エオルゼアに転生したけどヒカセンじゃなかった   作:からめる

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第05話 身分証と就職

 カーラインカフェの前に立つと、木の匂いと、ハーブやベリーの甘い香りが同時に鼻をくすぐった。

 

 イシュガルドの石造りの街並みとは違って、グリダニアは生きた木々がそのまま建物になっているような、そんな不思議な温かさがある。

 

 屋根も壁も、大樹の幹をそのまま生かして作られているようで、継ぎ目のひとつひとつに、長い年月をかけて根付いてきた暮らしの気配が滲んでいた。石畳の隙間からは細い根が顔を出し、街全体がまるでひとつの大きな木の上で息づいているようにも見える。

 

 驚いたのは、街の中でもチョコボと一緒に歩けたことだった。イシュガルドでは門番に厩舎行きを言い渡されたけれど、ここでは誰も気にする様子がない。すれ違う住人の何人かは、むしろ物珍しそうにチョコボ達へ視線を向けて、微笑ましそうに頬を緩めていた。

 

 とはいえ、さすがに混んでいるカフェの中まで連れて行くわけにはいかないので、入り口の横にあるチョコボ留めに繋いでおくことにした。

 

「ちょっと待っててね」

 

 道すがら屋台で安く売っていた果実を鞄から出して、親子チョコボの前に置く。雛は自分に分けられた分では食べ足りなさそうな顔をして、親チョコボの分もひょいと横から奪うように啄んでいた。

 

 相変わらず、あの小さな身体のどこにそれだけの量が入っていくのか、不思議で仕方がない。親チョコボは首を伸ばして、私の手のひらまで確かめるように鼻先――嘴の先を押し付けてくるので、頭を撫でてやると、満足そうに目を細めていた。

 

 カフェの二階が冒険者ギルドになっているらしく、木の階段を上がるたびに、下の厨房から漂う良い匂いが強くなっていく。手すりも階段板も、使い込まれて丸くなっていて、これまで数え切れないほどの旅人がここを行き来してきたのだと、なんとなく想像できた。

 

 冒険者ギルドのカウンター前は思っていたより中は賑やかだった。種族ごとの初期服らしきものをまとったヒカセンが数人並んでいて、依頼を受けている様子だった。誰もが皆、少し緊張したような、それでいて期待に満ちた顔つきをしている。

 

 きっと、これから始まる冒険に胸を躍らせているのだろう。横入りをするのも気が引けたので、私は空いていた壁際の椅子に腰を下ろして順番を待つことにした。

 

 隣のテーブルでは、一人のヒカセンが妙な動きを繰り返していた。テーブルの上に飛び乗っては降り、また飛び乗っては降りる。何をしているんだろうと目で追っているうちに、ふいに懐かしい記憶がよみがえってきた。

 

(もしかして、椅子に座るのが出来なくて困ってる……?)

 

 前世、私も最初の頃、椅子や台の上でうまく「座る」の操作ができなくて、似たようなことを延々繰り返していた覚えがある。慣れるまでは本当にわかりにくかった。

 

 あの頃は誰かに聞くのも恥ずかしくて、一人で何十分も無駄にした気がする。今思えば、ただ椅子の正面から近づいて、エモートボタンを押すだけでよかったのに、なぜあんなに苦戦していたのだろう。

 

 教えてあげたい、と思ったけれど、私の声はヒカセンには届かない。だから、ただ心の中で「頑張って」と呟きながら見守ることしかできなかった。しばらくすると、そのヒカセンは諦めたのか飽きたのか、椅子から離れてどこかへ行ってしまった。

 

 次はきっと座れますように、と小さく笑って見送る。前世で若葉だった頃の自分を思い出し、時の流れというものを、こんな場面でしみじみと感じてしまった。

 

「――お待たせしました、次の方どうぞ」

 

 窓口が開いたのはそれからすぐだった。カウンターの向こうにいたのは、優しそうな目をした受付の女性だった。

 

「冒険者として登録したいんです。まだ旅人としても経験が浅いんですが、なれるでしょうか?あと登録にお金とかかかります?」

 

「もちろんです。冒険者ギルドはどんな方でも歓迎しますよ。手続きに登録料もいりません」

 

 そう聞いて、少しほっとした。ただでさえギルが心もとないというのに、これで登録料まで取られていたら目も当てられないところだった。イシュガルドの宿代を思い出して、思わず胸を撫で下ろす。

