かめはめ×ハンター 作:波動待ち
今回も1万文字超えちまった……
三十階へ上がったその日、俺は受付で次の試合日程だけを確認すると、そのまま天空闘技場をあとにした。
まず必要なのは修行だ。
試合はそのための手段にすぎない。身体を鍛え、戦いを覚え、そしていつか本物のかめはめ波へ辿り着く。その土台を作らなければ、この先どれだけ試合を重ねても、同じところで足踏みを繰り返すだけだろう。
とはいえ、目的は決まっていても、実際に何を揃えればいいのかは少し考える必要があった。
亀仙人は重い甲羅を悟空とクリリンに背負わせていた。
だが、この世界に都合よく修行用の甲羅など売っているはずもない。
「重い物を背負えれば、それでいいんだよな」
そう呟きながら、闘技場の周囲に並ぶ商店街を歩いていく。
挑戦者を相手にした店が多いらしく、防具や包帯、保存食、衣類などが所狭しと並んでいた。その中を歩き回っているうちに、丈夫そうな革製の背負い袋が目へ留まる。結構なサイズだ。
肩紐も太く、ぱっと見は頑丈そうに見える。
「うん、これなら使えそうかな」
袋を手に取り、縫い目や革の厚さを確かめる。
父さんから持たせてもらった旅費は、まだ少し残っていた。
できれば最後まで使い切りたくはないが、修行のためなら話は別だ。ここで惜しんだ結果、成長が遅れる方がよほど損だろうし。
背負い袋と予備の革紐を購入し、今度は川辺へ向かった。
大小様々な石が転がっている。
「このくらいなら……」
両手で持ち上げた石を袋へ放り込み、さらにもう一つ。
まだ入りそうだ。
こんなもの、重ければ重いほどいいからな……
そんな発想で次々と石を詰め込み、最後に袋の口を縛って肩へ担いだ。
「よし!」
立ち上がろうと足へ力を入れる。勢いをつけて立ち上がったからか、なんとか持ち上がったが……
「ふっ……ん? うわっ!?」
次の瞬間、重さに引っ張られた身体はそのまま後ろへ倒れ、盛大な音を立てて地面へ転がった。
空を見上げたまま、しばらく動けない。
「…………重すぎた」
いくら鍛えるためとはいえ、歩けなければ意味がない。
いや、それ以前にまともに立ち上がることができないようでは、修行どころの話じゃない……
袋を開き、石を一つ、また一つと取り出していく。改めて背負ってみると、肩へ食い込む重さは十分感じるものの、今度は何とか立ち上がることができた。少なくとも、これまで背負ったことのある荷物とは比べものにならないほど重い。
一歩。
また一歩。
足を前へ出すたびに、身体が後ろへ引かれるような感覚がある。
「……これくらいか」
結構苦しい。だが歩けるし、なんとか走ることも、おそらくできるだろう。
なら、この重さが今の俺にはちょうどいいんだ。
重ければ重いほど鍛えられるわけじゃない。
毎日続けられ、生活そのものへ組み込めること。それが一番大事なんだ。
その日から、俺は眠るときと風呂へ入るとき、そして試合へ出るとき以外は、基本的にその袋を背負って過ごすことに決めた。
◇
翌朝、目を覚まして身体を起こした瞬間、肩から背中にかけて広がる鈍い痛みに顔をしかめた。
昨日は袋を背負って宿まで歩いただけだったが、それでも慣れない重さを支え続けた身体には相応の負担がかかっていたらしく、肩を回すたびに固まった筋肉が軋むような感覚がある。
それでも痛みは身体を動かせないほど強くはなく、少し時間をかけて全身を伸ばしているうちに、幾分ましになっていった。
「これで走るのか……」
床へ置かれた背負い袋を見下ろしながら、昨日の判断を少しだけ後悔する。
歩くだけでもあれだけ苦労したのだから、背負ったまま走ればどれほど辛いのかは考えるまでもない。とはいえ、楽にこなせる修行を選んだところで、今までと変わらない身体のまま時間だけが過ぎていくだけだ。
両腕を肩紐へ通し、前へ屈んだ状態から脚へ力を入れる。袋が背中へ密着すると同時に身体が後ろへ引かれたものの、腹へ力を込めて姿勢を立て直し、そのまま宿の外へ出た。
早朝の街はまだ人通りも少なく、商店の前で開店準備をしている店主たちが時折こちらを珍しそうに眺めてくる程度だった。
冷えた空気を吸い込みながら軽く身体を弾ませ、まずは歩くのと大差ない速度から走り始める。最初のうちは意外にも足を止めずに進めたため、この程度なら何とかなるかもしれないと思ったのだが、その考えは十分も経たないうちに消え去った。
肩紐が皮膚へ食い込み、背中の袋が一歩ごとに大きく揺れる。昨日までは気にならなかった僅かな坂道で太腿が急激に重くなり、呼吸を整えようとしても、胸を圧迫するような重さのせいで上手く息を吸えない。
