最強の魔剣、拾ったら中身が飯にしか興味のない生意気少女だった〜荷物持ち扱いで捨てられた俺、無限の魔力でダンジョン無双を始めます〜 作:竜刃丸
その部屋には、王がいた。
地下深く、誰も到達したことのない最奥。天井は見えず、床には古い骨が散らばっている。
中央の玉座に座す巨躯は、牛と馬が混ざったような漆黒の
牛馬の王、カドプレパス。
地面近くまで垂らして、天を衝くように伸びる雄々しい双角の下には爛々と光る鈍色の光をもった眼を携えている。
ここはダンジョン。
そしてその中でも最も危険であり、最も魔力が濃く、最も死に近い場所。階層を統べる、災害級の魔物が鎮座するダンジョンの主の間だ。
圧倒的な威を前に、しかし――一人の青年が平然と立っていた。
黒髪の痩せた体躯。腰には一本の古びた短剣。濃い藍色のジーンズに白のオーバーサイズTシャツ。灰色のスニーカー。
武器らしい武器も仰々しい鎧もない。まるで今、さっきコンビニのついでにここに来たような、そんな格好の青年が牛馬の王の前に立っていた。
『ふあ……。おい下僕。まだ終わらんのか。わし、飽きて腹が減ったのじゃ』
青年の腰であくび混じりの声がした。短剣から響く少女の声だ。少し高めの声で、傲慢で、そしてどこまでも緊張感がなかった。
「今から戦うんだよ。ちょっとは黙っててくれ」
『なんじゃ辛気くさい。さっさと片付けよ。片付けたら、すぐに戻って秋場原のラーメン十郎に行くのじゃ。今日はわし、あれが食いたい。全マシじゃ、全マシ』
「マジかよ、あれ一週間前に食べたじゃねぇか」
『一週間なんぞ遠い昔じゃ、ほれはやく♪ はやく♪』
青年――狭間蓮(はざまれん)は、こめかみを押さえた。
前にあんだけ食べたというのにまだ足らんというのか。食った分いったいどこに消えたのか知らんが、このままじゃ俺が高血圧で死んでしまう、とかいろいろと思い詰めながら。
そんなことを考えていると目の前の牛馬が咆哮を上げた
空気が震え、大気が裂け、左前足が大きく振り上げられた。足先の漆黒の爪から迸る赤黒い魔力の奔流が蓮を引き裂こうと力を溜めていた。
その威力、高層ビルが一つや二つは消し飛ばすであろう、一撃。
蓮は避けなかった。ただ右手を軽く上げた。
ゴッ!!
瞬間、今にも蓮へと迫ろうとしていた魔力を伴う爪撃が――消えた。
正確には、消えたのではない。爪の一撃、
牛馬の王が初めて動きを止めた。何が起こったのか、そして自分の腕が亡くなったことを察知すると、ギャおおんオンと濁った鳴き声で悲鳴を上げた。
『ほれ見よ。相手はもう、意味わからん状態じゃ、というかもう見飽きたわ』
「お前が言うな。もう何回目だよこいつを狩るの。最初は新鮮だったんだけどなー」
『こやつがはよう魔剣を落とさんのが悪い。ククク、まあよい。下僕、あやつの角は良い品じゃ。素材は金になる。その金でいい飯が食える。丁寧に取れよ、丁寧にな』
「注文が多いんだよ、切断はあまり使いたくないんだが……」
蓮が、一歩、前へ出た。
瞬間、その姿が掻き消えた。次の瞬間には、王の頭上、額の上に立っていた。移動したのではない。空間を飛んだのだ。
王が慌てて頭を振るう。だが遅い。気がついたときにすでに王の頭は血まみれ、立派な双角は綺麗な断面をもって切り取られていた。
王の頭上にいたはずの蓮は、その眼下にいた。そしておもむろに手を叩く。
パァン。すると王の頭部周辺の空間がぶれた。巨大な頭蓋の内側を目に見えぬ衝撃が走り抜けた。
――ぶうぉん、と。
ずぅん……鈍い音を立てながらカドプレパスが、声もなく崩れ落ちた。地響き。舞い上がる埃。あとには静寂だけが残った。
あれほどの威容を誇った主が、たった三手で沈んだ。
『うむ、大儀であった。では飯じゃ、飯。じゅうっろう!じゅうっろう!』
「……その前に、あれだろ。魔剣、ようやくでたぞ」
蓮は玉座の奥へ歩を進める。カドプレパスの亡骸の側、そこに光るものがあった。一本の幅広な巨剣。
腰の短剣が、機嫌よさげに揺れる。
『そうじゃ、そうじゃ、それも忘れるな。ほれ、早う手に入れよ。お前の力が、また一つ増えるぞ。……ふふん。わしが導いてやっておるのじゃから、感謝せいよ、下僕』
「はいはい、ありがたき幸せで」
『棒読みじゃな!?』
