かめはめ×ハンター 作:波動待ち
最近私も筋トレ始めたので、色々疲れてて全然書けなかった……
翌朝、夜明け前に百階の個室を出た俺は、前日に指定された広場へ向かった。
遅れれば置いていくと言われた以上、時間ぎりぎりに到着するつもりはない。着替えや保存食といった旅に必要な荷物は昨日のうちにまとめてあり、背中にはそれらとは別に、これまで修行へ使ってきた石入りの鞄を担いでいる。
広場へ着いたとき、辺りはまだ薄暗く、人の姿もほとんどなかった。
それでも、早く来たつもりだった俺より先に、ビスケはすでに広場の中央へ立っていた。昨日と同じ華やかな服装をしており、これから旅へ出るとは思えないほど荷物も少ない。俺が近づくと一度だけ空を見上げ、それから背中の袋へ視線を移した。
「遅刻はしなかったようね」
「置いていかれたくなかったので、早めに来ました」
「その心掛けは悪くないわ」
軽く頷いたあと、ビスケは背負い袋を眺めながら、呆れたように眉を寄せた。
「そのやたらと大きい荷物は?」
「石です、身体が慣れるたびに増やしてきました」
「はぁ……重いものでも背負えば、それだけ強くなれると思ってるわけ?」
「それだけじゃないです。これを背負って走ったり、《纏》を崩さないように生活したりしてました」
「ふぅん」
ビスケは袋へ手を伸ばしたものの、持ち上げようとはせず、肩紐や革の縫い目を軽く確かめただけで手を離した。
「まあいいわ。自分で始めた修行なんだから、自分で持ちなさい」
「もちろんです」
「あたしについてこられなくなっても、荷物を持ってあげるつもりはないからね」
「大丈夫です。自分で持ちます」
そう言うと、ビスケは行き先を説明しないまま広場を出た。俺も鞄の位置を整え、そのあとを追って歩き始める。
◇
街を出るまでは、特に苦労することもなかった。
ビスケは急いでいるようには見えず、こちらを置き去りにしようとしている様子もない。普通に歩いているだけなら、半年間、毎日のように重りを背負って走ってきた俺が遅れるはずはないと思っていた。
ところが、しばらく歩いていると、だんだんと変化が現れてきた。
ビスケは走っていない。
足を大きく前へ投げ出しているわけでも、身体を前へ傾けて無理に速度を上げているわけでもない。それなのに、だんだんと距離が開いていってしまう。
俺も歩幅を広げ、足を速く動かして追いつこうとした。
背中の袋が一歩ごとに揺れ、身体が後ろへ引かれるため、腹と腰へ力を入れて姿勢を保つ。最初はそれで距離を縮められたものの、歩幅を広げるほど重心が上下し、肩紐が背中へ食い込むようになった。
呼吸も少しずつ乱れていく。
走れば簡単に追いつける程度の距離だったが、ビスケが歩いている以上、こちらだけ走るのはなんだか負けたような気がした。
意地になって歩く速度を上げる。
足を速く動かそうとするほど上半身へ力が入り、袋の揺れを抑えるために肩まで固くなった。身体全体を一つの塊にして前へ運んでいるような感覚になり、余計に疲労が増していく。
「随分と無駄が多いわね」
前を向いたまま、ビスケが言った。
「無駄ですか?」
「その歩き方よ。袋に引っ張られないように、腹と腰へずっと力を入れてるでしょう」
「でも、力を抜いたら姿勢が崩れませんか?」
「だからって、全身を固める必要はないの。重りを運ぶために身体を固める癖がついてるわ」
言われてみれば、袋を背負い始めた頃から、腹と腰へ力を入れて姿勢を崩さないことばかり意識してきた。走っているときにも背中の石が揺れないよう、肩や腕まで固めている。
「じゃあ、どこで力を抜けばいいんですか?」
「力を抜けっていうのは、ふにゃふにゃになれって意味じゃないわ。使わないところまで固めるなってことよ。必要な瞬間だけ支えればいいの」
ビスケは歩きながら、自分の脚を軽く指した。