 

       ◇

 

「パーティーの方は他にいらっしゃいますか?」

 

 そう聞かれて、少し考え込んでしまった。誰かと組む、ということを、これまで一度も考えたことがなかった。ゲームの中ではパーティー募集の掲示板やコンテンツファインダーがあって、知らない誰かと簡単に手を組めた。けれど今の私には、そんな仕組みは存在しない。

 

「こちらの先生と、外に居るチョコボの親子と一緒に旅をしています」

 

 そう答えると、受付の女性は少し不思議そうな顔をしながらも、頷いて書類に何かを書き込んでいた。

 

 よく考えれば、寂しいと感じたことは、ここまでの旅の中で一度もなかった。肩の上には先生がいるし、少し離れたところには待っていてくれるチョコボの親子がいる。それに、帰ればいつでも院の皆がいる。それだけで、十分だった。むしろ、よく知らない誰かと足並みを揃えて動くことの方が、今の私には想像がつかないくらいだ。

 

 登録には、身につけている職業や使える魔法、これまでの簡単な経歴を話せばいいらしい。まだ「ジョブ」と呼べるほどのものではないけれど、素直に話すことにした。

 

 剣を使えること。魔法は炎(ファイアとファイラ)と風(エアロとエアロラ)、それから回復のケアル。まだ身体の前面にしか、しかも短い時間しか展開できないけれど、魔法障壁――マナウォードも使えること。逆に、土と水、雷はまだ苦手だと正直に伝えた。

 

 土は手元に石を作ることはできても、離れた場所に生成したり、勢いよく飛ばしたりすることはまだできない。牽制程度に、手に持って投げるのが精一杯だ。水は、飲む分だけなら出せるけれど魔力の消費がそれなりに大きいので、旅の間はできるだけ水場で汲むようにしている。

 

 話しながら、こうして自分の実力を一つ一つ数え上げてみると、案外できることが増えているものだと、少し自分でも驚いた。

 

 そして一番苦手なのが、雷だった。

 

 熊に襲われたあの日、投げたスコップに落ちた雷。マトーヤ様には「あれはお前が呼んだものだ」と言われたけれど、こうして魔法を学び始めてみると、あれが自分の使った魔法ではなかったことが、はっきりとわかるようになってしまった。あれは、この世界の天候システムが起こした、本当に偶然の奇跡だったのだろうか。

 

 それとも、もしかしたら私にも、この世界でNPCとして生きる意味のようなものがあって、あの時はまだ死ぬべき時ではなかった――なんてことを、ふと考えたりもする。答えの出ない考えだとわかっていても、あの日の痛みと、雷鳴の眩しさだけは、今も鮮明に思い出せた。

 

       ◇

 

「では最後に、魔法で撮影をさせていただきますね」

 

 案内された扉に入ってみると、そこは青い宇宙のような壁紙が貼られた不思議な部屋だった。

 

 そこではっとした。これは――アドベンチャラープレートとポートレートの撮影だ!!!

 

 そういえば、新生エリアのコンテンツサポーター使用時には、名もなきモブ冒険者やグランドカンパニー兵士の顔が並んでいたことを思い出した。前世で遊んでいた頃のエリアでは、暁メンバーのサポーターばかりだったから、すっかり忘れていた。

 

 新生エリアのダンジョンでは、こういう普通のNPCたちがサポーターとして名を連ねていたはずだ。もしかしたら、いつか自分の顔も、どこかのダンジョンの入り口に並ぶ日が来るのだろうか。そう考えると、なんだかくすぐったいような気持ちになった。

 

 撮られる前に髪や今の服装を再確認してみたけど、旅をしてきて着ているものはすっかり薄汚れてしまっていた。いつかギルを貯めて新しいおしゃれ装備とかを買ったら、この写真も撮り直そうと誓った。ポートレートとして飾られるなら、せめてもう少しましな身なりで写りたい。

 

「撮影の魔法――グループポーズと言うんですが、覚えてみたいと思われた場合は、魔法に適性のある方ならご自身で習得して、再撮影も可能ですよ」

 

 その言葉に、思わず目を輝かせてしまった。院のみんなで写真を撮れたら、きっと喜んでくれる。特にケビは、きっとはしゃぐに違いない。あとで先生に、この魔法についても聞いてみようと決めた。

