初心者の館で受け取ったビギナー装備。
その中に、指輪がひとつ入っていた。
「これがビギナーリング、か」
窓辺で陽にかざしてみる。
青い石が嵌め込められた、無骨な指輪だった。
私はその日から指輪をつけて活動することにした。
魔物を何体か狩り、冒険者としての依頼もいくつか片付けた。
けれど、正直なところ。
ゲームのように、経験値が増えているような実感は、残念ながら無かった。
試しに指輪を外してみると、ほんの少しだけ、身体の動きが重く感じられる。
どうやら能力を底上げする効果はしっかりあるらしい。
だから、着けておくことにする。
(耳と首と腕、指輪をもう一つ……アクセサリーはまだ全然揃ってない)
ゲームの記憶を辿る。
装備全体の質と種類、アイテムレベルによって、大まかな強さが決まっていた。
凄まじい数が存在している装備の中でも、一部に特殊な効果のついたアクセサリーがあった事を、いくつか覚えている。
いつか、そういうものも手に入れたいな。
そんなことを考えながら、私は新米白狼隊士としての、そして初心者冒険者としての日々を積み重ねていった。
◇
その日の依頼は、街の近くに増えすぎた虫の魔物の駆除だった。
「げっ……」
現場に着いた瞬間、思わず声が漏れる。
草むらの向こうに、うぞうぞと蠢く無数の虫の魔物の幼体。
数の多さに、自分でも意外なほど怯んでしまった。
前世でも、虫だけはどうしても得意になれなかった。
その苦手意識は変わらないらしい。
「こ、これはちょっと……」
情けなく後ずさりする私を見て、親チョコボが「くるる」と鳴いた。
そのまま翼を広げ、大きな鉤爪で草むらへ飛び込んでいく。
バサバサバサッ、と羽ばたく音と共に、次々と虫の魔物が薙ぎ払われていった。
雛チョコボも負けじと、小さな嘴で足元の虫をついばんでいく。
「す、すごい……」
あっという間に、依頼の魔物はほとんど片付いてしまった。
私は少し情けない気持ちになりながらも、二羽の頭を思いきり撫でて労った。
雛チョコボが得意げに小さな虫を咥えて持ってくる姿は、とても頼もしかった。
◇
別の日は、逃げ出した猫の捜索依頼だった。
「猫って言っても、普通の猫じゃないのよね」
依頼主の話を聞いて、私はすぐにピンときた。
それはミニオンとして見たことがある、ゲイラキトンだった。
見た目の特徴は猫だけれど、手を広げて空を飛べるという点は、他の猫達と異なる。
最近、ドラヴァニアの雲海から輸入されるようになったばかりで、こちらでは珍しいペットらしい。
街を歩き回り、屋根の上や木の上を見上げたり、高い場所によじ登ったりして探していく。
上を見上げ過ぎて、そろそろ首が痛くなってきた頃、ようやく木の上で気持ちよさそうにくつろいでいる姿を見つける。
「見つけた!」
優しく話しかけ、好物の魚の匂いで誘導すると、ゲイラキトンは素直に私の腕の中に降りてきた。
あっさりと懐いてくれたのは助かった。
空を飛んで、また逃げ出されでもしたら大変だった……。
以前、イディルシャイアの孤児院でも、猫を飼いたいという話が挙がり、図鑑で生体を調べた事があったのが役に立った。
あの時は結局、院の財政的に好物の魚を用意出来ないと判断されて却下になっていた。
温かくて、少しだけ湿った毛並みが、腕の中で心地よく感じられた。
こうしていると、動物と触れ合うことでの癒しを実感する。
(ちゃんと稼げるようになって、面倒見れるくらい余裕が出来たら、やっぱり院の皆でも動物を飼って、お世話したり出来るようにしたいな……)
依頼主に届けると、大袈裟なくらい感謝された。。
依頼主から受け取った報酬を握りしめながら、私は少し得意げな気分で街を歩いた。
小さな成功が、ひとつひとつ積み重なっていくのを感じれた。
◇
薬草の採集配達の依頼を受けた日は、届け先が園芸師ギルドの職員だった。
報酬のギルを受け取りながら、ふと思い出す。
「あの、こういうのって、ギルドで買い取ってもらえたりしますか?」
私は鞄の底から、ドラヴァニアからの道中で採集していたハーブやキノコを取り出した。
旅の途中で拾い集めていたものが、まだ結構な量残っていたのだ。
「おや、これはドラヴァニア産だね。イシュガルドと国交が結ばれてから、少しずつ入ってくるようにはなったんだが、まだ量が少なくてねぇ」
職員は目を輝かせて、いくつも買い取ってくれた。
思いがけない収入に、私は内心でガッツポーズをする。
園芸師ギルドの職員が「また何かあったら持ってきておくれ」と笑いかけてくれた。