「足の裏で地面を捉えて、足首や膝、腰を一緒に使って衝撃を逃がす。今のあんたは身体のあちこちがばらばらに動いてるうえ、一歩ごとに全部を固め直してるの。身体能力で無理やり前へ進んでるだけ。なまじそれで動けてるから欠点に気がつけないのよ」
指摘された部分へ意識を向けてみる。
足の裏で地面を捉え、脚を固めすぎず、腰や肩も歩く動きへ繋げる。袋が揺れる瞬間だけ背中で支え、必要のないところから力を抜く。
頭では理解できた。
しかし、それらを一度に行おうとすると、今度は足を出す順番すら分からなくなる。脚へ意識を向ければ腰が遅れ、肩の力を抜こうとすれば背中の袋が大きく揺れる。
先ほどより歩き方がぎこちなくなり、ビスケとの距離がさらに開いた。
「頭で一度に全部動かそうとするからそうなるのよ」
ビスケが呆れたように振り返った。
「でも、全部直さないと駄目なんですよね?」
「直すのはこれから。今すぐ完璧にやれなんて言ってないわ。まずは、自分がどれだけ無駄に力を使ってるか知りなさい」
「分かりました」
そう言われ、追いつくことよりも、自分の身体がどう動いているのかを確かめることへ意識を切り替える。
速度はさらに落ちたものの、ビスケはそれ以上距離を広げず、こちらが歩き方を試す様子を見ながら進んでいった。
◇
街を離れてしばらく歩いたところで、ビスケは街道から外れ、木々に囲まれた開けた場所へ入った。
「少し休憩にするわ」
俺は背負い袋を地面へ下ろし、大きく息を吐いた。
走ったわけでもないのに、いつもの朝の走り込みより疲れている。速度を上げようとして全身へ力を入れたうえ、途中からは身体の各部分へ意識を向けながら歩いたため、肉体だけでなく頭まで疲れていた。
水を飲み、呼吸が落ち着いた頃、ビスケが広場の中央へ立った。
「休憩ついでに、あんたが今どの程度できるのか見ておくわ。構えなさい」
「はい」
背負い袋は地面へ置き、構える
両拳を顔の前へ上げ、顎を引き、足を肩幅より少し広く開く。どこから攻撃されても耐えられるよう、両脚へ力を入れて地面を踏み締めた。
ビスケは俺の周囲を一周し、足元から肩までを眺める。
「力が入りすぎ」
最初の一言で切り捨てられた。
「まだ何もしてませんけど……」
「何もしてないのに固まってるから言ってるのよ」
ビスケが軽く手を伸ばし、俺の肩へ触れた。
押されたというほどの力は感じなかったのに、身体が横へ傾き、慌てて足を出して踏みとどまる。
「構え直しなさい」
「はい」
言われたとおり元へ戻り、今度は肩を押されても耐えられるよう腰を落とした。
しかし、ビスケは肩ではなく額へ指先を触れ、俺が後ろへ踏ん張った瞬間に押す方向を僅かに変えた。身体を支えていた力が簡単に外れ、再び一歩踏み出すことになる。
「もう一回お願いします」
何度構え直しても同じだった。
正面を警戒すれば横から、上半身を固めれば脚へ軽く触れられるだけで重心をずらされる。力比べをしているわけではなく、俺が自分で固めた身体の支えを利用されているだけなのに、簡単に姿勢を崩されてしまう。
帰郷前に戦った青年を思い出した。
あのときも、拳そのものへ対応しようとするたび、別の攻撃によって重心を崩された。どこから攻撃されても耐えられるよう全身を固めたつもりが、相手にとっては動かしやすい身体を作っていたのかもしれない。
「攻撃を受けるのが怖くて、最初から身体を固めてるのよ。それと無理やり重いものを背負って、体を固める癖がついてるのも良くないわね」
ビスケが俺の拳を軽く下ろした。
「重りを背負ってきただけあって、崩れた姿勢を立て直す力も強いし、倒されてもすぐ起き上がれる身体もできてるけど、その土台の上に武術がほとんど乗ってないんだわさ」
「ほとんど……」
「見よう見まねで覚えた動きはあるんでしょう。でも、実際に動けばもっと分かるでしょうね」
ビスケは足元の土へ靴先で線を引き、大きな円を作った。
「かかって来なさい、あたしに一発でも入れられたら、あんたの勝ち。あたしは攻撃しないわ。逆に円の外に出たらあんたの負け」
