最強の魔剣、拾ったら中身が飯にしか興味のない生意気少女だった〜荷物持ち扱いで捨てられた俺、無限の魔力でダンジョン無双を始めます〜 作:竜刃丸
『おい、なんじゃなんじゃお前さん、ほれ、わしを取ってみんか?』
……い、今、しゃべったか?
俺は伸ばしかけた手を止めて短剣を凝視した。
黒い刀身。赤い筋。柄の目玉のような宝石が、ぎょろりと動いて、こっちを見た気がした。
「しゃべった……よな?」
『しゃべっておる。何を今さら。ほれ、はよう抜かんか。わしを待たせるでない』
高めの少女みたいな生意気な声だった。だが目の前にあるのはどう見ても短剣だ。しゃべる短剣……なのか。
なんだこの状況、俺はついにおかしくなったのか。極限状態の中で幻聴? しかし幻聴にしては口が悪すぎる。どういうことだ。
『おうおう、なんじゃ、その辛気くさい顔は。せっかく可憐なわしが声をかけてやったというのに』
「可憐……。いや、というか剣だろお前」
『剣じゃが可憐じゃ。文句あるか、あぁん?』
文句しかなかった。すごいドス聞かせてくるんだが、聴こえてくる声が少女の声だから全く怖くない。
だがそれを言い合っている場合でもなかった。俺は今遭難している。地図もないダンジョンの深い底で、装備も荷物もほとんど失っている。
しゃべる剣に構っている余裕は本当ならない。ないんだが……。
「……なあ。お前、何なんだ」
『よくぞ聞いた』
剣がやけに得意げに言った。
『わしは魔王剣ヴィヴィアン。かつて世界を震わせた魔王の体、それが魔剣化した者じゃ! ……どうじゃ! すごいじゃろう。崇めてよいぞ!』
「魔王剣……、魔剣じゃなくて?」
『そんなちゃちなものと一緒にするな! わしは世界に七振りしかない魔王剣の! その中でも最も高貴でスーパーでゴージャスな心臓が魔剣になったものぞ! だからわしを取るんじゃ! ほれ! ホレ!』
なんかすごい必死だな。この自称魔王剣。ちょっとからかいたくなってきた。
「あーどうしよっかな。取れって言われると取りたくなくなってきたなー」
『!? と、取るといいことあるぞ! まずカッコいい! わしの見た目は魔剣の中では豪華な意匠じゃ!』
カッコいいって草、小学生かよ。
「うーん、見た目だけ? それだけだと……ちょっとなー」
『ぐぬぬ……、そ、そうじゃ。わしを持つと魔力が無限となる! お前さん、さっきからずいぶん貧相な魔力しか持っておらんからのぅ。かわいそうになってきたのじゃ! 特別に! わしが力を貸してやろう! 大サービスじゃ!』
新手の押し売り営業みたいなことを言い始めた。そして貧相は余計だ。
しかし魔力が無限……、それは聞き捨てならない。
「どういうことだ、無限ってあの無限か?」
『阿呆かおぬし。他に何がある。魔力はどれだけ使ってもなくならん。スーパーワンダホーな能力じゃ!』
無限の魔力。
俺のスキルは【空間魔法EX】。使えるのは〈インベントリ小〉だけ。他は全部「条件未達」で、うんともすんとも言わない状態だ。
スキルを得てからずっとそうだったし、そのせいで荷物持ちとして生きるしかなかった。
だが、もし。もし魔力が無限になったら、その「条件」とやらが変わるんじゃないか。
……いや都合が良すぎるか。こんな死にかけたところで拾った怪しい剣がそんな。
『なんじゃ、疑っておるな? その顔は疑っておる顔じゃ!』
「疑うだろ、普通」
『ならば試せばよい! 減るものでもない! さぁ取るんじゃ!』
「お前、俺を呪ったりしないだろうな……」
『そんなことせん! さぁ! さぁ!』
必死すぎる剣のせいで緊張がどこかに行ってしまった。まぁいいか。どうせここにいたら死ぬんだ。これも一興。
短剣を引き抜くため、持ち手を握る。
『あ、わしを使うなら、条件がある!』
「条件? 今更なんだ? 命ならやらんぞ」
『そんなものいらん! わしにうまいものを食わせろ!』
……は?