文句を言い合いながらも、青年の横顔はどこか穏やかだった。
傲慢で食い意地の張った少女の声。そして、その相棒。奇妙な二人組は、最奥の宝へと手を伸ばす。
目的のものを手にした青年は、そしてそのまま王の間から姿を消した。
残されたのは漆黒の王の、亡骸だけであった。
◇
――さて。
こう書くと、まるで俺が最初から強くて、余裕綽々でこいつと旅していたみたいだろう。
とんでもない。
半年前まで俺はただの荷物持ちだった。
空間魔法EXなんて立派な名前の中身が空っぽのスキルを抱えて。
仲間に見下され、囮にされ、ダンジョンの底で野垂れ死にかけていた、どうしようもない男だ。
これはそんな俺が――最強で、最高に生意気な魔剣を、拾ってしまった話だ。
◇
「狭間、それ全部持てよ。お前、それしか能がねえんだから」
パーティリーダーである剣士の高座(こうざ)の声に、俺は黙って手を伸ばした。
床に転がった魔石。剥ぎ取った素材。予備の武器。回復薬の詰まった箱。全部まとめて俺のスキルに収める。
〈インベントリ小〉。俺の【空間魔法EX】で唯一使える力だ。ものを少しだけ異空間にしまえる。単純でそれだけの些細な魔法だ。
「便利だよなあ、お前の収納。荷物持ちにはぴったりだ」
「アハハハ、リーダーひっどぉーい」
パーティメンバーもつられて笑った。魔法使いの頭九(ずく)。盗賊の帆亜(ほあ)、僧侶の多要(たよう)、重騎士の野路(のろ)。
俺は笑わなかった。そして言い返しもしなかった。言い返したところで何も変わらない。それに心の中ではとっくに言い返している。
「はいはい、便利な物入れですよ。お前らの財布より役に立ってると思うがな」と。もちろん口には出さない。出したらクビにされて明日から飯が食えなくなる。
狭間蓮(はざまれん)、二十四歳。探索者。
スキルは【空間魔法EX】。名前だけ聞けば、大層なものだ。ランクEXなんてそうそうお目にかかれないユニークスキル。
だが実際に使えるのはものをしまう〈インベントリ小〉、おおよそ三畳程度の量。
他の能力は全部「条件未達」でうんともすんとも言わない。何をどうすれば開くのか誰も教えてくれないし、俺にも分からない。
つまり、今の俺はEXという肩書きだけ立派なただの物入れだ。中身のない高級ブランドの紙袋。それが俺の探索者としての価値だった。
初めて探索者協会に赴き、スキルを含めて適性診断の際、協会の職員は気の毒そうな顔でこう言った。
「うーん……名前はすごいんですけどねえ。中身がこれだと正直戦闘は厳しいです。荷物持ちの需要はありますから、そちらをご案内しますね」
そちらを、と言われて以降、俺はそちらで生きてきた。文句を言いたかった……でも文句を言える立場でもなかった。
両親はいない。俺が子供の頃、ダンジョンのスタンピードに巻き込まれて死んだ。
残されたのは俺一人。それでもある人の支援と奨学金で、なんとか大学までは出た。けれども就職には失敗した。
手に職はない。あるのは名前だけ立派なスキルと丈夫な体だけ。
ダンジョンが世界に現れて五十数年。探索者は学歴も家柄もいらない数少ない仕事だった。
スキルさえあれば一発当てられる。俺にもスキルはあったけれど、EXランクのご立派なやつで中身が空っぽなだけ。戦う力ではなかった。
夢がなかったわけじゃない。
いつか金を貯めて、世界中のうまいものを食う。それが貧乏学生時代からのささやかな夢だった。毎日カップ麺をすすりながら、いつか、いつかと思っていた。
臨時の野良パーティを転々としながら、高座のパーティに拾われたのは半年前だ。
拾われたというのも正しくない。こき使われる、使い勝手のいい物入れとして雇われた。
分け前は一番下。危険な運搬は全部俺。それでも断れば明日から食えない。だから俺は文句も言わずにずっと荷物を持った。
その日はいつもより深く潜っていた。
八皇子(はちおうじ)ダンジョン、12層。高座たちの実力にはやや背伸びの階層だったが、ここのモンスターは素材の値がいい。
高座は最近金遣いが荒かった。
「もっと奥だ。いい素材が眠ってる」
確かに今日の収穫はいつもより良かった。俺のインベントリ小も倒したモンスターの素材ですぐにいっぱいとなり、すでに大型のリュックでいくつか抱えていた。