走る姿勢も次第に前へ崩れ、足元ばかりを見るようになったところで、俺は一度速度を落とした。
無理に走り続けて転べば、背中の重さで受け身すら取れない可能性がある。せっかく天空闘技場まで来たのに、試合ではなく朝の走り込みで怪我をするなんて笑い話にもならない。
歩きながら呼吸を整え、脚の震えが収まってから再び走り始める。そうやって走ることと歩くことを何度も繰り返し、普段なら何でもない距離を倍近い時間をかけて回り終える頃には、服が肌へ張り付くほど汗をかいていた。
「思った以上にきつい……」
宿へ戻ってすぐに袋を降ろすと、身体が急に軽くなり、足元が僅かに浮いているような錯覚に襲われた。
試しにその場で何度か跳ねてみれば、昨日までより高く跳べている気さえする。実際には重さから解放されたことでそう感じているだけだろうが、亀仙人の甲羅を外した悟空たちも似たような感覚だったのかもしれない。いや、あの二人は実際めちゃくちゃ飛んでたっけ。
そんなことを考えると、辛さよりも期待の方が大きくなっていった。
少し休んで水分を取ったあと、今度は腕立て伏せや腹筋、スクワットへ移る。袋を背負ったままでは姿勢を保てない種目もあったため、最初から全てへ重さを加えることはせず、背負っても動きを崩さずに行えるものだけに絞った。
回数についても、これまでと同じ数字を無理にこなすのではなく、身体の動きが崩れ始める直前で止めることにした。雑な姿勢で回数だけを増やしても、鍛えたい部分へ正しく負荷がかからなければ意味がない。
とはいえ、頭で理解していても、限界が近づくと余計な力が入ってしまう。
スクワットでは背中の重さに負けて踵が浮き、腕立て伏せでは肩ばかりが疲れて胸へ力を入れられなくなる。前世で知識として見聞きした程度の動きを、実際に正しく行うことの難しさを改めて実感しながら、一つ一つ姿勢を確かめていった。
昼食を取って身体を休めたあとは、天空闘技場へ向かった。
その日は試合が入っていなかったが、だからといって部屋で休んでいるつもりはない。観客席から他の選手の試合を眺め、身体の動かし方や間合いの取り方を学ぶことも、ここへ来た目的の一つだった。
自分より遥かに大きな相手の突進を、正面から受け止めず横へ流す選手がいる。反対に、素早く動き回る相手へ無理に拳を当てようとせず、少しずつ逃げ道を塞いで追い込んでいく選手もいた。
単純な筋力や体格では上回っているはずなのに、自分より小さな相手へ負ける選手もいた。身体が強い方が、必ず勝つわけではないんだ。
力の使い方を知っている選手は、自分より大きな相手にも勝つ。
反対に、筋力へ頼って大振りな攻撃を繰り返す選手は、一度動きを読まれると呆気ないほど簡単に倒されていた。
試合を眺めながら、自分ならどう動くかを考える。
正面から打ち合うのか、距離を取るのか。それとも相手の攻撃を誘い、体勢が崩れたところを狙うべきなのか。
答え合わせをする方法はないものの、次に起こる動きを予想しながら観戦するだけでも、ただ眺めているときとは見えるものが違ってくる。
よく動くことだけが修行ではない。
動いた分だけ学ばなければ、同じ失敗を何度でも繰り返すことになる。
その日の夜、街から離れた人気のない場所まで移動すると、周囲に誰もいないことを確かめてから《練》を始めた。
足を肩幅に開き、全身を覆うオーラを意識しながら、内側に留めていたオーラを一気に押し広げる。
「ふっ……!」
身体の内側から熱が噴き上がり、肌の表面を覆っていたオーラが急激に膨れ上がる。《纏》とは比べものにならない量を維持しようと意識を集中させるものの、走り込みと筋力鍛錬の疲労が残っているせいか、オーラの勢いは普段より明らかに不安定だった。
それでも限界まで維持しようと歯を食いしばったが、やがて膝から力が抜け、その場へ座り込んでしまう。
「身体が疲れていると、こんなに変わるのか……」
これまで、身体を鍛えることと念を鍛えることは、それぞれ別の修行だと考えていた。
しかし、実際には身体の状態がそのままオーラの扱いへ影響している。走り込みで呼吸が乱れ、筋肉へ疲労が残っていれば、《練》を維持するための集中も続かない。
身体とオーラは切り離されたものではない。
身体を鍛えることは、より多くのオーラを安定して扱うための土台を作ることでもあるのだろう。
しばらく休んで呼吸を整えると、もう一度だけ《練》を試みる。
今度は数十秒で体がキツくなり、ついには膝をついてしまった。
けど、少しずつではあるものの、確実にオーラの量は増えている……!
