その時またまた歴史が動いた。   作:dwwyakata@2024

3 / 5



トリューニヒトと主戦派議員がまとめて塵になった同盟も大苦戦しています。

なにしろトリューニヒトはいなくなっても、トリューニヒトに権力を与えた市民はいるからですね……





2、平和が来たはずなのに

自由惑星同盟。

 

主戦派の議員がその筆頭であるヨブ=トリューニヒトや、議長サンフォードもろとも消し飛んで。

 

反戦派だったジョアン=レベロが繰り上がりで評議会議長になり。

 

それで、一転して方針が変わった。

 

ジョアン=レベロは、国民にデータを提示したのである。

 

「150年にわたる戦争により、我が国は疲弊を続けてきました。 多くの大人が戦場で散り、その結果社会が大幅に弱体化したのです。 これらのデータをご覧ください。 犯罪発生率の上昇、検挙率の低下、様々な社会システムの稚拙化。 更に軍でさえ、まだ少年兵と呼べる年齢の子供達が、後方では勤務をしている状態です。 これははっきり言って、非常に国家としてまずい状態です」

 

立体テレビでそれを見ていたヤンはその通り、と思った。

 

隣で茶を入れてくれるユリアン少年。

 

軍の宿舎で、ヤンは背伸びしながら、見るだけで不愉快ではない演説を久しぶりに見るなと思った。

 

勿論過度の期待は禁物だが。

 

「帝国は現在、皇帝が頓死するとんでもない大混乱の中にあり、仕掛けてくる可能性は少ないでしょう。 正規軍艦隊を縮小するのは問題ですが、予備役部隊、各星系のガーズなどのうち、後方の星系のものを縮小することは可能でしょう。 更には、こちらから戦闘を仕掛けないことで、人員の消耗を抑える。 これをこれからしばらくの国策とします」

 

「しばらくは平和が来そうですかね、ヤン提督」

 

「さてね。 帝国がとにかくきな臭いからね」

 

今の演説はとても良識的で、ヤンもそれで助かると思ったのだが。

 

問題は帝国の状態が支離滅裂だということだ。

 

閨閥に当たるブラウンシュバイク公やリッテンハイム侯がテロで全滅し、その後をどうにかまとめている宰相リヒテンラーデ公(最近公爵に昇格したようだが)にはとにかく人望がない。

 

その上急なことだった事もあり、あのラインハルト=フォン=ミューゼル。いや、今はローエングラムだったか。ともかくあのラインハルトですら、鎮圧に右往左往している有様らしい。

 

他の誰でもこれは掌握は無理だろう。

 

少なくともこれから数年は厳しい筈だ。

 

問題は別にある。

 

ラインハルトが帝国をまとめた後、このままの状態で大丈夫なのだろうか。

 

ラインハルトはまだヤンが見たところ、軍事に関する天才的な才覚しか感じ取れないが。もしも政治方面でも天才的な手腕を持っていたら、話がかなりまずいことになる。帝国のガンである門閥貴族をまとめて処理した後、ダイナミックに老いた国を改革し、圧倒的な兵力で攻め込んでくるだろう。

 

それを防ぐには。

 

イゼルローン要塞。

 

あれを少なくとも、掌中に収めておきたい。

 

幸いヤンはこの間中将に昇進した。

 

何度かイゼルローン要塞を越えて攻め込んできた門閥貴族の艦隊を叩き潰して、それで武功を挙げたのだ。

 

この間まで第四艦隊の参謀にすぎなかったのだが。それで分艦隊司令、艦隊司令へと順々に昇進。幸いここ一年以上ラインハルトが前線に姿を見せないこともあり、同盟艦隊の被害は少なく。

 

逆に打ち倒している門閥貴族の艦隊は多い。

 

それもあって、出世している士官は多い。ヤンの同期であるラップもその一人だ。ラップは今少将で、そろそろ中将にと言う声が掛かっているらしい。

 

ヤンが任されたのは新造された第十三艦隊だが、まだまだ編成途中の部隊で、規模はやっと一万隻と言うところだ。

 

最初の任務は、まだ分からない。

 

「帝国を倒すのは今が好機だ!」

 

「弱腰になった政府の尻を蹴飛ばせ!」

 

