イシュガルドの門の前に立つと、槍を携えた門番に呼び止められた。
「ん?一人か?見ない顔だな。イシュガルドへの立ち入りには許可が要る。……そちらのチョコボは連れて入れんぞ」
「あ……そうなんですね。これ、許可証です」
「うむ、本物だな。チョコボは厩舎に預けていけ。街の外に馬房がある」
教えてもらった通り、許可証は持っておいてよかった。街の冒険者を引退したおじさんが、旅をするならと譲ってくれたものだった。
チョコボ達を厩舎に預ける手続きを済ませる。別れ際、雛が心細そうに鳴いたけれど、係の人が優しく世話をしてくれるそうだったので、少し安心した。とても珍しいチョコボだと、凄く興奮していたのが気になったけども。
「そういえば、数日後に『ドラゴン族との和平の式典』があるんですよ。見ていくといい。イシュガルドの歴史が変わる、凄い催しだ」
厩舎のおにいさんの言葉に、私は思わず渋い顔をしてしまった。
(あの式典……)
前世の記憶にある通りなら、これから起きることを、私はもう知っている。和平の式典が開かれるということは――ストーリーが進んでいて、もうあの人はこの世に居ないということだ。
前世でこの世界を旅していた時、真っ先に好きになったキャラクターの一人だった。誰よりも早く駆けつけ、誰よりも優しく笑うあの人に、私はもう二度と会えない。
もし私がもう少し早くこの街に辿り着いていたら、遠目に一度でもあの人の姿を見られていたかもしれない。そんな詮無い想像が、次から次へと浮かんでは消えていく。
私はNPC達と自由に話が出来る。それがヒカセン達との違いだ。もし、起こることを先に伝える事が出来ていたなら、何かが違っていたのだろうか。そんな思いが頭の中でぐるぐると回っていた。
◇
門をくぐり街中を歩いてみると、白亜の建物と切り立った尖塔が、記憶にある通りの荘厳さで聳え立っていた。石畳を踏みしめる音すら、イディルシャイアとは違う響きを持っているような気がした。見上げれば、複雑に入り組んだ橋や回廊が、まるで氷細工のように空へと伸びている。あちこちの窓辺には、寒さに負けない花が丁寧に飾られていて、厳格な街並みの中に、ほんの少しだけ温かみを添えていた。
行き交う人々の服装も、イディルシャイアとはまるで違う。毛皮の縁取りがついた重厚な外套を纏った貴族らしき人々もいれば、無骨な作業着姿の職人達もいる。身分の違いが、街の空気にもはっきりと表れているようだった。
変わらないのはヒカセン達だけだった。ここでもやはり街中で踊る人や、魔法を使う人たち、明らかに気候にあっていない裸に近いような見た目の人を多くみかけた。
◇
歩いているうちにお腹が空いたので、目についた酒場に入って食事を頼んだ。野営では無かった温かい料理の匂いに、思わず頬が緩む。
「――美味しい」
運ばれてきた料理は評判通りの美味しさだった。羊肉を煮込んだ料理と、香草の効いたスープ。院では味わえない贅沢な味に、しばらく夢中で頬張った。けれど、会計の時に提示された値段を見て、私は青ざめた。手持ちの金貨がみるみる減っていく。
(うそ……こんなに高いなんて)
戦慄しながら、それでもとりあえず今夜の寝床を確保しようと宿屋を訪ねてみた。けれど、そこで提示された宿泊料はとんでもなく高額だった。
(ゲームでは……無料だったのに……。あれってヒカセン特典だったんだ……)
財布の中身を数え直し、私は静かに宿を諦めた。寝る場所は考え直すしか無さそうだった。
装備も、そろそろ整えたい。今の剣も整備しないと心許ないし、寒さを防ぐ服も欲しかった。そういえばと、イディルシャイアには無かった仕組みがある事を思い出して、街の一角にある大きな看板を覗いてみる。
板の上には、見たこともない数のアイテム名と値段、出品者の名前が次々と浮かんでは消えていた。武器も防具も、イディルシャイアのお店では見たことのないような性能のものがずらりと並んでいる。ヒカセン達はこうやって装備を整えていたのか、と妙なところで感心してしまった。
(これがマーケットボード……)
試しに手を翳し、安く売られているらしい防具に触れてみようとする。けれど、何の反応も無かった。何度か指先を動かしてみても、板の表示はぴくりとも変わらない。リテイナーベルと同じだ。この仕組みも、私には使うことが出来ないらしい。