◇
修行を終えたあとはいつものように両脚を開いて腰を落とし、両手を身体の横へ引いた。
子供の頃から何度も真似してきた構え。
だが、今はただ形を再現するだけではなく、足の裏から腰、背中、肩、腕、そして両手へ、力がどのように繋がっているのかを意識する。
『か……め……』
声には出さず、頭の中だけで言葉をなぞる。
呼吸を整え、全身を覆う《纏》を崩さないまま、両手へ意識を集めていく。ほんの僅かではあるが、オーラが掌へ偏り、胸や背中が薄くなるのが分かった。
やがて、五分ほどで立っているのもキツくなってきた。今すぐ風呂に入って、ベッドに飛び込みたい。
「だぁぁやめだ!」
言葉と共に、構えを解いてその場に倒れ込む。
全く情けない姿だろうけど、悔しさは不思議となかった。
そうだ、悟空だって、最初から何でもできたわけではなかった。修行を重ね、強敵と戦い、そのたびに自分の限界を越えてきたのだ。
なら、俺も同じように積み重ねるだけだ。
翌日も、その次の日も、朝になれば背負い袋を担いで走った。
初日より身体が軽く感じられる日もあれば、反対に目を覚ました時点で脚へ強い疲労が残っている日もあった。それでも修行を始めたばかりの俺は、決めたことを休むのが怖くて、身体が重い日にも普段と同じ量をこなそうとしていた。
一日休めば、それだけ成長が遅れる。
そんな焦りが、どこかにあったのだと思う。
重りを背負い始めて三日目、朝から残っていた疲労を無視していつもと同じ距離を走り、そのまま筋力鍛錬までこなした結果、その日組まれていた試合では自分でも驚くほど身体が動かなかった。
相手の踏み込みは見えていた。
攻撃が来る方向も分かっていた。
それなのに、避けようとした脚が床へ張り付いたように動かず、拳が頬を捉える。慌てて距離を取ろうとしても反応が僅かに遅れ、体勢を立て直す前に追撃を受け、そのまま敗北した。
控室へ戻り、少し腫れた頬を冷やしながら試合を振り返ってみても、相手が圧倒的に強かったわけではない。相手が強い云々以前に、自分の身体が戦える状態ではなかった。
「やりすぎたか……」
口にしてみると、急に情けなくなった。
強くなるために始めた修行のせいで、試合でまともに動けなくなっている。ここで休めば身体は回復するだろうが、せっかく始めた修行を途中で止めることに、どこか負けたような感覚があった。
宿へ戻ったあとも、背負い袋を目の前に置いたまま迷い続けた。
痛みを我慢して続けるべきなのか、それとも今日は休むべきなのか。前世の知識だけで考えるなら、疲労が強い日は休んだ方がいいに決まっている。それでも悟空のように強くなりたいという気持ちが、楽な方へ逃げているだけではないかと囁きかけてくる。
そんなとき、亀仙人が悟空とクリリンへ教えた言葉を思い出した。
よく動き、よく学び、よく遊び、よく食べ、そしてよく休む。
亀仙流の修行とは、ひたすら身体を痛めつけ続けるものではなかった。
身体を動かすことも、学ぶことも、食べることも、休むことも、その全てを含めて修行だったはずだ。
「そうだよな。休むところまで含めて、亀仙流なんだ」
無茶を続ければ強くなる前に身体を壊す。
俺はサイヤ人ではないし、仙豆も持っていない。メディカルマシーンなんて高性能なものもない。仮に怪我をして何週間も動けなくなれば、無理をして一日分多く鍛えたところで、簡単に帳消しになってしまう。
その日は背負い袋を部屋へ置き、軽く身体を伸ばすだけで修行を終えることにした。
いつもより時間が余ったため、まずは食堂へ向かい、肉と野菜の入った料理を腹いっぱい食べた。身体を大きくするには材料が必要なのだから、食費を惜しんで空腹を我慢することも修行とは呼べない。
食事を終えたあとは闘技場へ戻り、試合に出るのではなく観客席から他の選手の戦いを眺めた。自分が負けた試合を思い返しながら、疲労がなくても避けられなかっただろうあの攻撃は何だったのか、相手の踏み込みにどんな前触れがあったのかを考えていく。
