魔剣を拾ったら中身が飯にしか興味のない生意気少女だった 作:竜刃丸
二層へ降りる石段は、一層よりも急だった。
降りきった先に広がっていたのは、武家屋敷だった。
長い廊下。等間隔に並ぶ障子。磨かれていたはずの床板は、今は埃と湿気にくすんでいる。天井は高く、暗い。
「……なんか、しんとしてるな」
一層の廃村は、少なくとも外だった。どんよりしていたが空があった。だがここは違う。
屋敷の中であり、閉じている空間だ。
窓はなく、あるのは障子と、襖と、閉ざされた扉ばかり。廊下は奥へ奥へと続いていて、どこにも出口が見えない。歩いても歩いても同じ景色が続く気がする。
『下僕、どうした。進まぬのか』
「……進むよ。進むけどさ」
ヴィヴィは1層で歩くのに飽きて実体化を解いている。
障子の一枚にふと目が留まった。
薄い紙の向こう。部屋の中は見えない。だが。
何かがいる気がする。
障子の向こうに、じっと座ってこちらを見ている何かが。気配だけが確かにある。開けて確かめる気にはとてもなれなかった。
「……気のせいだ。気のせい」
自分に言い聞かせて廊下を進む。ぎし、と床が鳴った。俺の足音じゃない。いや、俺の足音だ。そう思いたい。
>なんか二層こわない?
>屍人が出てこないぶん逆に不安
>この静けさが無理
>短剣ニキ今すごい早歩きになってる
コメント欄も、同じ空気を感じているらしい。
廊下を曲がる。また障子。また襖。同じような景色がいくつも並ぶ。
俺は閉じた扉が嫌いだった。特に開けたらよくないとわかっている扉は、もっと嫌いだ。この奥に何があるのか考えたくもない。
◇
庭に面した渡り廊下に出た。
外の光がわずかに差している。少しだけ息がつけた。
その、ときだった。
ヒョー……ヒョー……。
奇妙な声が、聞こえた。
「……なんだ、今の」
高く、細く、尾を引くような声。鳥のようで、鳥ではない。どこから聞こえたのか、わからない。
「ヴィヴィ、今の聞こえたか」
『聞こえたぞ。上じゃ、上』
上?
見上げた、その瞬間。
天井裏から、ぬうっとそれが降ってきた。
猿の顔。狸の胴。虎の脚。そして、尾は蛇。継ぎ接ぎみたいな、あり得ない獣。俺の頭上へのしかかるように落ちてくる。
「――ロック!!」
とっさに固定した空間がそいつを弾いた。獣は空中で跳ね返り廊下の向こうへ着地する。
はあ、はあ、と息が上がる。
「鵺、か……」
常に気を張って、ロックを展開していたから避けられた。もし油断していたらまともに食らっていた。
「いきなり天井から落ちてこんといて下さい」
思わず敬語で懇願していた。
>敬語で草
>ジャンプスケアにキレる短剣ニキ
>鵺キモすぎる
>この継ぎ接ぎ感が無理
鵺は、ヒョーと鳴いて、また天井裏へ消えた。追う気にはなれなかった。
◇
長い廊下の突き当たり。
そこに、ぼんやりと光る祭壇があった。
台座の上に青白い勾玉。一層と同じだ。
「二つ目、ゲットだな」
手に取る。ひんやりとした感触。これであと一つ。
そのときだった。
ドタ、ドタ、ドタ……。
背後の廊下の曲がり角から、重い足音が近づいてきた。一つじゃない。いくつも。ガチャリ、ガチャリと、金属の擦れる音を伴ってる。
振り返る。
黒く鎧を着た落武者がこちらへ駆けてきていた。一体、二体……三体。錆びた鎧を身にまとい欠けた刀を振りかざしながら。本能的な恐怖を感じた。
「うわ、来た。来たって!」
「バースト!」
空間の衝撃が先頭の落武者を吹き飛ばした。壁に叩きつけられる。
だが。
落武者はむくりと起き上がった。
「……は?」
もう一度。バーストを叩き込む。吹き飛ぶ。また起き上がる。
「なんで立つんだよ!」
衝撃で吹き飛ばしてもこいつらは倒れなかった。なぜだ。
『こやつらは生き物ではない。だから物理的な衝撃はきかんのじゃろ』
「なんだと……」
物理的に破壊が無理なら——、斬るか。
「ディバイド」
魔剣ヴィヴィアンを振って空間の断裂で切り裂く。後続の落武者もろとも両断した。だが——上半身と下半身に分かれてもなお、動いていた。
「……きもいな」
『ほうっておけばよい』
