魔剣を拾ったら中身が飯にしか興味のない生意気少女だった 〜無限の魔力でダンジョン無双〜 作:竜刃丸
渋家ダンジョンのゲートをくぐった瞬間、目の前に空が広がった。
「……うわ、でっか」
思わず声が漏れた。
八皇子のダンジョンは、薄暗い石造りの迷宮タイプだった。壁があって天井があって狭い通路をひたすら進んでいく。モンスターはダンジョン内を徘徊しており、探索者はモンスターを倒しながら通路の奥や隠し部屋で遺物や宝物を探す。いわゆるオーソドックスなタイプだ。
けれどもこの渋家ダンジョンは違った。
見上げるほどの岩山が、どんと目の前にそびえていた。ごつごつした灰色の岩肌が、鋭く天へ突き上がっている。頂上は、はるか遠く。遠目には雲がかかっていることがわかる。
青い空には雲が流れ、風が吹き抜けていく。ダンジョンの中だってのに、まるごと屋外だ。
「なんじゃこれは。山ではないか」
腰の短剣が光って、ヴィヴィが実体化した。ぽかんと口を開けて、岩山を見上げている。
「言ったとおり山だな」
「下僕、おぬし山など登ったことあるのか」
「いや。生まれてこの方、一度もないな」
「わしもじゃ」
二人して、間抜けに山を見上げる。
……正直、不安になってきた。俺は登山なんてしたことがないし、こいつに至っては剣だ。こんなのでこの山を攻略できるのか。
「まあ、やるしかないだろ。魔剣を探しに来たんだからな」
俺はスマホを取り出して、配信を立ち上げた。セッティングしたドローンが浮かびあがり、配信が始まる。さぁ今日も『魔剣メシ』の看板を背負っての探索だ。
「はい、RENです。というわけで。今日から渋家ダンジョンに挑戦します。見ての通り、でかい山です」
>うわほんとに山だ
>八皇子と全然ちがくて草
>短剣ニキ登山回?
>ヴィヴィアンちゃん相変わらずかわいい
「自分は山登りは初めてです。ヴィヴィも、山は初めてらしいので。どうかな……ってところはありますけど、まあぼちぼちやっていきます」
>大丈夫かー、山はきついぞー
>装備があいかわらず、これ大丈夫か?
ヴィヴィを腰に差し直して、俺は岩山へと足を踏み入れた。
◇
結論から言う。
山歩きは、むちゃくちゃしんどかった。
「くそ……歩きにくいなこれ」
道らしきものはある。だが平らじゃない。大小の岩がごろごろ転がった、傾いた斜面になっている。
一歩踏み出すたびに足元の石がぐらつき、バランスを取られた。道は狭く、両側から岩が迫っている。まっすぐ歩くことすらできない。
おまけに、俺の格好はいつも通りだ。Tシャツにジーンズ、足元はスニーカー。街を歩くにはいいが、岩場を登るには全く向いていない。
「はぁ……はぁ……」
十分も登らないうちに、息が上がってきた。汗が背中を伝う。ふくらはぎが、じんじんと痛い。
『下僕、遅いぞ。もっとキビキビ歩かんか』
腰のホルダーにいる短剣状態のヴィヴィが急かしてくる。ヴィヴィは実体化を解き、声が配信先にもわかるように話している。
おそらく歩くのを嫌がった。こいつ、都合のいい時だけ実体化しよる。
「うるさい。おまえは剣だから楽でいいよな。運ばれてるだけで」
『ふん。下僕を叱咤するのも、主人の務めよ』
「どの口が」
>短剣ニキ息切れしてて草
>ヴィヴィちゃん自分を背負ってくれてるのに辛辣で草
>いつもの無双はどうした
>今日は壁抜けできんからな、観念して登るしかないんよ
>ざまぁwww
>普段チートで楽してるからバチが当たったんだ
「くっそぅ、うるせえな……」
配信のコメントまで、俺をいじってくる。
……まあ言いたくなる気持ちも分かる。前の配信では空間魔法で壁をぶち抜いて、最短ルートでボスまで直行していた。
だがこの山はそうはいかない。壁がないからだ。ぶち抜くべき壁がなければ、俺のディバイドは意味をなさない。
だだっ広い山を、自分の足で登る。ただそれだけのことが、こんなにしんどいとは思わなかった。
「――っと」
ふいに、道の脇のくぼ地から、影が飛び出してきた。
岩の色に紛れた、ごつごつした体。岩ゴーレムだ。拳を振り上げて、殴りかかってくる。
「おっと」
これは楽な相手だ。俺は迫る拳へ意識を向ける。
バースト。
空間が弾けゴーレムの拳が砕けた。もう一発で胴を撃ち抜く。岩の巨体がばらばらと崩れ落ちた。
>おーさすがだな