いきなり外で、誰かが叫んでいるのが聞こえた。考えを中断されてヤンはむっとしたが。外を見ると、どうやらデモ隊がいるらしい。

 

例の爆弾テロの後、悪事を働いていた憂国騎士団はまとめて処理されたのだが。それとは違うようである。

 

「支持率のために戦争をする」。

 

そう揶揄されてきた最高評議会だが。

 

逆に言うと、戦争で勝つと喜んで票を入れる市民はその数だけいるということだ。

 

民衆は常に賢いわけではない。

 

ヤンも歴史を知っているから、それを理解していた。

 

「参ったね。 この状況だから反戦デモではないだろうとは思ったけれど、戦争を仕掛けろと政府に圧をかけようとするとは」

 

「今攻勢を掛ければ勝てるのではありませんか?」

 

「ユリアン。 あの天才ローエングラム伯爵……いや公爵になったのだったっけな。 ともかく天才ローエングラム公ですら、苦戦している状態なんだよ。 文字通り帝国全体が泥沼になっているんだ。 其処に一緒に足を突っ込みに行くのかい?」

 

「そ、それもそうですね……」

 

ユリアンに優しく諭すと、ヤンはそれはそれで考えなければならないと判断した。

 

イゼルローン要塞は。

 

出来るだけ早い内に落とさなければならない。

 

幸い、今イゼルローンでは、血迷った門閥貴族が何名か入って、独立国を自称している状態だ。

 

帝国から援軍が来る可能性は低い。

 

しかしもしもイゼルローンを落とした場合、更に主戦論が過熱するのではないのだろうか。

 

そう思えてしまう。

 

少なくとも、民衆は流血を望んでいるように見える。

 

これが民主主義の欠陥である事は、ヤンもよく分かっていた。それでも、民主主義は専制主義に勝ると考えるから、命を張るのだ。民主主義国家の軍人として。

 

「ちょっとオフィスに行ってくる。 統合作戦本部に作戦案を出してくるよ」

 

「ヤン提督からですか」

 

「ああ。 ただし条件が色々とつくと説明した上でね。 レベロ議長だったら、恐らくうまくいくだろうとは思うが」

 

 

 

第十三艦隊が出撃する。初陣の先は、艦隊の兵員誰もが知らされていない。途中で三つの星系のガーズと合流して、合計二万隻に規模は拡大したが。そのうちガーズはヤンも数あわせとしか考えていない。

 

今の状況で、ラインハルトが最速で帝国を掌握するまでに四年。そうヤンは分析を終えていた。

 

その後、ラインハルトは恐らく、記録的な兵力で同盟に侵攻をしてくるはずだ。その時、イゼルローン要塞を抑えているのが帝国だと、非常にまずいことになる。

 

現在なら、孤立しているイゼルローン要塞は、攻略可能。

 

そう報告書を出した後、ヤンはそれに付け加えていくつかの条件を提示。それを、統合作戦本部は飲んだ。

 

そしてジョアン=レベロ議長が目を通した上で、決済してくれた。

 

出来るだけこちらからの攻撃行動は控える。

 

そう明言した議長の言葉通り、例年の三分の一も艦隊が動いていない。

 

イゼルローン回廊近くまで艦隊が到着した時、ヤンは初めて、麾下の部隊にこの艦隊の目標がイゼルローンの攻略である事。

 

それには作戦がある事を告げていた。

 

 

 

イゼルローンに叛徒襲来。そう聞いて、イゼルローンの門閥貴族達は謎の自信でのこのこと出てきた。

 

艦隊数はおよそ二万隻。

 

イゼルローン要塞に駐屯している正規軍艦隊である。

 

一個艦隊半という規模だが、指揮をしているゼークト提督は精々中堅どころと言うところで、それほど優れた指揮官ではない。

 

しかもだ。

 

「やたら華美な装飾が為された艦艇が多数見受けられます」

 

「情報通りだな」

 

これがゼークト提督だけだったら、まだ色々小細工をしなければならなかったのだろうが、その必要もない。

 

戦術コンピュータが分析してくるまでもなく、これは雑兵の集まりだ。

 

ゼークト提督も気の毒だなとヤンは思った。

 

貴族達は私兵を繰り出し、自慢の旗艦を前衛に並べ立て、それで勝てると思い込んで突撃してきた。

 

