その時またまた歴史が動いた。 作:dwwyakata@2024
銀河英雄伝説の舞台となる帝国、同盟、フェザーン。
それぞれの歴史の動きを悪化させていた悪の枢軸ともいえる存在がそれぞれいます。
帝国なら門閥貴族達の中でも閨閥の者。ブラウンシュバイク公やリッテンハイム侯。
同盟なら民主主義の最暗部であるトリューニヒトとその取り巻き達。
更には地球教とその手先のフェザーン。
本作では、その全てがいきなり爆発四散してしまったら、というifの物語となります。
序、全て爆発四散
銀河帝国。
ルドルフ大帝が時代を逆行させ作り上げた銀河系オリオン腕に広がる国家。規模の割に人口は250億と少ない。保有星系の数からして、その百倍はいても良いだろう。この程度の数に収まっているのは、長年の失政と。ずっと争いが続いている敵国自由惑星同盟の存在がある。
古くさいゲルマン風の名前を与えられた貴族達が国を牛耳るこの国だが。門閥に所属する貴族でも、必ずしも勝ち組ではない。
そんな勝ち組ではない貴族の一人。
クロプシュトック侯爵の屋敷で、パーティが行われていた。
現在勝ち組とされている門閥貴族であるブラウンシュバイク公オットー、リッテンハイム侯ウィルヘルムを始め。更には皇帝とその寵姫であるアンネローゼまで参加したものである。
本来はブラウンシュバイク公の屋敷で行われる予定だったのだが、クロプシュトック侯爵家はルドルフ大帝の時代から続く「名家」であり、現在は閨閥から外れてはいるものの名門。
その辺りを皇帝が汲んで、「名誉のために」パーティを行うことを決定。寵姫アンネローゼとともに出向いたのである。
ところが、パーティの主催者であるクロプシュトック侯爵は、体調不良だとかで早々に退出。
何しろ歳である。
仕方がないと、誰もがぼやいていた。
参加者の一人であるラインハルト=フォン=ミューゼルは。舌打ちしながら、空虚で盛り上がらないパーティを見ていた。
何より姉がばかみてーな髪型(こういう社交界では、謎の髪型で令嬢が登場することが多く、中には戦艦をもした髪型をしてくるものまでいる)で、この世でもっとも嫌っている……貧しい生活でも幸せだったラインハルトから姉を奪い取った老醜の皇帝の側に侍っている。
それだけでも、いつブチ切れてもおかしくなかった。
それを、ラインハルトの盟友であり、半身に等しい親友であるキルヒアイスが宥める。
ラインハルトの半身とも言えるキルヒアイスは恐ろしいほどに優秀で、今まで幾多の暗殺事件からラインハルトを守ってきた戦闘巧者でもある。
だから苛立つラインハルトに、キルヒアイスは精一杯笑顔を向けてきていて。
ラインハルトも友人の意図は分かるので。
バカみてーな髪型をした令嬢達が行き交う無駄な立食パーティを、心を無にして耐えようとしていた。
喜ぶべきか。
その忍耐は、その次の瞬間終わった。
クロプシュトック侯爵家が、爆発四散したのである。
もうもうたる煙の中、ラインハルトはどうにか起き上がる。キルヒアイスが、テーブルを盾にして、ラインハルトを守ってくれていたのだ。
「キルヒアイス! 無事か!」
「右耳が聞こえませんが、恐らく一時的なものでしょう。 それよりも……」
「ああ、分かっている! 姉上!」
叫ぶ。
辺りは阿鼻叫喚の有様だ。
見ると、パーティ会場は豪快に消し飛んでいる。
ゼッフル粒子を利用した爆弾かも知れない。咳き込みながら、ラインハルトは辺りを確認。
壁に突き刺さって死んでいるのは、ブラウンシュバイク公だ。
現在閨閥でもっとも力を持つこの国最大の貴族は、多分死んだことさえ理解できないまま、体が上下泣き別れになり。
上半分は崩れかけた壁に突き刺さって死んでいた。
ブラウンシュバイク公に続く二番手の閨閥の主であるリッテンハイム侯は、あれは。
天井から残骸になってぶら下がっているシャンデリアに、首だけ引っかかっていた。
甲高い悲鳴を上げたどこかの婦人が、そのまま卒倒する。
