かめはめ×ハンター 作:波動待ち
半年に一度帰る、という約束を思い出したのは、宿で荷物をまとめていたときだった。
着替えを畳んで、石を詰めた鞄の横へ置いたところで、前に家へ帰った日のことがふと頭に浮かぶ。指折り数えてみると、そろそろ半年が過ぎようとしていた。
翌朝、出発の準備をしているビスケにそのことを話すと、返ってきた反応は思った以上にあっさりしていた。
「なら帰ればいいじゃない。約束してるんでしょ?」
「そうなんですけど、ビスケはこのあとどうします?」
「あたしはあたしで用事があるもの。あんたの帰省に付き合う義理もないわさ」
そう言えば、最初から教わりたいなら着いてきな、と言うスタンスだったっけ。
ビスケは広げていた地図に視線を落とし、北東へ指を滑らせる。
「次はルクソ地方のこの辺りに行くわ、しばらくこの辺りにいる予定だから、戻ってくるなら自分で追いついてきなさい」
「どのくらい滞在する予定ですか?」
「用事次第ね。一週間で終わるかもしれないし、ひと月かかるかもしれない。あんまり遅かったら普通に先へ行くから、そのつもりでいること」
「なるべく早く戻ります」
「せっかく家に帰るのに急いで出てくる必要はないわよ。あたしがいなかったら、またそのとき考えなさい」
ビスケはそう言って地図を畳んだ。
そこに書かれていた地名を、俺はもう一度目で追う。
ルクソ地方。
前世の記憶のどこかに引っかかる名前だったが、何と関係していたのかまでは出てこなかった。しばらく考えても思い出せそうになく、場所だけ覚えて宿を出た。
◇
家の扉を開けた途端、母さんに抱き締められた。
「もう、帰ってくるならもう少し早く連絡してよ。今日だとは思ってなかったじゃない」
「帰る途中で手紙出したよ?」
「届いたのは今日なの!」
「ただいまくらい言わせてよ」
「あ、おかえり」
「今!?」
かなり強く抱かれていたので、途中から腕をどこへ置けばいいのか分からなくなった。筋トレにいいかもしれない、と思うレベルの強さに、思わず笑ってしまう。
ようやく解放されたところで奥から父さんが出てきて、俺の顔を見たあと、肩や腕に視線を移した。
「おかえり。お前、また身体が大きくなったか?」
「身長はそんなに変わってないと思うけど」
「そっちじゃなくて、身体つきだよ。前より随分がっちりしてきたな」
毎日見ている自分では分かりにくいが、家を出た頃と比べればそれなりに変わっているらしい。
その日の夕飯には、どう考えても三人で食べる量ではない料理が並んだ。
旅先でちゃんと食べているのかと母さんは何度も聞いてきたものの、俺が皿を空にするたび追加を持ってくるので、途中から質問する必要もなくなったらしい。父さんは食卓の向こうで呆れながら見ていて、最後には「それだけ食えるなら元気そうだな」と笑っていた。
旅の話をしたのは、食後に少し落ち着いてからだった。
「プロハンターと知り合った?」
父さんが驚いたように目を見開き聞き返す。
「うん。天空闘技場で会って、今はその人から武術を教えてもらってる」
母さんはすぐには口を挟まず、しばらく俺の顔を見ていた。
「どんな人なの?」
「うーん……すごく厳しいよ」
「怖い人?」
「怒ると怖いけど、すごく強いし、信用できる人だと思ってる」
各地を回っているプロハンターで、俺はその旅についていきながら武術を習っていること、この先もしばらく一緒に回りたいと思っていることを話した。念のことは伏せて、両親には武術や他にも色々と教わっているとだけ伝える。
「その人は、お前を正式に弟子にしたのか?」
「そこまでは言われてないかな。俺が勝手についていってる感じ」
父さんの眉間に少し皺が寄った。
「それで本当に大丈夫なのか?」
「追い返されてないし、なんだかんだ修行もちゃんと見てもらってるよ」
「名前は?」
「ビスケット=クルーガー」
「女性なの?」
母さんが少し意外そうな声を出した。
「うん。見た目は三十歳くらいだと思う」
本人に年齢を聞いたことはないので、それ以上は分からない。
父さんは腕を組んだまま考え込んでいたが、やがてこちらへ顔を向けた。
「これからも、そのクルーガーさんについていきたいんだな?」
「うん。まだ全然勝てないし、教わりたいこともいっぱいあるから」
そこまで話したところで、本題を切り出した。
「それで、前に約束した半年に一回帰るって話なんだけど、この先もいろんな場所へ行くなら、毎回半年以内に戻ってくるのは難しくなると思う。今はまだ帰れる距離だったけど、もっと遠くに行くかもしれないし」
