魔剣を拾ったら中身が飯にしか興味のない生意気少女だった 作:竜刃丸
炊事班のテントに交渉に行った。
「いやいやいや、予定にない調理は無理ですよ」
炊事班長は五十絡みの男で
「——でもね食材はあるんです。本土から山ほど届いてます」
「あるんですか」
「そのかわり、主菜がない。肉が全然足りてない。届いた分は昨日の夜で使い切りました」
疲れた顔をしていた。
「そのうえ下拵えの人手がないんです。うちは四人しかいない。三百人分の根菜を刻むのに、何時間かかると思います?」
俺は外に置いてきた黒い山のほうを指差した。
「食材、持ってきました」
「は?」
「あと、刻むのは俺がやります」
「は?」
テーブルを外に出してもらった。大型の折りたたみ台を三つ並べて、その上に食材を積み上げる。
大根。人参。ごぼう。こんにゃく。長ねぎ。里芋。
そして、熾実の白い部分。殻から剥がして、ブロックのまま置かれた。
炊事班の四人が、警戒した顔で見ている。周囲には野次馬が増えていた。三十人くらいいる。
俺は風魔槍ゲイボルグを地面に突き立てて、台の前に立って手を合わせた。
「みなさん、食材には触らないでくださいね」
「え?」
「
台の上、各食材が浮き上がり
各球、直径三十センチ。フルーツバスケットの時と全く同じで台上に、二十個ほど並んで浮かんだ
その中で極小の刃の嵐が発生する。大根が、人参が、ごぼうが、熾実の肉が、球の内側でゆっくりと回転しながら——崩れていく。
大根はいちょう切りに。人参は乱切りに。ごぼうはささがきに。こんにゃくは手でちぎったような不定形に。
熾実の肉は、一口大の角切りに。刃の一枚一枚に、俺は形を指定している。
約十秒。球が消え、台の上に種類ごとにきれいに分かれた食材の山が残った。
「……」
炊事班長が、口を開けたまま動かない。
野次馬から、誰かの声が漏れた。
「……あの人、さっき似たような技で熾実バラしてなかったか」
「してた」
「同じ技で野菜切ってる」
「してるな」
まあ、そうなんだが。用途が広いんだよ、この魔法。
「班長さん。あとは煮るだけです」
「……あ、はい」
「味噌、どこにあります?」
◇
大鍋を四台使い、まずごま油を引き、強火で熾実の肉を炒めた。
じゅうう、と音がして脂が溶け出す。これに関しては人力だ。周囲の探索者にも手伝ってもらった。
いや、すごいな熾実の肉。脂が出るのか。
白かった肉がみるみる色づいていく。表面が焼き固まってきつね色になる。
そして立ち上る匂い。
「うわ」
「やべぇ」
「腹減った」
炊事班長がのけぞった。甘い。焼けた脂と、栗みたいな甘さと、それを追いかけてくる香ばしさ。
「なんですかこれ、どうしてこんな」
匂いだけで腹が鳴る。野次馬がさらに増えていた。
根菜を投入。だしを注ぐ。煮立ったら灰汁を取って、火を弱める。
十分。
味噌を溶いた。湯気が、白く立ち上る。
そこに、ねぎを散らした。
「……できました。三百人分の豚汁です」
いや——豚じゃないんだけどね。
◇
「むほほほほーーーーーー。ようやったぞ、下僕! ほめて遣わす!」
最初の一杯は、当然わしだといわんばかりに飛んできたので、文句を言われる前に渡した。
椀を両手で受け取って、ふうふうと吹いて口をつける。
こくり。
動きが止まる。
「……」
「どうだ」
「——ぬあああああああああっ!」
ヴィヴィが仰け反った。椀の中身がこぼれそうになって慌てて支える。
「うまい! うまいのじゃ下僕!」
「よかったな」
「この汁! この汁がな! しみるのじゃ! 腹の底に、じわーっと!」
「わかったから、こぼすなよ」
「肉! この肉! 噛むと汁が出るのじゃ! 甘い! それでいてしょっぱい! 味噌がな! 味噌が全部まとめておるのじゃ!」
「語彙」
「うまいのじゃーーーー!」
その絶叫が、合図になった。
「お、できたのか」
「はらが減っちまったよ」
「短剣ニキの料理だってよ」
「おー、生で食べられるのか」
ぞろぞろと列ができた。
炊事班が椀を配る。俺は鍋の前でひたすら注いでいる。腕が痛いんだが?