肩を落としながら板の前を離れる。装備は自分の足で稼いで、自分の手で買うしかない。それか自分で作るか――でも今はそこまで手を出す余裕はなかった。
仕方なく、商店の店主に、道中で摘んだ薬草や倒した数匹の魔物の素材を買い取ってもらえないか聞いてみた。
店主は仕入れの帳簿をめくりながら、素材を一つ一つ吟味していく。
「ふむ……このあたりなら、まぁ、二、三ギルというところだな」
どれも十ギルにも満たない値段だった。宿代にも装備にも、到底回せる額ではない。そういえば、ゲームの中でも、古代の金貨や沈没船の財宝といったごく一部のアイテムを除けば、素材の売値なんてこんなものだったなと思い出し、私はさらにがっかりした。
◇
厩舎に立ち寄って、預けたチョコボ達の様子を見に行く。冷たい石造りの馬房の中でも、二羽は身を寄せ合って暖を取っていた。ブラシで羽を梳いてやると、気持ちよさそうに目を細める。
「寒いよね、ここ」
鼻先を擦り寄せてくる雛の温もりに、少しだけ心が緩んだ。持ってきた飼葉を分け与えながら、しばらくその場に座り込んでいた。この子達の温かさが無かったら、この街の空気にもっと押し潰されていたかもしれない。
◇
悩んだ末、一旦エーテライトと交信して、ホームであるイディルシャイアに戻り、お金を稼ぐ手段を考えることにした。
テレポの方だとお金がかかると先生に教えて貰ったので、代わりにデジョンを試してみる。テレポ代を稼ぐのも今後の課題にしよう。そんな事を考えていると、視界が一瞬暗転した後、すぐに新しく眩しい光が見える。
大きなクリスタルが眼の前にあった。どうやら無事にイディルシャイアの街まで帰れたようだけど、体からごっそりと魔力が抜けた感覚に襲われ、その場にへたり込む。視界がぐらりと揺れ、しばらく立ち上がれなかったほどだ。
「先生、これ……毎回こんなに疲れるの?」
「魔力の消耗量は、対象の重さや距離によって変わりますからな。二羽分もの生き物を連れての転移となれば、それなりの代償は覚悟せねばなりません」
「うぅ……次からは考える」
それでも、二羽とはぐれずに一緒にこの街に戻ってこれたことに、心底ほっとした。
地面に座り込んだまま、しばらく呼吸を整える。見慣れた街並み。私の家がある街。ここに無事帰ってこれた事が、堪らなく嬉しかった。
◇
院に戻ると、みんなが駆け寄ってきた。
「セラー!!、おかえり! え、チョコボまで連れて帰ってきたの!?」
チャ・ケビが目を輝かせていた。チョコボ達を撫でながら、旅の話を聞きたがったので、高地ドラヴァニアの景色や、雛を助けた時の話をすると、身を乗り出すようにして聞き入っている。クロも楽しそうに耳を傾けていたけれど、話の途中でふと考え込むような顔をした。
「そっか、なんだかいいこと思いついちゃった。」
「え?」
「今度、詳しく聞かせてあげるね」
その時のクロの顔を、私はまだよく覚えている。何かに気づいたような、それでいてわくわくした表情だった。それが何の始まりだったかを知るのは、もう少し先のことになる。
シロお姉ちゃんは、私の頬がすっかり日に焼けているのを見て、目を丸くしていた。
「随分と逞しくなったのね、セラ」
「そうかな。まだまだだけどね」
久しぶりに院の温かい寝床で眠った夜、私は旅をした1週間ほどの疲れが一気に溶けていくのを感じていた。深く、安心して眠ることが出来た。
◇
数日イディルシャイアで身体を休めた後、私はイシュガルドの式典に参加することに決めた。その前に、金策の方法がないか、おしえるくんに相談してみることにした。
「先生、お金を稼ぐ良い方法は何かないかな」
「ふむ。手っ取り早いのは、ダンジョンの攻略でしょうな。大抵の場合、奥には財宝が眠っております」
「ダンジョン……私一人でも、行けそう?」
「――いいえ。あなたも承知の通り、この近隣のダンジョンは、屈強な冒険者が四人がかりで攻略なさる場所です。今のあなたが足を踏み入れれば、まず助かりますまい」
分かっていたことだったけれど、はっきり言われると胸が重くなる。念のため、以前マトーヤ様の洞窟まで一緒に行った街の冒険者にも話を聞いてみたけれど、返ってきたのは芳しくない答えだった。
「近頃は旅の衆がダンジョンを次から次へと攻略しちまうもんでな。おかげで手に入るお宝の量も、めっきり減っちまったよ」
「そう、なんですね……」
「嬢ちゃんも冒険者志望かい? だったら無理せんこったな。命あってだぜ。やるんだったら、沢山遊んで沢山勉強して、もっと身体を鍛えてからにするんだな」