高座の声はどこか浮ついていた。仲間の一人である帆亜が「そろそろ戻ったほうが」と言いかけて、睨まれて黙った。
嫌な予感が正直あった。しかしながらパーティの方針について荷物持ちに発言権はない。
黙ってついていくのが仕事だ。俺は口をつぐんでインベントリに入りきらない重い荷物を担ぎ直した。
異変は通路の奥から来た。
石畳でできたダンジョン、入り組んだトンネルのような構造は音を良く反響させた。奥から響くのは地鳴りのような音。遠くはない。
床が震え天井から埃が落ちる。そして——角を曲がった先にそれがいた。
モンスターの群れだ。
一匹や二匹じゃない。数十、いやもっといる。通路を埋め尽くすように、こちらへ雪崩れ込んできたのが見えた。距離は五十メートルもない。
「――走れッ!!」
誰かが叫んだ。全員が一斉に踵を返した。
俺も走った。走ろうとした。だが、両手は塞がっている。全員分の荷物、予備の武器、素材、回復薬、全てが重い。
足がもつれそうになりながら、それでも必死で走った。前を行く高座たちの背中が、少しずつ遠ざかっていく。
「高座さんっ、待って――」
声は届いた。届いたはずだ。
高座が振り返った。俺のほうを見て一瞬だけ目が合った。次の瞬間、高座は俺のほうへ引き返してきた。
助けに来た。荷物を持ってくれる。ほんの一瞬だけそう思ってしまった。
高座の手が俺の肩をつかんだ。そして。
俺を——、群れの方へと突き飛ばした。
「わ――」
体勢が崩れる。俺は前のめりにモンスターの群れと自分たちの間へ投げ出された。高座はもう背を向けていた。他の四人と一緒に一度も振り返らずに走っていった。
「荷物持ちが! 囮くらいにはなれや!」
その声だけがやけにはっきりと耳に残った。
群れが迫る。牙が、爪が、目の前に膨れ上がるのが見えた。
死ぬ。
俺は落ちた荷物を放り出して転がるように逃げた。無我夢中だった。頭の中が真っ白で、ただ死にたくない、それだけだった。
どれだけ走ったか分からない。でも背後にはモンスター達の走り音がする。
脇道に飛び込んだ。そこに細い、通路とも言えない裂け目があった。体を擦りながら奥へ。背後で奴らの群れが折り重なり渋滞する。その隙にまた奥へ入り込んだ。
狭い中をひたすら進む、ガリガリな体が功を奏した。気づけば、群れの音は遠ざかっていた。
俺は壁に背を預けてずり落ちた。息が上がり足がもう動かなかった。
助かった。たぶん助かったのだ。
辺りを見回したがここがどこか分からない。地図にない深い場所のようだ。
一人ではぐれて荷物も装備もほとんど失った。
そして俺を見捨てた連中はもう地上へ向かっているだろう。俺のことなど荷物のことなど忘れて。
「……はは」
乾いた笑いが漏れた。
なんだよこれ、俺が、俺が何したっていうんだ。
荷物持ち。囮。それが俺の価値だったのか。EXという名前の空っぽの物入れ。
世界中のうまいものを食う夢? 笑わせる。他人の荷物すら、最後まで持ちきれなかった男のくせに。
立ち上がる気力もなく、俺はしばらくそこに座り込んでいた。
このままここで野垂れ死ぬのかもしれない。誰にも知られず。誰にも惜しまれず。俺が消えてもたぶん誰も気づかないだろう。
そう思ったとき。視界の隅で何かが光った。
俺は顔を上げた。
行き止まりのその先、通路の奥にぽっかりと開いた小さな空間がある。そこには石の祭壇があった。
埃ひとつなくまるで誰かに守られてきたみたいな場所だ。そしてその中央に一本の短剣が突き立っていた。
黒い刀身。赤い筋が血管みたいに走っている。柄には目玉のような宝石。
漏れ出る赤い光は黒い瘴気のようなオーラを発してまるで俺を誘っているように思えた。
目が離せなかった。
ふらりと立ち上がる。導かれるように俺は祭壇へ近づいた。
震える手を短剣へ伸ばす。指が柄に触れそうになるその寸前。
『おい、なんじゃなんじゃお前さん、ほれ、わしをとってみんか?』
俺は動きを止めた。
……今、しゃべったか?
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はい、龍刃丸といいます。
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