魔剣を拾ったら中身が飯にしか興味のない生意気少女だった 作:竜刃丸
それは朝の見回りの最中に来た。
基地の東側、俺が土嚢を積んでいたあたりから、少し下ったところ。地面が大きく揺れたことで気が付いた。
「来たぞー!
見張りの声が上がる。五十メートルほど先、木立をなぎ倒して、黒い塊が坂を上ってくる。
でかい。四メートルほどのずんぐりした胴に、短い手足のようなものがついている。全体が黒く硬化した殻に覆われていた。表面がでこぼこと隆起している。
ずんぐりむっくりした不格好な人の形に見えなくもない。そいつが一体、押しつぶすように基地へ向かって前進してきた。
そして周囲にはイガグリのモンスター
「熾実の前に出るな! こいつは俺と鬼頭でやる!」
壬生さんは大槌の魔剣ニーベルン・ハンマーを担いで熾実へと向かう。その後ろから、赤い髪の侍Aランク、鬼頭も来た。
他の探索者たちは散開して毬火を迎え撃つ。俺は空からの翼実を相手取った。空中のモンスターは飛び道具をもつ魔法班と俺の役目だ。
「またこいつかよ!」
鬼頭が熾実に向かって舌打ちをした。
「壬生。こいつだ。こいつが昨日、俺たちを止めたヤツだ!」
「わかっている!」
壬生さんが足を止めて、大槌を振りかぶった。
「アース・ピラー!」
地面を叩く。ドン、と衝撃が走り、巨大な岩柱が連続して熾実へ突出する。熾実は巨体故に足を取られて思うように進めない。
そこへ鬼頭が跳んだ。鬼斬りの刀、童子切安綱が抜かれる。刀身が紅く染まる。
「
炎の檻が熾実を包み込んだ。渦を巻いて、内側から焼き上げていく。
四層で酒呑童子がやったのと同じ技だ。
数秒。炎が晴れる。
——熾実は立っていた。
殻の表面が煤けている。しかし、Aランク二名の連撃が有効打にはなりえていない。
「……くそが」
鬼頭が着地して、刀を構え直した。
「攻撃が通らねぇ。硬すぎんだよこいつ」
「ああ、昨日と同じだ」
壬生さんがニーベルン・ハンマーを構えなおす。
「幹の外殻も、こいつと同じ材質だと思っている。俺の槌でも割れん。やっとのことで削っても、削った端から再生する」
なるほど。それで昨日、あの人たちは煤だらけで帰ってきたのか。
「ショック」
翼実をまとめて吹き飛ばした後、俺は攻めあぐねている壬生さんと鬼頭の少し前に飛びおりた。
「狭間君。下がれ、こいつは——」
「壬生さん」
俺は熾実を見上げた。大きく、硬い。攻撃が通らない。
「こいつの相手は俺がする」
俺は右手を上げた。
◇
ゴーレムがいた渋家ダンジョンを思い出す。硬い、防御が高い、有効打が得られない。こういったやつらの相手をするとき、俺はいつも同じことを考える。
硬いものを斬るには、もっと硬いものが要る。速く斬るには、もっと速い刃が要る。
俺の魔法はそこにない。空間そのものを切り離す。
物体の強度は関係ない。そこにある空間が断たれれば、そこにあったものも断たれる。
だから——魔剣ヴィヴィを振る。
「
音は一切なく、熾実の巨体にいくつもの細い線が走った。
縦に。横に。斜めに。格子状の線が、全身に。
一拍置いて、ずるりとずれた。四メートルの巨体が賽の目に切られた豆腐みたいに、その場に崩れ落ちた。
どさどさどさ、と黒い立方体が積み重なる。
「……」
しん、と静まり返った。坂の下から上がってきた探索者たちが、全員止まっていた。
壬生さんが大槌を下ろした。鬼頭が口を半分開けたまま固まっている。
「……は?」
「硬いのは殻だけですね。俺のスキルは空間を切りさきます。殻の硬さは関係ありませんので」
——みんなの反応がない。
まぁそうか。昨日一日かけて倒せなかったものが、三秒で崩れたらそうなるか。
◇
ボンっ。
「腹が! 減ったのじゃーーー!」
いきなり実体化したヴィヴィが、俺の肩を蹴って飛び上がる。
「おい」
黒い立方体の山にまっしぐらにそのまま突っ込んでいった。
「おい、ヴィヴィ。危ないぞ、まだ何か——」
「下僕! これじゃ! これ!」
ヴィヴィが立方体の一つに抱きついていた。
「うまそうなのじゃ!」
「……は?」
「においがしておる! ずっと前からしておったのじゃ! 昨日から、ずーっと!」
そういえば、毬火を初めて見たときも同じことを言っていたな。
俺は近づいて、崩れた断面を覗き込む。黒い殻の内側に白いものが詰まっている。分厚くそして湯気が上がっていた。
「……湯気?」
指を近づける。熱い。生じゃない。
「これ、火が通ってるな」
「そうじゃ! そうなんじゃ!」
ヴィヴィは白い部分を両手でむしり取り、止める間もなくそのまま口へと放り込む。
はぐ。もぐもぐ。そして。
「——んまああああああああい!」
ヴィヴィが天を仰いだ。うるさい。
「狭間君」
止まらないヴィヴィを見ていると、壬生さんが後ろに来ていた。
「その子は、何を食べている」
「……モンスターですね」
「食えるのか」
「食えるみたいですね」
ガルーダやボアと同じ理屈か。若干グロテスクな見た目をしているが、俺は殻から白い部分をひとかけら引きはがした。
表面がわずかに焼き色をつけていて、指に脂がつく。植物なのに触った感じは肉みたいだな。
匂いを嗅ぐと甘い。だが甘ったるくはない。香ばしさが混ざっている。焼いた肉の匂いに近いが、それより澄んでいる。
思わず口に入れてしまった。
「……」
噛むと繊維がほどけてじわりと汁があふれ出てきた。濃い肉の味だ。豚に近く、それも脂の乗ったやつ。
だが後味が違う。獣くささがまるでない。
「……豚肉に似てるな」
飲み込むと喉を通った後も、胸のあたりが温かい。体に染みる感じがあった。
昨日から俺はおにぎりと携行食とあとはゼリー飲料しか口にしていない。正直に言う。美味い。
「壬生さん」
「なんだ」
得体のしれないものを食べる俺とヴィヴィを見て少し引いている。
「これ、滅茶苦茶美味いです」
「……食えるのか?」
「食えます」
壬生さんがおそるおそる俺の手からひとかけら受け取った。
しばらく見て、それから意を決して口に入れた。
「……なんだ、これは。美味いぞ」
気がつくと、周りに人が集まっていた。
「なあ、それ本当に食えんのか」
「モンスターだろ?」
「うまいのか」
「今のディバイドってやつ、なんだったんだ」
俺は黒い立方体の山を見た。四メートル級の熾実、一体。殻を除いても、白い部分がかなりの量ある。
「壬生さん……これ、何人分ありますかね」
「三百人はいけるんじゃないか」
「基地には何人いるんでしたっけ?」
「今、二百八十人ほどいる」
「じゃあ、ちょうどですね」
「……おい、まさか」
そう、そのまさかだ。
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本日は2話更新です。
長いのでいったんここで切ります。