同意だ。あの錆びた鎧に、うつろな兜の奥の暗闇に、近づきたくない。
ガチャリ、ガチャリ、ガチャリ。また落武者が駆けてくる音が聞こえてくる。
「うあ……、無理……無理無理!」
俺は回れ右した。
「ひ、ひぃ」
祭壇の脇に下へ続く階段があるのを視界の端が捉えていた。あそこだ。
落武者の群れに背を向けて全力で駆ける。ガチャガチャと、追ってくる音。振り向きたくない。振り向いたら負けだ。
階段へ飛び込む。転げ落ちるように下へ。
気づいたら三層に着いていた。
「……はあ、はあ。着いた……」
倒すより逃げるほうが早かった。
>ダンジョンで無双してた短剣ニキが全力で逃げてて草
>倒せるのに逃げるのウケる
>ヒィヒィ言い過ぎ
>これもう探索者じゃなくて被害者だろ
>短剣ニキのダンジョン配信、ホラー実況になってる
◇
三層は平安時代の京の街だった。
道が広い。石畳の通りがまっすぐ奥まで見渡せる。塀や町屋が軒を連ねていて頭上には暗いながらも空がある。
「……お」
閉じていない。空間が広い。それだけでこんなに落ち着くとは。
「なんか、ここは……マシだな」
通りを歩く。土蜘蛛が路地から顔を覗かせた。でかい蜘蛛の胴に、醜い顔。確かに気持ち悪い。だが。
「お前は、まあ……見た目モンスターだしな」
はっきり化け物なら問題ない。斬れる。ディバイドで糸を吐く前に両断した。
頭上を鴉天狗が飛んでいく。風の刃を放ってくるが見えている攻撃は怖くない。ショックで撃ち落とす。
「なんだ。この層、楽勝じゃん」
本来なら土蜘蛛の毒や鴉天狗の遠距離攻撃と、盾役も回復役もいないソロには厳しい層のはずだ。だが今の俺にはボーナスステージみたいなものだった。
やっぱり人型が一番怖い。妖怪でもはっきり化け物の姿をしてるやつは耐えられる。
『のう下僕。腹が減ったのじゃ。なんぞ食い物はないのか』
ヴィヴィが実体化して、俺の足元で駄々をこねてきた。
「こんな怖いとこで、リラックスして飯なんか食えるか。……ほら、これで我慢しとけ」
水筒に入れてきたココアを、キャップに注いで渡す。俺は水を一口飲むので精一杯だ。こんな状況で味なんてわからない。
ヴィヴィ、両手でキャップを持ってちびちびとココアをすする。
「ふぃ〜」
「変な声出すなよ」
「うまいのじゃ。下僕、おかわり」
「一杯だけだ」
こいつは本当にどこでもマイペースだが、そのおかげで少しだけ気が抜けた。
シフトで空へ浮かぶ。上から見下ろせば、祭壇なんてすぐに見つかる。通りの外れの祠に青白い光。
「三つ目、ゲット」
勾玉を回収する。下へ続く階段も、見通しがいいからすぐに見つかった。
「よし。これで勾玉は三つ揃った。あとは四層の山頂の祭壇だな」
次の層もこんな感じだといいな。そう呑気に考えていた。
――そんなわけがなかった。
◇
四層に降りた瞬間。
空気が変わった。
夜の山だった。
見上げても空はない。鬱蒼と茂った木々が、頭上を覆い尽くしている。月明かりも届かない。ただただ暗い。木の根に捉われ、足元さえおぼつかない。息が詰まりそうだった。
——俺は暗い山が嫌いだ。
静かな森。見通しのきかない闇。どこに何があるのかわからない。
——何かが目の端のほうで動いた気がした。
振り向く。何もいない。
——あそこの茂み。あの奥に何かいるんじゃないか。暗くて見えない。
見えないから余計に。
――そう。
あの時もそうだった。
暗い山は昔を思い出させる。
まだ俺が幼い頃。父と母を追いかけてはしゃいで走って。気づいたら二人の姿を見失っていた。なぜか山の中に迷い込んでいた。
暗くて。静かで。どこにも出口がなくて。
何かがいる気がして。
「……やめろ」
思い出すな。今は探索中だ。集中しろ。
だが足が震えていた。一歩、進むごとに背中を冷たいものが這い上がってくる。
『帰ったら飯にするぞ! 下僕よ! 今日はたっぷり食うのじゃ!』
ヴィヴィの暢気な声だけが、やけに遠く聞こえた。
「うう……早く帰りたい……暗いし、こわい……」
俺はこの暗闇の中にもっと恐ろしいものが潜んでいることを、この時は知らなかった。