魔剣を拾ったら中身が飯にしか興味のない生意気少女だった 作:竜刃丸
桜樹町の
横浜からもほど近い
ギルドに足を踏み入れた瞬間、周囲の注目を引き寄せた気がした。
「おい、あれ……短剣ニキじゃね?」
「マジだ。本物だ」
視線が一斉に集まる。最近はどこへ行ってもこうだ。登録者数が85万人超えともなると、探索者からも顔を知られている。悪い気はしないがちょっと落ち着かない。
受付で用件を伝えると奥のブースに通された。応対してくれたのは桜樹町ギルドの職員、
「お待ちしておりました、狭間さん。お噂はかねがね。……単刀直入に申しますと、狭間さんの目的はこちらも把握しております」
「目的、というと」
「魔剣。それと例の襲撃事案の調査。この二つでしょう」
見抜かれていた。古館さん経由の依頼だ。話は通っている前提できたから話が早くて助かる。
「桜樹町ダンジョンは、四層の階層型です。各層に下へ降りる階段が隠されています。そして――」
職員が資料を広げた。
「魔剣を入手するには条件があります。一層から三層にそれぞれ祭壇が隠されている。そこに勾玉が供えられています。それを集めて、四層山頂の祭壇へ。詳しくは現地でご確認ください」
「なるほど」
「そしてボスは、酒呑童子。……どうか、お気をつけて」
説明を聞きながら、俺の内心は坂を転げ落ちるみたいに沈んでいた。
なぜならこの桜樹町ダンジョン。国内でも数か所しかない妖怪の出るダンジョンなのだ。
つまりホラーだ。
俺は、ホラーが、死ぬほど苦手なんだよ。
◇
ダンジョンの入り口へ向かう道すがら腰の鞘に話しかける。
「なあヴィヴィ。ここ妖怪が出るんだと」
ボンっ、と実体化したヴィヴィが俺の肩に腰かけた。
「妖怪? なんじゃそれは」
「幽霊とか、化け物とか……。とにかく、そう、怖いやつだ」
「ふん。魔物と何が違う。ぬしはいつも魔物を斬っておるではないか」
「違うんだよ! モンスターは、まだいい。妖怪は……こう、じめっとして、いつ出るかわからなくて……」
説明しながら、声が震えてきた。ヴィヴィが、じっと俺を見上げる。
「……下僕。ぬし、顔が真っ青じゃぞ」
「うるさい」
「まさかとは思うが。怖いのか?」
「……悪いか」
ヴィヴィが、ぽかんと口を開けた。それからにんまりと笑う。
「くっ……くくく。あの下僕が。ボスを消し炭にする下僕が。妖怪如きで震えておるとは!」
「笑うな! ほら配信始めるぞ!」
「くははは、下僕ども、本日のダンジョン攻略配信じゃ!」
「……はい、今日は桜樹町ダンジョンを、攻略します」
>お? 桜樹町?
>おー有名なあそこか
>有名なん?
>お化け屋敷ダンジョンだわ
>結構難易度高いけどな
>その分探索がはかどる
「くくく、今日の下僕は一味違うぞ! こやつは妖怪とやらが苦手みたいじゃぞ! くははは」
「おいやめろヴィヴィ」
>こころなしか覇気がないな
>まさか短剣ニキがビビってる?
