「クソッ!! 分断されたっ!! 急いで戻らないと」
「落ち着いてくださいっ!! まず回復します」
回復魔法をベレナールさんにかけながらも、これからどうすれば良いか、必死に考えを巡らせる。
でも焦りのせいで、嫌な想像ばかりが浮かんでしまう。
(準備はしてきた。初めてのダンジョンだったから、みんな油断もなかったと思う。でも、これは、さすがに予想外過ぎる……!)
いつもなら、こんな時は先生が的確なアドバイスをくれるのに。
肩の上にも、頭の上にも、先生は居ない。
私に寄り添って困った時に支えてくれたチョコボ親子も、ここには居なかった。
それでも、この状況を一番理解している私が、突破口を見つけなければならない。
◇
時間は少し遡る。
タムタラの墓所は、黒衣の森・中央森林の地下に存在している。
地図に示された場所に向かうと、森の中に急に盛り上がった丘がある。
ここが入り口で、その下の広い範囲がまるごと墓地になっているようだ。
待ち合わせ時間に到着すると、ソリさんとベレナールさんはすでに来ていた。
二人とも、私と同じで少し緊張しているみたいだった。
「あ、セラちゃん。おはよう。ねぇ、連れてきたチョコボたち、一緒に入れないのかな?」
ソリさんに聞かれて、私は先生を見る。
「ダンジョンという特殊な空間は、魔法にてパーティーとして登録されたヒト以外、基本的に立ち入れない仕組みになっているようです。外の魔物が中に入りこまないようにする措置かと。ワタクシもチョコボたちも、登録の対象外なので、中に入ることは叶いません」
「そうなんですか……」
なんとなく、そうじゃないかとは思っていた。
(そういえばゲームの時も、ミニオンやチョコボを連れてダンジョンには入れなかったっけ。忘れてた……)
旅の間、側にいてくれた先生と離れるのは、いつも心細い。
でも、ダンジョンに行かないという選択肢は、今の私にはなかった。
「先生、最後にもう一度、注意事項を教えてもらえますか」
「ええ、良いでしょう。まず一つ、ダンジョン内での魔力の消費は普段より激しくなる傾向があります。壁や空気そのものに、独特の魔力が満ちているためですね。無駄撃ちは避けるように」
「なるほど……」
「二つ目。慣れない空間での方向感覚は、想像以上に狂いやすいものです。地図と現在地を、こまめに確認なさい」
「俺も聞いていいですか」
ベレナールさんが手を挙げる。
「もちろんです。何なりと」
「もし……はぐれちまった時は、どうすればいい?」
先生は一瞬、間を置いてから答えた。
「基本的には、その場で待機し、冷静に周囲の状況を確認することです。むやみに動き回れば、余計に距離が離れてしまいますからね。」
「なるほど」
「初めての事に不安が募ることもあるでしょう。しかし、貴方がたは各々訓練をし、この為に備えてきた事も見て分かります。この壁を乗り越え、更に前に進む力になる事をここで、チョコボ達と共に祈っております」
なんとなく、胸の奥がぎゅっとなる。
「うん。……行ってきます」
先生の頭を、そっと指先で撫でる。ひんやりとした金属の感触が、いつもより少しだけ冷たく感じた。
雛チョコボが「ぴぃぴぃ」と鳴きながら、私の足元にすり寄ってくる。まるで、行かないでと言っているみたいに。
「大丈夫だよ。ちゃんと帰ってくるから」
しゃがみ込んで、雛チョコボの頭を撫でてやる。親チョコボも、心配そうにこちらを見つめていた。
そうこうしているうちに、真っ白なチョコボに乗った、大柄な人物がやってくる。
「おはようございます。君たちが、一緒に行ってくれる双蛇党の方々ですか?」
昨日、上司からパーティーリーダーの人は、グリダニアでも有名な冒険者だと聞いていた。
だからてっきり、ヒカセンのリーダーの攻略に交ぜてもらうのだと、そう勘違いしていた。
そこに現れたのは、短い赤髪に、真っ白な鎧を纏ったルガディン。
ゲーム内のメインストーリーにも出てきた『暁のホーリー・ボルダー』だった。
たしかに、元々冒険者をやっていたところをタタルさんにスカウトされて、暁に加わったというエピソードがあったはずだ。
間近で見る本編ストーリーに関わるNPCは、他のNPCたちとは纏う空気がまるで違う。
街中でルガディンの男性を見かけたことは何度もあるけれど、こんなに大きく、強いと一目で分かるのは初めてだった。
予期せぬ暁メンバーとの邂逅に緊張しながら、順番に自己紹介をしていく。