「本当に一回も攻撃しないんですか?」
「攻撃した場合もあたしの負けでいいわよ」
ビスケは円の中央へ立ち、構えすら取らずに片手を腰へ当てた。
「いつでも来なさい」
「……分かりました」
舐められているようにも見えたが、相手がビスケなら、俺を油断させるための態度ですらないのだろう。本当に構える必要すらない、歴然たる差が俺とビスケの間にはあるんだ。
軽く息を整え、正面から踏み込む。
最初は顔へ向けて拳を伸ばしたが、ビスケは僅かに上半身をずらしただけで避けた。続けて反対の拳を出しても、最初から軌道が分かっていたかのように身体を引かれる。
蹴りへ繋げようとすると、足を上げるより先に間合いを外された。
何度打っても当たらない。
別段早く動いてる、というわけではない。動きは見えているのに、俺が攻撃へ入ると、それより先に避ける準備を終えている。
「予備動作が大きすぎるのよ」
拳を避けながら、ビスケが言った。
「予備動作?」
「攻撃する前から、次に何をするのか教えてるってこと。力を込めようとするほど分かりやすくなってるわ」
「じゃあ、もっと小さく……!」
今度は動きを小さくしようと意識して拳を出したが、身体の力まで拳へ乗らず、速度も威力も中途半端になった。それを見たビスケは、腕へ軽く手を添えて軌道を外す。
「小さくしようとして、今度は腕だけで打ってる。全身を使うことと、大きく動くことは別よ」
「難しい……」
「簡単なら、武術なんて習う必要ないでしょう」
言葉の意味を考えている間にも、ビスケは僅かに位置を変える。
追いかけて拳を出すが、当たらない。一発入れれば終わるという条件を意識するほど攻撃へ力が入り、それに合わせて動きも大きくなっていった。
やがて、ビスケが突然こちらへ一歩踏み込んだ。
拳も蹴りも出していない。
それでも攻撃が来ると思い、俺は反射的に大きく後ろへ跳んだ。着地した場所は、ビスケが描いた円の外だった。
「今、あたしは何もしてないわよ」
「でも、攻撃されると思って……」
「だから、まず逃げた?」
「……はい」
ビスケは円の外へ出た俺を見ながら、呆れたように腕を組んだ。
「あんたは相手が動いた瞬間、最初に逃げることを考えてるの。避けること自体が悪いんじゃないわ。でも、攻撃が何なのか確かめる前から毎回同じように後ろへ下がれば、その動きを利用されるに決まってるでしょう。もちろん念使いの戦いだと一撃入れれば条件クリア、っていうこともあるから一概には言えないけどね」
九十階で戦った青年の左拳と足払いが頭へ浮かぶ。
俺が拳を避けようとして後ろへ下がることを、相手は最初から分かっていた。だから、その先へ足払いを重ねることができたのだ。
「少し身体をずらせば済む攻撃にも、受け流せる攻撃にも、あんたは大きく距離を取ろうとする。そうやって自分から姿勢を崩して、次の攻撃を受ける場所まで下がってるのよ」
「逃げてるつもりはなかったです」
「自分では避けてるつもりだったんでしょうね。でも、何が来るか見る前に下がってるなら、それは逃げてるのと同じよ」
「……はい」
「それに、あたしは一度も攻撃してないのに、あんたは攻撃するたび、すぐ逃げられる姿勢へ戻ろうとしてたわ。攻めてるつもりで、ずっと守ってるのよ」
試合でなかなか相手を追い詰められなかった理由が、少し分かった気がした。
俺は相手を倒そうとして前へ出ながら、同時に攻撃されたときのために身体を固め、いつでも後ろへ逃げられるようにしていたのだ。
そのせいで攻撃へ身体全体の動きを繋げられず、相手が少し動くだけで自分から距離を手放していた。
「それでも、速さと力は悪くないわ。攻撃も、当たればそれなりに効くでしょうね」
ビスケは完全に否定するのではなく、円の線を靴で消しながら続けた。
「でも、当たる前に全部教えて、相手が動いたら自分から逃げるんじゃ意味がない。身体能力だけで何とかしてきたから、そこまで直す相手に出会わなかったんでしょう」