>まさかの弱点発覚
>ホラー苦手なの意外すぎる
>ギャップで好感度上がったんだが
>ヴィヴィアンちゃん煽るの上手いな
コメント欄まで俺をいじり始めた。くそ。もう入るしかないのか。
◇
一層に足を踏み入れた。
――最悪だ。
霧が立ち込めていた。青みがかった、薄暗い世界。目の前に広がるのは朽ちかけた集落だった。
トタンの壁。板張りの木造家屋。苔むした石垣。濡れた石畳が、狭い路地の奥へと続いている。かつて誰かが住んでいた家々が、今は誰もいないまま、じっとりと湿って腐りかけていた。
生活の匂いだけが、残骸みたいに残っている。誰かがここにいた、そして何かがまだいるかもしれない、。
「……なんだよ、ここ」
家の窓はどれも暗い。中は見えない。だが、見えないからこそ、何かがこっちを見ている気がする。
扉がいくつも並んでいる。閉ざされたまま開く気配もない。
俺は家の中に入りたくない。閉じ込められたくない。開かない扉が心底嫌いだ。
「下僕、はよ進まぬか。勾玉とやらを探すのじゃろう」
ヴィヴィは暢気なものだ。俺の恐怖など、どこ吹く風できょろきょろと辺りを見回している。
「わ、わかってる。わかってるけど……」
一歩ずつ石畳を進む。自分の足音がやけに大きく響いた。ぴちゃ、ぴちゃ、と水を踏む音。それ以外はしんと静まり返っている。
その静けさがたまらない。
路地を曲がる。また、暗い家並み。誰もいない。誰もいないはずだ。
そのときだった。
かたん。
背後で、物音がした。
「――ッ!!」
振り返る。
家の陰から、それが、ぬっと現れた。
土気色の肌。うつろな目。手には錆びた鎌。生きているのか死んでいるのかわからない。よろよろとこちらへ近づいてくる。
屍人だ。
つん——と、生臭い匂いが鼻をついた。血と腐敗の匂い。
「うわああああぁぁぁあぁっ!!」
「バースト!」
考えるより先に手が出た。空間が弾け屍人が吹き飛ぶ。壁に叩きつけられ動かなくなった。
はあ、はあ、と息が上がる。心臓が痛いほど鳴っている。
「情けない声を出しおって。倒せておるではないか」
「うるさい! 心の準備ってもんがあるだろ!」
>叫び声で草
>むしろ短剣ニキにビビった
>倒す実力はあるのにビビり方が一般人
>血の匂いとか言われたら確かにキツい
>短剣ニキ人間味あって好き
>声でかすぎ
>腹声
倒せるのはわかってる。実力ならこんなの雑魚だ。だが理屈じゃないんだ。怖いものは怖いんだよっ。
◇
それからも屍人は現れ続けた。
物陰から。家の裏から。石段の上から。よろよろと、音もなく忍び寄っては背後を狙ってくる。耐久力は低い。数の脅威でこられても、バースト一発で片がつく。
問題はこっちの心臓が持つかどうかだ。
「ひっ」「うわっ」「来るな!」「うぇえぇ」「ふぅ」「ぎゃああ!」
そのたびに、俺は情けない声を上げ、屍人を吹き飛ばした。もう喉が枯れそうだ。
「なあヴィヴィ。あとどれくらいだ。祭壇は、まだか」
「知らん。ぬしが探すのじゃろう」
役に立たないダメ魔王だ。
濡れた石段を恐る恐る上る。手すりは錆びついている。上りきった先に、少し開けた場所があった。
古い小さな祠。その前に石造りの台座。
台座の上で何かがほのかに光っていた。
「……これか?」
近づいて手に取る。青白く光る勾玉。ひんやりと冷たい。間違いない。これが魔剣入手の条件の一つだ。
「やったのじゃ! 一つ目じゃな!」
「ああ。あと、二層と三層で……」
「ほれ、次は階段を探すんじゃ!」
「うう……」
結局周囲を歩き回り、ようやく階段を見つけたときはすでに正午近くだった。階段の奥は暗く、まったく見えない。奈落の底を暗示しているかのようだ。あそこを降りるのか。いやだ。
「……二層も、怖いんだろうな」
考えるだけで気が重い。吐き気でめまいがして来た。だが進むしかない。魔剣はこの先にあるんだ。
俺は勾玉を握りしめた。
「行くぞ、ヴィヴィ」
「うむ! ……のう下僕、その勾玉、なめたらうまいかの?」
「うまくない。ほら飴ちゃんやるから」
こいつは本当にブレない。少しだけ恐怖が和らいだ気がした。
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ホラー描写が難しいです。