「はじめまして。セラといいます。最近、双蛇党白狼隊に所属した新人です。ダンジョン攻略に参加するのは初めてです。よろしくお願いします」
ソリさんとベレナールさんも、それぞれ名乗っていく。
「セラさん、ソリさん、ベレナールさん。よろしくお願いします。私はホーリー・ボルダー、冒険者をやっています。訳あって、あまりお金をかけずに、装備を複数人分揃えなければいけなくてね。他の冒険者に依頼を出すと、どうしても依頼料や宝の分配で揉めてしまうので」
「以前、指南役をさせてもらった伝手で、双蛇党の方に相談させてもらったんです。若手の皆さんにダンジョン攻略の手ほどきをしながら、お手伝いいただこうということになりました。ここには私も何度か探索に来ていますから、安心してついてきてもらえればと思います」
(なるほど。複数人分の装備っていうのは、暁が受け入れたドマ難民の人たちのものだろうか……。タタルさんに言われて、節約しながら頑張ってるんだろうな……)
互いに使う武器や魔法、持ち物の認識合わせをしたあと、私は先生とチョコボたちを振り返る。
「行ってくる。早めに戻るから」
雛チョコボが心配そうに、私の周りをぐるぐると回った。親チョコボも、羽を軽く私の背中に押し付けてくる。
先生は何も言わず、ただ小さく頷いた。
その様子を目に焼き付けてから、私はタムタラの墓所の入り口をくぐり抜けた。
黒衣の森から、空間そのものが切り替わったような感覚。
中は暗く、生ぬるく湿った空気が肌にまとわりついて気持ち悪い。
床には苔が生えていて滑りやすく、油断するとすぐに転んでしまいそうだ。
「元々は墓所として使われていたものなので、罠などは設置されていません。ただ、数年前からカルト教団が出入りしていましてね。怪しげな儀式で、妖異やアンデッドを使役しているんです。何度も討伐隊が組まれているので数は大きく減っているはずですが、油断しないように」
灯りを出す魔法は先生に教わって習得済みだけれど、今回は魔力の節約のため、手持ちのランタンを使う方針になっている。
説明を受けながら曲がり角を曲がったところで、頭上から大きな蜘蛛型の魔物が三体、落ちてきた。
「ひえっ」
大きく飛び退く私と、隙なく弓と槍で処理していくソリさんとベレナールさん。
「あら、ちゃんと女の子らしいところもあるのね」
「すみません、どうにも虫の魔物が苦手で……。ソリさんは平気なんですね」
「グリダニアの生まれだもの。このくらいの虫には慣れっこよ」
「大丈夫ですか? この先も結構出てくると思いますが……」
「ぐ……なんとか。いきなり目の前に来たり、小さいのが大量にいたりしなければ、やれます……たぶん」
(うーん、記憶が戻る前はここまで苦手じゃなかったのに……。はぁ、この苦手意識、この先の旅でも絶対に困りそうだから、なんとかしないと……)
渋い顔をしながら歩みを進めると、今度は小さな羽虫と、私の身長よりも大きな、脚の長い蜘蛛が大量に現れた。
どうやら廊下そのものが、巣のようになっていたらしい。
出そうになる悲鳴を噛み殺しながら、数が多いので炎と風の魔法を組み合わせて一掃する。
地下という場所柄、炎の加減と空気の流れは、しっかり調整しながら。
「なるほど、事前に伺っていましたが、複数の属性の魔法をこれだけ使いこなせて、剣も振るえるというのは素晴らしいですね。私は聖属性の才能しかなくて、いつも相方に頼りきりでした」
「やっぱり便利だよなあ、こういう時に魔法を使えるのは。俺はどうしても複数相手や、離れた場所の相手が苦手で……。俺も何かしら魔法を勉強しようかな……」
「グリダニアなら幻術士ギルドがありますし、ベレナールさん自身が風の魔法を覚えて、この前の跳躍からの攻撃を練習してみるのもいいかもしれませんね」
「たしかに……あの跳躍が一人でもできるようになれば、戦い以外でも便利そうだ」
「あの風で速く動く魔法よね? 私も使えるようになりたいから、今度幻術士の知り合いに教わろうかしら」
そんな魔法談義を交わしながら、引き続き虫の魔物たちを狩り尽くしていく。
たまに魔物を倒した場所には宝箱が置かれていて、中からはいくつかのアクセサリーらしき装備や、少量のギルが出てきた。
一旦すべてホーリー・ボルダーさんが預かり、ダンジョンを脱出したあとに、欲しいものがあれば分配するということになった。
◇
ベレナールさんが腕に着けている時計を見ると、ダンジョンに入ってから、もう二時間ほどが経っていた。