>渋家のゴーレム、きちぃんなよな
>渋家の固さ部門代表
>これをワンパンとかやるなー
「ふう……こういうのは、いいんだけどな」
問題はこいつじゃない。
厄介なのは――上だった。
◇
「ギィエエエッ!」
頭上から鋭い鳴き声。
見上げると翼を広げた鳥型の魔物が、猛スピードで急降下してきた。モンスター名、ガルーダ。かぎ爪を突き出し、俺の頭を狙っていた。
「くっ……こいつだよ、面倒なのは」
ディバイドで斬ろうと空間を狙う。だが速い。的が小さいうえに動きが不規則だ。早すぎて不可視のはずの空間の断裂もひらりとかわされてしまっている。
「ちょこまかと……!」
一匹じゃない。二匹、三匹と、上空から次々に襲いかかってくる。
「ロック」
ピィィィン。音はならないが周りの空気が固定化され、ガルーダ共の攻撃がはじかれる。空間操作のもう一つの能力。
こういうときは、点で狙うんじゃない。
「まとめて、揺れろ」
――ただし、一点じゃない。俺を中心に、周囲の空間まるごとを面で揺らす。
「ショック」
ドンッ、と空気が震えた。
急降下してきた鳥たちが、見えない衝撃波にはたき落とされる。三匹まとめて、地面に叩きつけられた。
「はぁ……。範囲でやるしかないな、あいつらは」
>フツーに範囲攻撃で草
>短剣ニキこんなんもできるんだ
>短剣つかわなくて草
>鳥うぜえ
>地味に苦戦してるの新鮮
>短剣ニキが本気で疲れてるな
疲れた。まだ山の中腹にも届いていないのに。
『下僕。腹が減った』
「……はいはい。ちょうどいいし休むか」
俺も限界だった。手ごろな岩に腰を下ろして大きく息をつく。
◇
「じゃーん。今日はこれだ」
俺はインベントリから、包みを取り出した。
「サンドイッチ?」
「ああ。朝、仕込んでおいた。先日のボア肉が余ってたからな」
包みを開いていたヴィヴィの目が、ボア肉と聞いてきらんと輝いた。
厚めに切った食パンに、こんがり焼いたボア肉が、たっぷり挟んである。この前のボア鍋で余った肉を、薄切りにしておいたやつだ。それを軽く炙って、細く切って炒めた玉ねぎと一緒に特製の甘辛ソースを絡めて挟んである。仕上げに、食欲草をシャキッと一枚。緑と、肉の照りのコントラストがいい。
「先週のボア肉の残りでな。薄く切って、焼いて、甘辛ソースを絡めた。あいだに食欲草も挟んである」
「食欲草……先日の採ったやつか?」
「ああ。まあ、山登りで腹ぺこのおまえには、いらないかもな」
「いや、いる! 絶対いるのじゃ! よこせ!」
ヴィヴィが両手でサンドをつかみ、大きく口を開けて、かぶりつく。
「……っっ!! んまーーーっ!」
目をかっと見開き、火を吹くように叫んだ。
「肉が、肉が甘いのじゃ! こんがり焼けた端っこが香ばしくて、ソースが染みて……! パンがふわふわで、肉の脂を吸っておる! なんじゃこの、うまうまでうまい食い物はぁ!」
「だろ。ボア肉は脂がうまいからな。冷めてもいけるように、味は濃いめにしてある」
「うまい! うまいのじゃ下僕! サイコーじゃぁ! もう一つ!」
「たくさんあるから、ゆっくり食え」
山の中腹で岩に腰かけて食うサンドイッチは格別だった。汗をかいた後だからか、濃いめの味付けが体に染みる。
ヴィヴィは頬をぱんぱんに膨らませて、次から次へと平らげていく。相変わらず、どこに入るんだか。
>山メシうまそう
>ボアサンドとか贅沢すぎる
>短剣ニキ俺にも作ってくれ!
>クリームの次は肉汁まみれのヴィヴィアンちゃん
>飯テロやめろ腹減る
>ヴィヴィちゃんがほんとに飯が好きなのわかる
>グルメリポーターになれるよね
>腹減ってきたタイムタイム
腹が満ちると、少しだけ気力が戻ってきた。
だが頂上を見上げて、俺はため息をつく。ボスの領域はまだはるかに遠い。この調子で自分の足で登っていたら、いったい何時間かかるんだ。
「……飛べたらな」
ぽつりとそう漏らした。
飛べたら。この面倒な岩場を、すっ飛ばして頂上まで――。
……待てよ。
そこで、ふと引っかかった。
俺の空間操作。バースト、ディバイド、ブレイク、そして――ロック。空間を固定する技だ。バリアにしたり、足場にしたり。
足場。
固定した空間は、足場になる。なら、その足場自体を操作できるのでは?
そもそも振動や衝撃というのは空間の揺らぎだ。それをちょっと応用して組み合わせたら?
