深夜まで残業し、日を跨いでからの帰宅。
玄関を開けるとそこにはメソメソと泣く見知らぬ女の子。
そして、目が合うなり蒼依(あおい)から一切の躊躇のない暴言が飛んできた。
??
予想外の光景に頭が混乱する。
なんで泣いてるの?
ってか、その女の子は誰?
色々言いたい事はあるが、とりあえず。
その言い草は酷くね?
「あー、蒼依さんや。色々と誤解があると思うんだが」
「言い訳はききたくない!」
……えぇ。
泣いてる女の子を庇うように仁王立ちする蒼依。
刺すような視線を感じる。
「いや、言い訳は聞きたくないと言われましても。捨てたとかなんとか、全く心当たりがないと言いますか……」
「そうやって誤魔化そうとして。あぁ、一体いつからお兄ちゃんはこんなクズ男に」
弁解の余地なし。
最低やらクズ男やら、言いたい放題である。
「僕はお兄ちゃんをこんな男に育てた覚えはありません!」
「……少なくとも、お前に育てられた覚えはないけどな」
「ヤリチンはだまらっしゃい!」
どうも、蒼依の中では俺があの女の子をヤリ捨てたことになってる様子。
捨てたとかなんとか言われても、俺からすりゃそもそもその女は誰だって話で。
こんな知り合いはいないぞ?
黒とピンクを基調にした服装。
重めの前髪にツインテール、インナーカラーもピンク。
ザ地雷系のファッション。
コテコテすぎて、逆に見覚えだけはある。
ネットで地雷系と検索すれば一発で出てくる格好、見事なテンプレートだ。
確かに見覚えはある。
が、こんなのとリアルで会ったことはない。
会ったら多分忘れないと思う。
「……ねぇ、お兄ちゃん。この娘のこと本当に知らないの?」
「ああ」
「本当の本当に?」
疑いの目を向ける蒼依。
そもそも、その女を信じるに足る理由でもあるのだろうか。
「あー、その娘って蒼依の知り合いだったりする?」
「うんん。さっき初めて会った」
なるほどなるほど。
つまり、赤の他人と。
……それに信頼度で負けるのか。
「いや、なら俺の方を信じてくれてもよくね」
「いいお兄ちゃん。女の涙は疑わないのが漢ってものでしょ?」
はぁ、さいですか。
意味不明な理屈だが、蒼依はいっつもこんな感じなので気にしても仕方ない。
それに、手が出てない時点で言葉ほど俺を真っ黒認定してるわけじゃないのかも。
こいつは結構ノリで生きてるからな。
「そもそも、俺に彼女なんてしばらくいないの知ってるでしょ?」
「お兄ちゃんは彼女いない歴イコール年齢だもんね」
「それは言い過ぎだ!」
「見栄張っちゃって」
「うるさい! ともかく、俺に女の影なんてあったか?」
「……」
「最近しょっちゅう家に来てるだろ。それに、仕事が忙しいのも知ってるでしょ」
「言われてみれば、確かに!」
いや、これで納得するんかい。
弁解の余地なしかと思われた疑惑は想像以上に軽かったらしい。
残業が女遊びの隠れ蓑だとか言いがかりつけられたらどうするか、と一瞬でも頭を悩ませた自分が恥ずかしい。
軽くネットで調べれば、口コミサイトやら掲示板やら退職者の怨嗟の声がわんさか出てくる。
なんなら、たまに退職者に紛れて現職者の声もちらほら。
それでどうにかとか思ってたのに。
まぁ、見せないで済んだならその方がいいか。
蒼依は大学生。
あと数年で就活である。
そんな未来ある若者の行先を無駄に暗くする必要はない。
「そもそも、なんで俺がその女を捨てたとかそんな話になったわけ?」
蒼依曰く、俺の家で勉強してたら(絶対ゲームしてただろ)人の気配を感じ振り返ったらこの娘がいたらしい。
驚いて悲鳴をあげ。
そしたら、向こうも蒼依を見て予想外といった反応をしたと。
これは知ってる。
電話口で聞いてたから。
……うん?
俺にいたずら電話してるタイミングで入ってきたってことか?
ちょうど電話中に知らない人が入って来て、俺に助けを求めるでもなく知り合いか聞くでもなく電話をぶつ切り?
それとも。
いや。
だってあの電話はメリーさんのフリした蒼依が……
思考がうまく纏まらない。
が、とりあえず蒼依の話を聞き切ってから考えよう。
それで、初対面の不法侵入者をどうして信頼したんだと思ったら。
まずこの女の事を俺の彼女かと思ったらしい。
まぁ、男の一人暮らしの家に家主もいないのに上がり込むような関係性の異性なんてそれぐらいだしな。
そして、頭の中は弁明をしなければって焦りでいっぱいだったと。
確かに彼氏の家にその格好でいるのはまずいか。
蒼依は、「僕は親族だから!」と、けっしてそういうのじゃないからと熱弁したらしい。
彼女さんの邪魔をするつもりはないって。
余計怪しい気もするが。
この際、蒼依の対応はどうでもいい。
そしたら蒼依のことを見た女が驚いたような顔して。
そのまま泣いちゃったと。
なんでも、お兄ちゃんに捨てられてでも未練があってそれで家に来ちゃって。
そこに知らない女性がいて一杯一杯になったらしい。
彼女が出来たから私を捨てたんじゃって。
そう言われて泣かれたら慰めるしかないじゃん? と蒼依。
それでいつお兄ちゃんと別れたのかと聞いたら、きょとんとして。
彼女じゃないのって聞いたら、体の関係だけだって。
こんな可愛い女の子を散々弄んでおいて、飽きたらポイとか。
お兄ちゃん許せない!
