かめはめ×ハンター 作:波動待ち
本作は書き上がったら投稿という形でやっていきますので、不定期にはなりますが、今後もお付き合いいただけると幸いです!
翌朝から、俺の毎朝のルーティーンは変化を迎えた。かめはめ波の練習を止めたのだ。
いつものように日の出とともに起き、庭を十周してから腕立て伏せと腹筋、スクワットを終える。そこまでは昨日までと変わらないものの、身体が十分に温まったあとも両手を腰へ構えることなく、庭の中央で立ち尽くしていた。
かめはめ波を撃ちたいという気持ちは変わっていない。むしろ、この世界に念が存在すると知ったことで、昨日までとは比べものにならないほど強くなっている。
しかし、だからこそ順番を間違えるわけにはいかなかった。
オーラを感じることさえできない俺が、いきなりそれを掌へ集め、身体から切り離して放出できるはずがない。水の入っていない桶をいくら傾けたところで、何も流れ出てこないのと同じだ。
急がば回れ、というやつだな。
「まずは《纏》……」
前世で読んだ漫画の内容を思い出しながら、俺は足を肩幅ほどに開き、静かに目を閉じた。
念とは、人間なら誰もが持っている生命エネルギー――オーラを自在に操る技術だ。
人間の身体には精孔と呼ばれる穴があり、そこからオーラが少しずつ外へ漏れ続けている。それを身体の周囲へ留める技術が《纏》。念能力を習得するうえで、最初に覚えるべき基本中の基本だったはずだ。
翼を授けるレッドブル、もといウイングさんは、自然体が最も適してると言っていたのを覚えている。こんな具合に、知識だけなら持っていた。
問題は、オーラがどんなものなのかまるで分からないことだった。
熱いのか、それとも冷たいのか。血液のように身体の中を流れているのか、あるいは最初から皮膚の外側に漂っているのか。
ゴンとキルアは、「ぬるい粘液の中にいるような感覚」だとか、「重さのない服を着ているような感覚」だとか言っていたが、あいにく想像力が人並み以下の俺には、まるでピンとこない。
画面の外から見てた頃は、もっと簡単なものだと思っていた。全身から湯気のようなオーラが立ち上り、それを身体の周囲に留める場面を見れば、何となく自分にもできそうな気がしていたのだ。
実際にやってみると、何を探せばいいのかさえ分からない。
呼吸を整えながら身体の内側へ意識を向けてみても、感じられるのは走り込みを終えた脚の疲労と、少し速くなっている心臓の鼓動だけだった。
腕には腕立て伏せのだるさが残っているし、額には汗も浮かんでいる。それ以外に、生命エネルギーらしきものは何一つ見つからない。
「……わっけわからん……」
独り言を漏らして目を開ける。
漫画では「身体から漏れ出すオーラを留める」といった具合に説明されていたが、その漏れ出しているものが分からないのだから、留めようがなかった。そもそも、ゴンたちが受けたのは精孔を強制的に開く外法だ。ゆっくり目覚める場合には、瞑想でオーラを感じるとか何とか言っていた気がする。
同じように、念能力者に精孔を無理やり開いてもらえば、嫌でもオーラを感じられるのだろう。
もっとも、俺には念能力者の知り合いなどいないし、仮に見つけたとしても、六歳の子供に危険な方法を試してくるような奴は、信頼できない。
かめはめ波を撃つ前に死んだら、何のために生まれ変わったのかまるで分からなくなってしまう。
「自然に開くまで修行するしかないか……」
再び目を閉じ、今度は地面に座ってみる。
座禅の正しい組み方なんて知らないが、何となく足を交差させて背筋を伸ばし、膝の上へ両手を置いた。深く息を吸ってから、できるだけ時間をかけて吐き出していく。
鳥の声が聞こえる。
風が木の葉を揺らす音も、家の中で母さんが朝食を作っている音も聞こえた。
いつもなら気にも留めない音ばかりが妙に大きく感じられ、集中しようとするほど、かえって周囲のことが気になってしまう。
そのまま十分ほど粘ったものの、最後までオーラらしきものを見つけることはできなかった。
