昨日、教えてもらった初心者の館に到着した。
グリダニアの外れ、木々に囲まれた開けた場所に、丸太で組まれた建物と、広い訓練場が併設されている。
扉を潜ると、すぐに壮年の男性が声をかけてきた。
「なるほど、君が新入りか。話は聞いている、こっちに来てくれ」
促されるまま、木の長椅子に座らされる。
先生――おしえるくんは、今日は肩の上には居ない。
どのくらい時間がかかるか分からなかったため、外でチョコボ達のお世話をしながら、一緒に待っていて貰っている。
教官は淡々と説明を始めた。
ダンジョンに潜れば、必ずと言っていいほど強大な魔物、いわゆるボスと呼ばれる存在に出くわす。
その攻撃の避け方、隙の見極め方、そして何より、パーティーメンバーとの役割分担が、生死を分けるのだと。
「一人で突っ込んでも死ぬだけだ。誰が前に立ち、誰が支え、誰が仕留めるか。それを瞬時に判断できねば意味がない」
言葉の一つ一つが重かった。
ゲームの知識として、私はこの仕組みを知っている。
タンク、ヒーラー、DPS。
前世で何百回と繰り返した役割分担だ。
けれど、それを実際に、この身体で、この命を懸けてやるのだと思うと、腹の底がすっと冷えるのを感じた。
「全ての課題をクリアすれば、他の旅の者たちと同じように、ビギナー向けの装備を支給しよう」
その言葉に、かなり気合が入る。
ゲーム内では経験値が上がりやすい能力が付いていた装備は、正直かなり魅力的だった。
「では、訓練場へ移動するぞ」
教官の後について、外に出た。
◇
訓練場は思っていたよりも広く、地面は踏み固められて硬い。
そこには既に、重装備に身を包んだ、もう一人の教官が待っていた。
大盾を構え、全身を鎧で覆った、見るからにタンク役といった雰囲気の男性だ。
「小手調べだ。まずはあいつに、遠慮なく攻撃を撃ち込んでみろ」
言われて、私は自分の腰の剣に手をかけた。
けれど、そこでふと気づく。
今まで旅の中で、私が剣を向けてきたのは、魔物ばかりだった。
人に向けて、しかも稽古とはいえ本気で剣を振るうのは、これが初めてだ。
「……あの」
思わず声が出た。
「魔物相手なら、大丈夫です。でも、人に攻撃するのは、少し……抵抗があります」
正直に伝えると、鎧の教官が低く笑った。
「それが普通の反応だ。だが覚えておけ」
大盾がこちらを向く。
「これから先、お前は双蛇党の一員として、盗賊の討伐や、帝国との戦い、人に化ける妖異とも刃を交えることになるかもしれん」
言葉が続く。
「優しいだけでは生き残れん。ためらえば、自分が死ぬ。周りも死ぬ。お前が守りたい者すら、守れなくなるぞ」
叱責というには静かな声だったが、その分、胸に深く刺さった。
「安心しろ。戦いを学び始めたひよっこの一撃くらいでどうにかなるような鍛え方はしていない。俺は丈夫だ、思いっきり来い」
その言葉に、私は小さく息を吐いた。
記憶の中にある、特訓中の先生の言葉が蘇る。
「ワタクシがお教えしたのは、魔物との戦い方だけではございません。何のために剣を振るうのか、それをお忘れなく」
先生の声に、心のもやもやが少しだけ晴れた気がした。
腰を落とし、剣を構える。
「――いきます」
◇
開始の合図と同時に、私は地面を蹴った。
教官の間合いに一気に飛び込み、剣を横に薙ぐ。
しかし大盾に軽くいなされ、衝撃だけが手に伝わってきた。
体勢を立て直し、続けて二撃、三撃と剣を叩き込むが、いずれも分厚い鎧と盾に阻まれる。
「甘い!」
低い声とともに、大剣が横から振るわれた。
反射的に、その場に伏せるようにして避ける。
「ほう」
教官の口から、感心したような声が漏れた。
「今の反撃、問題無く避けたか」
少しだけ息を整え、私は距離を取った。
「魔法を、使ってもいいですか」
「もちろんだ。全力で来い」
許可をもらい、私は詠唱を紡ぐ。