一当てもせずに、ヤンは即時全軍に撤退を指示。これは作戦通りの行動である。

 

大慌てで逃げ出す第十三艦隊を見て、貴族達の艦は更に調子に乗った。ゼークト提督も、大慌てでアホどもを引き戻すために歩調を合わせようとしているが。まあ、そのままやらせておけば良い。

 

そのまま、同盟軍は後退を続けて、イゼルローン回廊の外側にまで脱出。更に後退。貴族達の艦隊は、追いつけそうで追いつけない第十三艦隊に食いつこうとし。当たりもしない主砲やレールキャノンを放ったりしたが。一隻も命中せず、この距離では迎撃弾で落とされるだけだった。

 

程なくしてイゼルローン回廊からかなり引っ張り出された貴族達を含むイゼルローン駐留艦隊は、完全に第十三艦隊を見失った。

 

それどころか、である。

 

「凄まじいジャミングです!」

 

「どういうことだ!」

 

「恐らくは敵の無人電子戦衛星の大軍に囲まれています!」

 

「……っ」

 

ゼークトも大将であり、一応の戦場経験はある。

 

どこに逃げたとか喚いている貴族達に、とにかく此処は敵地であり、どこから仕掛けてくるか分からないと説得するが。

 

戦えば絶対に勝てると思い込んでいる貴族達は、必死にシャトルで伝令を送っても無視して、単艦でどこかに行きかねない有様だった。

 

大慌てでゼークトが艦隊をまとめて、現在位置を把握するところから始めている間に。既にヤンは次の手を打っていた。

 

帝国軍の巡洋艦……ボロボロの……過去に鹵獲した品を、色々手を入れていじったものだが。

 

それに同盟で最強の陸戦部隊である、薔薇の騎士連隊を乗せて、イゼルローン要塞に送り込んだのである。

 

ゼークトとシュトックハウゼンは……というよりも要塞駐留部隊と要塞駐留艦隊は昔から伝統的に仲が悪かったのだが。流石にボロボロになって逃げ帰ってきた味方を受け入れない訳にもいかない。

 

そればかりか、第十三艦隊は既に高度なジャミングによって、イゼルローン要塞の索敵も麻痺させ。

 

更には、怪情報も流しまくっていた。

 

その中には、要塞駐留艦隊が全滅したというものまであり。

 

要塞があれば無敵だと考えているシュトックハウゼンも、不安に右往左往していたのである。

 

其処にたどり着いた味方の艦。

 

それをあっさり受け入れてしまったシュトックハウゼンは、「フォン=ラーケン」なる少佐に状況を聞こうと出向き。

 

そしてあっさりつかまり。

 

シュトックハウゼンを人質にした薔薇の騎士連隊は、催眠ガスを使ってあっさりイゼルローン要塞の兵士達を無力化。

 

防御システムも、事前調査を用いて黙らせる事に成功。

 

第十三艦隊がイゼルローンを攻略して要塞に艦艇が入った頃。

 

やっとゼークトは艦隊の混乱を収拾し、自艦隊の「位置を特定」する事にも成功して。のこのことイゼルローン要塞に戻ってきたのだった。

 

後は、悲惨だ。

 

警告を受けても、貴族達は一切無視した。

 

イゼルローンが落ちたところで、我らが負けるわけがない。そう信じた彼らは、少しでも怯んだゼークトを無視して、不幸な私兵達を駆って「要塞を空き巣した不届きな叛徒どもの首を挙げようと」、突撃を開始したのである。

 

もはや無視するべきなのでは。

 

そう進言したのは、ゼークトの幕僚であるオーベルシュタイン大佐だったが。

 

ゼークトも伝統的な門閥貴族であり、その考え方を受け継いでいた。

 

オーベルシュタインも一応貴族であるのだが、ついにゼークトの思想は理解できなかった。無能なのは事実だが、どうしてそう考えたのかまでは理解が及ばなかったのである。

 

今ゼークトが考えたのは、戦闘の勝利以前に。

 

門閥貴族達の間で、自分の評判が落ちること。

 

それによって家名が下落したり、或いは閨閥になる好機を逃すこと。

 

そういった門閥貴族の思考だったのである。

 

帝国が支離滅裂になっていて、それどころではないという状況は、ゼークトの脳裏にはなかった。

 

