最強の魔剣、拾ったら中身が飯にしか興味のない生意気少女だった〜荷物持ち扱いで捨てられた俺、無限の魔力でダンジョン無双を始めます〜 作:竜刃丸
朝、目が覚めた。
全身が痛い。昨日の疲れがまだ抜けていなかった。
けれども昨日のことを考えると、それでも生きて自分のベッドで目を覚ませたことに少しだけ安堵した。
のそのそと起き出してなんとなくテレビをつける。時刻は朝の九時過ぎ。ニュースをやっていた。
その見出しを見て、俺は固まった。
『東京都内の複数ダンジョンで同時多発モンスタートレイン 死者・行方不明者多数』
昨日のあれは俺のパーティだけじゃなかったのか。画面には八皇子ダンジョンを含む都内数カ所の名前が並んでいた。
多くの探索者が巻き込まれ、亡くなったり行方不明になったりしている。そう神妙な顔のアナウンサーが読み上げている。
そして画面の下に、行方不明者と死亡確認者の名前がスクロールで流れていく。
なんとなく眺めていた。
狭間蓮(24)。
「……は?」
俺の名前だった。しかも「死亡確認」の欄に。
「なんで俺、死んだことになってんだ!?」
生きてるぞ。どういうことだ。俺はここでぴんぴんしてるんだが。
テレビの中では俺は死んだことになっていた。混乱していると画面が切り替わった。インタビュー映像だ。見覚えのある顔が五つ。
高座。頭九。帆亜。多要。野路。俺を囮にして逃げた連中だ。
高座が殊勝な顔でマイクに向かって語っていた。
『……狭間は最後まで僕たちを逃がそうとしてくれました。「先に行ってくれ、ここは俺が食い止める」って。あいつは荷物持ちだったけど、最後は本当に勇敢で……仲間思いのいいやつだったんです』
高座の目には、うっすら涙まで浮かんでいた。
俺はテレビの前でしばらく口を開けたまま固まっていた。
……先に行ってくれ? 食い止める? 勇敢? 仲間思い?
一言も、そんなこと言ってない。俺が聞いたのは「荷物持ちが、囮くらいにはなれや」だ。
突き飛ばされたんだぞ、モンスターどもの群れのほうへ。それをどういうことだ、この美談は。
ワナワナと手が震えた。
さらにテロップが追い打ちをかけてくる。曰く殉職した探索者の遺族やパーティには探索者保険から見舞金が支給される、と。
つまり、こいつらは。俺を死んだことにしてありもしない美談をでっちあげて、その上俺の死で金を受け取ろうとしている。
「……ふざけるな」
声が、低く出た。
荷物持ち扱いは我慢した。囮にされたのも、許しはしないが起きてしまったことだ。だがこれは違う。俺の死で金を稼ごうとしている。俺をいいように使って。
許せるわけが、なかった。
『お、下僕。朝から怖い顔をしておるのう。どうした、腹でも下したのか?』
腰に立てかけた短剣から寝ぼけたような声がした。ヴィヴィだ。
「ヴィヴィ。悪いが、朝飯は後だ。ちょっと片をつけに行く」
『ほう? なにやら面白そうじゃな。よかろう、ついていってやる。……で、片がついたら飯じゃぞ』
「わかってる」
俺は短剣を鞘に収め、腰に差した。上着を羽織る。行き先は決まっている。
八皇子探索者協会。通称、八皇子ギルド。俺の生存をあいつらの嘘を、洗いざらいぶちまけてやる。
◇
ギルドは駅の反対側にある。急ぎ足で向かっていると、その途中で。
「――あ?」
向こうから歩いてきた五人と、鉢合わせた。
高座たちだった。テレビに出ていたそのままの面子。ばっちり目が合う。
高座の顔が驚きに歪んだ。次いでみるみる青ざめていく。
「……狭間じゃねえか。お前、生きてたのか」
その声には、再会を喜ぶ響きなんて微塵もなかった。あるのはただまずいものを見た、という焦りだけだ。
当然だろう。死んだはずの人間が生きて目の前に立っているんだから。しかもテレビであんな嘘をついた直後に。