夕方には商店街を歩き、広場で行われていた的当てに参加した。
修行とは関係のない遊びへ時間を使うことに最初は落ち着かなかったが、いざ始めてみれば意外と夢中になった。小さな球を投げて積み上げられた板を倒すだけの単純な遊びなのに、力任せに投げると狙いが逸れ、逆に肩から余計な力を抜いた方が真っすぐ飛んでいく。
遊びの中にも、身体の使い方を学ぶ機会はあった。
結局、景品を取るまで何度か失敗してしまったものの、宿へ戻る頃には試合で負けた直後の重苦しさも消えていた。
湯へ浸かり、いつもより早く眠る。
翌朝、目を覚ますと、昨日まで脚へ残っていた重さはかなり軽くなっていた。
背負い袋を担ぎ、外へ出る。
身体は休む前より明らかに動いた。
走り始めても呼吸は乱れにくく、足取りも軽い。休んだことで弱くなるどころか、積み重ねてきた修行がようやく身体へ馴染んだような感覚さえあった。
「なるほどな……」
追い込んだ分だけ強くなるのではない。
動き、食べ、休み、回復したところまで含めて、初めて身体は成長する。
よく動き、よく学び、よく遊び、よく食べて、よく休む。
前世では単なる印象的な台詞として覚えていた言葉が、この世界では自分の修行を続けるための指針へ変わっていた。
それからは、身体の状態を確かめながら修行量を調整するようになった。
脚へ強い疲労が残っている日は走る距離を減らし、その分、歩くときの姿勢や重心の位置を意識する。肩や腕に痛みがある日は腕立て伏せの回数を落とし、闘技場で試合を眺める時間を増やした。
休むことへの抵抗が完全に消えたわけではなかったが、休養日にも学べることがあると分かれば、無意味に焦ることもなくなった。
一週間が過ぎる頃には、最初は歩くだけでも苦労していた背負い袋の重さにも、少しずつ身体が慣れ始めていた。
走っている最中に袋が左右へ揺れれば、それを抑えようとして余計な力を使う。足を着く位置が乱れれば上半身まで揺さぶられ、肩紐が深く食い込む。反対に腹と腰へ力を入れ、重心を一定に保つことができれば、同じ重さでも身体への負担は僅かに減った。
腕立て伏せやスクワットも、ただ回数をこなすだけではなくなっていた。身体を下ろす速度や足の幅、力を込める場所を意識するだけで負荷は変わり、雑に百回行うより、正しい姿勢で半分の回数をこなす方が遥かに苦しいこともある。
その変化は、戦いにも少しずつ現れ始めた。
拳を打つとき、腕だけで振るのではなく、足の裏で床を捉え、脚から腰、肩を通して力を伝える。避けるときも上半身だけを反らすのではなく、重心ごと移動させて次の動きへ繋げる。
まだ意識しなければ正しく動けず、試合中に焦れば簡単に元の雑な動きへ戻ってしまうものの、以前は知識としてしか分からなかった身体の使い方が、少しずつ自分のものになり始めていた。
瞑想をしているときにも、身体の変化は感じ取れた。
呼吸を整え、全身を覆う《纏》へ意識を向けると、疲労が強く残っている部分ほどオーラの流れが僅かに乱れている。以前は身体の周囲へ薄く留まっていることしか分からなかったが、今では肩や脚へ意識を集中させれば、そこを流れるオーラの偏りまで何となく感じられるようになっていた。
一か所だけを整えようと意識しすぎると、別の場所を覆っていた《纏》が薄くなる。頭で細かく動かそうとすればするほど全体の均衡が崩れ、反対に呼吸を整えて余計な力を抜いた方が自然に安定した。
身体を鍛えることと、オーラを鍛えること。
最初は別々の修行だと思っていた二つが、実際には深く繋がっている。
姿勢が崩れれば呼吸が乱れ、呼吸が乱れれば《纏》も揺らぐ。重りに身体が振り回されないよう重心を保つことは、同時にオーラを安定させ続けるための修行にもなっていた。
そのことに気づいてからは、走っているときも、食事をしているときも、背中の重さと全身を覆う《纏》の両方へ意識を向けるようになった。
