かめはめ×ハンター   作:波動待ち

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少し空いてしまいました。次もまた、少し空くかもしれません。


帰省

「次の試合に勝てば、百階ですよ! 頑張ってください!」

 

 受付嬢から差し出された対戦票を受け取り、俺はそこに記された階数を改めて確認した。

 現在は九十階。次の試合に勝てば百階へ昇格し、負ければ再び下の階へ戻ることになる。

 百階へ上がれば、個室が用意されるらしい。

 

 七十階へ上がってから、さらに四か月が過ぎていた。

 

 その間、勝ち続けてきたわけではない。八十階へ上がった直後に負けて七十階へ戻されたこともあれば、九十階への昇格を何度も逃したこともある。けれど、勝ち負けと昇降格を繰り返した時間は無駄ではなかった。

 

 攻撃を受けても、以前のように慌てて距離を取ることは減ったし、相手がどう行動するのか、それを少しずつ予測することもできるようになっていた。

 

 背負い袋の石も、身体が重さに慣れるたびに増やしていた。今ではそれを背負ったまま走っても、呼吸と《纏》を大きく乱さずにいられる。夜に行う《練》も、以前より多くのオーラを長く維持できるようになり、試合前に重りを外したときには、自分でも驚くほど身体が軽く感じられた。

 

 身体もオーラも成長した。

 

 それでも、かめはめ波だけは五十センチほど伸びたところで散ってしまい、長さも威力もほとんど変わっていない。

 

 まだ、オーラの量が足りないのだろう。

 

 今より《練》を鍛え、もっと多くのオーラを扱えるようになれば、いずれあの壁も越えられる。そう考えながら対戦票へ視線を戻したところで、試合の日付に目が留まった。

 

「あと五日か」

 

 八歳の誕生日まで、残り五日。

 

 実家から天空闘技場までは、乗り物をいくつも乗り継いで五日ほどかかった。今日の試合が終わり次第出発すれば、予定どおり誕生日に家へ着けるはずだ。

 父さんと交わした、半年に一度は必ず帰るという約束は忘れていない。

 

 勝っても負けても、今日が帰る前の最後の試合になる。もし負けたとしても、帰郷を延期して次の試合を待つつもりはなかった。

 

 百階への挑戦は、戻ってきてからでもできる。でも、家族と過ごせる八歳の誕生日は、一度しかない。

 

 頭では、そう整理できている。

 

 けれど、できれば負けたくはなかった。

 

 半年近く天空闘技場で戦い、何度も階を上がっては落とされ、それでもここまで来た。帰る直前の試合で負け、百階を目前にして背を向けることになれば、どうしても悔しさは残るだろう。

 

 百階へ上がってから、胸を張って家へ帰りたい。

 それが約束とは別の、俺自身の望みだった。

 

     ◇

 

 試合場へ入ると、向かい側には、いい体格の青年が立っていた。

 年齢は十代後半くらいだろう。細身に見えるが、肩や腰に余計な力はなく、手足も長い。構えた拳から足元までが自然に繋がっており、ちゃんと武術を学んでいることが試合前から伝わってくる。

 

 青年は俺の姿を見ても笑わず、侮るような言葉も口にしなかった。軽く顎を引き、こちらの立ち方や足の位置を観察している。

 

「始め!」

 

 審判の合図と同時に、青年が前へ出た。

 長い左腕が、真っすぐ顔へ伸びてくる。

 

 その攻撃に対し、俺は顔を守りながら反射的に後ろへ下がったが、届く直前で左拳の勢いが弱まり、代わりに床すれすれを滑ってきた脚が足首を刈った。

 

 重心を後ろへ移していた身体は簡単に支えを失い、背中を床に強打する。

 

 その瞬間、追うように蹴りが脇腹へ入った。

 

「クリーンヒット! &ダウン! プラス2ポイント!」

 

 審判の声が試合場へ響く。

 

 開始から僅かな時間で、点を奪われてしまった。

 

 《纏》のおかげで致命的な怪我にはならない。それでも脇腹へ重い衝撃が残り、立ち上がるまでに一度大きく息を吐く必要があった。

 

 攻撃自体は見えていた。

 でも、拳だけを見ていたから、その下で動いていた足を見落としたのだ。

 

「武術は習っていないのか?」

 

 距離を取った青年が、構えを崩さずに尋ねてきた。

 

「自分で覚えました」

 

「そうか」

 

 短く答えると、すぐに前へ出てくる。

 

 再び左拳。

 

 今度は足払いを警戒し、腰が沈むかどうかを見ようとした。しかし、その意識を読まれたように、左拳は途中で止まらず、そのまま頬を捉えた。

 