「半年に一度ってところを変えてほしいの?」
「うん。もちろん帰らないって意味ではないから」
俺の言葉に対して、すぐに返事は返ってこなかった。
「その人は危険な仕事もするんでしょう?」
「プロハンターだから、たぶんすると思う。でも俺に危ない仕事をやれって言われたことはないよ。今までは修行がほとんどだったし」
「これから先もそうだと言い切れる?」
「そこまでは分からない」
父さんからは泊まる場所や金のこと、ビスケとはぐれた場合に一人で移動できるのかまで聞かれた。母さんも病気になったときや怪我をした場合のことを確認してきて、一つずつ答えているうちに随分長い話になった。
結局、その日のうちには決まらず、翌日の昼過ぎ、父さんから居間へ呼ばれると、母さんも隣に座っていた。
「昨日の話だけど、半年に一度って期限は外してもいい」
思わず姿勢を正す。
「ただ、連絡できるときはなるべく知らせてくれ。何か月もどこにいるのか分からない状態にはしてほしくない」
「うん。それはちゃんとする」
母さんも続けた。
「近くまで戻ってきたときは、時間が取れるなら顔を見せて。ずっと帰ってこないのは許さないから」
「分かった」
「それと、危ないと思ったら意地を張るなよ。お前が修行好きなのは知ってるけど、怪我して動けなくなったらどうしようもないからな」
「うん、そこは気をつけるよ」
父さんは少し怪しそうな顔をしたものの、それ以上は何も言わなかった。
母さんはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐く。
「本当なら、もっと近くにいてほしいけどね」
「うん、ごめん」
「でも、やりたいんでしょう?」
「やりたい」
「だったら連絡だけは忘れないで。そこは絶対よ」
もう一度、力強く頷いた。
◇
結局、家には数日滞在した。
家にいる間も朝の日課だけは続けた。ビスケがいないので組み手はできないが、筋トレや、《堅》や《凝》、《絶》なら一人でもできる。
それ以外の時間は、結構自由に過ごしていた。
母さんの買い物についていったり、父さんと近所を歩いたり、久しぶりに自分の部屋で昼まで本を読んだりする。旅に出る前から置きっぱなしになっていた物も多く、昔使っていた小さな鞄を見つけたときは、こんなものを背負って走っていたのかと少し笑った。
三日目の夕方、父さんと庭にいたときだった。
「そういや、その、お前が小さい頃からやってたやつ、まだ続けてるのか?」
「何?」
「かめはめ波だよ。毎日のように庭で構えてただろ」
「ああ」
思わず両手を見る。
「やってるよ」
「まだ出ないのか?」
一瞬だけ庭の奥へ目を向けた。
ここなら撃てなくはない。数メートル程度なら飛ぶし、父さんにも何かが起きたことくらいは分かるはずだった。
そのあと何を聞かれるかを考えると、すぐに止めた。
「……まだ完成してない」
「まあ、その、なんだ……結構長いな」
「難しいんだよ」
少しはできるようになったんだけどな、と思いながらも口には出さず、そのまま別の話へ移った。
ところで、なんか可哀想な目で見られたのは気のせいじゃなかった気がする。
◇
出発の日、母さんから大きな包みを渡された。
持ってみると思った以上に重く、中を覗けば保存の利く食べ物が隙間なく詰められている。
「これ、途中で全部食べるの?」
「二日くらい持つように入れたの。ちゃんと食べなさいよ」
「旅先でも普通に食べてるって」
「知ってるけど、持っていけるときくらい持ってってくれないと心配だわ……」
これ以上言っても減ることはなさそうなので、そのまま荷物へ入れた。
父さんも玄関まで出てきて、鞄を背負う俺を見ながら口を開く。
「向こうに着いたら、一度連絡を寄越せよ。急いで戻らなくてもいいけど、無事に着いたことくらいは知らせてくれ」
「分かった。次の町に着いたら連絡するから」
「修行もほどほどにな。お前は止めてもやりそうだから、せめて無茶する前に一回考えろ」
「そこまで信用ない?」
笑いながら返して見せる。
「今までのお前を見てればな」
何も言い返せず、苦笑いしか出なかった。
母さんにも怪我をしたら隠さないことや、困ったときはちゃんと大人を頼ることを念押しされてから、ようやく玄関を出る。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。ちゃんと帰ってきなさいよ」