炎の魔法で牽制しつつ、風の魔法で自分の速度を上げる。
そして間合いを詰め、剣の一撃を織り交ぜる。
炎と風、そして剣。
三つを組み合わせるたび、教官の反応がわずかに遅れていくのが分かった。
自分よりずっと強い相手を前にして、魔物との戦いとはまた違う緊張感があった。
それでも、どんどん集中力が高まっていく。
剣を振る速度が上がる。
魔法を紡ぐ速度も上がる。
風と炎を組み合わせ、一瞬教官の視界から外れる位置に回り込んだ。
その隙に、盾で守られていない脇へ、剣を滑り込ませる。
「――そこまで!」
審判役だったのだろう、後ろで見ていた別の教官――白い法衣を纏った幻術士の女性が、声を上げた。
回復魔法で二人を癒しながら、彼女は微笑んだ。
「見事だったわ。よく通したわね、あの一撃」
ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、鎧の教官が言った。
「これで終わりだと思うなよ。これからが本番だ」
◇
呼ばれて扉から出てきたのは、槍を持った若いヒューランの青年と、弓を構えたエレゼンの女性だった。
二人とも、私より年上に見える。
「彼らは鬼哭隊と神勇隊の新人だ。お前と同じく、任務に就く前の訓練の一環でここに来た」
教官の説明によれば、二人は私の前に既に力試しを受けており、かなり苦戦した末に、今は休憩していたところらしい。
「今度は三人で、こちらの攻撃を避けつつ、鎧か幻術士、どちらかに有効打を与えられれば合格だ」
まずは自己紹介と、簡単な作戦会議をすることになった。
「べレナールだ。よろしく頼む」
槍のヒューラン青年が名乗る。
「ソリよ。よろしくね」
弓のエレゼン女性が、優しい口調で言った。
二人の顔には、まだ先ほどの疲労が残っているようだった。
新たな課題に対して、不安げな様子を見せる二人に、私は努めて明るく言った。
「私、回復魔法も使えます。もし攻撃を受けても、治せますから」
その言葉に、二人がわずかに表情を緩めたのが分かった。
「さっき、炎と風を組み合わせて、教官の視界から回り込みました。あれ、多分まだ通用すると思います」
私は続けて提案する。
「べレナールさんの槍と、私の剣で接近戦を仕掛けたいです。魔法は、決め手として最後に使いたくて」
「有効打はどちらの教官でもいいそうです。ソリさんは、ずっと幻術士教官を弓で狙ってもらえますか」
二人は顔を見合わせ、頷いた。
「初対面で上手くやれるか心配だが…分かった。合わせよう」
べレナールが槍を握り直す。
「任せて」
ソリも弓に矢をつがえた。
◇
合図とともに、戦闘が始まった。
まずソリが矢を放ち、幻術士教官を狙う。
けれど、素早く動いた鎧教官の盾に阻まれてしまった。
その直後、幻術士教官の詠唱とともに、私たちの足元から岩の槍が突き上がる。
「――散って!」
とっさに叫んだおかげで、三人ともぎりぎりで避けることができた。
体勢を立て直そうとしたその時、いつの間にか、剣を持つ私の腕に鎖が巻き付いていた。
思い切り鎖を引かれ、体勢を崩して転倒してしまう。
鎧教官の大剣が、そのまま振り下ろされようとした瞬間――
「――!」
横から飛び込んできたべレナールの槍が、その一撃を受け止めた。
「大丈夫か!」
「はい、ありがとうございます……!」
その隙に、ソリの連射が飛び、鎧教官を後退させる。
三人でどうにか距離を取り、息を整えた。
今の鎖の技――たしか、ゲームではPVPで戦士職が使っていたスキルだったはずだ。
もし二人が居なかったら、あのまま私はやられていただろう。
実際に食らってみて、あの技の恐ろしさが身に染みた。
けれど、そのおかげで、一つの作戦を思いついた。
鎧教官の攻撃を受けた際に少し傷を負ったべレナールに、軽く回復魔法をかける。
「ソリさん、幻術士教官に魔法を使わせないよう、引き続き牽制をお願いします」
