腰の鞄から取り出した瓶から、エーテルの錬金薬を口に含む。
喉を通る独特の苦さと共に、魔法で減った魔力が、ほんの少しだけ回復していくのを感じた。
深呼吸をして、なんとか心を落ち着ける。
タムタラの墓所──HARDダンジョン。
前世でこのダンジョンに挑んだ記憶が、ゆっくりと蘇ってくる。
新生エリアの、とある新人冒険者パーティーを軸にした、ホラー色の強いサイドストーリー。
パーティーリーダーの剣士アヴィールと、その婚約者のエッダ。弓使いと呪術士を含めた四人パーティー。
最初のダンジョン攻略に失敗し、焦った彼らが次に挑んだのが、このタムタラの墓所だった。
でも、そこで無謀に敵へ突っ込んだアヴィールが死亡し、パーティーは解散。
婚約者の死を受け入れられなかったエッダは、狂気に囚われ、彼を蘇生させようと邪教の術にのめり込んでいく。
アヴィールの首を妖異として蘇らせたエッダは、かつての仲間たちを生贄に捧げようとした。
それを止めたのが、ヒカセン達だった。
ストーリーもムービーも力が入っていて、新生のサイドストーリーの中でも、特に人気のあるシリーズだったと思う。
前世でも、フレンドと一緒に、マップ内に落ちていた手記を読みながら、四人パーティーでクリアした記憶がある。
そう、ゲームの中でも、ヒカセン四人でクリアしたのだ。
FF14にはお一人様でもソロ攻略が出来るように、NPCと一緒にダンジョン攻略が出来る「コンテンツサポーター」や「冒険者小隊」というシステムがある。
しかし、新生や蒼天のHARDダンジョンは、全てにおいてそのシステムに対応していなかった。
つまりこのダンジョンは、そもそもNPCがクリアできるようには作られていない。
しかも、HARDダンジョンの中でもタムタラの墓所は、初見のヒカセンパーティーは何度か全滅し、ギミックをしっかり覚えないとクリアができない場所。
いわゆる、初心者殺しのダンジョンだった。
(たしかにゲームの中では、NPC達ではクリア不可能だった。でも、私にとって、そしてこの世界にとって、これはゲームじゃない。諦めちゃいけない)
◇
頭上の舞台では、まだホーリー・ボルダーさんが戦っているのだろう。
また赤い光と共に、爆発するような音がここまで届いた。
そして、落下してきたゾンビの破片には、矢がいくつも刺さっている。
ソリさんは上の舞台から落下せず、まだボルダーさんと一緒に、なんとか戦えているようだ。
それを確認して、ベレナールさんと頷きあう。
地図と方角を確認して、急いで移動を開始した。
通路の前方から、ゾンビが二体現れる。
迷いなく私は聖属性魔法の灯りを撃ち出し、動きを止めたところを、それぞれ剣と槍で一撃のもとに倒した。
扉を通り抜けると、また少し雰囲気の違う場所に出た。
石の壁を草木が覆い、床に花まで咲いていて、まるで黒衣の森に戻ったような感覚を覚える。
そこに一人、弓を抱えるエレゼンの女性型ゾンビが立っていた。
こちらを見つけ、笑顔で矢を放ってくる。
私はそれが、ソリさんの姿とどうしようもなく重なってしまって、違うと分かっているのに、思わず身体の動きが止まり、息ができなくなった。
ベレナールさんに腕を引かれて、矢を寸前で躱す。
「しっかりしろ!!死ぬぞ!!」
その声に、我に返る。急いで灯りの魔法を放った。
やはり効果的らしく、次の矢を装填する動きが止まる。
剣で弓を構える腕ごと斬り払おうとしたところ、ゾンビの足元の影が伸びて、そこから岩のように硬い腕が伸び、剣を止められた。
影から這い出てきたのは、岩のような皮膚を持った妖異──ガーゴイルだった。
ゾンビの方は動きが止まったままだが、ガーゴイルは背中の羽で飛び上がり、こちらへ爪で襲いかかってくる。
動きが速い。
避け損なった私は、肩を斬られた。
装備を貫通され、鋭い痛みが走る。
ベレナールさんがフォローに入ってくれたが、ガーゴイルは再び飛び上がり、攻撃は当たらなかった。
急ぎ自分に回復魔法をかける。
しかし、その間に灯りの魔法の効果時間が解け、弓ゾンビからの矢が飛んでくる。
ベレナールさんが私の前に立ち、なんとか矢を撃ち払ってくれた。
回復を終え、なんとか体勢を整える。
ここで時間を使っていては、ボルダーさんとソリさんに合流できない。
「ベレナールさん、風を使います!!」
それだけで意図を汲み取ってくれ、矢と爪を防ぎながら、こちらの詠唱時間をしっかり稼いでくれる。
