第12話 魔導契約
私たち、双蛇党の若手メンバーが10名ほど、詰所に呼び出された。
「よく来てくれた。諸君らのアラミゴ方面の後方支援部隊への配属が決まった」
上司の言葉に、私たちは背筋を伸ばす。
「既に何名かは話を聞いているだろう。今、アラミゴは大きく情勢が動いている。諸君らの任務は、物資輸送や負傷兵の治療、後退時の護衛が主になる。三日後には出立予定だ。長期の配属になる可能性もあると思っておけ」
「長期、ですか」
思わず聞き返してしまう。
ソリさんとベレナールさんも、顔を見合わせていた。
「エオルゼア同盟軍として、双蛇党のベテラン達が先に動いているが、戦いが長引きそうでな……。それに、戦場になっているギラバニア方面には、そこに住む住民達も居る。彼らを支えてやってくれ。」
早い、私はそう思った。
鉄仮面の事件の話を聞いたのは2日前だ。
そこから一気に、紅蓮の物語が進んでしまっているようだった。
資料をめくりながら、上司はさらに続けた。
「詳細な部隊編成と担当区域は、明日リンクパールで伝える。それまでに、おのおの身の回りを整理しておくように。長く家を留守にする者もいるだろうからな」
詰所を出て、ソリさんとベレナールさんと、三人でしばらく無言のまま歩く。
石畳を踏む音だけが、やけに大きく響いた気がした。
最初に口を開いたのはベレナールさんだった。
「後方支援か。まあ、いきなり最前線ってわけじゃないだけマシかもな」
「そうね。でも、長く帰れなくなるっていうのは……少し、心配ね」
ソリさんがちらりと私を見る。
「大丈夫です。私も準備をしてきますね。一度、イディルシャイアに寄って、それから合流します」
そう笑ってみせたけれど、内心は落ち着かなかった。
長い旅には慣れてきたつもりだったけれど、いつ帰れるか分からない、その響きだけは、すんなりとは飲み込めなかった。
「セラ、装備の方は大丈夫か? 長期になるなら、消耗品も多めに持ってった方がいいぞ」
「うん、そうですね。ポーションとエーテルは多めに。あと……」
言いかけて、少し口ごもる。
私には保留にしていた事、準備しなければならない事があった。
私はチラリと先生を横目に見た。
先生と目が合い、頷いてくれた。
二人はその先を聞かず、ただ「頑張ろう」と言い合って、そこで解散になった。
皆、次のステージに備える為、準備を進めていく。
◆
久しぶりに帰ったイディルシャイアの孤児院は、相変わらず賑やかだった。
玄関を開けた瞬間、ケビが真っ先に飛びついてくる。
「セラだーーー! おかえりー!」
「ただいま、ケビ。相変わらず元気だね」
頭を撫でると、くすぐったそうに笑う。
奥からシロお姉ちゃんとクロも顔を出した。
台所からは、いつもの野菜スープの匂いがふわりと漂ってくる。
いつでも、私を安心させてくれる匂いだ。
「セラ、おかえりなさい。今回はゆっくりできるの?」
「ううん、実は……」
しばらくの間、双蛇党の任務で拠点にしていたグリダニアを離れ、こちらにも顔を出せないかもしれない事を伝える。
シロお姉ちゃんの表情が、少しだけ曇った。
「長期の配属、か……。危険な任務ではないのよね?」
「うん、後方支援だから。まだ新人だし、前線に出ることはないと思う。心配しないで」
自分に言い聞かせるようにも聞こえたかもしれない。
それでも、そう言うしかなかった。
この世界に来てから何度も感じてきたことだけれど、安心させる言葉というのは、時々自分自身に一番効いてしまう。
クロは黙って私の袖を掴んでいた。
いつもならもっと質問攻めにしてくるのに、今日は静かだ。
「クロ?」
「……セラ、これ」
差し出されたのは、小さな布に包まれた手作りのブレスレットだった。
細い革紐に、いくつかの小さな青く光る石と、桃色の小さな貝殻が編み込まれている。
よく見ると、結び目のところどころに、何度もやり直した跡があった。
「お守り。わたしとケビで作ったの。教えて貰って、魔法も頑張って込めて。……ちゃんと、帰ってきてほしいから」