私は短く、二人に作戦を伝えた。
二人は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに頷いてくれた。
まず、私が真っ直ぐに幻術士教官へ向かって走り出す。
予想通り、鎧教官が守るように前へ出てきた。
そのまま剣で三連撃を叩き込み、反撃が来る前に、風の魔法で一気に後方へ跳ぶ。
同時に、ソリの強く引き絞られた矢と、私の炎魔法が、狙いすましたように放たれた。
二つがほぼ同時に大盾へ命中し、大きな光と煙とともに爆発する。
作戦会議の時、ソリが「役に立つかも」と教えてくれた、煙幕弾付きの矢だった。
訓練場に煙が広がり、三人の姿が見えなくなる。
幻術士教官が慌てて風魔法で煙を払おうとした、その瞬間――。
真上から槍が振り下ろされ、彼女の杖を握る腕を打った。
私の風魔法で跳躍を加速させた、べレナールの奇襲だった。
「――そこまで! ふふ……合格だ!!」
教官の声が、訓練場に響いた。
◇
三人で顔を見合わせ、思わず笑い合った。
「やった……!」
べレナールが拳を握る。
ソリも、疲れの中に安堵の表情を浮かべていた。
鎧の教官が、講習中のそれぞれ良かった点、悪かった点の講評と共に、ビギナー用の装備一式を渡してくれる。
「双蛇党として任務に就く時は、必ず制服を着るように。宿に置き忘れたりしてくれるなよ。この装備一式も確かに良い物ではあるが、そこはしっかりな。」
そこで、教官が続けて明かした。
「実は俺たち三人とも、元は双蛇党でそれなりの地位に居た人間だ。今は若手の育成のため、ここで教官をしている。お前達は既に双蛇党の一員だからな。任務中はその制服にも誇りを持て」
その言葉に、私は少し驚いた。
道理で、あの動きの一つ一つに無駄がなかったわけだ。
「ありがとう」
べレナールとソリから、揃ってお礼を言われる。
「私の方こそ助かりました。一人だったら、絶対にクリアできませんでした」
素直にそう伝えると、ソリが優しい目で私の頭を撫でた。
「私の方が全然年上なのにね。頼りきってしまったわ。本当に凄かった」
年下扱いされながらも、同時に褒められて、少しくすぐったい気持ちになる。
イディルシャイアのシロお姉ちゃんを、少し思い出してしまった。
べレナールが、2人にリンクシェルの登録先を教えてくれた。
「もし何かあったら、今日の礼に何でも手伝う。遠慮なく呼んでくれ」
「ありがとうございます」
「また会おう」
そう約束して、三人はそれぞれの持ち場へと別れていった。
◇
グリダニアへの帰り道、私はチョコボたちの元へ駆け寄った。
親チョコボが「クエェ」と鳴きながら、頭を寄せてくる。
雛チョコボも、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねていた。
「聞いてよ、初めてパーティーで戦ったの。すごく大変だったけど、楽しかった!」
肩の上のおしえるくんに、興奮のまま報告する。
「ふふ、それは何よりでございましたね」
先生は、いつもの調子で、けれど確かに嬉しそうな声で答えた。
「一人で成し遂げることも大切ですが、仲間を作り、共に大きな目標を乗り越えること。それもまた、立派な成長にございますよ」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
初めて剣を交わす相手として、人に向き合うことへの怖さも、たしかにあった。
けれど、あの三人での連携の瞬間――お互いを信じて動いた、あの感覚は、1人で魔物と戦う時とは、また違う手応えがあった。
夕暮れに染まるグリダニアの街並みを眺めながら、私は新品のビギナー装備を抱え直した。
ダンジョン攻略への道は、まだ少し先だろうけれど。
また一歩、前に進んでいる実感があった。