その頼もしさが、今はとてもありがたかった。
強い敵との戦いで、私の感覚がより鋭く、思考が速くなっていく。
自分の身体と、ベレナールさんの足、両方に風を纏わせる。
私はゾンビに向かって真っ直ぐ、ベレナールさんはガーゴイルに向かって飛び上がった。
矢がこちらに放たれる。
でもその矢は、私が纏う風によって、当たる直前に弾かれた。
灯りの魔法は、アンデッドの動きを一時的に止める。
でも、今の私にはそれだけでは足りない。
訓練でも、こんなことはやったことがない。
でも、この時の私には、確かにできる気がした。
風によって、剣の振りをより速くする。
──足りない。
ボルダーさんが盾でやっていたように、剣に光の魔法を纏わせる。
──まだ、足りない。
得意な炎の魔法も、一緒に使う。
──違う。
黒魔法とは、本来その場の環境エーテルを強制的に吸い上げて、術者の魔力以上の効果をもたらす魔法だ。
この空間、墓地全体に広がる闇の力。
この場所で見てきた、アンデッド達を強化する赤い光。
それを、自分のものとして、剣に纏わせる。
力が大きすぎて、剣全体に纏わせて制御するのは、私にはまだ難しい。
だから、そう。
剣先だけに。
光と闇を纏った剣での突きが、防御しようとしたゾンビの身体を、弓と腕ごと一気に貫いた。
数秒動きを止めたゾンビは、そのままあっけなく灰に還っていく。
剣を降ろすと、纏った魔法が霧散していった。
これはまだ、この世界には存在していない、少しだけ未来にあるはずのスキル。
赤魔道士の魔法剣連撃の一つ目、『エンリポスト』。
私の中で、その名前が、はっきりと浮かんだのだった。
◇
息を整えていると、大きな音がして、急いで振り返る。
そこには仰向けに倒れ、上から落下したと思われるガーゴイルの姿があった。
頭に槍が突き刺さり、動きを止めている。
ベレナールさんは滝のような汗を流し、息も絶え絶えながら、引き攣った笑みでこちらを見て、頷いてくれた。
あちらも何とかなったようで、本当に良かった。
でも、まだここが終わりではない。
大きな怪我を負っていないことを確認して、急ぎ上に登るための階段へと駆けていく。
やっと元の舞台がある場所まで戻ってくると、倒れたソリさんと、それを守ろうと、防戦一方のボルダーさんの姿があった。
「すまないっ!!彼女への攻撃を防ぎきれなかった。私のポーションで出血は止まったが、治療を引き継いでください」
ベレナールさんがボルダーさんの加勢に入り、私は急いでソリさんの治療へ向かう。
ソリさんの状態を確認すると、意識はあるが、麻痺の状態異常にかかっているようだった。
急ぎエスナで麻痺を解除し、残りの傷を癒していく。
ソリさんの顔色が戻ってきた。
ゆっくり身体を起こしていく。
立ち上がれるのを見届けて、次は傷だらけだったボルダーさんにも、回復魔法を飛ばして治療する。
さすがに、魔力を使いすぎた。
身体が重い。
でも、再びエーテル瓶から錬金薬を飲んで、意識をしっかり保つ。
◇
「さて、そろそろ次のお客様を迎えないと。皆さん、お祝いありがとうございました」
頭部だけの妖異の、巨大な瞳が大きく開かれる。
そこに、恐ろしいほどの闇の力が集まっていくのが分かった。
「まずいっ!!皆さん、私の後ろへ!!」
ボルダーさんが焦った声をあげ、私たちを守るように前に立つ。
詠唱を行い、盾に光を集めていく。
私も、残り少ない魔力を使って、前方に魔法障壁を発生させた。
そして、妖異の瞳から、真っ赤な光の奔流が私たち四人を飲み込んだ。
空間の温度が一気に上がり、皮膚が熱さを感じる。
妖異の熱線は、私とボルダーさんの障壁だけでは、防ぎきれていないようだった。
あまりの眩しさに、私は目を閉じる。
しかし、このまま意識を飛ばすことは、絶対にできない。
瞼を閉じても尚感じていた光が途絶えて、その数秒の後、私は目を開けた。
私はいつの間にか、ソリさんに抱きしめられていたようだった。
でも、その身体は力なく、私にもたれかかっている。
目を閉じている。気を失っているようだ。
周りの様子を確認する。
ベレナールさんは床に倒れていた。
槍が折れ、防具の一部が熱で溶けている。
その隙間から見える肌は、酷く火傷していた。
早く治療しなきゃいけない。
一番前にいたホーリー・ボルダーさんを見る。
さすが暁の中でも、タンクとして働けるだけの力を持つ人だ。