その不器用な結び目を見ていると、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「ありがとう、クロ、ケビ。大切にするね」
手首に結んでもらいながら、私は改めて思う。
強くなりたい理由は、こういう小さな約束のためでもあるのだと。
ヒカセンのように華々しい戦いの目的があるわけじゃない。
ただ、この温もりを守るための強さが欲しいのだ。
◆
院の皆にひと通り顔を見せたあと、私が向かったのはマトーヤ様の洞窟だった。
石の階段を降りるたびに、涼やかな地下の空気が肌を撫でる。
「ほう。少しはマシな顔になったかね?」
あの日以来、久しぶりに会ったマトーヤ様は、そんな皮肉めいた挨拶で迎えてくれた。
傍らに立つ先生――おしえるくん――が、心なしか居住まいを正したように見えた。
「今日は、ワタクシから、いえ、ワタクシ達からお話ししたいことがございます」
「珍しいね、お前が自分から言い出すとは」
私達は少し間を置いてから、これまでのことを話し始めた。
旅の中で、幾度となく危険な場面があった。
私が戦っている時、先生は離れた場所で見守るしかなかった。
タムタラの墓所のときも、先生はチョコボ達と共に、外で帰りを待つことしか出来なかった。
帰還予定の時間になっても戻って来ない私達を、凄く心配してくれていたのだった。
あのとき感じた無力さと悔しさが、先生自身の中に、ずっと燻っていたのだろう。
クルトゥネさんが巴術士として、召喚した精霊と共に戦う姿を間近で見て、先生が私に気持ちを打ち明けてくれた。
そして、もう一つ。
カルン埋没寺院で手に入れた、あの古い魔導書。
解読を進めるうちにわかったのは、それが巴術と、更にその先にある学者の術式にも繋がる内容だった。
「マトーヤ様。これまで先生は、マトーヤ様が込めてくださった知識と魔力で動いていました。だから、大きく魔力を使う様な事、戦ったりする事はできなかった」
「そうだね。コイツはあくまで教師役。魔法の訓練用に作った人形だ」
「それを、私から魔力を送れるように、魔法の契約を結び直したいんです。先生と一緒に、戦えるように」
先生が私の隣で、小さく頭を下げる。
「はい、ワタクシも……彼女を守りたい、彼女と共に戦いたい、そう思っております。マトーヤ様、何卒お願いいたします」
しばらくの沈黙のあと、マトーヤ様は小さく息を吐いた。
杖を持つ手が、ゆっくりと先生の方へ向けられる。
「これまで何体も特訓用の人形をこしらえてきたがね。そんな使い方をしようとした者と、そしてそれを自分で言い出す人形も、お前が初めてだよ」
杖の先で先生を軽く小突く。
「言っておくが、それなりに丈夫には作ってある。だが、あくまで訓練用の範疇だ。戦うための身体にはしていないよ。それも承知の上なんだね?」
「はい」
私と先生の声が、ほとんど同時に重なった。
「コヤツには色々知識を入れ込んだ、それなりに優秀な教師役だと思っていたんだがねぇ。まさか、それじゃあ足りないと言われるとはね。そこまで欲張りだとは思わなかったよ」
呆れたように、もう一度ため息をついたあとで、マトーヤ様は口の端を少しだけ上げた。
その表情は、怒っているようで、どこか嬉しそうにも見えた。
「良いだろう」
その一言で、洞窟の中の空気が少しだけ和らいだ気がした。
先生は何度も頭を下げ、私も自然と深く頭を下げていた。
「そう固くならなくていいよ。私はただ、面白いものを見せてもらえそうだから、乗ってやるだけさ」
そう言って、マトーヤ様は杖の先で床をこつん、と鳴らす。
「さて、それじゃあ早速始めようかね。座りな、二人とも」
私たちは言われるままに、洞窟の中央にある古びた敷物の上に腰を下ろした。ひんやりとした石の感触が、じんわりと伝わってくる。
◆
「その子の身体は、いずれ自分で手入れできるようになることだね。ウルダハの彫金師ギルドを訪ねてみるといい。あそこには魔導人形の専門家がいる」