帝国不滅。

 

その思想からは、ゼークトは最後まで逃れられなかった。

 

オーベルシュタインはさっさと専用のシャトルで脱出したが。

 

ゼークトは、無策で突撃していく味方が、イゼルローンの凶悪な防空システムに鴨撃ちにされて壊滅していく様子。

 

更には、主砲。

 

トールハンマーの光が、自分たちに発射されようとしているのを見た。

 

貴族達はそれでも勝てると謎の自信で突撃を続けており、ほとんどが自動迎撃システムで消し飛んでいたが。生き残った者は狂騒的に突撃し続けている。

 

それらを前に。逃げるという判断は、ついにゼークトは出来なかった。

 

そして、トールハンマーが帝国軍艦隊を襲い。

 

司令部がまともに消し飛んだことで、やっと麾下の艦隊は逃げ出した。それでもまだ生き残っていたわずかな貴族の艦艇は突撃をし。アホがと言わんばかりのイゼルローン要塞からの対空砲火で全艦撃沈されたのだった。

 

こうしてヤンの第十三艦隊は、イゼルローンを味方の血を一滴も流さず攻略し。

 

イゼルローン要塞と、三百万を超える軍属の家族を捕虜にし。

 

二万隻いたイゼルローン駐留艦隊の内、5000隻以上を宇宙の塵とする大戦果を挙げることに成功したのである。

 

そしてそれが。

 

また問題を引き起こすのだった。

 

 

 

ヤンが首都星ハイネセンに帰還すると、ジョアン=レベロ議長は予定通りの発表をきちんとしてくれた。

 

今回の戦いは、帝国が混乱を収束させた後の平和構築のために、イゼルローン要塞を制圧する必要があったこと。

 

イゼルローン回廊を通ることは困難で、これより三個艦隊前後を常に備えに置けば、余程の事がない限り帝国軍は同盟領に侵攻できないこと。

 

可能性があれば現在支離滅裂な状態になっているフェザーン回廊を通ってくることだが、それも今の帝国の状況であれば難しく、最低でも数年は時間を稼げること。

 

その間に、艦隊の再編成を進め。

 

人員の消耗を避け、社会に人材を戻して社会の劣化を回復させること。

 

それらを丁寧に説明したのだが。

 

ヤンが宇宙港でシャトルから降り立つと、いきなりマスコミの大軍に囲まれたのだった。

 

「ヤン提督! 報道陣から質問があります!」

 

「提督は疲れておいでだ。 悪いが失礼させていただく」

 

「報道に応えてください! 国民は皆ヤン提督の言葉を望んでいます! 提督が行くところ、帝国を蹴散らし、圧政に苦しむ民衆を救うことが必ず出来る筈です! 帝国領に攻め込むべきだと言ってください! レベロ議長の言葉が嘘だと言ってください!」

 

ほとんど怒鳴り声だ。

 

辟易したヤンを薔薇の騎士連隊がスクラムを組んで守り、マイクとカメラを押しつけてくる報道陣を押しのけて道を作ってくれた。

 

ヤンはげんなりしながら、薔薇の騎士連隊の護衛を受けつつ、オフィスに戻る。まだ残務整理があるのだ。

 

オフィスの周りにも報道陣がわんさかいて。

 

それどころかデモ隊もいた。

 

帝国を倒せ。ヤン提督の言葉をねつ造したレベロ議長を許すな。そんなことをデモ隊が喚いている。

 

勘弁してくれと、ヤンは思って。

 

オフィスに入ると、幕僚達に、大きなため息をついていた。

 

「私が書いたとおりの文書を、レベロ議長は読んでくれた。 何かしらのねつ造などされていない。 一体どういうことだこれは」

 

「恐れながら、民衆は自分が聞きたいことを聞き、信じたいことを信じるものなのです」

 

ズバリいうのは、良識派の参謀であるムライである。

 

ヤンもそれは分かっている。

 

民主主義の歴史を見る限り、それは事実だ。

 

ルドルフ大帝のような輩を玉座に据えて、時代を大逆行させたのは間違いなく当時の市民達で。

 

似たような愚行は何度も繰り返されてきた。

 

民衆は甘美な言葉に酔いしれるし。

 

結構あっさり騙される。

 