「レイー! 朝ご飯よー!」
「今行くー!」
母さんに呼ばれ、俺は立ち上がって服についた土を払った。
念の存在に気づいた翌日に《纏》を習得できるほど、現実は都合よくできていないらしい。
それでも、焦る必要はなかった。
俺はまだ六歳だ。
この世界には新人を潰すためだけに三十五回もハンター試験に費やしている男だっているし、いい歳になってもハンターを目指す人などごまんといる。俺にはまだまだ時間があるんだ。
◇
それから一週間、俺は同じ修行を続けた。
朝の運動を終えたあとに目を閉じ、立った状態や座った状態で身体の内側へ意識を向ける。昼間にも時間を見つけて庭の隅へ座り込み、夜には布団の中で指先から順番に感覚を確かめていった。
一週間が過ぎても、オーラを感じるための、そのとっかかりすら掴めなかった。
二週間目に入った頃には、自分の心臓の音や血液が流れる感覚すら気になるようになっていた。 おかげで少し胸が痛んだだけでも、何か重大な病気ではないかと心配になるようになったが、念の習得にはまるで役立っていない。
「最近、静かになったわね」
ある日の朝食中、母さんが不思議そうに俺を見た。
「そう?」
「前は毎朝、庭から『波ぁぁぁぁっ!』って聞こえていたでしょう? 近所の人にも、レイ君は今日も元気ねって言われてたのよ」
「今は基礎修行中だから」
「基礎?」
「まずは身体から漏れてるオーラを感じて、それを全身に留めないといけないんだ」
母さんは手にしていたパンを皿へ戻し、心配そうな顔で俺の額に触れた。
「熱はなさそうね……」
「病気じゃないよ」
「変なものが見えたり、誰もいないところから声が聞こえたりしてない?」
「まだ何も見えない」
「まだ?」
母さんの表情がますます深刻になっていく。
「違うよ。そういう意味じゃなくて、オーラを見るには目の精孔を――」
「今日は病院へ行きましょうか」
「大丈夫だから!」
これ以上説明すると、本当に病院へ連れていかれそうだった。
俺は残っていたパンを急いで口へ押し込み、母さんが引き留めるより早く椅子から降りた。
自分の子供が毎朝見えないエネルギーを探していると知れば、心配するのも当然だろう。ましてや三歳からかめはめ波の練習を続けているのだから、母さんの中では、俺が妙な方向へ進み始めたようにしか見えないはずだ。いわゆるスピってるというやつか。
しかし、俺は至って真面目だ。
天空闘技場を目にしたことで、これまでの空想には明確な根拠が生まれた。この世界には念があり、オーラを身体から切り離して飛ばす放出系も存在する。
つまり、かめはめ波は撃てる。
あとは、俺が念を習得できるかどうかだけだった。
◇
念の修行を始めて三週間が過ぎた朝、俺は一度やり方を変えることにした。
普通に立った状態で目を閉じても、座禅の真似をしても、オーラの感覚は掴めない。前世の知識を頼りに呼吸法らしきものを試してみたが、息を止めすぎて頭がくらくらしただけだった。
何か別の方法はないかと考えながら庭に立っていると、無意識のうちに左足を前へ出していた。
右足を後ろへ引き、膝を曲げながら腰を落とす。続けて両手を右の腰へ構えたところで、俺は自分が何をしているのかに気づいた。
かめはめ波の構えだった。
「結局、これに戻るのか……」
苦笑しながら、両手の間へ視線を落とす。
三歳の頃から一日も休まず、何千回と繰り返してきた姿勢だ。足をどの程度開き、どのくらい腰を落とせばいいのか、今さら考える必要はない。
試しに目を閉じてみると、普通に立っていたときとは明らかに感覚が違った。
足の裏が地面を捉え、曲げた膝が身体を支えている。腰から背中へ一本の軸が通り、肩や腕から余計な力が抜けていく。
何より、呼吸が自然に整っていた。
三年間、かめはめ波を撃つために同じ構えを繰り返し、そのたびに全身の力を掌へ集めようとしてきた。身体の隅々へ意識を向けることも、脚から腰、背中、肩、腕へと力の流れを想像することも、すでに習慣になっている。
