魔剣を拾ったら中身が飯にしか興味のない生意気少女だった   作:竜刃丸

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第30飯 「いきなり天井から落ちてこんといて下さい」

 

二層へ降りる石段は、一層よりも急だった。

 

降りきった先に広がっていたのは、武家屋敷だった。

 

長い廊下。等間隔に並ぶ障子。磨かれていたはずの床板は、今は埃と湿気にくすんでいる。天井は高く、暗い。

 

「……なんか、しんとしてるな」

 

一層の廃村は、少なくとも外だった。どんよりしていたが空があった。だがここは違う。

 

屋敷の中であり、閉じている空間だ。

 

窓はなく、あるのは障子と、襖と、閉ざされた扉ばかり。廊下は奥へ奥へと続いていて、どこにも出口が見えない。歩いても歩いても同じ景色が続く気がする。

 

『下僕、どうした。進まぬのか』

「……進むよ。進むけどさ」

 

ヴィヴィは1層で歩くのに飽きて実体化を解いている。

 

障子の一枚にふと目が留まった。

 

薄い紙の向こう。部屋の中は見えない。だが。

 

何かがいる気がする。

 

障子の向こうに、じっと座ってこちらを見ている何かが。気配だけが確かにある。開けて確かめる気にはとてもなれなかった。

 

「……気のせいだ。気のせい」

 

自分に言い聞かせて廊下を進む。ぎし、と床が鳴った。俺の足音じゃない。いや、俺の足音だ。そう思いたい。

 

>なんか二層こわない?

>屍人が出てこないぶん逆に不安

>この静けさが無理

>短剣ニキ今すごい早歩きになってる

 

コメント欄も、同じ空気を感じているらしい。

 

廊下を曲がる。また障子。また襖。同じような景色がいくつも並ぶ。

 

俺は閉じた扉が嫌いだった。特に開けたらよくないとわかっている扉は、もっと嫌いだ。この奥に何があるのか考えたくもない。

 

 

 ◇

 

 

庭に面した渡り廊下に出た。

 

外の光がわずかに差している。少しだけ息がつけた。

 

その、ときだった。

 

ヒョー……ヒョー……。

 

奇妙な声が、聞こえた。

 

「……なんだ、今の」

 

高く、細く、尾を引くような声。鳥のようで、鳥ではない。どこから聞こえたのか、わからない。

 

「ヴィヴィ、今の聞こえたか」

『聞こえたぞ。上じゃ、上』

 

上?

 

見上げた、その瞬間。

 

天井裏から、ぬうっとそれが降ってきた。

 

猿の顔。狸の胴。虎の脚。そして、尾は蛇。継ぎ接ぎみたいな、あり得ない獣。俺の頭上へのしかかるように落ちてくる。

 

「――ロック!!」

 

とっさに固定した空間がそいつを弾いた。獣は空中で跳ね返り廊下の向こうへ着地する。

 

はあ、はあ、と息が上がる。

 

「鵺、か……」

 

常に気を張って、ロックを展開していたから避けられた。もし油断していたらまともに食らっていた。

 

「いきなり天井から落ちてこんといて下さい」

 

思わず敬語で懇願していた。

 

>敬語で草

>ジャンプスケアにキレる短剣ニキ

>鵺キモすぎる

>この継ぎ接ぎ感が無理

 

鵺は、ヒョーと鳴いて、また天井裏へ消えた。追う気にはなれなかった。

 

 

 ◇

 

 

長い廊下の突き当たり。

 

そこに、ぼんやりと光る祭壇があった。

 

台座の上に青白い勾玉。一層と同じだ。

 

「二つ目、ゲットだな」

 

手に取る。ひんやりとした感触。これであと一つ。

 

そのときだった。

 

ドタ、ドタ、ドタ……。

 

背後の廊下の曲がり角から、重い足音が近づいてきた。一つじゃない。いくつも。ガチャリ、ガチャリと、金属の擦れる音を伴ってる。

 

振り返る。

 

黒く鎧を着た落武者がこちらへ駆けてきていた。一体、二体……三体。錆びた鎧を身にまとい欠けた刀を振りかざしながら。本能的な恐怖を感じた。

 

「うわ、来た。来たって!」

 

「バースト!」

 

空間の衝撃が先頭の落武者を吹き飛ばした。壁に叩きつけられる。

 

だが。

 

落武者はむくりと起き上がった。

 

「……は?」

 

もう一度。バーストを叩き込む。吹き飛ぶ。また起き上がる。

 

「なんで立つんだよ!」

 

衝撃で吹き飛ばしてもこいつらは倒れなかった。なぜだ。

 

『こやつらは生き物ではない。だから物理的な衝撃はきかんのじゃろ』

「なんだと……」

 

物理的に破壊が無理なら——、斬るか。

 

「ディバイド」

 

魔剣ヴィヴィアンを振って空間の断裂で切り裂く。後続の落武者もろとも両断した。だが——上半身と下半身に分かれてもなお、動いていた。

 

「……きもいな」

『ほうっておけばよい』

 

