魔剣を拾ったら中身が飯にしか興味のない生意気少女だった   作:竜刃丸

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第29飯 「うるさい! 心の準備ってもんがあるだろ!」

 

桜樹町の探索者協会(ギルド)は海の匂いがする町にあった。

 

横浜からもほど近い神那川(かながわ)の海沿い。潮風に混じって、どこか懐かしい下町の空気が漂っている。悪くない、雰囲気のある町だ。桜樹町ダンジョンがなければ頻繁に来ていたかもしれない。

 

ギルドに足を踏み入れた瞬間、周囲の注目を引き寄せた気がした。

 

「おい、あれ……短剣ニキじゃね?」

「マジだ。本物だ」

 

視線が一斉に集まる。最近はどこへ行ってもこうだ。登録者数が85万人超えともなると、探索者からも顔を知られている。悪い気はしないがちょっと落ち着かない。

 

受付で用件を伝えると奥のブースに通された。応対してくれたのは桜樹町ギルドの職員、木島(きじま)さんだ。さわやかな黒髪センターパート、銀縁のハーフリムのメガネ、ザ・しごデキお兄さんって感じの方でスーツが似合うな。

 

「お待ちしておりました、狭間さん。お噂はかねがね。……単刀直入に申しますと、狭間さんの目的はこちらも把握しております」

「目的、というと」

 

「魔剣。それと例の襲撃事案の調査。この二つでしょう」

 

見抜かれていた。古館さん経由の依頼だ。話は通っている前提できたから話が早くて助かる。

 

「桜樹町ダンジョンは、四層の階層型です。各層に下へ降りる階段が隠されています。そして――」

 

職員が資料を広げた。

 

「魔剣を入手するには条件があります。一層から三層にそれぞれ祭壇が隠されている。そこに勾玉が供えられています。それを集めて、四層山頂の祭壇へ。詳しくは現地でご確認ください」

「なるほど」

 

「そしてボスは、酒呑童子。……どうか、お気をつけて」

 

説明を聞きながら、俺の内心は坂を転げ落ちるみたいに沈んでいた。

 

なぜならこの桜樹町ダンジョン。国内でも数か所しかない妖怪の出るダンジョンなのだ。

 

つまりホラーだ。

 

俺は、ホラーが、死ぬほど苦手なんだよ。

 

 

 ◇

 

 

ダンジョンの入り口へ向かう道すがら腰の鞘に話しかける。

 

「なあヴィヴィ。ここ妖怪が出るんだと」

 

ボンっ、と実体化したヴィヴィが俺の肩に腰かけた。

 

「妖怪? なんじゃそれは」

「幽霊とか、化け物とか……。とにかく、そう、怖いやつだ」

 

「ふん。魔物と何が違う。ぬしはいつも魔物を斬っておるではないか」

「違うんだよ! モンスターは、まだいい。妖怪は……こう、じめっとして、いつ出るかわからなくて……」

 

説明しながら、声が震えてきた。ヴィヴィが、じっと俺を見上げる。

 

「……下僕。ぬし、顔が真っ青じゃぞ」

「うるさい」

 

「まさかとは思うが。怖いのか?」

「……悪いか」

 

ヴィヴィが、ぽかんと口を開けた。それからにんまりと笑う。

 

「くっ……くくく。あの下僕が。ボスを消し炭にする下僕が。妖怪如きで震えておるとは!」

「笑うな! ほら配信始めるぞ!」

 

「くははは、下僕ども、本日のダンジョン攻略配信じゃ!」

「……はい、今日は桜樹町ダンジョンを、攻略します」

 

>お? 桜樹町?

>おー有名なあそこか

>有名なん?

>お化け屋敷ダンジョンだわ

>結構難易度高いけどな

>その分探索がはかどる

 

「くくく、今日の下僕は一味違うぞ! こやつは妖怪とやらが苦手みたいじゃぞ! くははは」

「おいやめろヴィヴィ」

 

>こころなしか覇気がないな

>まさか短剣ニキがビビってる?