 

「あの、冒険者ギルドで受けれる依頼に、ダンジョン攻略とかありますか?」

 

 思い切って聞いてみたけれど、答えは予想通りだった。

 

「申し訳ありませんが、ダンジョンの募集は、ある程度実績のある方に優先してご案内しているんです。まずは簡単な依頼をいくつかこなして、実績を積んでいただければと」

 

 やっぱりそう簡単にはいかないらしい。

 

 手続きを終えると、掌に収まるプレートを手渡された。これが、この世界での冒険者としての身分証にもなるらしい。見たことが無い素材で出来た台座に、淡く光る紋様が浮かんでいる。ずしりとした重みが、なんだか嬉しかった。掌の上で少しだけ傾けてみると、光の加減で紋様の色合いが変わって見えた。

 

 まずは初心者冒険者向けと教えて貰った、森で薬草を採ってきて配達するだけの簡単な依頼をひとつ受けて、私はギルドを後にした。受付の女性――ミューヌさんに丁寧にお辞儀をすると、向こうも柔らかく微笑み返してくれた。

 

       ◇

 

 次に向かったのは、双蛇党の窓口だった。カフェから少し歩いた先、木々の間に建てられた詰所のような建物で、出入りする兵士達の足取りはどこかきびきびとしていた。石造りの門をくぐる前に、思わず足を止めて服の裾を軽く直す。特に誰かに見られているわけでもないのに、こういう場所を前にすると、身体が勝手に姿勢を正そうとしてしまう。

 

(面接、なんて言葉、久しぶりに思い出したかも)

 

 前世で、社会人になったばかりの頃に受けた就職活動の記憶が、ふと蘇ってきた。窮屈なスーツに袖を通し、面接官の顔色を伺いながら、志望動機やら長所短所やらを、精一杯の作り笑いで答えていたあの日々。

 

 今思えば、ずいぶんと肩に力が入っていたものだと思う。ここは、あの頃のような緊張とはまた違うけれど、「これから自分の居場所を決める」という感覚だけは、どこか懐かしく重なって感じられた。

 

「最近、力のある旅人や冒険者が続々とこの街を訪れてましてね。同時に、魔物たちも以前より強くなってきているんです。ですから、私たちも腕の立つ方を積極的に募集しているんですよ」

 

 対応してくれた兵士は、そう言いながら書類を並べていく。所属するなら、若い新兵の多い白狼隊あたりが向いているだろう、とのことだった。

 

「仕事は街とその周辺の森を守ることです。常に街に詰めている必要はありませんが、有事の際には駆けつけていただくことになります」

 

 そう聞いて、ふと思う。そういえば、ヒカセンたちもグランドカンパニーに所属して偉い階級についていたはずなのに、あまりその街にはいなかった気がする。

 

 皆きっと、あちこちの戦場を飛び回っているのだろう。エオルゼア中を飛び回る英雄達と、この街を守る新兵とでは、背負っているものの大きさがまるで違うのかもしれない。それでも、この街を守るという仕事には、確かな手応えを感じられそうだった。

 

「任務をこなして階級が上がれば、お給金も、支給される装備やアイテムも良くなっていきます」

 

 説明を聞き終えると、迷う理由は何もなかった。すぐに所属することを決め、先ほど作ったばかりのアドベンチャラープレートを差し出す。両手で丁寧に差し出しながら、これはまるで履歴書を提出する時の作法みたいだと、一人で少しおかしくなった。

 

「これで結構ですよ。犯罪歴なども併せて確認させていただきましたが、問題ありませんでした」

 

 魔法でそんなことまで調べられていたとは知らず、少し驚いた。けれど身分を示すものとしてはこれ以上ないくらい確かなものなのだろう。

 

 前世でも、身分証というものはこんなに万能ではなかった気がする。面接の合否を郵便で待って何日も気を揉んだことを思えば、その場ですぐに決まるというのは、なんとも呆気なくて、けれどありがたいことだった。

 

 こうして私は、グリダニアのグランドカンパニーに所属することになった。剣と魔法の両方を使うことを踏まえて支給されたのは、グリダニアンプライベート・チェーンメイル。着てみると、思ったより軽くて動きやすい。袖を通すと、ひんやりとした金属の感触が肌に馴染んで、なんとなく背筋が伸びるような気がした。

 