あれだけの攻撃を受け止めたのに、盾と剣を支えに、ちゃんとまだ立っていた。
でも、あの見事な白い鎧は、先程の熱で黒く煤け、一部は融解しているようだった。
二人に比べたら、私は大きな火傷もせず、装備にも異常がなかった。
問題なく、動ける。
急いで二人を治療しようと、抱えていたソリさんを寝かせようとして、気づいた。
ソリさんは弓と防具の両方が焼かれ、背中が焼け爛れた状態だった。
私の傷が浅いのは、咄嗟にソリさんが身を挺して守ってくれたからだ。
ソリさんだけじゃない。
ボルダーさんも、ベレナールさんも、私を一番後ろに隠して、守ってくれたんだ。
それに気づいて、手が震える。
早く、皆を治療しないと。
呼吸が浅くなり、視野が狭くなる。
だから、気づかなかった。
相手はその場で、こちらをまだ獲物として見ていることに。
◇
「あら、お料理の火加減が足りなかったようですね。ごめんなさい、アヴィール。森の動物のお肉はしっかり火を通さないといけないの。だから、もう一度」
妖異の瞳に、再び魔力が集まっていくのが分かる。
三人の治療は追いつかない。
私は、複数人を一気に治療できるような魔法は使えない。
そうだ、もっと、先生に早く教わっていたら。
弓のゾンビに使った、光と闇の魔法剣も、今から準備するのは間に合わない。
ボルダーさんと同じような、聖なる光を放つ攻撃が私にも使えたら、牽制になったかもしれない。
あの時、もっと時間をかけて準備して、装備を整えて、もっと訓練して、それからダンジョンに挑めば良かったんじゃないか。
イディルシャイアの冒険者達に聞いた。
双蛇党や冒険者ギルドでも。
ダンジョン攻略は危険と隣り合わせで、いつ誰が命を落とすか分からない、そんな場所だと。
私たちはNPCだ。
ヒカセン達のように、ゲームのように、敵に負けたら何度もやり直して、最後には勝つ。
そんな仕組みには、なっていないんだ。
でも、まだどこかに、ゲームと同じように世界を見る気持ちが、私の中に残っていて。
この場所を、どこか甘く見てしまっていたんじゃないだろうか。
そんな、すべて今考えるには遅い後悔が、頭の中を駆け巡る。
いや、違う。
今は、過去のやらなかったことを並べて、諦める時じゃない。
皆、準備をしてきた。
それでもこの場所で起きた、身に余るイレギュラーに、皆でなんとか抗おうとした。
そして、ソリさん、ベレナールさん、ボルダーさん、彼らは私を守ろうとしてくれた。
それが今必要な事実だ。
彼女、彼らとは、付き合いが長いわけじゃない。
ソリさんとベレナールさんは、初心者の館で初めて会って、昨日が二回目、今日が三回目だ。
ホーリー・ボルダーさんは、ゲームの中では見かけていたけれど、この世界で会ったのは今日が初めて。
それでも、ここまでの道中で、声を掛け合い、互いに信頼しあって、進んできた。
冒険者パーティーとは、ダンジョン攻略とは、こういうものなんだと、教えてくれた。
私は、信じて、守ってくれた皆に応えたい。
私の見た目が子供だからとか、女の子だからとか、そういう物差しだけじゃ測れない。
短い時間でも、確かにここには仲間としての繋がり、それがあったんだと、私はそう確信する。
そうだ。
ここを突破して、皆でお宝を分け合って、笑顔で次のダンジョン攻略の相談をしよう。
私の心に、再び火が灯る。
皆を守る。
皆を死なせない。
皆のために、私も死なない。
剣を持つ手に、もう震えはなかった。
願い。
想い。
本来カタチのないそれらが、私の壁を、この世界の壁を、超えるための鍵になる。
◇
エッダはこちらを、生贄のための食材なのだと、愛するアヴィールに捧げることを想像して、少し浮かれたような笑顔をこちらに向けた。
妖異はただ、悍ましい黒い思念をこちらへ向け、再び恐ろしい熱線を放つための準備をしている。
そして、空間全てから、妖異の瞳へと闇が流れていくような、そんな黒いエーテルの流れ。
それらが、私の目には、ゆっくりと、時間が引き延ばされたかのように映っていた。
手に持つ剣に力を籠めると、青白い雷が剣を覆う。
イディルシャイアのお店で、安く譲って貰った剣。
ヒカセンが店売りしたもので、その時の私が持つことのできる、一番扱いやすい剣だった。
剣の名前は、お店の人もよく分からないようだった。
グリダニアに来てから、他に自分の能力に合った剣がないか探してみたけれど、これ以上のものがなく、しっかり今も使い続けている。