やっぱり、ゲームの頃と比べると時間がかかる。
あの頃は、慣れきったダンジョンなら、スプリントを使って行き止まりまで全力疾走し、タンクに集まった敵をまとめて狩る、というのが通例だった。
それに、今回は四人のうち三人が初めてのダンジョンだ。
ホーリー・ボルダーさんのアドバイスを受けながら、地図と照らし合わせて、くまなく探索しているのも、時間がかかっている理由のひとつだろう。
さらにしばらく歩いて、墓地の最奥に到着した。
でも、そこにはダンジョンのボスらしき存在は、何もいなかった。
「ふむ、どうやら今日は、妖異やアンデッドを操る教団の者たちは来ていなかったようですね。ただ、最後まで油断はしないように。帰るまでがダンジョン攻略ですよ」
どうやら、毎回必ずボスがいて、倒すとお宝が見つかる、というわけではないらしい。
(そういえば、イディルシャイアの冒険者NPCたちも、新しくやって来た旅の者──ヒカセン達が近くのダンジョンを攻略している影響で、宝や魔物が少なくなったって話をしてたっけ……)
ゲーム内ではダンジョンに潜るたびにボスが復活し、報酬が毎回手に入った。
当たり前だと思っていたその仕組みは、どうやら私たちの冒険には適用されないようだった。
あの頃は当たり前のように享受していたものが、こうして実際に体験してみると、どれほど恵まれていたことなのか、身に染みて分かる。
(うーん、ダンジョン攻略は経験値とお宝目当てでもあったから、ちょっと考え直さないといけないかもしれない……)
でも、今回でダンジョンのことをいろいろ知れたのは収穫だ。
今後は他の新生エリアにあるダンジョンにも行ってみよう。
そんなことを考えながら、私たちは墓地の出口へ向かって歩き出した。
出口へと続く通路の先で、いくつかの燭台に、赤い字で何かが書かれた紙が貼り付けられているのを見つけた。
なんとなく何が書かれているか、その内容に目を通そうとした瞬間。
――ギ、キギ、と墓所全体が軋むような音を立てた。
同時に、何かが大きく切り替わったような感覚が、肌を包み込む。
さっきまで薄暗いだけだった墓地の中が、赤く怪しげな光と、うっすらとした霧に包まれていく。
地面の至る所がボコボコと盛り上がったかと思うと、その中から、腐りかけた身体を引きずったゾンビ達が、次々と湧き出してきた。
「全員落ち着いて対処するんだ」
ホーリー・ボルダーさんの低い声が響く。
ソリさんの矢が、何体かのゾンビの眉間に突き刺さる。
しかし、ゾンビ達は何事もなかったかのように、こちらへゆっくりと近づいてくる。
ダメージが入っているのかどうか、見た目では全く判断がつかない。
数が多いし、距離も近すぎる。この状態では、範囲に広がる炎の魔法は使えない。
「くっ、多すぎる!! ひとまず脱出して、応援を呼びましょう!! 私の後ろに集まって!」
ボルダーさんが盾を構えて詠唱を始める。
私たちはゾンビの脚を中心に攻撃して歩みを止めながら、なんとか三人とも背後に集まった。
それを見届けた瞬間、盾から輝く光の柱が放たれ、前方にいたゾンビ達がまとめて灰になる。
「突破します!!」
盾を構えたまま、ボルダーさんが走り出す。
光に当たらず残っていたゾンビ達を、盾を構えた突進で次々と吹き飛ばしていく。
私たちは、その背中に必死についていった。
「――扉が閉まって、開かなくなっている!!」
来た時には確かに開いていたはずの扉が、固く閉ざされている。
仕方なく、別のルートを進むしかなかった。
新しい通路を進むと、今度は古びた剣や盾、ボロボロの鎧を身にまとったスケルトンが、四体現れる。
数はゾンビより少ない。でも、一体一体が、明らかに強い。
骨だけとは思えないほどの膂力で、私の剣はあっさりと受け止められ、逆に反撃されてしまう。
ボルダーさんも戦えてはいるけれど、一体を相手にするだけでかなりの時間がかかっていた。
私達は全力で応戦するけれど、身体に浅くない傷が増えていく。
ソリさんの矢はスケルトンにあまり効果がないようで、反撃を避けるだけで精一杯になっていた。
「ヤバいぞ。ここで時間を食うと、ゾンビ共に追いつかれる」
ベレナールさんの声にも、焦りが滲んでいる。
――さっきの、ホーリー・ボルダーさんの聖属性魔法、あれはゾンビ達にかなり効果があった。
そういえば、光の柱に直接触れていなかったゾンビ達まで、動きが止まっていた気がする。
効くかどうか分からないけれど、私は天井に向かって、灯りになる聖属性の魔法を打ち上げた。