「はい、次」
「あ、どうも」
受け取った探索者が、その場で一口すする。
「——うっま」
「え、なにこれ」
「やべぇ、やべえって」
「肉、これ肉だろ。何の肉?」
「さっきのモンスター」
「嘘だろ!?」
そういう声が、あちこちで上がっていた。俺も一杯もらうか。
椀を両手で持つと、それだけで手のひらが温まる。
口をつける。
まず、味噌の香り。だしの効いた汁が、喉を落ちていく。熱い。
具を食べる。大根はくたくたに煮えていて、噛むと汁を吐き出した。ごぼうが香る。
そして肉。繊維がほろりとほどけて、脂と甘みが一気に広がった。
味噌が全てを受け止めている。
「……はぁ」
背中が、じん、と温かい。昨日から俺は、飯らしい飯を食っていない。
しみる。こういうときの飯は、本当にしみる。
◇
「うまいな」
壬生さんが隣に立っていた。椀を持っている。二杯目らしい。
「これは、うまい」
「よかったです」
「体が動く。妙な話だが、疲れが引いていく気がする」
真壁さんも来ていた。眼鏡が湯気で曇っている。
「……おいしいですね」
拭いてかけ直しながら、少し困った顔をしていた。
「モンスターがこんなにおいしいとは。報告書にどう書けばいいのか」
「そのまま書けばいいんじゃないですか」
「協会が信じますかね」
「食わせればいいですよ」
真壁さんが初めて笑った気がした。
◇
鬼頭を見つけたのはそれからしばらくしてからだ。列には並ばず、テントの陰に立ってこっちを見ている。
近くにいた探索者が声をかけていた。
「鬼頭さん、食わないんすか」
「そうそう、うまいっすよ、これ」
「……」
「あ、いや、その」
「作ったの、あの人ですけど。うまいっすよ、マジで」
鬼頭は答えず、そのまま俺のところにきた。
「……一杯くれ」
「……はい、どうぞ」
——それから数分後、炊事場のテントの近くで、鬼頭は座って黙々と食っていた。
目が合った。鬼頭が、椀から口を離した。
「……へっ」
小さく鼻を鳴らす。
「うめぇじゃねえかよ」
それだけ言って、また黙って食い始めた。
飯をうまく食べるやつに悪い奴はいない。俺は何も言わなかった。
◇
——鍋が空になった頃には、基地の空気がすっかり変わっていた。
さっきまで死んだ顔をしていた探索者たちが、地面に座って腹をさすっている。
「あー、生き返る」
「なあ、明日もあれ食えんのかな」
「知らねぇけど、また倒せばいいんじゃね」
「それだ」
食い物一つで、こうも変わるものか。束の間の平和だな。
ヴィヴィは俺の横でまだ豚汁を食べている。
俺は空の鍋を洗いながら、そんなことを思っていると、壬生さんが俺のところにやってきた。
「狭間君、片付けの途中にすまない」
「はい、大丈夫です」
隣に真壁さんもいる。手をとめて二人を見る。
「少し話がある。熾実のことだ」
壬生さんと真壁さんはすぐに本題から入った。
「昨日、俺たちはあれを二体相手にして、どちらも倒せなかった。時間だけ使って撤退した」
「はい」
「幹の外殻も、あれと同じだ。俺の槌では割れん。鬼頭の炎でも焼き切れん」
壬生さんが、遠くの黒い幹を見た。
「今朝の計測で、二千百メートルを超えたそうだ」
「……」
「あと何体出るかもわからん。倒せないものが増え続けている」
そこまで言って、壬生さんがこちらを向いた。
「大禍樹は、早く倒したほうがいい」
「そうですね」
「だから、来てくれないか。攻略班に。俺たちと一緒に」
「私からもお願いします」
真壁さんが口を開いた。眼鏡の奥と目が合った。
「基地の補給体制は、だいぶ整いました。ゲートによる輸送も安定しています。物資は本土から途切れなく届く」
「はい」
「一昨日、私はあなたを後方に配置しました。ランクに基づく判断でした」
真壁さんが姿勢を正した。
「撤回します。熾実を倒せる攻撃手段を持っているのは、現時点であなただけです。攻略班にいていただいたほうがいい」
「……」
「これはランクによる判断ではありません」
断る理由がなかった。
「わかりました。行きます」
◇
「わしは行かんぞ! 下僕よ!」
ヴィヴィが両手を広げて立ちはだかった。
「なぜ行くのじゃ! ここにおれば豚汁が食えるじゃろが!」
「今ので全部なくなったぞ」
「また作ればよかろう!」
「材料がない」
「……!」
痛いところを突かれた顔をしている。
「じゃ、じゃがな、ここにおれば飯が来るのじゃ! 本土から! ゲートで!」
「まあ、来るけどな」
「あの樹に登ってどうする! 上に飯があるのか! ないじゃろが!」
今日はやけにしつこいな。おそらく飯がある所を動きたくないのだろう。
さて、どうしたものか。俺は腕を組み考える。
こいつを説得するのは、たぶん鬼頭を黙らせるより難しい。
……いや。待てよ。
「ヴィヴィ」
「なんじゃ」
「考えてみろ。あの豚汁の素材は、なんだった」
「熾実じゃろ」
「そうだな。じゃあ、熾実はどこから来た」
「……あの樹じゃな」
「そうだ」
俺は黒い幹を指差した。
「あの樹に登れば、熾実に山ほど会える」
ヴィヴィの動きが止まった。
「……ふむ」
「で、俺のインベントリは、最近けっこう入る」
「……ほう」
「熾実くらいなら何体でも入るぞ」
ヴィヴィの目がじわじわと見開かれていく。
「つまりだ」
俺は一拍置いた。
「大禍樹を倒した後も、豚汁が食い放題ってことだ」
「……!」
「攻略班に入ればな」
「——いく!」
ヴィヴィが跳びはねた。
「絶対に行くんじゃ! すぐいくんじゃ!」
「今すぐじゃないけどな」
「もたもたするな下僕よ! はよ登るのじゃ! はよ!」
俺の腕を掴んで、ぐいぐい引っ張っていく。
チョロいな。
「……なあ」
「なんじゃ!」
「お前、さっき絶対行かんって言ってたよな」
「わしは腹が減っておるのじゃ!」
答えになっていない。まあ、いつものことだ。
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「豚汁うめぇな……」
「お前もう意地張るのやめろ」