私のお気に入りの剣。
腕から走る雷が、剣の刀身を白く輝かせて、刀身が伸びたような形状になっていく。
皆を守りたい、今はただ、その心だけで。
剣を横薙ぎに振るった。
「斬鉄剣」
小さく口から溢れたその言葉に、私が気づくことはなかった。
◇
揺すられるような振動と、温かさを感じて。
私の意識が、暗い中から引き上げられていく。
重い瞼を、少しずつ開けていく。
「目を覚ましましたか。良かった!!」
ボルダーさんの声がすぐ近くで聞こえて、一気に目が覚めた。
どうやら、ボルダーさんに背負われている状態のようだった。
「あっ、すみません。もう大丈夫です。歩けるので、降ろして貰って大丈夫です」
鎧を外した状態のボルダーさんの、背中の大きさと温かさに、少しドギマギしながら、そう声をかけて降ろして貰う。
どうやら、意識を取り戻さない私を心配して、あまり揺れないようにと、チョコボではなく徒歩で帰路についていたようだった。
親子チョコボ達と先生も一緒に移動しながら、私の顔を覗き込んでは心配してくれていたらしい
ソリさんと、ベレナールさんも装備は外していたけれど、怪我は治療済みで、歩くのも問題なさそうだった
私は、いっきに安堵の息を吐く。
「あの後、リンクパールで呼んだ応援が駆けつけて、皆の治療をしてくれたんだ」
今も残ったアンデッドや妖異達の処理を続けているので、私達は先に街に戻ることになったとのことだった。
「大量発生したアンデッドは、まだかなり残っているようです。ですが、英雄殿のパーティーが来てくれたので、すぐに事態も収まるでしょう」
「でも、本当に心配したわよ。なかなかセラが起きてくれないから。来てくれた人も、何度も回復をかけたりして」
なるほど、ボルダーさんが「英雄殿」って呼ぶってことは、どうやらヒカセンのパーティーが来てくれたようだ。
エッダと妖異が現れた後から、どうにも記憶の糸が絡まったように、状況を上手く思い出すことができない。
でもたぶん、あの後ヒカセン達が到着して、全滅する前に助けて貰えたんだろう。
「しかし、本当に凄かったですよ、セラさん。あの見事な剣線。まさか妖異と術者を合わせて斬り伏せるとは」
「俺は気絶しちゃってて、その様子見れなかったけどさ。助かったぜ。藻掻いてみたが、またセラに助けられちまったな」
(──ん?私が倒した?ヒカセン達ではなく?)
妖異の攻撃を盾で耐えたボルダーさんは、私が妖異を倒し、直後に気を失って倒れるところまで見たらしいのだけど、私は何も覚えていない。
意識を失う前の記憶を遡ろうとしても、何故だろうか。
前世のくだらない日常の記憶が邪魔をして、大切だったはずの何かを、思い出すことができなかった。
どうにも自分の中で納得できずに、首を捻りながらも、グリダニアまで帰ってきた。
◇
リンクパールで先に報告は済ませたようだけれど、双蛇党の詰所には直接報告に行く。
上司からは、調査不足だったことを謝罪されてしまった。
ボルダーさんも、ベテラン冒険者として、しっかり私たちを守ることができなかったことを謝ってきた。
けれど、ダンジョンに挑戦して自分の糧にしたいと願ったのは自分達だったので、その謝罪は受け取らなかった。
その代わりに、ボルダーさんと、私たち三人で、また他のダンジョンにも行くことを約束した。
また後日、どこに向かうか、どんな準備が必要か、今度は四人で、しっかりと時間をかけて相談する、そんな会が開かれることになった。
その時はまた、ボルダーさんのこれまでの冒険の話聞いてみたいと思う。
あと、秘密結社だから教えてくれるか分からないけれど、暁での話を聞けるなら、それも少し。
ボルダーさんともリンクパールの宛先を交換して、今日は解散になった。
一日で相当疲労が溜まった感覚があるので、宿に戻って、明日は依頼も訓練も無しの日にしようと思う。
休日にするなら、一旦イディルシャイアに戻って、孤児院の方でゆっくりするのも良いかもしれない。
鞄の中から樹の実を取り出し、私を心配してくれていたチョコボ親子に食べさせながら、頭を撫でる。
既に時間は夕暮れを過ぎ、星が少し見え始める時間になっていた。
私を心配するような表情のままの先生。
いつもより少し静かな様子が、少し気になった。
でも、疲れ切ったその時の私は、宿の部屋のベットへ思い切り飛び込んで、そのまま瞼を落とすのだった。