最初は片方を意識すればもう片方が疎かになり、店の入口へ袋をぶつけたり、階段を踏み外しかけたりすることもあったが、それでも繰り返しているうちに、考えなくても姿勢と《纏》を維持できる時間が少しずつ増えていく。
数週間という時間で得られた変化は、決して大きなものではない。
見た目が別人になるほど筋肉がついたわけでも、《練》を長時間維持できるようになったわけでもなかった。それでも重りを背負って生活することは、すでに特別な修行ではなく、毎日の習慣へ変わり始めていた。
身体が重さに慣れたことを確かめた俺は、川辺へ向かい、袋の中へ新しい石を何個か加えた。
肩へ担ぐと、昨日までより明らかに重い。
それでも初日のように後ろへ転がることはなく、腹へ力を入れれば問題なく立っていられる。
「これなら、まだ続けられるな」
身体が慣れれば石を加え、また慣れれば、さらに一つ増やす。
その繰り返しは地味で、目に見える成果がすぐに現れるものでもない。それでも、昨日より今日、今日より明日と僅かに前へ進んでいる感覚があれば、それだけで十分だ。
◇
そうして修行を続けるうちに、天空闘技場へ来てから二か月が過ぎていた。
朝になれば背負い袋を担ぎ、街の外周を走る。走り終えれば身体を鍛え、食事を取ったあとは試合へ向かうか、観客席から他の選手の動きを学ぶ。
夜には瞑想で《纏》の状態を確かめ、街から離れた場所で《練》を行う。修行の最後にはかめはめ波の構えを取り、いつも通り瞑想だ。
同じ一日を何度も過ごしているように見えて、まったく同じ日は一度もなかった。
調子のいい日には、昨日まで苦しかった距離を息を乱さず走り切れる。反対に身体が重い日には、無理に追い込まず観戦や瞑想へ時間を使い、早めに食事を取って眠った。
背負い袋へ入れる石も、身体の成長に合わせて何度か増やした。
中身は、最初に重さを調整した頃よりも明らかに増えている。それでも少しずつ石を加えてきたおかげか、袋を担ぐ動作は歯を磨くことと変わらないほど自然になっていた。
走る速度も、重りを背負い始める前へ近づいている。
袋を降ろせば身体が驚くほど軽く、試合前の控室で軽く跳ねるだけでも、足の裏へ力が余っているような感覚があった。
試合は一日か二日に一度の割合で組まれ、その合間を修行と観戦へ使った。
もっとも、身体が軽く感じられるようになったからといって、その力がそのまま勝利へ繋がるほど、天空闘技場の選手たちは甘くなかった。
筋力で上回っている相手を技術で崩せず、何度も攻撃を受けて敗れることがあった。反対に、自分より速い相手の動きを最後まで追い切り、相手が疲れたところを狙って勝つこともある。
相手の攻撃を受け止めようとして力負けした次の試合では、正面から受けずに身体をずらす。距離を取りすぎて追い詰められたなら、次は自分から踏み込んで相手の動きを止める。
勝てば自分の動きに何が足りなかったのかを考え、負ければ相手が何をしていたのかを思い返す。
そうして勝ったり負けたりを繰り返しながら、三十階から四十階へ上がり、あるいは下がったりしながら、五十階、六十階と少しずつ進んでいった。
早く二百階へ到達したいという気持ちがないわけではない。
二百階より上には、念を扱える選手がいる。
今の俺より遥かに強く、身体能力だけでは通用しない相手が待っているのだと思えば、すぐにでも上へ行きたい気持ちはあった。
それでも、焦って勝ち上がることだけを目的にはしなかった。
今の俺が試合で使うのは、身体能力と覚えてきた動き、そして全身を穏やかに覆う《纏》だけだ。
《練》を使えば、相手を威圧して動きを鈍らせることができるかもしれない。拳へ込めるオーラを意図的に増やせば、今より簡単に相手を倒せる可能性もある。
しかし、二百階未満で戦っている選手は念能力者ではない。