そう言い残すと、マトーヤ様は静かに詠唱を始めた。
「少しだけ手を貸してやろう。残りは今のお前なら、引き継いで出来るだろうさ」
古い言葉が、洞窟の中に低く、けれど確かな響きで満ちていく。
私と先生の足元に、淡く光る魔法陣がゆっくりと浮かび上がった。
温かい光が、足先からゆっくりと這い上がってくる。
まるで湯に浸かっているような、それでいてどこか懐かしいような、不思議な感覚だった。
誓いの言葉が続く。
魔力の道を繋ぎ、絆を結び、互いを支え合うための古い契約の詠唱。
私はマトーヤ様に促されるまま、自分の言葉でそれに応える。
「私、セラは、先生と共に歩み、共に戦うことをここに誓います」
「ワタクシも、彼女と共に。この身に流れる魔力の続く限り、隣で支え、共に戦うことを誓います」
光の線が、私と先生の間を一本の糸のように結んでいく。
それは今までの、「訓練用の魔導人形とその持ち主」という関係とは、明らかに違う何かだった。
光が収まったとき、先生の身体がふわりと震え、私の中を通って何かが流れていくのを感じた。
胸の奥から、これまで存在しなかった回路が繋がったような、そんな不思議な感覚。
「……これが」
自分の手のひらを見つめる。
「はい、ワタクシの中にも、たしかに新しい力が流れております。マトーヤ様、ありがとうございます」
「礼はいい。せいぜい無茶をしないことだね」
マトーヤ様はそう言うと、ついでとばかりに古びた紙の束を先生に手渡した。
かなりの厚みで、端の方はすでに黄ばんでいる。
「これは私の魔導人形の研究資料だ。持っていきな」
「良いんですか?」
「持て余してるだけさ。お前の方が、今後役立たせられるだろうしね」
こうして先生は、私の魔力を糧に、その身に詰め込まれている魔法の知識や新たに得た魔導書の力をもって、巴術士としての――そしていずれは学者としての――力を扱えるようになっていく。
◆
グリダニアに戻る道中、私たちは中央ザナラーンにも立ち寄った。
灼熱の砂の匂いと、小さな市場のざわめきに包まれる。
もしかしたらヒカセン達の赤魔道士としての師となる、シ・ルン・ティアに会えるかもしれないと、少しだけ期待していたのだ。
けれど結局、その姿を見つけることはできなかった。
会えなかったのは少し残念だったけれど、私には先生が居る。
ゲーム内で言う所の紅蓮から解放される魔法や知識──これまで曖昧にしか答えられなかった赤魔道士のことも、先生は教えてくれるようになっていた。
「もっとも、魔法の深淵、奥義のような込み入った内容までは、ワタクシはお教えできません。そちらはやはり、それぞれの専門の師について学ぶべきかと」
「うん、分かった。でも、これでまた前へ、目指す場所に近づけてる気がする」
夕暮れの街道を歩きながら、そんな会話を交わす。
空はオレンジと紫が混ざり合い、砂の丘の向こうに沈んでいく太陽が、私たちの影を長く伸ばしていた。
◆
朝、双蛇党の制服に袖を通し、荷物を確認する。
手首には、クロがくれたお守りのブレスレット。
肩には、これまで以上の頼もしさを纏った先生。
「行きましょうか、先生」
「はい。新たな地へ、参りましょう」
親子チョコボが、待ちきれないというように鳴き声を上げる。
雛チョコボは私の足元をくるくると回りながら、遠くの空を見上げていた。
私たちは、まだ見ぬギラバニアへ向けて、歩き出した。
風が街道の砂埃を巻き上げ、遠く彼方には、これから向かう土地の輪郭が薄っすらと霞んで見える。
肩の上では、先生がいつもより少しだけ軽やかな声で、道中やギラバニアでの注意事項を語り始めていた。
声の調子は変わらないのに、その中に確かな熱のようなものが混じっている気がして、私はつい口元を緩めた。
戦火の気配が近づく中、それでも私は、この旅を、この絆を、大切に抱えていこうと思う。
まだ何も知らないギラバニアの空の下、私の、私たちの新しい一歩が、また静かに始まろうとしていた。