タルミナ秘文録《ゼルダの伝説 時のプレリュード》   作:北条 ゆう(いすわーる)

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《第六話:リンクとルスタ》

「リンク! リンク、聞いてくれ!」

 

 ルスタはくり抜かれた大木の我が家へと、文字通り飛び込むようにして帰ってきた。

 

「どうしたの、ルスタお兄ちゃん?」

 

 部屋の奥では、自分と同じ一二歳ほどの身体つきをした少年が、ベッドに腰掛けて自作の木剣を(みが)いていた。

 鮮やかな金髪に、澄んだ青い瞳。ルスタの同居人であり、誰よりも固い絆で結ばれたリンク。

 ルスタの弟のような存在だ。

 

「これを見てくれよ!」

 

 ルスタが六歳の時にこの森に連れてこられたのに対し、リンクはまだ物心もつかない赤ん坊の頃に預けられた。

 それだけの年齢差があったはずなのだが……

 デクの樹の魔法によって、現在の二人は全く同じ一二歳ぐらいの少年として、ここで一緒に暮らしている。

 そして不思議なことに、お互いそのことを『特におかしなことではない』と、どういう訳かごく自然に受け入れていた。

 

「なによ、じろじろ見ないでよね」

 

 ルスタの肩口から、琥珀色の光を放つチャットがひょっこりと顔を出した。

 

「妖精……!」

 

 ツンとそっぽを向くチャットを見て、リンクは驚きのあまり磨いていた木剣を床に思わず落としてしまう。

 

「お兄ちゃんのとこにも、ついに自分だけの妖精が来てくれたんだね!」

 

 リンクの瞳が羨望と――

 

「あぁ! しかも、デクの樹様が外の世界に出ることを許してくれたんだ。僕、この森を出るよ、リンク!」

 

 どこか寂しげな光で揺れた。

 

 

 

「いいなぁ……外の世界かぁ」

 

 リンクは立ち上がり、窓の外を見つめている。

 

「一体、外の世界ってどれくらい広いんだろうね? どんな人がいて、どんな街があるんだろう?」

 

 コキリの森に預けられた時、リンクは赤ん坊だったこともあって、かつてハイラルに滅ぼされたタルミナ共和国のことを何も覚えていない。

 かくいうルスタにしても、幼い時のことはあまり覚えていない。

 だが同じ故郷の血が、そして《ここではないどこか》を求める魂が、二人を同居人という運命に結びつけ、今同じ夢を見せている。

 

「ずるいよ、僕を置いていくなんてさ……」

 

 リンクは悔しそうに、

 

「僕だっていつか絶対に妖精を仲間にして、お兄ちゃんみたいに外の世界に行くからね!」

 

 けれど本当に嬉しそうに笑って、ルスタの肩を小突いた。

 

「待ってるよ。リンクなら、きっとあっという間に外の世界に出てこられるさ」

 

 ルスタは笑って返した。

 二人の少年は、ただ純粋に、緑の揺り籠の向こうに広がる未来を夢見ながら、無邪気な笑顔を交わし合っていた。

 

 

 

 旅立ちの朝は静かに訪れた。

 コキリの森を包む霧はいつもより深く、乳白色の(とばり)の向こうから、まだ目覚めぬ森の住人たちの微かな寝息が聞こえてくる。

 ルスタは旅支度を整えて家を出た。肩口では、琥珀色の光を放つチャットが「ふわぁ」と小さなあくびを噛み殺しながら、眠たげに羽を震わせている。

 

「ちょっと、ルスタ。本当にこんな朝早くに行くわけ? もう少し日が昇ってからでもいいんじゃない?」

 

「だめだよ、チャット。みんなが起き出したら、特にミドにでも見つかったら、うるさいからね」

 

 ルスタは言いかけ、住み慣れた大木の我が家を振り返った。

 だがそこには今、昨夜遅くまで旅の準備を手伝ってくれていた、弟の姿はなかった。

 

「(リンク、一体どこいっちゃったんだ?)」

 

 寂しさを覚えながらも、ルスタがコキリの里出口である()り橋へと歩みを進めた。

 

「お兄ちゃーーんっ!」

 

 橋を渡ろうとした、まさにその時。

 霧の向こうから、息を切らした高い声が響いた。

 

「リンク!!」

 

 振り返ると、緑の衣の裾を泥で汚したリンクが、こちらへ走ってくるところだった。

 その手には何か小さな、包みのようなものが握られている。

 

「はぁ、はぁ……間に合って、よかった……!」

 

 リンクはルスタの前で膝に手を突き、激しく肩を上下させた。

 その額からは大粒の汗が流れている。

 どうやら朝早くから、どこかへ出向いていたようだった。

 

「これ、持っていってよ」

 

 リンクが差し出してきたのは、丁寧に編まれた草の(ひも)で括られた布の包。

 紐を解くと、中から一本の素朴な木製の笛。

 表面は滑らかに研磨され、少年の小さな指に馴染むようにいくつかの穴が綺麗に空けられている。

 

「これは……」

 

「笛だよ」

 

 リンクは照れくさそうに鼻の頭を掻いた。

 

「ルスタお兄ちゃんも音楽好きでしょ? 二人で屋根に上って、風の音に合わせて口笛吹いてたじゃん?」

 

 ルスタは、受け取った笛の温もりを手のひらで確かめた。

 削り出したばかりの瑞々しい木肌からは、コキリの森の、甘くて優しい匂いが微かに立ち昇っている。

 

「僕一人じゃ上手く作れなかったから、サリアに手伝ってもらったんだ。サリアが言ってたよ。笛にはフロル様の加護を込めてあるから、外の世界に行っても、これを吹けばいつでもこの森の優しさを思い出せるよって」

 

 自分を送り出してくれる弟の、言葉にならないほどの深い情愛が、その一本の笛には詰まっていた。

 

「……有難う、リンク。本当に、最高の贈り物だよ」

 

 ルスタは胸の奥が熱くなるのを感じながら、笛を大切に懐へと仕舞い込んだ。

 

「ふん、なかなか(いき)なことするじゃない、アンタ」

 

 チャットがルスタの肩から身を乗り出し、上から目線ながらも感心したようにリンクを見つめた。

 

「安心しなさい、リンク。コイツが外の世界で迷子にならないように、私がしっかり導いてあげるから!」

 

「うん、チャット、ルスタをよろしくね」

 

 リンクはチャットに向かって微笑むと、もう一度、ルスタの目をまっすぐに見つめた。

 

「ルスタお兄ちゃん……森に帰ってきたら、旅の話たくさん聞かせてよ」

 

「うん、約束する。外の世界で、面白いことたくさん見つけてくるよ」

 

 二人の少年は握手を交わす。

 タルミナという亡国の血を分け合い、侵略の嵐から逃れてきた二人の遺児。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

「いってらっしゃい!」

 

 リンクの弾むような声を背中に受けながら、ルスタは意を決して、霧深い吊り橋を渡り始めた。

 一歩、また一歩と進むにつれ、背後のコキリの森の気配が、デクの樹の優しい魔力が、ゆっくりと遠ざかっていく。

 吊り橋を渡りきり、迷いの森へと続く暗いトンネルへと足を踏み入れる直前、ルスタは振り返り、大きく手を振った。

 霧の彼方で、弟がいつまでも、いつまでも手を振り続けているのがはっきりと見えた。




・あとがき

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