部屋を照らしていた不気味な赤い光が、真っ白な光に上書きされていく。
すると、スケルトン達の動きがぴたりと止まった。
「ナイスです!! はあっ!!」
ホーリー・ボルダーさんの剣が、一体のスケルトンを両断する。
私も剣による三連撃を叩き込み、なんとか一体を倒しきった。
残る二体も、加勢に向かい、どうにか倒すことができた。
「今の墓地内の状況は異常です。とにかく脱出を優先しましょう」
そう言って、私たちはまた次の部屋へと駆け出す。
しばらく走ると、円形の、石造りの舞台のような場所にたどり着いた。
舞台の周囲は崖のように切り立っていて、かなりの深さがあるようだ。
そんな舞台の中央には、白いローブを纏った人影がひとつ。
体格からして、女性のようだった。
この距離ではよく聞き取れないけれど、何かをぶつぶつと呟く声が聞こえてくる。
「警戒を」
ホーリー・ボルダーさんが、私たちにだけ聞こえる声で短く告げた。
こちらの気配に気づいたのだろう、白いローブの人物が、ゆっくりとこちらを振り返る。
真っ黒な瞳と、満面の笑顔で。
「あら? 冒険者の方々? 私達の結婚式の話を聞いて、お祝いに来てくれたのでしょうか? ありがとうございます。是非、パーティーを楽しんでいってくださいね」
空間に黒い渦が広がり、その中から、巨大な頭部に羽の生えた妖異が姿を現す。
さらに、さっき来た道からも、うめき声とともに複数のゾンビがやってくる。
この舞台に繋がる他の道からも、同じように。
「くっ、妖異とアンデッドの使役者のようです。倒します」
ホーリー・ボルダーさんが、ローブの人物へと駆け出していく。
私たちも前に出て、周りから迫るゾンビ達の足止めに回った。
――でも、ゾンビ達の動きが、止まらない。
さっき戦った個体より、明らかに速い。
急いで私は、スケルトンに効いた灯りの魔法を、もう一度打ち上げた。
舞台全体が、白い光に照らされる。
「おいっ、様子が変だ!!」
ゾンビ達の足は、確かに一瞬止まった。
でも、その直後、身体が急に膨らみ始めて──。
強い赤い光とともに、周囲のゾンビ達が一斉に爆発した。
強い衝撃波に吹き飛ばされて、私は舞台から、下の崖へと転がり落ちていった。
◇
「おいっ!! 大丈夫かっ!! 生きてるかっ!」
その声で、私はなんとか目を開けた。
少しの間、気を失っていたらしい。
顔と腕が熱い。
火傷をした時のような痛みを感じる。
奥歯を噛みしめて、なんとか身体を起こす。
起き上がりながら、周りを見渡した。
緩やかにカーブを描いた、狭い通路のような場所だった。
ここが、さっきの舞台の崖の下、なのだろう。
上を見上げてみるけれど、この壁をよじ登って戻るのは、難しそうだった。
「クソッ!! 分断されたっ!! 急いで戻らないと」
「落ち着いてくださいっ!! まず回復します」
焦るベレナールさんに声をかけながら、回復魔法を唱えて、自身とベレナールさんの傷を癒していく。
ケアルの淡い光が、ほんの少しだけ、心を落ち着かせてくれた。
――でも、同時に、嫌な記憶が蘇ってくる。
そして、今のこの状況が抱える、絶望とも言える危険度に、今さらのように気づいてしまった。
FF14のゲーム内でも、新生と蒼天のエリアにあるダンジョンは、それ以降の時代のものとは大きく特徴が違っていた。
まずは、ストーリー上で訪れる、ノーマルのダンジョン。
これは普通にゲームを進めていればクリアできるもので、ジョブのレベリングでも何度も訪れる場所だ。
そしてそれとは別に、もう一種類。
ストーリーをあらかたクリアしたあと、レベルが一定以上になると任意で挑めるようになる、HARDダンジョン。
こちらはメインストーリーとは関わらない、クリアもプレイヤー任せの、サブコンテンツとして存在していた。
ダンジョン内のマップやモンスターを流用しながら、ギミックやボスの強さが大きく強化され、難易度が跳ね上がったダンジョン。
紅蓮以降のパッチでは、このHARDダンジョンという存在自体が、無くなっていたはずだ。
マップ全体を包む赤い光と霧、爆発するゾンビ。
そして、頭部だけの妖異と、白いローブの女性――。
ヒカセン達に恐怖を植え付け、人気キャラクターの1人だった『ヤンデレのエッダちゃん』。
――そう、ここは、初心者向けのダンジョンなんかじゃない。
初心者殺しのダンジョンとして悪名高い『タムタラの墓所(HARD)』に変化していたのだった。