「九十階の人には、全部ばれてたんですね」
「そうでしょうね。あんたが下がる場所まで分かってたんじゃない?」
反論する理由はなかった。
「次は念よ。《纏》を見せなさい」
「はい」
言われたとおり全身へ意識を向ける。
普段から維持しているオーラを均し、身体の周囲へ薄く留める。呼吸を乱さず、その場で何歩か動いてみせたあと、ビスケを見る。
「悪くない」
「本当ですか?」
「むしろ独学にしては、気味が悪いくらい安定してるわ。日常生活でもずっと維持してたんでしょう」
「寝てるとき以外は、ほとんどずっとです」
「よく続けたものね」
ビスケは俺の周囲を歩き、オーラの状態を細かく確かめている。
「歩いても呼吸が変わっても崩れにくいし、全身へ均等に留めることもできてる。ただ、安定させることへ意識を使いすぎてるわね」
「意識を使いすぎてる?」
「常に全身を同じ厚さで覆うことばかり考えてるでしょう。安定はしてるけど、状況に合わせて変える柔らかさがないの。今はそれでもいいけど、いずれは必要な場所へ必要な量を回せなきゃ困るわ」
俺にとって《纏》は、崩さないことが第一だった。
均等に覆えているほど正しいと思っていたため、場所によって厚さを変えるという発想自体がほとんどなかった。
「それじゃ、《絶》をやってみなさい」
「やったことないです……」
「知識はあるんでしょう?」
「精孔を閉じて、オーラが外へ漏れるのを止めるんですよね?」
「そうよ。今の《纏》を無理やり押さえ込むんじゃなくて、オーラの出口を閉じるつもりでやってみなさい」
目を閉じ、自分の身体を覆うオーラへ意識を向ける。
これまでは外へ漏れ出るオーラを身体の周囲へ留めることばかり考えてきた。今度は、その流れ自体を止める。
最初は全身のオーラを内側へ押し込もうとしてしまい、肩や腕の周囲だけが消え、脚や背中には薄く残った。
「押さえ込むんじゃなくて、出口を閉じるの」
「出口を……」
ビスケの言葉を聞き、もう一度呼吸を整える。
外へ出ているオーラではなく、それが流れ出てくる身体の内側へ意識を向けた。一か所ずつ塞ぐのではなく、全身の精孔を同時に閉じるようにイメージする。
ふっと、身体を覆っていた感覚が消えた。
肌へ触れる空気が、急に冷たくなったように感じる。
周囲の音や風が変わったわけではない。それでも、普段から身体を守っていた薄い膜がなくなり、世界が急に近づいたような心細さがあった。
「完全じゃないけど、形にはなったわね」
ビスケは特別驚いた様子もなく頷いた。
「できたんですか?」
「一応ね。《纏》と《練》をそれだけ扱ってるなら、説明を受けて形にできるくらいはおかしくないわ。問題はここからよ」
ビスケは指を一本立てた。
「《纏》」
閉じていた精孔を開き、再びオーラを全身へ流す。
しかし、長く《纏》を維持してきたはずなのに、《絶》から戻すとなると感覚が違った。肩から先にオーラが漏れ、脚や背中へ均等に広げるまで数秒かかる。
「《絶》」
再び閉じる。
今度は先ほどより早かったが、右腕の周囲へ僅かにオーラが残った。
「《纏》」
全身へ戻す。
「《練》」
言われた瞬間にオーラを増やそうとしたものの、普段のように一度姿勢を整え、呼吸を深く吸い込んでからでなければ出力を上げられない。数秒遅れて、全身から大量のオーラが噴き上がる。
「《纏》」
今度は出力を落とす。
しかし、一度膨れ上がったオーラはすぐには静まらず、身体の周囲で揺れながら少しずつ薄くなっていった。
ビスケは同じ指示を何度も繰り返した。
《纏》から《絶》へ。《絶》から《纏》へ戻り、そこから《練》へ移る。さらに《練》を抑えて《纏》へ戻す。
一つずつならできる。
だが、毎回次の状態を頭の中で思い浮かべ、呼吸と姿勢を整えなければ切り替えられない。急かされるほどオーラが部分的に残ったり、出力が上がりすぎたりして、かえって時間がかかった。