そんな相手へ強いオーラを浴びせれば、精孔を無理やり開かせてしまう危険がある。運よく念へ目覚めるとは限らず、身体を壊したり、最悪の場合は命に関わることだってある。
自分が勝つためだけに、何も知らない相手へそんな危険を押し付けるつもりはなかった。
だから試合では《練》を使わない。
その制限があるからこそ、純粋な身体の動きや戦い方を学ぶことができる。
念で力押しをしてしまえば見過ごしていたはずの弱点を、今のうちに一つずつ見つけて直していく。それが、二百階へ上がったあとにも必ず役立つはずだった。
《練》の修行についても、二か月前とは感覚が大きく変わっていた。
最初はただ全身から勢いよくオーラを噴き出すだけで精一杯だったが、今では出力を抑えながら長く維持することと、一瞬だけ限界近くまで量を増やすことを分けて行えるようになっている。
長く維持する修行では、呼吸を崩さず、全身を均等に覆い続けることを意識する。反対に最大まで出力を高めるときは、ほんの短い時間でも身体の内側にあるオーラを残さず押し出すつもりで力を込めた。
量そのものがどれほど増えているのかを正確に測ることはできない。
それでも以前なら数分で限界を迎えていた出力を、今では倍近い時間保てることがある。疲労した状態でも《練》が大きく乱れることは減り、呼吸を整えれば自分で出力を落として安定させることもできるようになった。
かめはめ波の構えを取ったときにも、二か月前とは違う部分があった。
腰を落とし、両手を身体の横へ引く。
以前は両腕へ意識を向けた瞬間に胸や脚の《纏》が薄くなっていたが、今では全身を覆うオーラを保ったまま、両手へ集められる量も増えている。
構えも崩れない。
呼吸も乱れていない。
両手の間へ集まったオーラを、そのまま前方へ押し伸ばす。
淡い青白い光が掌の外へ現れた。
しかし、伸びたのは以前と同じ五十センチほどだった。
そこからさらに前へ押し出そうと意識を強めても、先端が薄くなり、形を保てなくなって散ってしまう。
もう一度試しても、結果は変わらない。
掌へ集められるオーラは増えた。
構えも、以前より長く維持できる。
それなのに、かめはめ波の長さも威力も、ほとんど変わっていなかった。
「まだ、オーラが足りないのか……?」
今の俺には、それ以外の原因が思いつかなかった。
五十センチで途切れるのなら、それを越えられるだけの量を込めればいい。今の《練》で足りないのなら、もっと身体を鍛え、もっとオーラを増やせばいい。
進歩していないわけではない。
以前より早く両手へ集められるようになり、失敗してもすぐに次を試せるようになった。
ただ、技の完成へ近づいているという実感だけは、まだ得られなかった。
それでも、今の地味な修行にも意味がある。
走ることも、食べることも、試合を見ることも、眠ることも、全てがいつか撃つかめはめ波へ繋がっている。
その考えは、二か月間一度も変わらなかった。
そして、その日の試合を終えたあと。
受付から渡されたカードに記された数字を確認し、俺は小さく息を吐いた。
「七十階……」
天空闘技場へ来てから二か月。
ようやく辿り着いた七十階だった。
決して早いとは言えない。
ここへ来たばかりの頃は、もう少し簡単に上へ進めるのではないかと考えていた。実際には勝ったり負けたりを繰り返し、同じ階で何試合も足踏みすることも珍しくなかった。
それでも、悔しさはなかった。
早く上がるためだけに戦ってきたわけではないからだ。
二か月前より身体は強くなった。
重りを背負っていても姿勢を崩さず、呼吸と《纏》を安定させられるようになった。《練》を維持できる時間も伸び、試合では相手の動きを見て考える余裕が少しずつ生まれている。
まだ強いとは言えない。
念の基礎もまだ鍛えている途中で、かめはめ波も完成には程遠い。
それでも、二か月前の自分と同じではない。
「次の試合は、明日か」
受付で日程を確認したあと、俺は闘技場を出て川辺へ向かった。