豪快に笑うその冒険者の言葉に、私は何も返すことが出来なかった。
◇
悩んだ末、私は二つの方法を思いついた。一つは、エオルゼアの三国――グリダニア、リムサ・ロミンサ、ウルダハまで足を運び、低レベル向けのダンジョンを地道に攻略していくこと。もう一つは、グランドカンパニーに所属して、兵士としてお給金を貰うことだった。
「先生は、どっちがいいと思う?」
「どちらも一長一短ですな。ダンジョン周回は実入りが良い分、危険も伴います。グランドカンパニーは安定はしておりますが、組織に属する以上、命じられた仕事はこなさねばなりません」
「うーん……」
「まずは様子を見て決めればよろしいでしょう。焦る必要はございません」
どちらも簡単な道ではなさそうだったけれど、少なくとも今は、選べる手段があるだけましだと思うことにした。
◇
準備を整え、私は再びイシュガルドへと戻った。テレポ代は商店の手伝いで稼ぐ事が出来た。相変わらずヒカセン達のおかげで、かなり儲かっているらしかった。
式典の日、大聖堂前の広場には、着飾った人々が詰めかけていた。歴史が変わる喜びと緊張が入り混じったような、独特の熱気が広場全体を包んでいる。私は人混みの隅に紛れ、爪先立ちで壇上の様子を窺った。
壇上に現れた人物達を見て、私は思わず息を呑んだ。その整った顔立ちと、纏う空気の格が、明らかに他の誰とも違う。特に、中心に立つまだ若い騎士――蒼剣のアイメリク卿の放つ気迫は、遠く離れたこちらまで伝わってくるほどだった。立ち姿一つ、視線の運び一つとっても、これまで見てきたどのNPCとも次元が違う。
(さすが、メインストーリーに関わるキャラクターだ……)
同じNPCのはずなのに、格が違いすぎる。まるで別の生き物を見ているような感覚だった。近くにいた見物人達も、口々に「なんと神々しい、あれが次の教皇様か」「議長と呼ぶらしい」などと囁き合っている。
式典が始まり、和平を告げる言葉が読み上げられていく。荘厳な鐘の音が響き渡り、広場を埋め尽くした人々が一斉に静まり返った。けれど、私はどこか落ち着かない気持ちで、その様子を見守っていた。この後に何が起きるのか、知っていたから。
案の定、群衆の中から怒声が上がった。
「竜共と和解などと、ふざけるな……!」
「弟を、家族を殺されたんだぞ……!」
積年の憎しみを捨てきれない市民達が、次々と声を荒らげ始める。警備の兵士達が慌ただしく動き回り、広場は一気に騒然とした空気に包まれた。
そして、それだけでは終わらなかった。
空を割るような咆哮と共に、巨大な影が式典の場に舞い降りる。人の姿をしていながら、明らかに人ならざる圧を纏ったその者は、赤黒い瞳を細めて壇上を睥睨した。
「――和解など、断じて許さん」
邪竜の眼に魅入られた竜騎士、エスティニアン。今やその身は、ニーズヘッグの意思に呑まれかけている。低く響くその声だけで、広場全体の空気が凍りついた。空にはさらに、羽ばたく竜の群れの影が幾つも見え隠れしている。
私はその場に立ち尽くすことしかできなかった。あの日、熊一頭に手も足も出なかった日から、沢山特訓して努力してきて、ここまで辿り着けたのだから、成長出来ているつもりだった。それでも、目の前の光景との間には、途方もない隔たりがある。あれらと戦うなんて、今の私では想像すらできない。剣を握る手が、無意識に震えていた。
(次元が、違いすぎる……)
悔しさと、申し訳なさがない交ぜになって、胸を締め付けた。守りたい景色は、まだこんなにも遠い。それでも、いつかこの目で、あの人達と同じ景色を見られる日が来るのだろうか。
周囲では兵士達が民衆を避難させるべく怒鳴り合い、悲鳴と怒号が飛び交っていた。私に出来ることは、せめて自分の身を守りながら、この混乱から離れることだけだった。
混乱の広場を後にして、私は静かにイシュガルドを離れることにした。目指す先は、まだ見ぬ新生エオルゼアのエリア。今は自分にできることを、一つずつ積み重ねていくしかない。そう何度も自分に言い聞かせながら、竜の咆哮を背に、私は逃げるように雪の街を走り出した。
振り返れば、白亜の尖塔の向こうに、竜の影がまだ揺らめいていた。いつかまた、この街に戻ってくる日が来るだろうか。そんなことを考えながら、私はチョコボ達の待つ厩舎へと足を急がせた。