「クリーンヒット! プラス1ポイント!」

 

 顔が横へ弾かれ、足が一歩流れる。

 

 三対〇。

 

 攻撃そのものは見えているのに、何が本命なのかを判断できない。

 

 青年は一撃の威力だけで押してくる相手ではなかった。拳、蹴り、足払いを組み合わせでこちらの意識と重心を誘導してから攻撃を当てている。

 

 次の左拳に対し、今度は腕を上げて正面から受けた。

 

 足元にも意識を残している。

 

 だが、左拳を防いだ瞬間、視界の外から回ってきた蹴りが横腹へ深く入った。

 

「っ――!」

 

 身体が浮き、背中から床へ落ちる。

 

「クリティカルヒット! &ダウン! プラス3ポイント!」

 

 一気に六対〇。

 

 まだ試合が始まってから、それほど時間は経っていない。

 

 それなのに、すでにあと四点取られれば負けるところまで追い込まれていた。クリティカルとダウンをもらってしまえば、後はどんな些細な攻撃でも負けだ。

 

 立ち上がりながら、青年の身体全体へ視線を広げる。

 

 拳を出す前には肩が僅かに動く。足払いへ移るときは腰が沈み、本気で踏み込む瞬間だけ後ろ足の踵が浮いている。

 そして、その攻撃は俺が後ろへ逃げることを前提に組み立てられていた。

 

 顔へ拳を向ければ、俺は距離を取ろうとして下がる。そこへ足払いを合わせ、体勢を崩したところに次の攻撃を重ねる。

 

 仕組みが分かっても、すぐに対応できるわけではない。

 

 頭では後ろへ逃げるなと思っていても、顔へ拳が迫れば身体は反射的に距離を取ろうとする。拳へ意識を向ければ足元が疎かになり、脚を警戒すれば上半身を狙われる。

 

 それでも《練》を使うつもりはなかった。

 

 相手は念能力者ではない。

 

 大量のオーラを攻撃へ乗せることも、強い《練》を正面から浴びせることも危険だ。

 何より、勝てない理由が技術にあるなら、オーラの量で誤魔化しても意味がない。

 

 全身を覆う《纏》だけを維持し、乱れた呼吸を整える。

 

 青年がまた、左拳を伸ばしてきた。

 

 今度は反射的に後ろへ逃げようとした足を止め、拳を完全に避けるのではなく、顔を僅かにずらして頬へ掠めさせる。そのまま前へ踏み込むと、足が伸びてくるのが見えた。

 

 重心を低く保ち、腹と腰へ力を込める。

 

 四か月間、背中から強く引かれる重さに耐えながら歩き、走り続けてきた。身体が傾いても足の裏で床を捉え、姿勢を立て直す感覚は何度も繰り返して身についている。

 

 青年の脚が足首へ当たったが、今度は倒れなかった。後ろに重心が乗っていなければ、踏ん張れば耐えることも可能だ。

 

 相手が僅かに目を見開く。

 

 その隙に懐へ飛び込み、長い手足を使わせないよう、胴へしがみつくように接近した。

 綺麗な投げ技など使えない。

 

 ただ力任せに身体を押し込み、空いた脇腹へ短く拳を当てる。

 

「クリーンヒット! プラス1ポイント!」

 

 初めて一点を取った!

 

 六対一。

 

 だが、青年は崩れなかった。

 

 腰を落として踏ん張り、俺の肩へ肘を落とす。その衝撃に腕が緩んだところへ腹へ膝を入れられ、身体を押し離された。

 

 離れた直後、長い脚が顎の近くまで跳ね上がる。

 

 腕で防ごうとしたが間に合わず、強い衝撃に視界が白く弾けた。

 

 床が俺の前に迫り上がってくる。いや、違う、俺が倒れてるのか。

 

「クリティカルヒット! &ダウン! プラス3ポイント!」

 

 九対一。

 

 あと一点。

 

 次にまともな攻撃を受ければ、その時点で試合は終わる。

 

 倒れたまま、荒い呼吸を繰り返す。

 

 試合が始まってから、まだ僅かな時間しか経っていなかった。

 

 相手の特徴は少しずつ見えてきている。

 

 けれど、見えたとてだ。青年が一つの動きを見せている間に、俺が迷っていれば次の攻撃が来る。考えが身体へ届くより早く、相手は何年も繰り返してきた動きで点を取っていく。

 

「やれるか!?」

 

 審判が青年を一度下がらせ、俺の様子を見ている。立たなければ、このまま終わる。両手を床へつき、痛む身体を起こした。

 