辺りは似たような死体の山だ。
姉上。
叫びながら、ラインハルトはキルヒアイスと手分けして辺りを探していく。そして、発見する。
バカみてーな髪型がほどけてはいるが、テーブルの下敷きになって倒れているアンネローゼを。
即座に机を蹴っ飛ばして、姉を助け出すラインハルト。
キルヒアイスがそそくさとその机が負傷者に当たらないようにとよけた手際は流石である。
幸いアンネローゼは生きているようで良かった。
ちなみに皇帝は。
あれか。
ラインハルトが見上げた先で、老醜の皇帝は。
飛んできた柱に突き刺されて、宙ぶらりんになっていた。
あれはどう見ても即死だ。
なだれ込んできた憲兵隊に対して、ラインハルトはテキパキと指示を飛ばす。アンネローゼを即座に病院に。
銀河帝国では、実は皇帝暗殺は初めてではない。
ただし、跡継ぎ候補が一人もいない状態での暗殺は、これが初めてだった。
現在皇帝フリードリヒ四世の孫娘が二人。それぞれの親はブラウンシュバイク公とリッテンハイム侯だが、この事件で二人とも即死。
まだ幼い幼児の皇族である男の子が一人だけいるが、貴族の後ろ盾がいない。
ちなみにクロプシュトック侯爵は。自室で自殺しているのが発見された。
遺書には恨み言……閨閥の争いで負け組になった事や、息子に早世されたことが延々と書き連ねられているものが発見されたが。
正直それどころではない。
ラインハルトは、即座に部下達を集めて動き始めたが。
その翌月には。
有力貴族全部がいっぺんに死んだこの「クロプシュトックの惨劇」の結果、銀河帝国は千々に別れての内乱が始まったのである。
自由惑星同盟にて。事件が起きていた。
壇上であーだこうだと美辞麗句を並べて、周囲が大興奮している。演説をしているのは、ヨブ=トリューニヒト。
民主主義の負の側面を代表するような男であり。
保身技術のうまさだけで最高評議会の議員にまで上り詰めた男だ。
しかも現在は国防委員長までしている。
その演説の才能だけは、自由惑星同盟の軍人であるヤン=ウェンリーも認めてはいたのだが。
それ以外の全ては、邪悪の権化だと考えていた。
これは昨日のささやかな戦勝に対する記念式典であり、主戦派の議員と軍による盛大なものだった。
ヤンは同盟でも魔術師と言われる傑出した指揮官であり、何度も戦場で大功を立てている。
立場的にどれだけ馬鹿馬鹿しくても式典に出なければならない。
早く終わらないかな。
そう思ってヤンは美辞麗句を垂れ流すトリューニヒトから視線をそらして、羊でも数えようと思っていたのだが。
トリューニヒトが壇上から下がって。
最高評議会議長であるサンフォードが出てきた瞬間。
事件は起きていた。
「死ね売国奴っ!」
いきなり叫んだ男が、壇上に躍り上がると、この時代の拳銃として使われているブラスターを乱射したのである。
即座にボディガードが動いたが、ブラスターからほとばしったエネルギービームは立て続けにトリューニヒト、サンフォード、それにコーネリア・ウィンザーといった最高評議会議員を貫いた挙げ句。暴漢はボディーガードが取り押さえる前に爆弾で自決したのである。
大爆発で壇上は吹っ飛び、元々運動神経が皆無に等しいヤンはすっころんだ。
ぎゃーとかわーとか悲鳴が飛び交う中、側にいた先輩であるキャゼルヌに助け起こされたヤンは見た。
壇上は文字通り消し飛んでいて、多分参列していた主戦派の議員はことごとく「いなくなって」いた。
やれやれ、困ったな。
そう思いながら、ヤンは飛んでいたベレー帽を探して、それもキャゼルヌにかぶせて貰う。
キャゼルヌが呆れながら言う。
「相変わらず首から下は何の役にも立たんな」
「返す言葉もありません。 それはそれとしてこれは……」
「流石にお前さんも、ざまあみろとは言えないだろうなこれは」
「はい、まあ……」
あれは、どうみてもトリューニヒトは即死だろう。