「ああ、生きてるよ。おかげさまでな」
俺は努めて静かに言った。
「見たぞ、インタビュー。『先に行ってくれ』?『仲間思いのいいやつ』? 俺がいつそんなこと言った。お前、俺を囮にして突き飛ばしたよな。挙げ句、死んだことにして金まで受け取ろうとしてるらしいじゃないか」
「っ……」
「これからギルドに行く。全部話す。お前らが何をしたか。保険金の件も、な。残念だが、お前らは終わりだ」
言い切ると高座の顔から焦りが消えた。代わりに浮かんだのは、開き直りの嫌な笑みだった。
「……なあ、狭間。お前、探索者やめろ」
「は?」
「お前はもう死んだことになってんだよ。都合がいいだろ。このままどっかに消えろ。誰にも言わず、静かにな。そうすりゃみんな幸せだ」
「ふざけるな。なんでお前の都合に――」
「勘違いすんな。これは命令だ」
高座が——、一歩踏み出した。
「それとも何だ? ここで俺らにボコられて、簀巻きにされてえか。おい、野路」
重騎士の野路が、のっそりと前に出た。俺より頭ひとつ大きい巨体。その手が俺の肩を乱暴に掴む。
「ちょっとこいや、狭間。顔貸せ」
ぐい、と路地裏へ引きずり込まれる。ビルとビルの間の、人目につかない細い道。
なるほど。人のいないところで俺を痛めつけるつもりか。荷物持ち時代の俺なら抵抗もできずにされるがままだっただろう。
――でも生憎。今の俺は昨日までの俺じゃない。
『下僕。こやつら先に手を出してきたぞ。やってよいということじゃな?』
腰の短剣が愉しげに囁いた。
「ああ。正当防衛だ、文句ないだろ」
野路が右の拳を振り上げた。丸太みたいな腕。まともに食らえばただじゃ済まない。
俺はその拳に向かって右手を向けた。
「バースト」
ゴッ!と鈍い音。野路の拳、俺の手のひらに当たる直前に吹き飛ばされた。
「グアぁッッ」
野路の右手が一目でわかるくらい血だらけでズタボロになっていた。
「バースト」——振動、ではなく衝撃。任意の空間を操作して衝撃波を生み出す。
「な……!? 野路っ、狭間てめえ何しやがった!?」
「さぁ?」
高座たちがぎょっとする。
構わず俺は次の手を使う。両手を体の前で軽く打つ。
「ブレイク」
野路の様子を見て、武器を構えようとしていた元パーティ達。
魔法使いの頭九の杖、盗賊の帆亜のナイフ、僧侶の多要のスタッフ、野路の鎧、そして剣士の高座のブロードソード。
全ての装備がガシャンと地に落ち、そしてサラサラと砂になって消えていった。
「ブレイク」——対象の自壊を起こすほどの強力な高周波を与える。
「「「「なっっっ!?」」」」
もういっちょ、さらに弱い力で手を打つ。
「バースト」
「「「「うわああっ!!?」」」」
キィぃぃん!! 甲高い音が一瞬、響き渡る。高座の周りのメンバー達が全員、白目をむいてのけぞり倒れた。手加減はした。
「て、てめえ、そのスキルは……! 収納しかできねえはずだろ!?」
「さあなぁ。どういうことだろうなぁ」
「うっ……くそぉっ!」
破れかぶれになったのか高座は殴ってきた。しかし先ほどの野路と同じくバーストによって弾き返される。お前にゃ野路の倍の威力だよ、高座。
「グゥぁぇぇ…………」
ズタズタのボロになった血まみれの腕を抱えて、蹲る高座の髪を掴みこっちを向けさせる。
「なぁ、高座。何つったけ……。さっき俺に」
「ぅうぇ……?」
「『探索者辞めろ』、だっけ? なぁもっかいそれ俺に言ってみろよ」
「ぐず……ぅ……ぅう、ずび……ずびばぜん……でした」
「あぁん? もっと言うことあるだろ、なぁおい」
「も……、もう二度と、目の前に現れ……ません」
「ったりまえだ。次顔見せたら消すぞ。次来たら魚のエサな、お前」
「は……、ばいぃ……」
俺は高座を放り投げ見下ろした。
「ギルドにはちゃんと行く。逃げても無駄だぞ。俺は生きてるんだからな」
