タルミナ秘文録《ゼルダの伝説 時のプレリュード》   作:北条 ゆう(いすわーる)

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第二章 望郷のラプソディ
《第四話:まどろみの揺り(かご)


 (こずえ)隙間(すきま)から零れ落ちる陽光は、微細な(ちり)(はら)んで黄金の糸のように虚空を編んでいた。

 ここ《コキリの森》において、時間は流れるものではなく、(よどみ)のように深く、優しく堆積(たいせき)するものだった。

 常に満ちる新緑の匂いと、どこか遠くで爆ぜる瑞々しい果実の芳香。耳を澄ませば、森の生き物たちが立てる衣擦(きぬず)れのようなざわめきと、絶え間のない妖精たちの羽音が、まるで母の胎内にいるかのような絶対の安寧を約束していた。

 ルスタはその日、巨大な大木の根元に腰掛け、自らの手のひらを見つめていた。

 

「……変わらないな」

 

 ぽつりと言葉を零す。

 六歳の冬、母と共に故郷タルミナを脱出し、一人この森に預けられた……そんな(おぼろ)げな、しかし胸の奥をキリキリと締め付けるような《喪失の記憶》だけを残して、だが六歳までの大半の記憶はデクの樹の慈悲深き魔力によって、深い霧の彼方にあるかのようにモヤがかかっている。

 不思議なことに、ルスタの身体は《一二歳》でその成長の歩みをぴたりと止めていた。いや、ルスタだけではない。周囲で無邪気に駆け回るコキリの子供たちは、誰もが例外なく一〇から一二、あるいはそれ以下の幼い輪郭のまま、何年、何十年もの時を陽気に反芻(はんすう)している。それがこの森の法であり、デクの樹が子供たちに与えた《不老》という名の救済だった。

 

「おーい、ルスタ! どうしたノ? またそんなところで突っ立って、空なんか見上げてサ!」

 

 背後から声をかけてきたのは、仕立ての良い草の衣を(まと)った少女:サリアだった。

 肩口では一匹の妖精が小さな羽を震わせている。

 

「サリア」

 

「また、外のことを考えてたんでしょウ? デクの樹様がいつもおっしゃっているじゃなイ」

 

 サリアの言葉にはこの森の住人特有の、純粋な諦観が混ざっていた。

 

「森の外は恐ろしい世界で、アタシたちコキリ族は、外に出たら死んじゃうんだっテ」

 

 彼らにとって、森の外とは地獄であり、この緑の結界の内こそ世界のすべて。

 

「分かってるよ。ただ……」

 

 ルスタは言いかけ、視線を再び、遥か上空へと戻した。

 

「時々、耳の奥で音が聞こえるんだ。からくりが()み合うような、重い歯車が回るような音が……僕の本来いるべき場所は、もっと騒がしくて、もっと広い場所だった気がするんだ」

 

 その瞬間、どこかから妖精が一匹ルスタの顔の前に突然飛び出してきた。

 光の粒子を振り撒きながら、まるで不浄なものを払うかのように、ルスタの鼻先を激しく飛び回る。

 

「ほら見ろよ、ルスタ!」

 

 少し離れた木の根元から、腕を組んでルスタたちへ歩み寄ってきたのはミドだった。

 

「お前の心が汚れてるから、オイラの妖精が怒ってんだぜ!」

 

 彼はいつも、《一人前の証》である《相棒の妖精》を持たないルスタを、事あるごとにねちねちと口うるさく言う役回りを買って出ていた。

 

「コキリの子供は、みんな自分だけの妖精を持つ。デクの樹様がこの森の仲間とお認めになった証だ!」

 

 ミドの言葉は辛辣(しんらつ)だった。

 

「お前は森に拒絶されてるんだよ!」

 

 だがルスタの胸には不思議なほど響かなかった。

 痛まないわけではない。

 しかし、それ以上に彼の心を占めていたのは、強烈な違和感だった。

 

「……構わないさ、ミド」

 

 ルスタは静かに立ち上がり、衣服についた苔を軽く払った。

 

「妖精がいないからって、僕は困っていない。君たちと一緒に木の実を拾うこともできるし、迷いの森の道だって覚えている。ただ、僕には相棒の妖精がないだけ……それだけだよ」

 

「ふん、強がりやがって! 一生、独りぼっちで突っ立ってろ!」

 

 ミドは吐き捨てるように言うと、自分の妖精をきらめかせながら去っていった。

 残されたサリアは申し訳なさそうに『ミド、本当はあんなこと思ってないんだヨ。あなたを心配してるノ』と弁解するのであった。

 

 

 

 ルスタは、柔らかな木漏れ日の中に佇んでいた。

 周囲を見渡せば、コキリの里は今日も平和そのものだった。くり抜かれた大木の家々からは、香ばしいスープの煙が立ち上り、子供たちの他愛のない笑い声がこだましている。

 

「(ここは天国だ。()えも、(こご)えも、戦争もない。完全なる揺り籠。子供の国:ワンダーランド)」

 

 しかしルスタの胸の底には、どうしても拭い去れない《心の隙間》がぽっかりと穴を空けていた。

 ルスタは里の境界線である、うっすらと霧が立ち込める細い獣道へと歩を進めた。ここから先は《迷いの森》。大人が入れば正気を失い、異形へと変わる恐怖の領域。

 境界の木々に手をかけ、ルスタは森の奥の、暗い闇を見つめた。

 風が吹き抜けていく。その風は、コキリの森の甘い匂いとは明らかに異なっている気がした。

 錆びた鉄の匂い、乾いた土の匂い、そして――どこか懐かしい、大勢の人々の熱気。そんなものが伝わってくる気がした。

 

「僕は、どう生きていくべきなんだろう……」

 

 その呟きに応えるものは、誰もいなかった。




・あとがき

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