 今日が、帰郷前最後の試合だ。

 

 負けても帰ると決めていた。

 

 父さんとの約束を守るためにも、誕生日を家族と過ごすためにも、その予定を変えるつもりはない。百階へ上がる機会なら、この先にもある。

 

 分かっている。

 

 分かっているのに、胸の奥から湧き上がる感情は、理屈では抑えられなかった。

 

 負けたくない。

 

 今日だけは、どうしても。

 

 ここまで何度も負けた。

 

 七十階へ戻され、九十階への昇格を逃し、それでもやり直してきた。

 

 あと一勝。あと一勝で、百階へ上がって家へ帰れる。

 

 青年が構え直す。

 

 こちらが立ち上がったのを確認し、最後の一点を取りに来るつもりなのだろう。

 

 このままでは負ける。

 

 次の動きが分かったとしても、身体が間に合うとは限らない。

 

 技術では、まだ届かない。

 

 なら。

 

 《練》を使えば――

 

 そこまで考えた瞬間、自分が何をしようとしているのか理解した。

 

 駄目だ。

 

 目の前の青年は念を知らない。

 

 強いオーラを正面から浴びせることが危険だと、俺は知っている。

 

 拳へ集めなくても、攻撃へ使わなくても、念を知らない人間にとって大量のオーラはただの力ではない。

 

 それでも。

 

 青年の後ろ足の踵が浮いた。

 

 最後の一撃が来る。

 

 負けたくないという感情が、一瞬、理性を押し切った。押し切って、しまった。

 

「っ……!」

 

 身体の内側へ留めていたオーラを、一気に解放する。

 

 拳へ集めたわけではない。

 

 攻撃のために前へ放ったわけでもない。

 

 ただ全身から、大量のオーラを噴き上げた。

 

 青年の動きが止まった。

 

 念を知らない彼には、オーラを見ることはできない。

 

 けれど、感じることまでは防げない。

 

 先ほどまで殴り合っていた子供が、突然、絶対に近づいてはいけない何かへ変わったのだろう。

 青年の顔には、そう思っていることがはっきりと表れていた。

 

 踏み出しかけた足が床へ縫いつけられ、構えていた拳が僅かに震える。呼吸が浅くなり、額から汗が流れた。

 

「……なんだ、それ」

 

 掠れた声が漏れる。俺は答えられなかった。

 

 青年は前へ出ようとしている。

 

 けれど身体が意思に従わないのか、足が一歩も動いていない。

 

 やがて拳が下がった。

 

「……こ、降参する」

 

 その言葉で、頭へ上っていた熱が一気に冷めた。

 

 俺はすぐに《練》を解き、オーラを《纏》の状態まで抑える。

 

 青年が大きく息を吸い込んだ。

 

 試合場を満たしていた圧力は消えたはずなのに、こちらを見る目には明確な恐怖が残っている。

 

「勝者、レイ!」

 

 審判の声が響き、観客席からブーイングが響いてくる。

 

 それはそうだろう。9対1まで追い込んだ青年側が降参を宣言したのだ。忖度やイカサマなんかを疑われてもしょうがない。

 

 実際、ある種のイカサマみたいなものだと思う。

 

 俺は今も鳴り止まないブーイングを重く受け止め、会場を後にした。

 

     ◇

 

「百階への昇格となります、おめでとうございます!」

 

 試合後、受付嬢から新しいカードを差し出された。

 そこに記されているのは、間違いなく百という数字だった。

 

 百階へ上がれたこと自体は嬉しい。

 

 けれど、素直に喜ぶことはとてもできそうに無かった。

 

「ありがとうございます」

 

「次の試合は、いつにしますか?」

 

「少し先でお願いします」

 

「何かご予定でも?」

 

「家へ帰ります」

 

 受付嬢は意外そうに目を瞬かせた。

 しかし、すぐにいつもの営業スマイルを浮かべる。

 

「そうですか、お気をつけて!」

 

 

 

 宿へ戻ると、まず身体の傷を確かめた。頬は腫れ、腹や脇腹には触れるだけで痛む場所がいくつもある。短い試合だったにもかかわらず、それだけ一方的に攻撃を受けたということだ。

 

 荷物をまとめ、石の入った背負い袋を肩へ担ぐ。

 

 普段なら重さを確かめ、今日も問題なく背負えることへ満足するところだった。だが今は、その修行さえ試合の最後へ繋げられなかったように思えてしまう。

 

 実際には違う。

 

 足払いを一度耐え、懐へ入って一点を取れたのは、四か月間の積み重ねがあったからだ。

 

 それでも、あと一点で負けると分かった瞬間、俺はそこまでの成長を信じ切れなかった。

 

