タルミナ秘文録《ゼルダの伝説 時のプレリュード》   作:北条 ゆう(いすわーる)

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《第五話:森の庇護者》

 その日、優しく、しかし抗いがたい力を持った大いなる意思が、ルスタの意識へと直接語りかけてきた。

 

『――ルスタよ。ワシのもとへ来るがよい――』

 

 それは森の庇護者であり、父でもある《デクの樹》の呼び声だった。

 ルスタはコキリの最奥へと続く聖道を歩く。巨大な根が複雑に絡み合うトンネルを抜けると、目の前がパッと開けた。

 

「デクの樹様。お呼びでしょうか」

 

 天を突くほどに巨大な大木がその圧倒的な威容を現す。苔むした樹皮には人間の老人を思わせる顔があり、慈愛に満ちた、しかしすべてを見通すような双眸(そうぼう)がルスタをじっと見つめていた。

 

「よく来たな、ルスタ」

 

 頭上からさらさらと木の葉が擦れ合う音。そして声が。

 

「お前がこの森に身を寄せてから、もう何年もの時が流れたな……この揺り籠の中で、お前は常にどこか遠くを、緑の天蓋(てんがい)の向こうを見つめておった」

 

 デクの樹の静かな指摘に、ルスタは小さく息を呑んだ。自分の胸の奥にある《外の世界への憧憬》は、この偉大な父にはすべてお見通しだったのだ。

 

「問おう、ルスタよ。お前はこの森を出て、果てなき外の世界を求めんとするか?」

 

 デクの樹が子供たちに言い聞かせる『外の世界は恐ろしい場所だ』という(いまし)めが、ルスタの脳裏をよぎる。

 

「……はい、デクの樹様」

 

 しかし、彼の魂に刻まれた渇望は強かった。

 ルスタは顔を上げ、まっすぐ大樹の父を見つめ返した。

 

「この森がどれほど優しく、僕を守ってくれているかは分かっています。でも、どうしても、あの森の向こうに何があるのか、今どうなっているのか、自分の目で確かめたいんです」

 

 重い沈黙が聖域を支配した。

 

「……それもまた、フロル様の思し召しか……」

 

 デクの樹は悲しげに、しかし覚悟を決めたようにその太い枝をわずかに揺らした。

 

「お前が真にそれを望むなら、引き留めることはせぬ……だが、外の世界はあまりに広く、そしてお前にとって厳しい試練に満ち溢れておることだろう」

 

 その鬱蒼(うっそう)とした葉の隙間から、一条の鋭い光の玉が飛び出してきた。

 

「なれば、ただ一人で行かせるわけにもいくまいて」

 

 妖精。

 その光はどこかツンと尖ったような、強い意思を感じさせる琥珀(こはく)色の輝きを放っていた。

 

「紹介しよう。この妖精の名は《チャット》。お前の進むべき道を照らす、ガイド妖精だ。チャットよ、この少年の旅路を支えよ』

 

 光の玉はルスタの周囲を威嚇するように激しく旋回すると、彼の鼻先でピタリと止まり、キィと甲高い声をあげた。

 

「えぇっ、デクの樹様! 私コイツと一緒に外の世界にいかなきゃいけないんですか?!」

 

 チャットは羽を激しく震わせ、不満を露わにするように鋭い声で喋り出した。

 ルスタは驚く。これほどはっきりと、しかもデクの樹に文句を言う妖精になど、出会ったことがなかったからだ。

 

「な、なんだよ。僕だって君にガイドしてもらいたいなんて――」

 

「なによ生意気な! 私はデクの樹様の命令だから従うだけよ、勘違いしないでよね!!」

 

 絵にかいたようなツンツン。

 空中を刺すように飛ぶチャットを見て、デクの樹は微かに笑うように葉を鳴らした。

 

「ふふ、賑やかになりそうだな。ルスタよ、チャットと共に外の世界へ赴くがよい。お前の行く道に、フロル様のご加護のあらんことを』

 

「有難うございます、デクの樹様!」

 

 かくして、ルスタがずっと夢に見ていた《外の世界》への扉が開かれたのであった。




・あとがき

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