「遅いわね」
何度目かの切り替えを終えたところで、ビスケが言った。
「でも、ちゃんとできてますよね?」
「だから何?」
あっさり返された。
「実戦で相手が数秒も待ってくれると思う? 《絶》を解いて《纏》へ戻すまでぼんやりしてたら、その間に殴られて終わりよ。《練》へ移るたびに構えて大きく息を吸ってたら、これから何をするか教えてるようなものだわ」
「……待ってくれません」
「当たり前でしょ」
言われて初めて気づく。
これまで俺は、念の修行を始める前に必ず姿勢を整え、呼吸を落ち着かせていた。《練》を行うときも、かめはめ波を試すときも、準備が整った状態から一つの技術だけへ集中している。
戦いの最中に、《纏》から別の状態へ瞬時に移る練習などしたことがなかった。
「できることと、使えることは違うのよ」
ビスケは俺の胸元を指した。
「あんたは《纏》も《練》もできる。でも、切り替えが遅すぎて、戦いの中では別々の技になってる。身体と同じね。一つ一つは強いのに、全部が繋がってない」
「俺、使えるようになったつもりでした」
「止まって準備する時間があれば使えてると言えるのかもね」
何も言い返せなかった。
「次。昨日のかめはめ波の要領で両手にオーラを集めてみなさい」
かめはめ波の練習で何度も行ってきた操作だった。
全身を覆う《纏》を維持しながら、両腕を通して掌へオーラを集める。手の周囲が厚くなったところで、ビスケがすぐ別の指示を出した。
「それを目に」
「目にですか?」
「いいから早く」
両手へ集めていたオーラを戻し、今度は両目の周囲へ集中させようとする。
しかし、腕や掌へ流すことには慣れていても、目へ集める感覚はまるで違った。眉間へ力が入り、顔の周囲ばかりオーラが厚くなる。
「遅い。次は左脚」
「もうですか?」
「実戦で待ってくれる相手はいないって、今言ったばかりでしょう」
目へ集まりかけたオーラを脚へ移す。
さらに時間がかかり、その間に胸や背中の《纏》が薄くなった。
「なるほどね」
ビスケは呆れ半分、感心半分といった表情で頷いた。
「《凝》の真似事はできてるわ。かめはめ波のために、両手へ集めることだけは随分繰り返したみたいね」
「これが《凝》ですか? 身体の一か所にオーラを集めるやつ」
「近いけど、まだ真似事よ。あんたは両手へ集めることしかまともにできないし、どのくらいの割合を移したかも分かってない。集めた分だけ他の場所が薄くなることへの意識も弱いわ」
「さて、最後に、《練》を見せなさい。今出せる全力でいいわ」
「はい」
足を開き、呼吸を整える。
全身の精孔を大きく開き、身体の内側からオーラを一気に押し出した。
普段の《纏》とは比べものにならない量が噴き上がり、身体の周囲へ広がっていく。半年間、毎日のように維持時間と出力を伸ばしてきた成果を見せるつもりで、さらに力を込めた。
ビスケの表情が僅かに変わった。
「八歳でその量は、確かに大したものね」
「本当ですか?」
「ええ。そこは素直に褒めてあげる」
初めて明確に評価され、思わず頬が緩んだ。
「一つ一つは、妙にできるのよ」
褒めているのか呆れているのか、判断しづらい声だった。
「《纏》はかなり安定してる。《絶》も説明したらすぐ形にできたし、《凝》に近い操作もしてる。《練》も年齢を考えれば異常なくらい強い。身体も強いし、苦しい修行を続ける根性もある」
「じゃあ、結構できてるんじゃ……」
「でも、全部が噛み合ってない」
期待しかけた言葉を遮られた。
「武術と身体が繋がってない。身体と念も繋がってない。念の技術同士も、切り替えるたびに一度止まってる。できることは多いけど、実戦で正しく使うための形が何もないのよ」
否定することはできなかった。
俺は完全な初心者ではない。