 勝てない理由が技術にあるなら、オーラの量で誤魔化しても意味がない。

 

 そう考えていたのに、土壇場では自分から《練》を使ってしまった。

 

 技術不足から逃げたのだ。

 

 その事実だけは、百階へ上がったという結果で隠したくなかった。

 

 窓から天空闘技場を一度振り返り、俺は半年近く暮らした宿を出た。

 

     ◇

 

 帰り道には、来たときのような緊張はなかった。

 

 乗り物の窓から流れる景色を眺めながら、半年間の出来事を振り返る。

 

 三十階から始まり、何度も勝ち、何度も負けながら百階まで進んだ。背負う石は増え、身体と《練》は以前より成長している。

 

 かめはめ波だけは、相変わらず五十センチのままだけど。

 

 百階にも上がれたけど、それでも、最後の一勝だけは納得できない。

 念を使わないと決めていた自分の弱さを知り、技術で届かないと分かった瞬間、力へ逃げた。

 

 そのことを考えるたびに、百階のカードが少し重く感じられた。

 

 だからといって、五日間ずっと自分を責め続けるつもりもなかった。

 

 失敗したことは消えない。

 

 なら、次に同じ場面が来たとき、違う選択ができるように鍛えればいい。

 

 今度は、相手の動きを見抜くだけでなく、それに身体が迷わず反応できるまで繰り返す。あと一点で負ける状況でも、自分で決めた一線を守れるだけの強さを身につける。

 

 そう決めると、胸に残っていた重さが少しだけ形を変えた。

 

 窓の外に見覚えのある景色が増えるほど、家へ近づいている安心感も広がっていく。

 

     ◇

 

 五日後、見慣れた町へ戻ってきた。

 

 家まで続く道を歩きながら、半年ぶりの景色を眺める。大きく変わったものはなく、角を曲がれば記憶のままの家が見えた。

 

 一九七九年の四月五日。今日は、俺の八歳の誕生日だ。

 

 玄関の前へ立ち、扉を叩く。

 

 ほどなくして足音が近づき、扉が開いた。

 

「はい、どちらさ――」

 

 顔を出した母さんは、俺の姿を見るなり言葉を止めた。

 

 日焼けした顔や、まだ腫れの残る頬へ視線が向き、以前より引き締まった身体を確かめるように目が動く。最後に背中の大きな袋へ気づいたところで、俺は笑った。

 

「ただいま」

 

 母さんは、すぐには答えなかった。

 

 目の前にいるのが本当に俺なのか確かめるような間を置き、やがて表情を緩める。

 

「おかえりなさい、レイ」

 

 そのまま強く抱き締められ、背中の袋が扉へぶつかった。

 

「ちょっと待って、母さん。重いから」

 

「何が?」

 

「背中の袋」

 

 母さんは俺から身体を離し、改めて袋を見上げた。

 

「その袋、何が入っているの?」

 

「大量の石だよ」

 

「どうして?」

 

「修行だけど」

 

「今すぐ降ろしなさい!」

 

 問答無用の口調だった。

 

 仕方なく玄関へ袋を降ろすと、床が鈍い音を立てる。その重さに母さんが目を見開いたところで、家の奥から父さんが姿を現した。

 

「帰ってきたか」

 

「うん。ただいま、父さん」

 

 父さんは俺の傷と荷物へ一度ずつ目を向けたあと、静かに頷いた。

 

「約束は守ったな」

 

「ちゃんと半年で帰ってきたよ」

 

 俺が答えると、父さんは大きな手を頭へ置いた。

 

「なら、まずは飯だ! 話はそれから聞かせてくれ」

 

     ◇

 

 玄関で荷物を下ろし、久しぶりにゆっくりしていると、家の中へ香ばしい匂いが広がっていた。母さんが張り切って準備してくれたんだろう。食卓には焼いた肉や温かなスープ、畑で採れた野菜を使った料理が並び、普段より少しだけ豪華な夕食になっている。

 

 半年ぶりに見る家の食卓だった。

 

「ほら、冷める前に座って座って!」

 

 母さんに急かされるまま椅子へ腰を下ろし、父さんと向かい合う。

 

「いただきます」

 

 一口目を口へ運んだ瞬間、思わず肩から力が抜けた。

 味付けが特別というわけではない。天空闘技場の近くでも肉料理は食べていたし、腹を満たすだけなら困ることもなかった。それでも、やっぱりお袋の味というものなんだろうか。

 

「……うまい」

 

 小さく呟くと、母さんがどこか嬉しそうに笑う。

 