「次がいつになるかは分かんないけど、帰ってくるよ」
道へ出て少し歩いてから振り返ると、父さんと母さんはまだ玄関の前にいた。手を上げると二人も返してきたので、そのまま駅へ向かった。
◇
約束の場所が近くなってくる頃には、窓の外の景色がかなり変わっていた。
遠くには山が続き、その手前を深い森林が覆っている。途中で通った町には石材や鉱石を扱う店が多く、鉱山から下ろしてきたばかりらしい土のついた岩を積んだ荷車が、何台も道を行き来していた。
ビスケから指定されていた町へ着いたのは昼を少しすぎる頃だ。
聞いていた宿で名前を出すと、受付の人が奥の食堂を指したので、そのまま荷物を背負って向かう。
ビスケは窓際の席に座って飲み物を飲みながら何かを読んでいた。
「ビスケ」
声をかけると、カップから顔を上げる。
「あら、ちゃんと来たのね。思ったより早かったじゃない」
「先に行かれてたら困りますからね」
「明後日にはここを出るつもりだったから、あと二日遅かったら自分で探してもらうところだったわ」
「本当に行くつもりだったんですか……」
「行くって言ったでしょ」
そうは言いつつもなんだかんだ待ってくれるんじゃないか、と思うけど、言うと怒られそうなので黙っておく。
向かいの椅子を軽く引いて、荷物を下ろして座る。
「家ではちゃんとゆっくりしてきた?」
「結構リラックスできました。約束のことも話してきました」
「そう。ならいいわ」
頼んだ飲み物が届くのを待ちながら、前から気になっていたことを聞いた。
「そういえば、何でルクソ地方だったんです?」
それを聞くと、ビスケの顔がまるで少女のような、楽しそうな表情になった。
「面白そうな石の情報が入ったのよ」
「石?」
「何よその反応。あたしはストーンハンターよ?」
「知ってますけど、旅に出てから石を探してるところなんて見たことなかったから」
「随分失礼ねえ」
「ずっと俺の修行見てくれてたので……」
「あまりにもあんたが危なっかしかったからね」
それを言われるとぐうの音も出ない。
ビスケは飲み物を飲み終えると立ち上がり、ついてくるよう手を振った。
向かったのは宿から少し離れた、ネットカフェのようなところだった。
パソコンが所狭しと並んでいて、ビスケがそのうちの一つで何かを検索して、カードを出した。
画面を覗き込んでいると、見覚えのある単語が表示された。
「ハンターサイト?」
「あら、知ってるの?」
「名前くらいなら」
前世でも何度か出てきたような気はするが、細かい仕組みまでは覚えていない。
ビスケがいくつか操作すると、保存していた情報が画面に開かれた。
最初に表示されたのは、一枚の原石の写真だった。
灰色がかった色をしていて、表面に少し透明感がある程度。形も不揃いで、何の説明もなく道端に置かれていたら気にも留めないと思う。
「……これですか?」
「今、地味だと思ったでしょ」
「まあ、ちょっと」
「じゃあ、次はこっちね」
ビスケが別の写真を開いた。
同じような石のはずなのに、見え方がまるで違った。
半透明の結晶内部へ細い光が走り、途中からいくつにも枝分かれしている。光は表面へ浮いているのではなく、石の奥深くを根のように這っていた。
「これは……すごく綺麗ですね」
「でしょ?」
返事が妙に嬉しそうだった。
画面の情報を読み進める。
最初にこの石を確認したのは、ルクソ地方を訪れていたハンターだったらしい。鉱石商が扱っていた原石の中で偶然見つけたものの、その時点ですでに別の客へ売約済みで、店主に頼んで引き渡しまでの短い時間だけ調べさせてもらったと書かれている。
そこでオーラを流したところ、内部に光が走ったらしい。写真もそのときに撮られたものだった。
「元はどこで採れたんです?」
「それを探しに来たのよ」
ビスケが画面の端を指で軽く叩く。
「分かってるのはルクソ地方産らしいってところまで。石を持ってた商人も自分で採ったわけじゃなくて、山沿いの集落で仕入れた鉱石に混ざってたんですって」
「その集落には?」
「もう行ったわよ。あんたが帰ってる間にね」
やっぱり待ってはいなかったらしい。
「何か分かりました?」
「仕入れ先が何か所もあって、肝心の石を覚えてる人がいなかったわ。普通の状態じゃこんな見た目だもの、仕方ないわね」
ビスケが最初の写真へ戻すと、改めて地味さがよく分かる。
「名前はあるんですか?」