同意だ。あの錆びた鎧に、うつろな兜の奥の暗闇に、近づきたくない。

 

ガチャリ、ガチャリ、ガチャリ。また落武者が駆けてくる音が聞こえてくる。

 

「うあ……、無理……無理無理!」

 

俺は回れ右した。

 

「ひ、ひぃ」

 

祭壇の脇に下へ続く階段があるのを視界の端が捉えていた。あそこだ。

 

落武者の群れに背を向けて全力で駆ける。ガチャガチャと、追ってくる音。振り向きたくない。振り向いたら負けだ。

 

階段へ飛び込む。転げ落ちるように下へ。

 

気づいたら三層に着いていた。

 

「……はあ、はあ。着いた……」

 

倒すより逃げるほうが早かった。

 

>ダンジョンで無双してた短剣ニキが全力で逃げてて草

>倒せるのに逃げるのウケる

>ヒィヒィ言い過ぎ

>これもう探索者じゃなくて被害者だろ

>短剣ニキのダンジョン配信、ホラー実況になってる

 

 

 ◇

 

 

三層は平安時代の京の街だった。

 

道が広い。石畳の通りがまっすぐ奥まで見渡せる。塀や町屋が軒を連ねていて頭上には暗いながらも空がある。

 

「……お」

 

閉じていない。空間が広い。それだけでこんなに落ち着くとは。

 

「なんか、ここは……マシだな」

 

通りを歩く。土蜘蛛が路地から顔を覗かせた。でかい蜘蛛の胴に、醜い顔。確かに気持ち悪い。だが。

 

「お前は、まあ……見た目モンスターだしな」

 

はっきり化け物なら問題ない。斬れる。ディバイドで糸を吐く前に両断した。

 

頭上を鴉天狗が飛んでいく。風の刃を放ってくるが見えている攻撃は怖くない。ショックで撃ち落とす。

 

「なんだ。この層、楽勝じゃん」

 

本来なら土蜘蛛の毒や鴉天狗の遠距離攻撃と、盾役も回復役もいないソロには厳しい層のはずだ。だが今の俺にはボーナスステージみたいなものだった。

 

やっぱり人型が一番怖い。妖怪でもはっきり化け物の姿をしてるやつは耐えられる。

 

『のう下僕。腹が減ったのじゃ。なんぞ食い物はないのか』

 

ヴィヴィが実体化して、俺の足元で駄々をこねてきた。

 

「こんな怖いとこで、リラックスして飯なんか食えるか。……ほら、これで我慢しとけ」

 

水筒に入れてきたココアを、キャップに注いで渡す。俺は水を一口飲むので精一杯だ。こんな状況で味なんてわからない。

 

ヴィヴィ、両手でキャップを持ってちびちびとココアをすする。

 

「ふぃ〜」

「変な声出すなよ」

 

「うまいのじゃ。下僕、おかわり」

「一杯だけだ」

 

こいつは本当にどこでもマイペースだが、そのおかげで少しだけ気が抜けた。

 

シフトで空へ浮かぶ。上から見下ろせば、祭壇なんてすぐに見つかる。通りの外れの祠に青白い光。

 

「三つ目、ゲット」

 

勾玉を回収する。下へ続く階段も、見通しがいいからすぐに見つかった。

 

「よし。これで勾玉は三つ揃った。あとは四層の山頂の祭壇だな」

 

次の層もこんな感じだといいな。そう呑気に考えていた。

 

――そんなわけがなかった。

 

 

 ◇

 

 

四層に降りた瞬間。

 

空気が変わった。

 

夜の山だった。

 

見上げても空はない。鬱蒼と茂った木々が、頭上を覆い尽くしている。月明かりも届かない。ただただ暗い。木の根に捉われ、足元さえおぼつかない。息が詰まりそうだった。

 

——俺は暗い山が嫌いだ。

 

静かな森。見通しのきかない闇。どこに何があるのかわからない。

 

——何かが目の端のほうで動いた気がした。

 

振り向く。何もいない。

 

——あそこの茂み。あの奥に何かいるんじゃないか。暗くて見えない。

 

見えないから余計に。

 

――そう。

 

あの時もそうだった。

 

暗い山は昔を思い出させる。

 

まだ俺が幼い頃。父と母を追いかけてはしゃいで走って。気づいたら二人の姿を見失っていた。なぜか山の中に迷い込んでいた。

 

暗くて。静かで。どこにも出口がなくて。

 

何かがいる気がして。

 

「……やめろ」

 

思い出すな。今は探索中だ。集中しろ。

 

だが足が震えていた。一歩、進むごとに背中を冷たいものが這い上がってくる。

 

『帰ったら飯にするぞ! 下僕よ! 今日はたっぷり食うのじゃ!』

 

ヴィヴィの暢気な声だけが、やけに遠く聞こえた。

 

「うう……早く帰りたい……暗いし、こわい……」

 

俺はこの暗闇の中にもっと恐ろしいものが潜んでいることを、この時は知らなかった。

 

 

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