普通に座って瞑想しようとすると雑念ばかり浮かんでいたのに、この構えを取っている間だけは、意識が自然と自分の身体へ向かっていく。
かめはめ波の構えそのものが、いつの間にか俺にとって最も深く集中できる姿勢になっていたのだ。
「かー……めー……」
いつもよりも小さな声で、ゆっくりと発音する。
技名を叫ぶためではなく、呼吸の長さを一定に保つためだった。
全身へ力を入れるのではなく、むしろ筋肉の緊張を一つずつ解きながら、身体の感覚だけを探っていく。
脚から腰へ。
腰から背中へ。
背中から肩を通り、両腕へ。
これまでは存在するかも分からない力を、無理やり掌へ運ぼうとしていた。今日は何かを動かそうとせず、ただ身体の中を通る感覚だけを丁寧に追いかけていく。
「はー……めー……」
呼吸を続けていると、重ねた掌がわずかに温かくなった。
最初は、両手を近づけているせいで体温が籠もっているだけだと思った。
しかし、その温かさは掌の内側にあるのではなく、皮膚の少し外側に浮かんでいる。
風が吹いても流されず、両手の間に薄い膜のようなものが挟まっている、不思議な感覚だった。
「これが……」
思わず声を出した瞬間、掌の間にあった温かさが消えた。
「あっ」
慌てて両手を開いてみるが、当然ながら何も見えない。
それでも、ただの体温ではなかった。
これまで三年間、同じ構えを取り続けてきた俺だからこそ分かる。今の感覚は、昨日までには存在していなかったものだ。
俺はすぐにもう一度構えを取ったものの、二度目は何も感じられなかった。三度目も四度目も駄目で、五度目には焦って力を込めすぎたせいで両腕が震え始めた。
結局、その日は二度と同じ感覚を掴めなかった。
だが、落ち込む気にはならない。
初めて見つけたのだ。
自分の身体に存在する、筋力とも体温とも違うナニカ、おそらくはオーラと呼ばれるそれを。
◇
一度感覚を掴んでから、修行は少しずつ前へ進み始めた。
最初は十回構えて一度感じられるかどうかだった温かさが、やがて五回に一度、三回に一度と現れるようになっていった。
それと同時に、かめはめ波の構えに入るだけで呼吸と意識が切り替わることにも気づいた。
左足を踏み出し、腰を落とす。
両手を右の腰へ構え、ゆっくりと技名を口にする。
ただそれだけで周囲の音が遠ざかり、自分の身体へ意識を集中できる。三年間の反復によって、構えと呼吸が一つの型として身体に染みついているらしい。
前世で何度も読んだ、ネテロ会長の修行を思い出す。
感謝の正拳突きを一日に一万回繰り返した結果、祈りと攻撃が常人には理解できない領域へ到達した武人。
当然、今の俺が同じ境地にいるなどとは思わない。俺がやってきたのは、たった三年間の子供じみた真似事にすぎない。
それでも、何千回と繰り返した行為が、本人の意識を超えて身体へ刻み込まれるということは理解できた。
俺にとって、かめはめ波の構えは単なるポーズではない。
呼吸を整え、全身へ意識を巡らせ、力の流れを一つの方向へ揃えるための瞑想であり、念へ入るための型になっていた。
もっとも、オーラらしきものを感じられるようになっても、《纏》には程遠かった。
掌へ集まる温かさを追いかけることはできるが、少し意識を逸らすだけで身体の外へ消えていく。力ずくで押さえ込もうとすれば流れが乱れ、一か所へ集中させようとすると、他の部分から一気に漏れ出してしまった。
「掌に集める前に、全身に留めないと駄目なんだよな……」
かめはめ波を撃ちたい俺にとって、力を掌へ運ぶのは自然なことだった。
しかし《纏》は、一点へ集める技術ではない。身体から漏れ続けるオーラを、全身の周囲へ均等に留める技術だ。
桶も用意せず、水だけを一か所へ集めようとしても全部こぼれてしまう。
まずは、自分の身体そのものを桶にしなければならない。
そう考えた俺は、掌へ集まろうとする温かさを、両腕から肩へ戻す練習を始めた。
肩から胸へ、胸から腹へ、腹から脚へ。