「……もしかして、いけるか?」
「なんじゃ、下僕。急にぶつぶつと」
もちゃりもちゃりとサンドイッチを食べるヴィヴィを尻目に俺は空間の開けた場所に立った。
「ヴィヴィ、こっちに寄るなよ。ちょっと試したいことがある」
「安心せい、わしは飯を食うので忙しい」
>なになに?
>短剣ニキ何するの?
さて、うまくいくか——実験の時間だ。
◇
大事なのは、イメージだ。
俺は目を閉じて、自分の周囲の空間を思い描く。
自分の足の下。そこの空間を、固定する。ただの足場じゃない。俺の体を、下から支える面だ。そして、その足場ごと、ゆっくりと持ち上げる。揺らぐのではなく——押し上げる力。一定の力で、下から押し続ける。
自分の体が乗った空間そのものを、そっと持ち上げるイメージ。
「……ふっ」
ふわり、と。
足の裏から、地面の感触が消えた。
「……お?」
そっと目を開ける。
浮いていた。俺の体が、地面から数十センチ、宙に浮いている。足元には何もない。ただ、空間が俺を支えている。
「うおっ、と……!」
ぐらり、と体が傾いた。慌てて力の入れ具合を調整する。ふらふらと、頼りない。まるで、乗り慣れないボートの上に立っているみたいだ。だが――浮いている。間違いなく飛んでいる。
>は?
>は?
>は?
>え、いま浮いてる?
>どういうこと????
>なんだ……だと……?
配信のコメントが、一気に凍りついたように止まって、それから爆発した。
「はは……。うまくいった」
俺はにやりと笑った。
ふらつきながらも、少しずつ高度を上げる。地面が2メートル下に見える。
次は水平に移動する。問題ない。ちゃんとゆっくり移動できている。
<シフト>——自分の周囲の空間をそのままに移動させる、ってとこかな。
空を飛ぶというのとは少し違う。鳥みたいに翼で飛ぶんじゃない。自分が乗っている空間そのものを上下前後左右に
シフトを解除してヴィヴィのもとに戻る。
「下僕! おぬし、飛べるのか!?」
ぬお、汚い、ソースを飛ばすな。ヴィヴィをなだめ、実験であったがうまく飛べたことを告げる。
「あぁ、思いつきだったが思いのほか上手くいった。シフト、と呼ぶか。これで頂上までショートカットできそうだ」
「これで頂上までいけるの! いやこれからまた歩くのかとヒヤヒヤしとったところじゃ!」
「これでこの面倒な岩場とはおさらばだ」
ヴィヴィには短剣に戻ってもらい、シフトを使用する。
自分の体が、地面から数メートルの高さに浮いている。足の下には何もない。ただ固定した空間が、俺を下から支えている。それを少しずつ押し上げて、高度を稼ぐ。
「……よし。シフトに慣れてきたな」
飛んでいるうちに大分コツが掴めてきた。要は力の入れ具合だ。下から支える面を安定させて、進みたい方向へほんの少し傾ける。そうすればすうっと滑るように移動できる。
たぶん、これも空間魔法EXってやつの一部なんだろうな。空間に関わることなら、なぜか理解とコツを掴むのがはやい。
俺は高度を上げて、岩山の斜面に沿って、一気に上昇した。
あれだけ手こずった岩場が、足の下を流れていく。ごつごつした道も、狭い隘路も、もう関係ない。空を行けば、最短距離で頂上だ。
>シフトってなんだよ、もう飛んでるじゃん
>さっき覚えたばっかだろ
>習得速度おかしいだろニキ
>もう登山回じゃなくて飛行回だわ
配信のコメントが、まだ騒いでいる。
「はい、というわけで。飛べるようになったので、頂上まで一気に行きます」
風を切って、俺は頂上を目指した。
◇
『ふぉーーー! こいつはいい眺めじゃ! 配信の下僕どもよ! 見ておるか!』
>はい!
>はい!
>はい!
>やっべぇ、渋家ダンジョン。こんな景色だったのか……
>めっちゃ眺め綺麗だー
>ちょうどいいスピード感がまた良い
>ダンジョン配信で飛行映像みれるとは思わんかった
>すごーーー
まだシフトに慣れておらずスピードもそこそこだがこんなものだろう。正直ここまでうまくいくとは思わなかった。
サンドイッチ休憩も終わり、ボスに直行することにした。
シフトでの移動中は、ロックで配信ドローンも空間固定しているので問題ない。
時折、ガルーダ共がこっちに気づいて近づいてくるが、ショックで墜とした。
もう山の中腹だ。
ごつごつした岩場が、足の下に小さくなる。あれだけ手こずった道が、今は眼下にある。
「ああ。飛んでる」
風が頬を撫でていく。
俺はまだ遠い頂上へと、まっすぐに視線を向けた。このペースだと数分でボスの領域だ。
――待ってろ。すぐ行く。
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カクヨムで先行で2話分配信しています。
先が気になる方はそちらもご覧ください。
https://kakuyomu.jp/works/2912051604673684115