旅の中での積み重ねが、少しずつ生活の糧になっていくのは嬉しい。
その帰り道、市場で見かけた樹の実を買った。
チョコボ達が喜びそうな品だ。
案の定、特に食いしん坊な雛チョコボは、目を輝かせて実にかぶりついていた。
◇
門番としての任務に就いた日もあった。
街の入り口近くまで寄ってくる魔物の討伐。
不審な人物が紛れ込んでいないかの監視。
そして、初めてグリダニアを訪れた旅人へ、目的地までの道を案内すること。
真剣に任務にあたっていたつもりだったのだけれど。
「あら、可愛いお嬢ちゃんが門番さんなの?」
「はい飴あげるわね」
「頑張ってるわね、偉い偉い」
通りかかる街の住人から、何人かに頭を撫でられ、飴を貰ってしまった。
(一応、これでも正規の双蛇党の一般兵なんだけどな……)
やはり見た目のせいで、少し舐められているような気がする。
あとこの見た目でも、前世は成人女性だったわけで、初対面の全く知らない人に撫でられるというのは……。
まあ、飴は美味しかったし、これはこれでいいか。
そんな風に納得することにした。
夕方、交代の兵士がやってきて任務を終える。
もらった飴の包み紙を数えてみたら、5つもあった。
院に持ち帰ったら、ケビが喜ぶだろうか。
そんなことを考えながら、私は詰所への帰り道を歩いた。
◇
依頼や任務の合間、空いた時間には、街の近くに設置された木人を相手に、先生との訓練を続けていた。
初心者の館の講習でも使った、風魔法で身体の動きを補助しながら戦う技術。
加減を間違えれば自分にもダメージが返ってくるし、タイミングも難しい。
それでも、剣での近接攻撃と、魔法での遠距離攻撃を繋ぐ、とても重要な動きだと感じていた。
「先生、この動きってコル・ア・コルとかデプラスマンって呼ばれる技になったりするのかな?」
「──さあ、それはどうでしょうね」
おしえるくんは、少し困ったように、曖昧に答えた。
「ですが、あまり何かの名前や型に拘りすぎない方がよろしいかと。学び、訓練し、その中で己の戦い方を積み上げていけばよいのです」
その言葉に、私はハッとした。
木人に向けて、もう一度風を纏った踏み込みを試す。
剣先が空気を裂き、乾いた音を立てて木人の胴に食い込んだ。
着地の瞬間、足首に鈍い痛みが走る。
加減を誤った証拠だ。
「痛てて……」
「焦る必要はございません。貴方の歩みは、決して遅くはありませんよ」
おしえるくんの声に、私は苦笑しながら痛む足をさすった。
思えば、初心者の館での模擬戦で見たものも、ヒカセンとしての常識とはまた違っていた。
大剣と大盾の教官が使った、鎖でのバインド技。
私の風魔法の補助を受けたべレナールさんが放った、本来槍術師では使えないはずのジャンプ攻撃。
NPCは、ゲーム内でも本来使えないはずの魔法やスキルを、当たり前のように使っていた。
そもそも、まだ赤魔道士になれていない私自身が、剣と魔法を組み合わせて戦っている。
ヒカセンの強さは、目標のひとつではある。
ゲーム内で学んだ魔法や技、その習得方法の数々が私の記憶には存在している。
その中の多くは、今私が居る時代にはまだ世界に存在しておらず、未来に「既に世界にあったモノ」として、徐々に解放されていくはずだ。
そして、この世界の私はヒカセンそのものにはなれないし、なろうとも思わない。
あくまで、私として戦える術と強さを、この手で掴み取っていきたい。
そんな風に、少しずつ考えるようになっていた。
◇
任務と依頼、そして訓練が続く日々。
双蛇党に所属して、ちょうど一週間が経った。
ついに、初めてのお給料の日がやってきた。
朝、詰所に向かう道すがら、私は少しそわそわしていた。
前世でも、初めてのアルバイト代を貰った日のことを、なんとなく思い出す。
あのときも、こんな風に妙にくすぐったい気持ちだった気がする。
双蛇党の窓口で、一週間の任務による貢献度に応じた報酬として、軍票とギルを受け取る。
軍票は、窓口で装備やアイテムと引き換えに使える特別な通貨だ。
双蛇党隊士としての割引が適用され、普通にギルで買うよりもかなり安く手に入る物もある。
かなり迷った末、いくつかの回復ポーションと、まだ何も装備していなかったアクセサリー類を軍票で交換していく。
前世では、アクセサリーをあまり好んで着けるタイプではなかった。
でも、この世界では、小さなアクセサリーひとつひとつが、確かに強くなるための大切な要素だ。