そこから背中を通って、もう一度肩へ戻す。
オーラが本当にその経路を流れているのかは分からない。けれど、三年間続けてきた力の流れを逆向きに辿るイメージは、俺にとって扱いやすかった。
◇
初めて《纏》に成功したのは、念の修行を始めてから三か月ほどが過ぎた、雨の日だった。
前日の夜から冷たい雨が降り続いていたため、走り込みはできなかった。俺は軒下に立ち、いつものように左足を前へ出して腰を落とすと、両手を右の腰へ構えた。
「かー……めー……」
声に合わせて呼吸を整え、身体から余計な力を抜いていく。
雨が地面を叩く音も、屋根から落ちる水滴の音も、次第に遠ざかっていった。
意識を皮膚の内側ではなく、すぐ外側へ向ける。
冷たい空気が頬へ触れる中で、身体から外へ漏れていく微かな温かさを探し、それが空気へ溶ける前に自分の周囲へ沿わせていく。
「はー……めー……」
頭から肩へ。
肩から腕と胸へ。
胸から腹を通り、腰から両脚へ。
足先まで到達した流れを、今度は背中側から上へ戻していく。
これまでは途中で必ず途切れていた。
腕へ意識を向ければ脚から漏れ、脚へ流そうとすれば肩の周囲から消えていく。
しかし、その日は違った。
何度も繰り返してきた流れが、初めて身体の周囲で一つに繋がった。
冷たかった空気が、わずかに遠ざかる。
まるで、薄く温かい衣を一枚羽織ったような感覚だった。
手で触れることもできない。目を凝らさないとみることもできない。
それでも確かに、俺の身体は何かに包まれている。
意識しすぎれば流れが乱れ、力を抜きすぎれば身体のあちこちから漏れ出していく。強く押さえ込むのではなく、身体の周囲を絶えず巡らせながら、そこにあるのが当たり前だと思うように意識する。
漫画を読んだだけでは理解できなかった感覚が、少しずつ形になっていった。
「これが……《纏》か」
口にしても、今度は消えなかった。
全身を覆う温かな膜は不安定に揺れていたものの、俺の身体から離れることなく、皮膚の周囲へ留まり続けている。
どれほど維持できていたのかは分からない。一分ほど続いたようにも感じたが、実際には数十秒程度だったのかもしれない。
やがて集中が途切れ、全身を覆っていた感覚が崩れた瞬間、身体から一気に力が抜けた。
膝が震え、俺は軒下の柱へ背中を預ける。
思っていた以上に疲れていたらしく、少しの間は立ち上がる気にもなれなかった。
それでも、笑いが込み上げてくる。
「できた……」
かめはめ波は出ていない。
ずっと焦がれている青白い光も、衝撃波も未だ届いていない。
それでも前世を含めて初めて、俺は漫画の中にしか存在しなかった力へ触れた。
三年間、何の成果もないと思っていた。
どれだけ構えても、どれだけ叫んでも、掌からは何も出なかった。
けれど、無駄ではなかった。
かめはめ波を撃つために呼吸を整え、全身へ意識を巡らせ、存在するかも分からない力を掌へ運ぼうとし続けた三年間が、俺だけの型になり、念の入口まで連れてきてくれた。
まだ《纏》を一分も維持できない。
《絶》も《練》も分からなければ、オーラを掌へ集めることさえ満足にはできていない。
当然、かめはめ波には程遠い。
それでも、材料は見つかった。
前世では存在すらしなかった力が、今は確かに俺の身体から溢れている。
俺は震える両手を見つめながら、もう一度ゆっくりと呼吸を整えた。
今日はもう、掌から何かを撃ち出そうとはしない。
まずは《纏》を完全に身につける。
構えを取らなくても、歩いていても、走っていても、意識を失わない限りオーラを身体の周囲へ留められるようになるまで、何度でも繰り返す。
掌へ集めるのは、その後だ。
「待ってろよ、かめはめ波」
雨音に紛れる程度の声で呟き、俺は再び左足を前へ出した。
両手を腰へ構えると、先ほど一度だけ繋がったオーラの流れを思い出しながら、静かに目を閉じる。
三年間続けてきた修行は、無駄ではなかった。
そして今日、ようやく。
かめはめ波を撃つための、本当の修行が始まった。