「新兵だからといって、まとまった訓練や講習があるわけではありません。任務はリンクパールでお伝えします」

 

「あの、今すぐにできそうな任務はありますか?」

 

 思い切って尋ねてみる。前世の面接なら「最後に何か質問はありますか」と聞かれて、当たり障りのないことしか聞けなかったものだけれど、ここでは素直に聞きたいことを聞いていいらしい。そう思うと、少しだけ気が楽になった。

 

 そう尋ねると、兵士は少し考えるように腕を組んだ。

 

「そうですね……双蛇党に属している若手達が、タムタラの墓所の探索でメンバーを募集しているという話を耳にしています。ただ、あそこは危険な場所ですから、慣れた兵士や冒険者であっても、怪我人や、時には命を落とす者も出ます」

 

 その言葉に、思わず背筋が伸びた。

 

 ゲームの中では何度も何度も潜った、あの場所。パーティーメンバーと軽口を叩き合いながら、あっという間に踏破していた記憶がある。けれど今の私にとっては、命がけの領域なのだと、改めて突きつけられたようだった。

 

 ゲームの中の「簡単なダンジョン」という感覚を、この世界に持ち込んではいけない。そう自分に言い聞かせる。

 

「まずは初心者の館に行かれることをお勧めします」

 

 そう言われて、素直に頷いた。壁に貼られた地図を覗き込むと、初心者の館は詰所からそう遠くない、街の外れにあるらしい。指先でなぞった道筋を、頭の中に焼き付けておく。明日の朝一番に向かえば、昼までには一通りの説明を受けられるだろう。

 

(――ヒカセンじゃなくても、ビギナー装備をもらえたりするのかな。もし経験値アップの効果がついているものがあるなら、正直かなり欲しい)

 

 そんなことを考えながら、私は白狼隊への配属を告げられた。当面の仕事は、グリダニア周辺のモブ狩りと、物資の調達や配達になるらしい。地味な仕事に思えるかもしれないけれど、今の私にはちょうどいい一歩なのだろう。

 

 焦って強くなろうとして、痛い目を見たことは一度や二度ではない。小さな依頼をひとつずつ積み重ねていくことでしか、確かな力は身につかないのだと、この旅を通して少しずつ学んできたつもりだった。

 

       ◇

 

 双蛇党の詰所を出ると、外はもうすっかり夕暮れに近づいていた。橙色の光が、木々の隙間から筋になって差し込んでいる。チョコボ留めのところへ戻ると、親チョコボが「くるる」と鳴きながら顔を寄せてきて、雛もぴょこぴょこと足元を跳ね回る。

 

「ただいま。今日から私、フリーターを卒業して、双蛇党の白狼隊士だよ」

 

 そう告げると、肩の上の先生が、どこか微笑ましいものを見るような声で言った。

 

「次々と新たな事を始め、なかなかに忙しい身になりましたねえ。それだけ前へ進もうとしているという証でもございましょう」

 

「先生がそう育ててくれたんでしょう」

 

「そう言っていただけると、ワタクシも報われます」

 

 くすりと笑いながら、明日向かうことになる初心者の館のことを思う。そこでどんな事が学べ、それをどう活かしていけるか。双蛇党の白狼隊士として、どんな仲間に出会えるのか。

 

 まだ何もわからないけれど、前へ進んでいる実感が、確かに胸の中にあった。

 

 宿への道を歩きながら、ふと立ち止まって振り返る。木々に囲まれた街並みが、夕暮れの色に染まっていくのを、しばらく眺めていた。

 

 この街には、まだ知らない場所がたくさんある。冒険者ギルドと双蛇党の詰所しか見ていないけれど、市場も、工房も、きっと良い場所に違いない。

 

 通り沿いに並ぶ屋台からは、香草を焼くいい匂いが漂ってきて、思わずお腹が小さく鳴った。明日からは、この匂いにも少しずつ馴染んでいくのだろう。

 

 皆と自分自身を守れるだけの強さも、この世界を見て回るためのお金も、まだ手に入れたとは言えない。

 

 それでも今日という一日は、その両方に近づくための、確かな一歩だったはずだ。

 

 プレートの重みを、鞄の上からそっと確かめる。この小さな証が、これから先の道をきっと支えてくれる。そんな気がした。

 

 チョコボの手綱を引いて、私は宿への道をゆっくりと歩き出す。

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