いつもの場所へ着くと背負い袋を地面へ降ろし、中へ詰めていた石を一度取り出す。初日に拾ったものもあれば、身体が重さへ慣れるたびに追加してきたものもある。
袋の底や革紐に傷みがないことを確かめ、川辺に転がっていた石を一つ拾い上げた。
手の中で重さを確かめてから、袋の中へ加える。
口を縛り直して肩へ担ぐと、増えた重みが背中へずしりとのしかかった。
少しだけ膝が沈む。
それでも足へ力を入れれば、問題なく立ち上がることができた。
「……まだ、いけるな」
七十階へ上がったからといって、修行の内容が変わるわけではない。
明日の朝も走り、身体を鍛え、よく食べる。試合では相手から学び、終われば身体を休め、その次の日へ備える。
よく動き、よく学び、よく遊び、よく食べ、よく休む。
それを繰り返した先に、今より強い自分がいる。
増えた重みを背中へ感じながら、俺は明日の試合が行われる天空闘技場を見上げた。
本作について
ここまでの展開に納得しづらい方も多々いらっしゃると思います。
本作は、原作知識を持つ主人公が常に最適解を選び、最短距離で強くなっていく物語ではありません。
レイは前世の記憶を持っていますが、何事にも冷静で合理的な大人というわけではなく、憧れを優先して遠回りしたり、失敗してから自分に足りないものへ気づいたりします。
今後も、合理的ではないそれはおかしいだろと思うような選択をすることは多々あると思いますが、その結果も含めて物語の中で描いていくつもりです。
失敗し、遠回りし、そのたびに足りないものを知りながら、本物のかめはめ波を撃てる人間へ成長していくレイを、今後も応援していただければ嬉しいです!
ここから先はいつも通り、読まなくても大丈夫です。というか完全に蛇足になります。
転生
よく物語、とりわけ小説家になろうで起こる未知の現象。謎の存在Xにより、基本的にその体のまま転移する形か、体そのものが変わり、記憶だけを持ち越す形になる。
記憶を持ち越す形にしても、2種類あると思っており、一つはど○えもんの人生やり直し機のように、認知能力、判断力、知識、その全てを持ち越せる場合。もっとも、のび○くんは小2程度の知能だったため、本当に持ち越せていたのかは怪しいところである。
もう一つは、後から記憶が戻るタイプ。これは記憶こそ戻っているものの、未発達な脳の影響で、判断力や計画性が、転生前より大幅に減ってしまうものもあっていいと思う。本作は後者。少なくとも、判断力、認知能力もそのままに転生していたら、恐らく三年もかめはめ波の練習をすることはなかったと思われる。
なお、どこかの世界には、転生するものと一緒に下界に落とされた存在Xもいるらしい。
レイ
本作の主人公。二十七歳まで生きた前世の記憶を持つ六歳児。
前世の知識があるため、同年代の子供よりは物事を知っており、ある程度先のことも考えられる。
ただし、二十七歳の人格がそのまま六歳の身体へ入っているわけではない。感情や衝動、判断力や計画性には、現在の年齢から受ける影響も大きい。
そのため、思いついた修行を勢いで始め、失敗してから問題点に気づくこともある。
強化系。大抵の問題は、鍛えればどうにかなると考えている。
なお、独学では足りない部分については、今後本人が思い知ることがあるかもしれない。重い代償を受ける前に気がついて欲しいものである。
人生やり直し機
ど○えもんで出てくる、記憶、身体能力などをそのままに指定の年齢まで戻れる機械。お目にかかりたい道具No.1かもしれない。ただ、現代人が子供の頃に戻るとスマホのない生活に耐えられないかもしれない。少なくとも私は耐えることができないと思う。
下界に落とされた存在X
もしかして: 水の女神
後書きで千文字超えてるんだよな……わっけわからん
文字数について
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