双蛇党の部屋に備え付けられた鏡を見ながら、耳飾りと首飾りを順番に着けていく。
(子供の見た目でアクセサリーいっぱい着けてるの、ちょっと変かな)
少し気になったけれど、実際に着けてみると、思ったより主張は控えめだった。
普段の見た目としても、身体を動かすときも、邪魔にはならなそうだった。
鞄の中に関しては、冒険者としての報酬と、今日貰った給料のギルを合わせると、それなりの額になってきている。
「何に使おうかな……装備はある程度揃ってきたし」
鏡の前で呟きながら考える。
(イディルシャイアに帰るとき、みんなへのお土産でも買っていこうかな)
シロお姉ちゃんには、好きそうな茶葉とパン。
ケビや他の子達には、甘いお菓子。
クロには、………うーん、どうしようかな?一番何が喜んで貰えそうか難しいかも。
そんなことを考えていると、自然と口元が緩んだ。
この世界に来てから、初めて自分の力で稼いだお金だ。
誰かのために使えることが、こんなにも嬉しいなんて。
そんなことを考えていたときだった。
◇
「セラ、いるか」
私の所属する白狼隊の上司が、詰所の奥から現れた。
その後ろに続いていたのは、見覚えのある二人だった。
「あ……!」
思わず声を上げる。
槍を担いだべレナールさんと、弓を背負ったソリさんだ。
「こんなに早くまた会えて嬉しいわ」
ソリさんが、駆け寄ってきて私をぎゅっと抱きしめる。
そのまま、頭を優しく撫でられた。
「よぉ、数日ぶり!」
べレナールさんも、片手を上げて笑いかけてくる。
「どうしたんですか、二人とも」
「実はな」
上司が話を引き継いだ。
「タムタラの墓所攻略のためのメンバー募集があってな。双蛇党の若手三名に白羽の矢が立った。お前たち三人だ」
「え……!」
驚く私に、上司は続けて教えてくれた。
「先日の初心者の館は、実力試験だけが目的じゃなかった。パーティーとしての相性を見るのも、大事な目的のひとつだったんだ」
なるほど、あの模擬戦にはそんな意味もあったのかと、今更ながら納得する。
「今回、パーティーのリーダーとなる人は、双蛇党でもかなりの実力者だ。安心して勉強させてもらえ」
「リーダーは後から現地で合流する予定だ。準備をして、明日には黒衣の森へ向かってくれ」
その言葉に、私たち三人は顔を見合わせた。
「ついに、初めてのダンジョン攻略ね」
ソリさんの声に、少し緊張の色が混じる。
「タムタラの墓所は……」
私は、頭の中でゲームの記憶を辿った。
ヒカセンにとっては、確か二番目に訪れる、初心者向けのダンジョンだったはずだ。
でも、それはあくまでヒカセンにとっての話。
私たちにとっては、何が起こるかわからない、未知の空間だ。
「セラちゃん、何か知ってるの?」
考え込む私に、ソリさんが不思議そうに尋ねてくる。
「ううん、あくまで名前を知ってるだけ。何を持っていくのが良いのかな?」
誤魔化しながら、私は曖昧に笑った。
前世の記憶のことは、まだ誰にも話す気にはなっていない。
いつか話せる日が来るのだろうか。
そんなことをぼんやり考えながら、私は話を続けた。
私はべレナールさんとソリさんと、必要な準備について話し合った。
ポーションの数、非常食、防寒具の要不要、灯りについてなど。
ひとつひとつ確認しながら、各々準備のため今日はいったん解散することになった。
「じゃあ、また明日ね」
「ああ、油断せずにいこう」
二人の背中を見送りながら、私は自分の胸に手を当てた。
鼓動が、いつもより少しだけ速い。
必要な物を買い揃えた後の帰り道、私はこの1週間を振り返っていた。
虫の駆除に情けなく怯んだこと。
空飛ぶ猫を見つけて誇らしかったこと。
ドラヴァニアの薬草が思わぬ臨時収入になったこと。
子供扱いされながらも、任務をこなした日。
そして、木人相手に重ねてきた、地道な訓練の日々。
どれも、決して派手な出来事ではなかった。
それでも、そのひとつひとつが、確かに今日という日と、これからの私を形作っている。
タムタラの墓所。
初めてのダンジョン攻略。
不安がないと言えば嘘になる。
けれど、べレナールさんとソリさんという心強い仲間がいる。
肩の上には、いつだって頼れる先生もいる。
夕食を終えて、宿の自分の部屋に戻ると、装備や買い集めたアイテムを並べて、もう一度ひとつひとつ確認した。
どれも、ここまでの日々で少しずつ積み上げてきたものだった。
窓の外はもうすっかり暗い。
明日朝には、初めてのダンジョンへ向かう。
私はランプの灯りを少し落とし、目を閉じた。