「《
「見たままですね」
「変に凝った名前より分かりやすいでしょ」
発光している方の写真へ戻す。
「どうして光るんでしょうね」
「分からないわ。それを探るのがハンターだもの」
ビスケは写真を拡大し、結晶の内部を走る光をしばらく眺めていた。
修行中に俺を見るときとは明らかに目が違う。
「本当に石好きなんですね」
「あんた、今まであたしを何だと思ってたの?」
「いえ、その……すみません」
「次失礼な態度を取ったら本当においてくからね!」
鋭い目で俺を睨み、少し声を張り上げる。
ビスケは画面を切り替え、今度はルクソ地方の地図を開く。
山沿いにいくつか印が付けられており、そのうち一つを指した。
「この辺りには小規模な鉱山がいくつもあるの。今は使われてない坑道もあるし、川沿いで鉱石を拾ってるところもある。商人が仕入れた時期と流通経路を見ていけば、ある程度は絞れると思うわ」
「全部の山を探すわけじゃないんですね」
「当たり前でしょ。そんなことしてたら何年かかると思ってるの」
もっと力任せに探すのかと思っていたとは言わないでおいた。
「まずはここへ行くわ。商人が仕入れた鉱石の一部が、この周辺から来てた可能性が高いの」
「危ないところですか?」
「普通の山よ。今のところ、厄介な生き物が出るとか盗賊がいるなんて情報もないわね」
ビスケはそこで一度こちらを見る。
「あんたも来るんでしょ?」
「行きます!」
「なら明日の朝に出るわよ。今日は宿で荷物を整えて、食料も必要な分だけ買っておきなさい」
ビスケは机に広げていた地図を折り畳み、鞄へ入れた。
俺も立ち上がったが、端末に残っている灰脈石の写真へもう一度目が向く。灰色の石の奥で、細い光が枝分かれしながら走っていた。
「レイ、行くわよ」
「はい」
荷物を持ち直し、先に歩き出したビスケのあとを追った。
11話に来て、ようやく物語が動き出したような気がします。
感想、評価もたくさんいただき、本当にモチベに繋がっています、読んでくださってる皆さま、感想をくださった皆さま、評価を付与してくださった皆さま、本当にありがとうございます!これからもスローペースにはなると思いますが続けていきますので、お付き合いいただけると嬉しいです!
ここから先は、いつも通り読まなくても問題ありません。
レイ
2度目の帰省を経て、半年に一度帰ると言う約束を無くした。とは言っても、ここから先一切帰省しない、と言う親不孝なことはもちろんしない。それどころか手紙を送る頻度は増えるかもしれない。
ビスケット=クルーガー
レイの師匠であるストーンハンター。その面倒見の良さから、レイはストーンハンターとしての面をほとんど知らないため、結構失礼なことを言ってしまった。教わってる立場でありながらあのようなことを言うのは有り得ないので、是非ともどこかで折檻してほしい。ところで、ストーンハンターにおける華々しい功績とはどのようなものなのか結構気になる。
ルクソ地方
おそらく元ネタとなってるのはエジプトのルクソールだと思われる。現在は実質主人公とまで言われているクラピカの出身地。感情が昂ると鮮やかな緋色を発現する緋の目を持つ少数民族、クルタ族が暮らしている。本作は原作20年前に該当するので、おそらくクラピカは生まれてすらいないし、幻影旅団によるあの悲劇も起こっていない。
クラピカ
現在の王位継承編では実質主人公である。
「ここまでがワンセンテンスだ、よろしいか?」
「かける念があるのならば、逆に外す念も存在すると考えるのは至極自然な発想だと思うが?」
「この世で最も愚かな質問の一つだな、レオリオ」
「品性は金で買えないよ、レオリオ」
など、結構高度な煽りスキルを有している。
なお、最後の言葉にレオリオが応戦し、煽ったらブチギレた。割とクラピカにとって地雷だったのは分かるが、煽りスキルに反比例する煽り耐性なんだと考えられる。
「レオリオさんだ」どころか、「パラディナイトさんだ」と言われてもおかしくはなかった。現代にいたら、5ちゃんねるなんかでレスバしていたかもしれない。
灰脈石
本作オリジナル鉱石。オーラを流すと内部を走る脈のような部分が発光する。今のところ判明しているのはそれだけ。強くなったり必殺技を覚えたりはしない。たぶん。ビスケが欲しがっている理由も、珍しいし綺麗だからである。ストーンハンターなので。
文字数について
-
長すぎる
-
ちょうどいい
-
少ない
-
特に気にしてない