構えた不死身の《骸骨戦士スタルフォス》の群れ。

 その背後からは、まだ子供の輪郭を残しながらも、木の皮で継ぎはぎしたような体を持つ怪異《小鬼スタルキッド》たちが、不気味な笑い声を(とどろ)かせながら躍り出てくる。

 さらに、その異形たちに混じり草原を駆けるのは、一五歳ほどの、人間の子供の姿をしたコキリ族の若者たちだった。彼らは童顔に似合わぬ冷徹な眼光を宿し、森の魔導が込められた刃を躊躇なく突き出す。

 そしてなにより戦場の空気を一瞬にして凍らせたのは、天空から舞い降りた四人の美女たち。《ウッドフォール神殿》の《神官四姉妹》であった。森の聖なる神殿の守護者たち。

 彼女たちが手にしたカンテラから放たれるのは、ハイラルの鋼鉄の鎧などものともしない、強力な魔法の炎。

 炎は金属をも発火させ、騎士たちをロフトバード共々次々と焼死させていく。

 

「異教の化け物どもめ!! (ひる)むな! 迎え撃てェーーッ!」

 

 ハイラル聖天騎士隊長は勇ましく叫んだが――(いく)ばくもしないうち、スタルフォスの大剣で鎧ごと、真っ二つに叩き斬られた。

 王国軍は大混乱の坩堝(るつぼ)へと叩き落とされる。

 大空という絶対的優位を奪われ、地上に降りていたロフトバード騎兵たちは、狭い森の入り口でその機動力を完全に封じられ、森の軍勢の餌食(えじき)となった。

 未だ天空に残る巨大な鳥たちは四姉妹の呪火に狂い恐怖し、主である騎士たちを振り落とさんばかりに暴走を始める。

 

「ぎゃああああっ! 悪魔だ、森の悪魔が出たぞ!」

 

「退け! 一旦、この場を離れろ! 退却!!」

 

 さきほどまで傲慢に民を踏みにじっていた神の民の軍勢は、今や見る影もなく潰走していた。誇り高き白銀の鎧は土と鮮血にまみれ、森の軍勢による一方的な蹂躙(じゅうりん)が始まる。スタルフォスの一撃が騎士の首を()ね、コキリの少年たちの放つ矢が逃げる背中を確実に射抜いていく。

 圧倒的な蹂躙の果てに、避難民を襲撃したハイラル軍はほぼ全滅へと追い込まれた。

 わずかに生き残った数名の騎士たちだけが、恐怖に顔を青白く染め、狂ったロフトバードを何とかいなし、その背にしがみついて、命からがら()()うの(てい)で逃げ延びていく。

 静寂が、再び戦場へと戻る。

 大地には無数の死体と、激しい戦闘の余韻で立ち上る黒煙だけが残されていた。

 息を潜めていたルスタが母親の胸の中から恐る恐る顔を上げると、そこには血に濡れた剣を杖代わりに地面について立つ、コキリ族の少年の姿があった。




・あとがき

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