『わし、長い間ここにおったせいで、ずうっと腹が減っておるのじゃ! 何でも良いからとにかくうまいものが食いたいのじゃ! お前さんが力を得たら、その分、わしに飯を食わせよ。それが条件じゃ!』
「世界を震わせた魔王の剣の望みが……飯を食いたいのか?」
『飯は大事じゃ! 何を言うておる』
「剣がどうやって飯を食べるんだ」
『それは後じゃ!』
——要求が、飯。世界征服とか俺の命とかでもなく、飯。
こいつ、本当に世界を震わせたのか? 震わせたのは胃袋じゃないのか?
だが――条件が「飯を食わせろ」だけならまぁいいか。世界を滅ぼせとか、誰かを殺せとか、そういう物騒な話じゃないなら問題ない。
「……分かった。飯くらい、いくらでも食わせてやるよ。だから」
『おお、話が早いのう! よし、契約成立、お主、これから一生わしの下僕な! ほれ、抜ーけ! 抜ーけ!』
つーかもう下僕呼ばわりか。気の抜けるような短剣の応援を背に俺は短剣の柄を握りしめ、思い切り引き抜いた。
ドクン。
手のひらから熱いくらいの何かが流れ込んでくる。
空っぽだった器が——、みるみる満ちていく。満ちて、満ちて、あふれて、それでも止まらない。体の奥がぐわりと熱くなった。
視界の端に見慣れない文字が浮かんだ。
―――――――――――――――――――――――
アンロック
魔力量が一定値(10000)を超過しました。
条件を達成。スキル【空間操作】が解放されます。
―――――――――――――――――――――――
「……は?」
頭の中にいきなり知識が流れ込んできた。
目に見える範囲の空間を、切る。揺らす。固定する。今まで一度も開かなかった扉が音もなく開いていく感覚がした。
『!? ククク、どうじゃ。これが無限の魔力じゃ』
「うわ……なんだ……、これ」
一瞬の頭痛に足元がふらつく……。
わかる。今なら使える。
試しに足元の小石に意識を向けた。勢いよく両手を目の前で叩く。パン。
周囲の空間がぐにゃりと歪む。石が震えて、——砕けた。
「……はは」
鳥肌が立った。
これが——、力。ずっと欲しかった戦う力だ。EXの名前だけ抱えて、荷物持ちをやってきた俺が初めて手にした、俺の力だ。
『なかなか変わった力をしておるでの……じゃが』
『感動するのはあとじゃ、下僕』
魔剣の声が水を差した。
『ここがどこかも分からんのじゃろ? そろそろ帰らんと、腹が減って死ぬぞ。わしが』
「お前が死ぬのかよ」
まあ言うことはもっともだ。感動している場合じゃない。ここは地図にもない深部で俺には装備もない。普通なら絶望的な状況だ。
俺は自分が来た通路の先を見た。分厚い岩の壁の中、その間に僅かな隙間がみえる。
正直もう一度あの隙間に戻れと言われても戻りたくない。本来なら来た道を延々と戻るしかないんだが……。
さらには記憶も曖昧でどうやって来たのかも覚えていない。途中でモンスター群れに出くわせばそれで終わりだ。さてどうするか。
『なにをぼさっとしておる。壁が邪魔なら、斬ればよかろう』
魔剣がこともなげに言った。
「壁を……斬る? 斬れるのか?」
『お前さんの力ならできるじゃろ。律儀に道を通る必要がどこにある。あれは道じゃないわい。唯の隙間じゃ。よくまぁあんな所を通ったものじゃ』
『さぁまっすぐ帰ったほうが早いに決まっておる。飯が待っておるのじゃぞ、はようせい』
……その発想はなかった。
ダンジョンってのは決められた道を通るものだ。そして壁は越えられないものだ。
でもこいつの言う通りだ。俺の力は「空間操作」。空間をまるごと切り取れる。
なら——壁なんて関係ない。
俺は両手を前に出して目の前の岩壁を集中した。空間に線を引くように意識の線で
ずずっ、と鈍い音がして、岩の壁に人ひとり分の隙間が――ぽっかりと開いた。
向こう側は別の通路だった。
「……マジかよ」
『マジじゃ。ほれ、進め進め。次の壁も斬れ。地上まで一直線じゃ』
「はは……」
笑ってしまった。こんな状況なのに。
さっきまで死にかけていた俺が、ダンジョンの壁をぶち抜くだと? 笑えるにも程がある。