更に「無気力議長」といわれていたサンフォードをはじめとする、最高評議会の主戦派がことごとくあの世に行ってしまった。
たくさん巻き込まれたボディーガード達も気の毒だが。
それ以上に、ここからが大変だ。
まず避難から開始する。
すぐにMPが来て、辺りを調査し始めるが。同盟のMPは無能で有名であり、捜査は難航するだろう。
ヤンも当然聴取を受けたが。
何もしようがないので困り果てているのを見て、MPもこれはなにも聞けそうにないと即座に解放してくれた。
そもそもヤンは政治的な駆け引きを高級軍人であるのに一切しないことで有名で、その筋からは気味悪がられていたほどなのだ。
部下達はヤンを慕ってくれているが、それでもあのようなことはしないだろう。
それはMPでも流石に把握しているようだった。
ともかく、同盟の首脳部が、無能だとは言えあっさり全部消し飛んでしまった。その中にはトリューニヒトもいた。
そしてトリューニヒト派閥の議員が右往左往しているうちに。
過激派軍至上主義団体である「憂国騎士団」が地球教とかいうカルト団体と経済的に結びついていたこと。
トリューニヒトも膨大なリベートを受け取っていたこと。
何よりトリューニヒト派閥の議員達が、悪辣なリベートでトリューニヒトの手で出世したことなどが明らかになると。
以降は、トリューニヒト派閥の解体が始まった。
こうして同盟は戦争どころではなくなり。
市民の非難の声が殺到する中、改革に尻を蹴飛ばされて進むことになったのである。
フェザーン自治領。
自由惑星同盟と銀河帝国の間に位置し、交易と経済で膨大な富を啜って生きている第三勢力。
その自治領主であるアドリアン=ルビンスキーは。「体が二つほしい」というほど多忙な時間を過ごしていたが。
同時に下半身が極めてだらしなく。
暇さえあれば女遊びを続けていた。
いつか罰が当たるのではないか。
そんな噂も流れていたのだが。その噂が、現実となる時が来たのである。
元々偏頭痛持ちだったルビンスキーが病院に掛かる。定期検診である。其処で、とんでもない事が発覚したのだ。
「性病だと!?」
「はい。 極めて珍しい性病で、帝国が起源らしいのですが、症例が少なく……」
「……」
覚えがありすぎる。
ルビンスキーが困惑する中で。医師は言う。
「この性病は感染するとウィルスが脳に入り込み、やがて死に至ります。 現時点で発見された症例の患者は発症した場合100%死亡しており、治療する方法もまだ確立していません。 感染率は高くはないのですが、既に自治領主閣下は発症してしまっておられます。 こうなると、どうにも……」
「わ、分かった……」
それは医師に当たり散らしても仕方がない。
覚悟を決めた上で、禿頭に浮かぶ汗を拭いながら、ルビンスキーは聞く。
「それで私の余命はどれほどだ」
「長くても一ヶ月というところです。 頭がしっかりしているうちに遺書や引き継ぎの整備をおすすめします」
「一ヶ月だと!」
「頭がしっかりしているのは一週間もないでしょう」
まさに絶望である。
更に医師の指示で関係を持った人間全員を洗い出すように言われ。リストを作って提出する。
その多さに医師も困惑して、全員が調査を受けたが。
それらの中で、同じく感染しているのは。極めて頭が良くて、お気に入りの愛人としているドミニク=サンピエールだけだった。
しかもこの性病は狂犬病に性質が近く、潜伏期の間であればどうにでもなるらしい。
ドミニクは潜伏期だが。
それを聞いて、何を思ったか。
ある青年を連れてきた。
それはルビンスキーも息子である事を調査で知っている、ルパート=ケッセルリンクという青年だった。
目を掛けて秘書にしていたのだが。
この青年もばっちり性病に感染していた。しかも既に発症してしまっていたのである。
それが意味することは明らかだった。
「こ、こ、この馬鹿息子が!」
「黙れ! あんたが見境なく女と寝るからこうなったんだろうが!」
病室でルビンスキーとルパートが醜く罵り合うのを、看護師が必死にとめる。