で、俺が帰ってきた瞬間の暴言に繋がったとのこと。
「……な、なるほど」
理解はした。
早計すぎる気はするが、ギリ分からなくもない。
無論ツッコミどころは多々ある。
捨てた覚えがないどころか、ここしばらく女性と関係をもった覚えがないとか。
蒼依が俺の彼女扱いされてる件に関して、それはいいのかとか。
色々あるが……
「ところで蒼依」
「ん?」
「さっき、俺に電話かけてきたりしなかったか?」
「いや」
「スマホ見てもいい?」
「うん、どうぞ」
普段なら断られそうだが。
さっきの暴言の件で多少の後ろめたさは感じているのか、素直に見せてくれた。
言葉通り、あの時間に俺へ電話をかけた履歴はない。
まぁ、履歴なんていくらでも消せるのかもしれないが別に蒼依はガジェットに詳しくないし。
それに……
今はもっと疑わしい奴がいるからな。
蒼依の後ろに隠れるようにしてる女の子。
彼女に視線を向ける。
いたずら電話の犯人、まさかのウルトラシーである。
メリーさんでもなく。
いとこでもなく。
まさかの、この地雷系が犯人と。
「それで、本当はどういう関係だったの」
「だから知らないんだって」
「一切?」
「うん」
「仕事先の人とか? 友達とかでもなく?」
蒼依の顔が険しくなる。
「知らん人。だから、多分ストーカー。当然不法侵入」
「……え?」
蒼依が女と目を合わせる。
うるうるしてる。
ってか、さっきから喋らねーなこいつ。
蒼依にはずっと相談してたっぽいし、俺にも「私、メリーさん」とかふざけた電話かけてきてたくせに。
ずっとダンマリである。
「ストーカー、不法侵入、犯罪……」
「そんなわけで通報するから、変な気おこさないよう見張っといてくれ」
スマホを取り出す。
イタズラ電話の件に関して、蒼依に軽く説教して終わらせようと思ってたのにまさかこんなことになるとは。
想定外もいいとこだ。
せっかく、早めに帰れたのに。
今日ほぼ寝れないかも。
「ちょっと待った!」
110番を押そうとしたら蒼依に手を弾かれ阻止された。
「おい、なにすんだよ」
「可哀想じゃん」
「何が?」
「この娘だよ」
「犯罪者だぞ」
「でも、可愛いし……あ、そうだ。今から僕と友達になる!」
「は?」
意味不明なことを口走る蒼依。
嬉しそうな顔をするストーカー。
カオスだ。
「不法侵入じゃなくて。僕の友達が遊び来てるだけだから、ね。許して?」
「おい!」
頭のネジ外れてるんか?
人のストーカーと友達になろうとか正気か?
「いや、危ないだろ普通に」
「大丈夫だって。それにいいの?」
「何が?」
「この娘、お兄ちゃんには勿体無いレベルで可愛いのに。お兄ちゃんのことを好きな可愛い女の子、警察なんかに渡しちゃって」
……蒼依の言葉に改めてストーカーの娘を改めて見る。
確かに可愛い。
地雷系のファッション。
ネットで見たとか言ってる時点でお察しかと思うが、正直癖だ。
地雷系でストーカーで……
2次元ならともかく、リアルだと思うと「うっ」とくる部分もある。
が、確かに好みでもある。
「……今回は通報はしない」
男の悲しいさがだ。
欲に弱い。
「許してあげるの?」
「次、勝手に家に上がり込んだりストーカーしてきたりしたら許さないからな」
「へぇ、許可とればうち来てもいいんだ?」
蒼依の揶揄うような言葉、嬉しそうなストーカー女。
勢いに任せてとんでもないこといった気がするが。
まぁ、いいか。
どうせ、職場が炎上してる間は家にほぼいないんだし。
相手をするのはほぼ蒼依である。
蒼依がいいならいいや。
……そういえば、ふと気になった。
さっき確認した見守りカメラには蒼依の姿しかなかった。
こんな女なんていなかった。
仮にあの時映ってたら、見知らぬ女が家にいると分かってたら、職場に戻ろうなんてせずタクシー飛び乗って家に帰ってきていた。
カメラに映るのは玄関とリビングだけ。
風呂場や寝室にいたら映らないかもしれないが、にしたって。
蒼依は彼女からずっと話を聞いてたっぽいし。
横で慰めてたのだ。
わざわざ自分だけリビングに残って、彼女を1人にする理由がない。
トイレ入ってた?
たまたま?
ちょうど俺が確認したタイミングで?
アプリを起動した。
カメラ越しに見たリビングには俺と蒼依の姿、__それだけ。
「……」
目の前にいるはずの女の姿がどこにもなかった。