ダンジョンの構造なんて無視してまっすぐに、障害をぶち抜き最短ルートで帰ろうだなんてとんだ与太話だ。真面目に探索してる探索者たちへの冒涜だ。
途中何度かモンスターの群れに出くわした。ゴブリンだとか、ビッグスパイダーだとか、そんなのだ。
だがもう怖くなかった。奴ら群れが迫ってくる。そして俺は両手を強く叩く。
空間を「揺らす」。振動が、魔物どもの頭が頭蓋もろとも超速で揺さぶられ、弾けた。
……えっぐ。ちょっと力を入れすぎた。もうちょい手加減しよう。
敵には困らなかった。「優しく」手を叩くだけで相手のぐらりと膝が折れて、次々に崩れ落ちていく。
倒れた奴らの脇を、俺は素通りした。
斬ることも出来たがグロいのは嫌だった。血が吹き出して色々と
『ん? 下僕よ、なぜそんな雑魚どもの亡骸を拾うのじゃ。貧乏くさいことは辞めい』
「必要なんだよ、少しでも金になるのは拾っとくもんだ」
まあ拾えるものは拾った。俺の3畳分のインベントリ小に入るだけ。既に元パーティの荷物は捨て去った。
これは荷物持ち時代とは違う、全部俺の稼ぎだ。
壁を斬り、モンスターどもを揺らし、また壁を斬る。
ヴィヴィ――いつのまにか俺はこの魔剣をそう呼び始めていた――が右じゃ左じゃとうるさく指図してくる。
お前出口分かってんのかと聞くと、飯がわしを呼んでおると答えた。
意味は全く分からんが、だんだん道が開けてくる。腹ペコ魔剣はうるさいが道案内としては正確だった。
どれくらい歩いたか。
斬り開いた壁の向こうに見覚えのある通路が広がった。
上層へ続く正規のルート。人の手が入った整備された道。
地図のない底から自分の足で帰ってこられた。口からホッとした息がもれた。
『やればできるではないか、下僕』
「……ああ」
『さぁ出たら飯じゃ!』
「剣のままでどうやって食べるんだ?」
『こうするんじゃ!』
ボンッ
魔剣が光を放ち——気がつくと目の前に少女がいた。
金髪、赤い目、黒いフリルのついたワンピース。黒のミュール。背丈は130くらい。
口元から八重歯をきらめかせ、ニヒヒと笑いながら俺を見ていた。
「驚いたじゃろう? 見惚れたじゃろう? これで飯を食えるのじゃ! 500年ぶりじゃあ!」
ヒャッホウ! 両手を挙げて喜んでいる声はまさにヴィヴィのものだった。魔剣はまだ俺の腰にさしている。
「ヴィヴィ、お前そんなこともできるのか……」
「ククク、下僕よ。魔王剣を舐めるでない。そんじょそこらの魔剣とはものが違うのじゃ!」
「そうか……」
開いた口が塞がらない……何だこれ、飯とか冗談だと思ってた。むしろ『魔物の血がやめられんのじゃあ』とか言い出すのかと思ってた。魔剣だし。
なんか色々とツッコミどころがあるんだが……、ありすぎて逆に疲れた。高座達に置いていかれたのも遠い昔のようだ。
◇
それからダンジョンは簡単に出られた。
むしろなぜかぜんぜん人がおらずダンジョンを出てから、ヘトヘトだったのですぐに帰りたかったが、ヴィヴィに駄々をこねられた。
「メシー! メシー」と蝉のように泣き続ける少女を連れて家には帰れなかった。
結局、近くの牛丼、末野屋に連れていった。ヴィヴィが肉特盛に飛び上がって喜んだのは言うまでもない。
俺の分、追加の特盛汁だく定食セット含めて三人前以上を食べた時は信じられなかった。どこに入ってるんだこのナリで。
電車も止まっていたため徒歩。安アパートに帰り着いたのは、もう夜の2時過ぎだった。
鍵を開けて靴も脱ぎ散らかして、俺は倒れ込むようにベッドに突っ伏した。全身が鉛みたいに重い。頭の芯が痺れている。
それでも生きて帰ってきた。それだけで十分だった。
『おい下僕、明日はステー』
「明日。頼むから、明日にしてくれ……」
ヴィヴィは飯を食ってすぐに姿を消し魔剣に戻ったようだ。
剣の声を最後まで聞かず、俺は泥のように眠りに落ちた。
だからこのときの俺はまだ知らなかった。
次の日の朝、目を覚ました俺がテレビをつけて、とんでもない事態になっていたことを。