そして興奮したことが仇となり。
その翌日、遺書を書こうとしていたルビンスキーはそのまま昏倒。
希代の奸雄は機能停止した。
フェザーンの自治領主は、幸い世襲制ではなく、今までも急死の例があり。それに伴って、その次の自治領主が選ばれたのだが。
問題は此処からだった。
自治領主選挙で当選した自治領主であるニコラス=ボルテックは元々ルビンスキーの腹心だった男で、病気発覚前にある程度ルビンスキーからの引き継ぎは受けていたのだが。
明確に能力が不足していた。
帝国も同盟も戦争どころじゃなくなったこの状況で、真のフェザーンの支配者である地球教からせっつかれても、右往左往しか出来ず。
それを能力不足と判断した地球教により、ささっと暗殺されてしまったのである。
そして、その後には、更に能力が劣る凡人しかいなかった。
フェザーンでは、才覚のない奴が役人になる。
そう言われているほどなのだ。
フェザーンの大混乱を見た商人達は、フェザーンを離れ始める。帝国と同盟の裏で暗躍していたフェザーンが、瓦解を始めていた。
地球。
人類の生まれ故郷である。
現在はすっかり辺境となり、地球教とかいう悪質カルト団体の総本山となりさがっている場所だが。
其処で大事件が起きていた。
地球教の本部はヒマラヤ山脈の地下部分にある。これらは地球が人類の中心だった頃、政府のシェルターがあった場所だ。
地球が支配者の地位から脱落した時、雄大なヒマラヤは爆撃を受け、大規模に削られたのだが。
その地下のシェルターは無事だった。
少なくとも、今までは。
だが、地球教の幹部達が集まって、フェザーンをどうしようかと会議をしていた時。大地震が発生したのである。
元々ヒマラヤの巨大山脈は一千万年ほど掛けて、インド亜大陸がユーラシア大陸に衝突する過程で出来たものであり。大量の海生生物の化石が高山地帯から出土するのもそれが理由である。
現在でもインド亜大陸はユーラシア大陸に沈み込んでおり、当然地震が起きる。
地球時代でもM8クラスの地震はいくつも記録されているが、その日の地震は少しばかりレベルが違った。
マグニチュードが1上昇すると、地震の破壊力は三十倍以上はね上がるのだ。その日起きたM9.2に達する大地震は、地球時代に作られたシェルターの耐久力を遙か凌駕する破壊力を秘めていたのである。
あっと地球教の幹部達が声を上げるまでもなく。
地下のシェルターはまとめて崩落。
一瞬にして、不幸な信者数十万人もろとも、地球教の幹部全員が死んだ。
死んだ中には、地球教のトップである「総大主教」だけではなく、ド・ヴィリエをはじめとする幹部達全員(例外なし)が含まれており。
サイオキシン麻薬による信者の洗脳などの悪辣極まりない行動を重ねていた地球教幹部とその組織は、自然の力の前に瞬時に破綻してしまったのである。
大混乱に陥った地球教だが、過激派がまとめてぺしゃんこになった事により、全員がはっと目が覚めたのは皮肉だろう。
美しい地球には自治が認められている。
長年放置されていたことにより、資源は失われても自然は回復しているではないか。
形だけの自治の中、地球教徒に独占されていた行政機能が、一般的なものへと変化していったのは自然の流れだった。
まともな地球教徒も普通に存在しており、過激派がまとめて岩盤にぺしゃんこにされた結果。そういった地球教徒が主体となって、ごく普通の宗教団体へと地球教が生まれ変わっていったのは歴史の皮肉であるだろう。
こうして地球教徒は帝国同盟の裏側で張り巡らせていた邪悪な陰謀を諦めると、あっさり地球で静かに暮らす静かな団体へと生まれ変わった。
そしてこの後帝国で巻き起こる大戦乱に巻き込まれることもなく、ごく静かな自治だけ認められた辺境惑星として。
静かに時だけを過ごしていくことになるのである。
というわけでいきなりとんでもない事態になりました。
全ての勢力が大混乱する異常事態開始です。