何年も身体を鍛え、《纏》と《練》を覚え、かめはめ波のためにオーラを両手へ集めることもできる。しかし、それらはすべて別々の修行として身につけたものであり、一つの戦いの中で滑らかに使うことはできていなかった。
「俺、ずっと力とオーラが足りないんだと思ってました」
「その考え方も直した方がいいわね。足りないものがあれば、とにかく量を増やして押し切ろうとする癖がついてるもの」
「……強化系だからですか?」
「系統のせいにしないの。あんたの性格よ」
「……俺の性格ですか」
「そうよ。できなかったら、もっと重くする。届かなかったら、もっとオーラを出す。大体そんなことばかり考えてたんでしょう?」
ほとんどそのとおりだったため、黙るしかなかった。
「これからは、立ち方と歩き方からやり直すわ。余計な力を抜くこと、重心を移すこと、身体の動きを途中で切らずに繋げることを覚えなさい」
「はい」
「攻撃は、何をするか相手へ教えてから打つのをやめる。防御も、相手が動いたからって何も考えず後ろへ逃げないこと。まずはそこからね」
「分かりました」
「念は《纏》《絶》《練》の切り替えを反復する。最大出力ばかり追いかけるのは禁止。必要な量を、必要な瞬間だけ出せるようにするわ」
「かめはめ波の修行は?」
尋ねると、ビスケは少し考えた。
「完全に禁止すると、勝手に隠れてやりそうね」
「……やりますね」
「そこは否定しなさいよ」
「でも、我慢できるか分からないので」
「正直なのは結構だけど、隠れてやるって先に宣言する子供も珍しいわね」
呆れたように息を吐いたあと、ビスケは指を一本立てた。
「基礎訓練が終わったあと、あたしが許した時間だけならやっていいわ」
「本当ですか?」
「でも今のまま量だけ増やしても、結局同じところで止まり続けるだけよ」
具体的な理由は、やはり教えてくれなかった。
それでも、オーラ量以外に問題があることだけは、今日の査定で少し理解できた気がする。
ビスケは休憩を終えるように立ち上がり、地面へ置かれていた背負い袋へ近づいた。
俺が担ごうとすると、先に袋の口を開き、中へ手を入れる。軽くするために石を捨てるのかと思ったが、そうではなかった。
大小の石を一度取り出し、重いものを背中へ近い位置へ置き直す。左右へ偏っていた石も入れ替え、袋の中で動かないよう革紐を締め直した。
「これで担いでみなさい」
「はい」
言われたとおり肩へ掛ける。
石の量は変わっていないはずなのに、背中へ密着して揺れにくくなり、左右どちらかへ引かれる感覚も減っていた。
「あれ、軽くなったみたいです」
「重さは同じよ。荷物の詰め方が悪かっただけ」
ビスケは袋の底を軽く叩いた。
「重りを持つこと自体は悪くないわ。身体も実際に強くなってる。でも、間違った姿勢で毎日歩いて、間違った力の入れ方を何回も繰り返したら、その間違いを身体へ覚え込ませるだけよ」
努力量ばかりを重視し、正しく反復できているかを深く考えてこなかった。
できないなら回数を増やす。
足りないなら量を増やす。
それで少しずつ前へ進んできたのは事実だが、間違った方向へ進んでいるなら、どれほど続けても目的地へは辿り着けない。
ビスケは街道へ戻りながら、こちらを振り返った。
「基礎から全部やり直しね」
「全部ですか?」
「全部よ。できることと、正しく使えることは別だもの」
覚えてきたものが無駄だったとは思わない。
むしろ、積み重ねてきたからこそ、今どこが間違っているのかを教えてもらえる。
直すべき部分がこれほどあるということは、それだけまだ強くなれる余地が残っているということでもあった。
「はい!」
背負い袋の位置を確かめ、俺は歩き出したビスケのあとを追う。
先ほどまでと同じ重さのはずなのに、背中へ感じる負担は少しだけ軽くなっていた。
武術についてはまるで素人なので、変な描写があるかもしれません。念についても解釈が甘かったりするかも……
文字数について
-
長すぎる
-
ちょうどいい
-
少ない
-
特に気にしてない