だが、今回は最大限の手を打った。それにもかかわらず、この有様はどういうことだというのか。

 

むくれているヤンに、レベロ議長から連絡が来る。

 

軍内部からも突き上げが来ているらしい。

 

あれは絶対にねつ造だと、一部の軍幹部が主張しているそうである。レベロ議長は、それを告げてから、すまないと頭を下げていた。

 

なんだか大丈夫かヤンの方が心配になってくる。

 

この人が生真面目で信頼できる政治家である事は知っている。だが、抱え込みすぎて、闇落ちしてしまうのではないかと思ったのだ。

 

実際、そうして壊れてしまった政治家は、歴史的にも多い。

 

名君が暴君になるのは、珍しい事ではないのだ。

 

「私からも、あの文書が事実であることを証言いたしましょうか」

 

「そうしてくれると助かる。 だがそれでも収まるかどうか」

 

「やれやれ、演説など苦手極まりないのですがね」

 

「それでも君に頼みたいのだ」

 

大きなため息が出る。

 

ヤンはとりあえず、それからレベロ議長とテレビに出て、皆の前でこれは自分の作戦案であり、今後帝国に逆侵攻でもしない限り戦争にはならない。そのための攻略作戦だったと明言したが。

 

血の気が多そうな女性キャスターが、ヒステリックに喚く。

 

「今でも帝国では圧政に多くの人々が苦しんでいます! 彼らをヤン提督は放置すると言うのですか!」

 

「帝国の人々の問題は帝国の人々の問題です。 この銀河系宇宙には二つの国家があり、それぞれの考えがあります。 帝国の兵士だった捕虜の言葉を聞いたことが貴方はありますか?」

 

「洗脳されている人々の言葉など聞くに値しません! 私の祖父も父も戦争で死にました! それも全て専制主義の悪夢を終わらせるためです! その聖戦に私はキャスターという立場から参加しました! ヤン提督はこの行動が正しくないと仰るのですか!」

 

唾を飛ばしながらまくし立てる女性キャスターに。

 

ヤンは苛立ちを感じ始めていた。

 

「帝国の人々は、我々同盟の民を、「選挙のたびに好戦的になるよく分からない奴ら」と今認識しています。 それだけ両者の間には差があります。 国父アーレ=ハイネセンがこの国を作ってから、既にそれだけの差が生まれてしまったのです。 今、どちらかのやり方を無理矢理押しつけても、悲劇にしかなりません。 まずは和平をし、それから交流をし、互いの良さを理解していくしかありません。 幸い、今帝国では、英明なる存在が覇権を握ろうとしています。 ラインハルト=フォン=ローエングラム。 彼は恐らく帝国を制圧した後、同盟にも挑んでくるでしょうが。 その時のためにも、今戦力を失うわけにはいかないのです。 今混乱している帝国に手を出しても、泥沼に足を突っ込むのと同じ事になります」

 

丁寧に説明するが。

 

女性キャスターは興奮してまくし立てるばかりで、話にならなかった。

 

これではプチトリューニヒトではないか。

 

あっちは人々の正義感と怒りと興奮をうまいこと利用してのし上がった怪物だったが。こちらは人々の感情を代表していると思い込んでいるだけ。だからこそ余計にタチが悪い。

 

反戦派の議員などはヤンのこの答弁を好意的に見てくれたが、翌日から薔薇の騎士連隊を護衛に宿舎に呼ぶしかなくなった。

 

それくらい。主戦派の人々が押しかけたのだ。

 

彼らはヤンが丁寧に説明した、今平和を得なければならない理由などどうでも良かった。ただ感情を優先して、帝国の人々に怒りをぶつけたいだけ。それが分かるから、ヤンも頭が痛かった。

 

そしてこういう人々が国家を運営していくのが民主主義である事もわかっているから。余計に悲しくなるのだった。

 

外で怒号が聞こえる。

 

「英雄ヤン提督、魔術師ヤン提督! 洗脳されている彼を救出しなければならない!」

 

「和平派の議員どもはヤン提督を洗脳した! 八つ裂きにしてしまえ!」

 

「エル=ファシルでもイゼルローンでも帝国軍の魔の手を払いのけたヤン提督が、あのような事を言うわけがない! あれは合成映像と音声だ!」

 