最後に野路の頭を軽く「揺らす」。寝てろ。
路地裏には、白目をむいて倒れる五人だけが残った。
『なんじゃ下僕。殺さんのけ?』
「俺が殺すまでもない。装備と持ち物は全部消した。ありゃ死んだようなもんだ」
これからギルドに行く。それで詰みだ。こいつらが二度とまともに探索できることはない。
◇
ギルドの受付は昼前で空いていた。
カウンターに座っていたのは、強面の中年職員だった。俺の顔を見て書類に目を落とし、もう一度俺の顔を見て――大きく目を見開いた。
「……狭間、蓮さん? 昨日の、八皇子の……。あなた、死亡確認が出て……」
「生きてます。見ての通り」
「い、生きて……!? ちょっ、待ってください、大ごとですよ!これは!」
職員が慌てて席を立ち、奥へ引っ込んでいく。
ほどなく何人かの職員が集まってきて、俺の生存確認の手続きが始まった。書類が飛び交い、電話がかけられ、ちょっとした騒ぎになった。
その過程で、職員の一人が、怪訝な声を上げた。
「……あれ? 狭間さんの所属パーティ、もう見舞金の申請を出してますよ。死亡を前提に……」
「無理やり囮にされました。でも本人は生きてますけどね」
「……これは、まずいな。囮による殺人未遂、虚偽の死亡報告に、不正受給になる……。これは……上に報告します」
俺は真実を伝えた。
俺が生きている。そしてパーティには無理やり囮にされ、殺されかけた。
ただそれだけであいつらの嘘は勝手に崩れていった。もともと高座達は評判の良い人物ではなかった。
ギルドでは大声を上げ、横柄な態度を取る。依頼も誤魔化しギルドの職員とも何度も揉めた。
俺が生存しているという証拠。囮にされたという事実。
奴らの資格は剥奪され、二度と探索者として名乗れなくなった。ざまあみろとすら思わなかった。当然の帰結である。
ひと通りの手続きが終わると、強面の職員が改めて俺に向き直った。
「いやあ、無事で何よりです。……で、狭間さん。差し支えなければ、これからどうされますか。パーティは、その、ああいうことになりましたし……」
「ソロで、やろうと思います」
職員が言葉に詰まった。気の毒そうな困ったような顔。言いたいことは分かる。
「あー……その、失礼ですが。狭間さんのスキルは、確か……戦闘には、あまり」
「ええ。今までは〈インベントリ小〉だけの荷物持ちでした」
俺は腰の短剣に手をかけた。
「昨日、ダンジョンの底でこれを拾ったんです」
鞘からゆっくりと引き抜く。黒い刀身。赤い筋。柄の目玉のような宝石。禍々しいけれど不思議と目を引く、一本の短剣。
職員の顔色が変わった。
「……それは、まさか魔剣……!? しかも、そんな……見たこともない意匠の……」
「珍しいやつみたいですね。おかげで少しは戦えるようになりました」
ギルド中の視線が俺の手の中の短剣に集まっていた。ざわと空気が揺れる。
魔剣。ダンジョンで稀に見つかる特殊な力にをもつ武器の総称だ。A〜Sランクのクランやパーティはコレを持っていることて一人前と見なされる。つまり魔剣持ちは高ランクの証のようなものだ。
それを荷物持ちだったはずの男が握っていることで注目が集まった。
『ククク』
腰の――いや、手の中の短剣が俺にだけ聞こえる声で笑った。
『いやぁー気分がよいのぉ! わし、注目の的じゃな、下僕。もっと崇められてよいぞ。……で、面倒そうなことは終わったか? わし、そろそろ腹が減った。約束じゃ。飯じゃ、飯』
「……はいはい」
俺は小さく息を吐いて、短剣を鞘に戻した。
ここから始まるらしい。荷物持ちの俺じゃない、新しい探索者としての生活が。このとびきり生意気で、食い意地の張った相棒と一緒に。
『下僕ぅ!! あれじゃ! あのでっかい看板のやつ! くる寿司じゃあ!!』
……まずは飯からだ。