タルミナ秘文録《ゼルダの伝説 時のプレリュード》 作:北条 ゆう(いすわーる)
ハイラル平原の街道にある、とある宿場町。
そこにルスタの《外の居場所》はあった。
あれから数年、旅の果てにこの町へ辿り着いたルスタは、ある宿屋で仕事を任されるようになっていた。
荷馬車の積み下ろし、薪割り、接客。額に汗かき働いて、賃金をもらう。それは決して華やかな生活ではなかったが、確かな平穏の味がした。
「ルスタが帰ってきたぞ!」
なにより、彼には帰る故郷があった。
数ヶ月に一度、外の世界の空気に息苦しさを感じると、ルスタはコキリの森に戻るべく、迷いの森へと足を向ける。
デクの樹の結界をくぐり、懐かしい緑の匂いに包まれると、そこにはいつも変わらない故郷が待っていた。
「おかえり、ルスタ」
真っ先に駆け寄ってくるリンク。相変わらず小言を言うミド。優しく微笑むサリア。
ルスタは皆に囲まれながら、外の世界で見たこと、賑やかな宿場町のこと、そしてちょっと意地悪な長耳の大人たちの話を、語って聞かせていた。
森の子供たちは目を輝かせて彼の話に聞き入り、リンクは『いいなぁ、僕も早く外へ行きたいよ』といつも
外の世界にささやかな居場所を持ち、時折、故郷へ羽を休めに帰る。バランスの取れた生活。
月日は流れ、ルスタの身体は一五歳の少年のそれへと成長していた。
その日の夜、一日の仕事を終えたルスタは、宿屋の裏手にある干し草の山に寝転び、夜空を見上げていた。懐から取り出したのは、旅立ちの日にリンクから貰った、あの笛だ。月の光に照らされながら素朴な旋律を奏でると、彼の肩口から、琥珀色の光がふわりと浮かび上がった。
「相変わらず、優しくてちょっと切ない曲ね」
チャットが風に揺れるように飛び回りながら、ルスタの顔の前に降りてきた。彼女の輝きは数年前と変わらず美しかったが、その声にはどこか、夜の静寂に溶け込むような落ち着きが混ざっていた。
「ねえ、ルスタ」
チャットは干し草の突き出た一本にちょこんと腰を下ろし、じっとルスタを見つめた。
「身体もずいぶん大きくなったし、ここでのお仕事もすっかり板に付いて、少しだけど貯蓄だって出来た……これから、どうするの?」
何気ない、けれど未来を問うチャットの言葉に、ルスタは笛を唇から離し、穏やかに微笑んだ。
「そうだね……僕は、これからもこんな風に暮らしていきたいな」
「こんな風に?」
「うん。この町でみんなを手伝って、お金を稼いで、チャットと一緒に美味しいものを食べてさ。それで時々コキリの森に帰って、リンクやみんなに外の話を聞かせるんだ」
ルスタの言葉は純心で満ちていた。
「森の時間はゆっくりだから、みんな《あの頃のまま》待っていてくれる……そんな風に、ずっと、ずっとね」
彼は気付いていていなかったのかもしれない。
自分の身体が日々成長し大きくなり、コキリの森の子供たちの
「ふん……あんたらしい、締まりのない答えね」
チャットはしばらく黙ってルスタを見つめていた。その琥珀色の光が、一瞬だけ、ひどく寂しげに明滅した。
チャットはツンとそっぽを向いた。それを隠すかのように。
「まぁ、いいんじゃない。あんたがそうしたいならさ」
「ありがと。じゃあ、明日も早いから、もう寝よっか」
ルスタは笑って目を閉じ、布団に身を沈めた。枕元では、チャットの温かな光がいつも通りに彼を包み込んでいた。すべてはいつも通り。
明日も、明後日も、そのまた明日も、この幸福なまどろみが続いていくのだと、ルスタは信じていた。
・あとがき
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