>まさかの弱点発覚

>ホラー苦手なの意外すぎる

>ギャップで好感度上がったんだが

>ヴィヴィアンちゃん煽るの上手いな

 

コメント欄まで俺をいじり始めた。くそ。もう入るしかないのか。

 

 

 ◇

 

 

一層に足を踏み入れた。

 

――最悪だ。

 

霧が立ち込めていた。青みがかった、薄暗い世界。目の前に広がるのは朽ちかけた集落だった。

 

トタンの壁。板張りの木造家屋。苔むした石垣。濡れた石畳が、狭い路地の奥へと続いている。かつて誰かが住んでいた家々が、今は誰もいないまま、じっとりと湿って腐りかけていた。

 

生活の匂いだけが、残骸みたいに残っている。誰かがここにいた、そして何かがまだいるかもしれない、。

 

「……なんだよ、ここ」

 

家の窓はどれも暗い。中は見えない。だが、見えないからこそ、何かがこっちを見ている気がする。

 

扉がいくつも並んでいる。閉ざされたまま開く気配もない。

 

俺は家の中に入りたくない。閉じ込められたくない。開かない扉が心底嫌いだ。

 

「下僕、はよ進まぬか。勾玉とやらを探すのじゃろう」

 

ヴィヴィは暢気なものだ。俺の恐怖など、どこ吹く風できょろきょろと辺りを見回している。

 

「わ、わかってる。わかってるけど……」

 

一歩ずつ石畳を進む。自分の足音がやけに大きく響いた。ぴちゃ、ぴちゃ、と水を踏む音。それ以外はしんと静まり返っている。

 

その静けさがたまらない。

 

路地を曲がる。また、暗い家並み。誰もいない。誰もいないはずだ。

 

そのときだった。

 

かたん。

 

背後で、物音がした。

 

「――ッ!!」

 

振り返る。

 

家の陰から、それが、ぬっと現れた。

 

土気色の肌。うつろな目。手には錆びた鎌。生きているのか死んでいるのかわからない。よろよろとこちらへ近づいてくる。

 

屍人だ。

 

つん——と、生臭い匂いが鼻をついた。血と腐敗の匂い。

 

「うわああああぁぁぁあぁっ!!」

 

「バースト!」

 

考えるより先に手が出た。空間が弾け屍人が吹き飛ぶ。壁に叩きつけられ動かなくなった。

 

はあ、はあ、と息が上がる。心臓が痛いほど鳴っている。

 

「情けない声を出しおって。倒せておるではないか」

 

「うるさい! 心の準備ってもんがあるだろ!」

 

>叫び声で草

>むしろ短剣ニキにビビった

>倒す実力はあるのにビビり方が一般人

>血の匂いとか言われたら確かにキツい

>短剣ニキ人間味あって好き

>声でかすぎ

>腹声

 

倒せるのはわかってる。実力ならこんなの雑魚だ。だが理屈じゃないんだ。怖いものは怖いんだよっ。

 

 

 ◇

 

 

それからも屍人は現れ続けた。

 

物陰から。家の裏から。石段の上から。よろよろと、音もなく忍び寄っては背後を狙ってくる。耐久力は低い。数の脅威でこられても、バースト一発で片がつく。

 

問題はこっちの心臓が持つかどうかだ。

 

「ひっ」「うわっ」「来るな!」「うぇえぇ」「ふぅ」「ぎゃああ!」

 

そのたびに、俺は情けない声を上げ、屍人を吹き飛ばした。もう喉が枯れそうだ。

 

「なあヴィヴィ。あとどれくらいだ。祭壇は、まだか」

「知らん。ぬしが探すのじゃろう」

 

役に立たないダメ魔王だ。

 

濡れた石段を恐る恐る上る。手すりは錆びついている。上りきった先に、少し開けた場所があった。

 

古い小さな祠。その前に石造りの台座。

 

台座の上で何かがほのかに光っていた。

 

「……これか?」

 

近づいて手に取る。青白く光る勾玉。ひんやりと冷たい。間違いない。これが魔剣入手の条件の一つだ。

 

「やったのじゃ! 一つ目じゃな!」

「ああ。あと、二層と三層で……」

 

「ほれ、次は階段を探すんじゃ!」

「うう……」

 

結局周囲を歩き回り、ようやく階段を見つけたときはすでに正午近くだった。階段の奥は暗く、まったく見えない。奈落の底を暗示しているかのようだ。あそこを降りるのか。いやだ。

 

「……二層も、怖いんだろうな」

 

考えるだけで気が重い。吐き気でめまいがして来た。だが進むしかない。魔剣はこの先にあるんだ。

 

俺は勾玉を握りしめた。

 

「行くぞ、ヴィヴィ」

「うむ! ……のう下僕、その勾玉、なめたらうまいかの?」

 

「うまくない。ほら飴ちゃんやるから」

 

こいつは本当にブレない。少しだけ恐怖が和らいだ気がした。

 

 

----------------------

ホラー描写が難しいです。

 

 

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