「卑劣な真似をしたレベロは売国奴だ!」

 

過激なわめき声が聞こえる。

 

辟易したシェーンコップ准将が宿舎に入ってきた。

 

ユリアンが紅茶を入れる。

 

女っ気がないのが残念ですなとか言いながら、シェーンコップが紅茶を堪能する。図太い男である。

 

シェーンコップはヤンに権力を握るように使嗾したりかなり危険な考えも持っている人物だが。

 

幸いヤンに対する忠誠は本物なので。

 

それについては疑ってはいなかった。

 

「あれが、貴方が守りたかった人々ですかな」

 

「残念ながらそうだよ。 これだけ社会が劣化しているというのに、まだ血を求めるなんてどうかしているね」

 

「全くですな。 中にはそれなりのきれいどころもいるのに、顔をゆがめて叫び散らしている有様は、自分の美を捨てているとしか思えない。 勿体ないことです」

 

「そうだねえ」

 

毎晩とっかえひっかえ女遊びをしていて、ユリアンがその影響を受けると困るとすらヤンが考えているシェーンコップだが。

 

流石に自分が絶対的に正しいと判断して、感情を客観に優先させるような女性は関わり合いになりたくないらしい。

 

これだけ評判が最悪なのに女が寄りつくシェーンコップではあるのだが。

 

それでも理性的で自分になびかない女性に対しては苦手意識みたいなものを持っているらしいと聞いたことがある。

 

そういえばヤンの副官であるフレデリカ中尉にも、シェーンコップは興味を見せないようだ。

 

非常に聡明で美しいと思うのだが。

 

まあその辺りは、ヤンにはよく分からない。

 

「それで如何なさいます」

 

「イゼルローンに近々赴任する。 これについては、私がいないと駄目だろう。 イゼルローンには常時三個艦隊を駐屯し、残りの艦隊はフェザーン回廊とイゼルローン回廊両方ににらみを利かせ、どちらから帝国軍が侵入してきても即応できる体勢になる。 フェザーン回廊の出口には迎撃自動衛星を多数配備し、回廊そのものにはフェザーン商人が逃げ込むためだけのわずかな通路を作って、残りは機雷で埋め尽くすつもりだ」

 

「また消極的な」

 

「それでいい。 帝国がローエングラム公の手に落ちたあと、どうなるかまだよく分からない状態だ。 あのローエングラム公が大苦戦しているという話だからね。 同盟に逃げ込んでくる難民が大量に出てきているし、フェザーン商人も混乱はしているが内戦にはなっていない同盟に多くが逃げ込んできている。 うまくいくと、両国の国力差は同等にまで落ち着くかも知れない」

 

そうなれば、守勢に出て戦力を消耗しないことが意味を持ってくる。

 

最高評議会議長には踏ん張って貰うしかない。

 

ただ、何度かレベロ議長と話し合ったのだが。

 

連日主戦派の市民が過激な意見を口にして、更には主戦派の議員もそれらの後押しをされていることもある。

 

とにかく辟易していて、髪の毛が減る一方のようだ。

 

ただ、程度の差はあれこればかりは男性である以上仕方がない。

 

今は伊達男として知られるシェーンコップだって、後十年もすれば髪の毛がかなり後退するだろうし。

 

美男子でも何でもないヤンでもそれは同じだろう。仕方がない運命だ。

 

「こんな筈ではなかったのにな」

 

ヤンがぼやく。

 

ヤンが想定していたよりも、同盟の人々は血に飢えていた。どれだけ同盟が傷ついて、国力を落としてもだ。

 

ヤンも、ここまで民衆が愚かだとは、思っていなかったのである。

 

翌日、良くないニュースが飛び込む。

 

反戦派の議員として活動していた、友人であるラップの妻であるジェシカ=エドワーズが。主戦派の暴徒に襲われて、頭を六針縫う大けがをしたのである。似たようなことがあちこちで起き始めている。

 

ヤンは思わず無言になり。

 

そして、以降はイゼルローンに出向くことを、最優先にしたのだった。







原作と少し違う状況でのイゼルローン攻略戦です。

ちなみにゼークトの心境について少し追加しておきました。

彼も門閥貴族出身者の本能からは逃れられなかった。戦場に政争を持ち込んでしまった。

故に敗れたのです。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。