タルミナ秘文録《ゼルダの伝説 時のプレリュード》 作:北条 ゆう(いすわーる)
《第四話:まどろみの揺り
ここ《コキリの森》において、時間は流れるものではなく、
常に満ちる新緑の匂いと、どこか遠くで爆ぜる瑞々しい果実の芳香。耳を澄ませば、森の生き物たちが立てる
ルスタはその日、巨大な大木の根元に腰掛け、自らの手のひらを見つめていた。
「……変わらないな」
ぽつりと言葉を零す。
六歳の冬、母と共に故郷タルミナを脱出し、一人この森に預けられた……そんな
不思議なことに、ルスタの身体は《一二歳》でその成長の歩みをぴたりと止めていた。いや、ルスタだけではない。周囲で無邪気に駆け回るコキリの子供たちは、誰もが例外なく一〇から一二、あるいはそれ以下の幼い輪郭のまま、何年、何十年もの時を陽気に
「おーい、ルスタ! どうしたノ? またそんなところで突っ立って、空なんか見上げてサ!」
背後から声をかけてきたのは、仕立ての良い草の衣を
肩口では一匹の妖精が小さな羽を震わせている。
「サリア」
「また、外のことを考えてたんでしょウ? デクの樹様がいつもおっしゃっているじゃなイ」
サリアの言葉にはこの森の住人特有の、純粋な諦観が混ざっていた。
「森の外は恐ろしい世界で、アタシたちコキリ族は、外に出たら死んじゃうんだっテ」
彼らにとって、森の外とは地獄であり、この緑の結界の内こそ世界のすべて。
「分かってるよ。ただ……」
ルスタは言いかけ、視線を再び、遥か上空へと戻した。
「時々、耳の奥で音が聞こえるんだ。からくりが
その瞬間、どこかから妖精が一匹ルスタの顔の前に突然飛び出してきた。
光の粒子を振り撒きながら、まるで不浄なものを払うかのように、ルスタの鼻先を激しく飛び回る。
「ほら見ろよ、ルスタ!」
少し離れた木の根元から、腕を組んでルスタたちへ歩み寄ってきたのはミドだった。
「お前の心が汚れてるから、オイラの妖精が怒ってんだぜ!」
彼はいつも、《一人前の証》である《相棒の妖精》を持たないルスタを、事あるごとにねちねちと口うるさく言う役回りを買って出ていた。
「コキリの子供は、みんな自分だけの妖精を持つ。デクの樹様がこの森の仲間とお認めになった証だ!」
ミドの言葉は
「お前は森に拒絶されてるんだよ!」
だがルスタの胸には不思議なほど響かなかった。
痛まないわけではない。
しかし、それ以上に彼の心を占めていたのは、強烈な違和感だった。
「……構わないさ、ミド」
ルスタは静かに立ち上がり、衣服についた苔を軽く払った。
「妖精がいないからって、僕は困っていない。君たちと一緒に木の実を拾うこともできるし、迷いの森の道だって覚えている。ただ、僕には相棒の妖精がないだけ……それだけだよ」
「ふん、強がりやがって! 一生、独りぼっちで突っ立ってろ!」
ミドは吐き捨てるように言うと、自分の妖精をきらめかせながら去っていった。
残されたサリアは申し訳なさそうに『ミド、本当はあんなこと思ってないんだヨ。あなたを心配してるノ』と弁解するのであった。
ルスタは、柔らかな木漏れ日の中に佇んでいた。
周囲を見渡せば、コキリの里は今日も平和そのものだった。くり抜かれた大木の家々からは、香ばしいスープの煙が立ち上り、子供たちの他愛のない笑い声がこだましている。
「(ここは天国だ。
しかしルスタの胸の底には、どうしても拭い去れない《心の隙間》がぽっかりと穴を空けていた。
ルスタは里の境界線である、うっすらと霧が立ち込める細い獣道へと歩を進めた。ここから先は《迷いの森》。大人が入れば正気を失い、異形へと変わる恐怖の領域。
境界の木々に手をかけ、ルスタは森の奥の、暗い闇を見つめた。
風が吹き抜けていく。その風は、コキリの森の甘い匂いとは明らかに異なっている気がした。
錆びた鉄の匂い、乾いた土の匂い、そして――どこか懐かしい、大勢の人々の熱気。そんなものが伝わってくる気がした。
「僕は、どう生きていくべきなんだろう……」
その呟きに応えるものは、誰もいなかった。
・あとがき
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