「でしょう? 今日はいっぱい作ったんだから、たくさん食べなさい」

 

 言い終わるより早く、俺の皿へ肉が二枚追加された。

 

「いや、まだ残ってるよ」

 

「いいから、どうせ食べるんでしょ?」

 

「ええ……」

 

 さらに野菜まで山盛りにされそうになり、慌てて皿を引く。

 

「野菜も食べないと駄目よ」

 

「食べるって」

 

「ほら、もう少し食べなさい」

 

「もう少しって量じゃないだろ」

 

 俺と母さんのやり取りを見ていた父さんが、堪えきれずに笑った。

 

「諦めろ。何を言っても無駄だ」

 

「父さんも止めてよ」

 

「昔からこうだからな。俺も若い頃は毎回腹いっぱい食わされた」

 

「あら、あなたもいっぱい食べてもいいのよ?」

 

「勘弁してくれ……」

 

 父さんが苦笑すると、母さんも吹き出し、俺まで笑ってしまう。

 

 半年ぶりに聞く、いつものやり取りだった。

 

 結局、皿へ盛られた料理は全部平らげることになったが、食べ終わる頃には母さんがまた立ち上がろうとする。

 

「まだあるわよ」

 

「いや、本当にもう無理」

 

「育ち盛りなんだから」

 

「育ち盛りでも限界はあるよ」

 

「天空闘技場ではもっと食べてたんじゃないの?」

 

「こんなに食べてない」

 

「じゃあ今日は特別」

 

「毎年言ってない?」

 

「そうだったかしら」

 

 絶対わざとだ。

 

 そんなことを思いながら笑っていると、父さんが腕を組んだままこちらを見た。

 

「しかし、少し見ない間に大きくなったな」

 

「そう?」

 

「背も伸びたし、顔つきも変わった」

 

「日に焼けちゃったものねぇ」

 

 母さんが俺の頬を見つめながら言う。

 

「外ばっかり走ってたんでしょ?」

 

「毎日走ってたよ」

 

「ちゃんと帽子くらい被りなさいよ」

 

「修行中に帽子は邪魔だから」

 

「修行、修行って……」

 

 呆れたように笑った母さんは、それ以上何も言わなかった。

 

 半年も離れて暮らしていたというのに、不思議なくらい何も変わっていない。母さんは相変わらず世話焼きで、父さんはその様子を笑いながら眺めている。

 

 その空気が心地よかった。

 

 食事を終えると、母さんが台所からメロンを持ってきてくれた。

 

「誕生日だからね」

 

 立派な祝いの品ではない。それでも三人で切り分け、他愛もない話をしながら食べるだけで十分だった。

 

 天空闘技場で見た変わった選手の話をすると、母さんが驚き、父さんが興味深そうに聞き返す。途中で子供の頃の失敗談まで持ち出され、「そんなこともあったな」と笑い合っているうちに、気づけば窓の外はすっかり暗くなっていた。

 

 半年という時間は決して短くない。

 

 それでも、家族と笑っていると、その空白が最初からなかったような気さえしてくる。

 

 夜になり、自分の部屋へ戻る。

 

 床へ置いた背負い袋を横目に見ながら布団へ潜り込む。向こうに戻ったら、また修行を始めるんだ。

 

 俺の夢を追い続ける日々が待っている。けれど、そのことを考えるのは戻ってからでいい。

 

 今日はたくさん笑って、たくさん食べて、家族と同じ時間を過ごした。それだけで十分だった。

 

 今日は、俺の八歳の誕生日なのだから。




一九七九年ということで、原作開始のおよそ二十年前です。天空闘技場までの道のりが手書きの地図だったのもそのためです。まだ結構時間はある……

《練》
オーラを爆発的に練る技術。それを体に留め維持すると、《堅》になる。尚、念を知らない人間の前で《練》をすれば、それだけで相手を威圧することができる。ウイングさん曰く、極寒の中裸で震えていて、何故寒いのか分からないような状態と言っていた。つまり、結構危険である。

レイ
今回やらかした人。九十階闘士の青年に、思わず練を向けてしまった。まだまだ精神が未熟である。

名もない青年
今回の被害者。ポイント的には9対1の状態にも関わらず、《練》にびびって降参を宣言した。普通にやっていれば、100階に上がり、個室をもらえたのに可哀想。次の試合で頑張って欲しい。

100階クラス
天空闘技場の100階以上のこと。ここから、個室が与えられたり、待遇が大きく変わるため、皆残ろうと必死らしい。6歳のキルアが苦戦したのもおそらく100階以降からだと推察される。レイはまたもや苦戦するだろう。そろそろ武術でも習えばどうだろうか。

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