魔剣を拾ったら中身が飯にしか興味のない生意気少女だった 作:竜刃丸
大土島の中心、火山の麓に着いたのは、昼を少し過ぎた頃だった。
黒い岩肌の斜面を、十一人で登ってきた。
俺とアース・ガーディアンの五人。それから炎鬼の五人。
昨日担架で運ばれていた壬生さんのパーティの僧侶も、普通に歩いている。顔色は悪いが、治癒班が徹夜で診てくれたらしい。
彼らの装備は俺がインベントリに入れていても良かったのだが、途中でモンスターに襲われてもその時渡すことはできない。だから結局全員、装備は自分で担いでいた。
「ここだ」
壬生さんが、ある岩山の裂け目、二十メートル手前で足を止めた。高さは五メートルほど。洞窟のようにぽっかりと口を開けている。
俺は上を見上げた。裂け目の山を越えた向こう側、黒い幹がそこから空へ伸びている。この裂け目を通っていけば間違いなく、大禍樹のところへ到着するだろう。
幹の根元の太さは、この距離だと端が見えないほど大きい。
そして岩肌には幹から伸びる根が、岩の斜面を掴んで、そこらじゅうの地面に食い込んでいた。まるで赤黒い根が、山を握りつぶすみたいだった。
「……あれ、ダンジョンですか」
「そうだ」
俺は裂け目を指差すと、壬生さんが答えた。
「この火山そのものが、解放型ダンジョンだ」
「火山がですか」
「そこに、あの樹が寄生している」
俺は幹と根を見て、言われたことを解釈してみようとした。無理だ、スケールが大きすぎる。
「そんなこと、あるんですか」
「わからねぇんだ」
答えたのは鬼頭だった。
「解放型のことは、まだ大してわかってねぇ。過去に四例しかない。データもほとんど残ってねぇんだ」
「はあ」
「わかってんのは、地上の何かがそのままダンジョンになって、そこにでかいのが住み着く。そういう事例があったってことくらいだ」
「それだけですか」
「それだけだ」
なんというか……これから入る場所について、誰も何も知らないというのは、かなり嫌な気分だった。
◇
裂け目の中には瘤がそこら中に張り巡らされていた。
大人の頭ほどの、褐色の球体。表面が張り詰めていててらてらと光っている。
岩肌に
数はざっと見て五十以上。裂け目の入口と中の周囲を、びっしりと覆っていた。
「蜜瘤だ」
アース・ガーディアンの魔法使いの人が言った。
「熟すと落ちて、這って寄ってきます。限界まで膨らむと破裂して、樹液を撒く」
「樹液ですか」
「二百度を超えるそうです。防具ごと溶けます」
俺は瘤の一つを見た。ぱんぱんに張っている。
「これ、もう熟してませんか」
「熟してます」
「気をつけろ。狭間君。たぶん近づけば落ちてくる。前に一度試して、二人火傷を負った」
鬼頭も注意を促す。
「だから、遠距離から潰すしかねぇ。だが数が多すぎるんだ。一つ潰せば連鎖で全部破裂して、入口が樹液でいっぱいだ」
なるほど。つまり、「一度」に「全部」を、破裂させずに片付ける必要がある。
「……ちょっと下がっててもらえますか」
俺は前に出た。
「狭間君」
「大丈夫です。触らずに済ませます」
ヴィヴィアンを抜く。ロックで空間を掴んで、感覚を伸ばす。
裂け目の周囲、半径二十メートル。岩肌に張り付いた瘤の一つ一つを頭の中に並べる。
<空間掌握>——五十三個。全部の位置を把握した。
「
音はしない。五十三個の瘤の付け根に、同時に線が走った。
ぷつん、と。瘤が根から切り離された。
「あ」
落ちる。だが破裂しない。
俺はロックで空間を張って、落ちてくる瘤を全部宙で受け止めた。五十三個が岩肌の前に浮かんでいる。
「「「「……は?」」」」
「……破裂しないんですか」
「衝撃を与えなければ、まだ大丈夫みたいですね」
そのままそっと地面に下ろした。一つも割れなかった。
「回収せよ! 下僕! 回収せよ!」
ボンっと実体化したヴィヴィが、俺の背中をばしばし叩いてくる。痛い痛い。
「それはデザートじゃ! 破ってはならん! そーっとじゃ! そーっと!」
「わかってる」
俺はインベントリを開いて五十三個をまとめて放り込んだ。
「よくやった下僕! 褒めて遣わす!」
「後にしろ」
顔を上げると十人が全員こっちを見ていた。鬼頭が額に手を当てている。
「……お前、あれか。何しに来たんだ」
「攻略に来ました」
「食材集めに来たんじゃねぇのか」
「両方です」
嘘はついていない。
◇
裂け目をくぐった。
隊列について、先頭は壬生さん。次に俺。後ろに残りの九人。
中は暗かったが、真っ暗ではない。ダンジョンになったためか、壁がぼんやりと赤く光っている。
正確には岩の隙間から光が漏れている。ひび割れの奥が、熾火みたいに赤い。
「これは根か」
「熱いな」
炎鬼の盾剣士が言った。たしかに暑い。じっとりと肌が湿ってくる。
ここは火山だ。幹に到達するほど火山が近くなる。当たり前か。
道は下っているようで上ってもいた。うねりながら、緩やかに奥へ続いている。
十分ほど歩くと、唐突に道が終わった。正確には道の先が急に開けた。
「——」
壬生さんが足を止めた。俺も止まった。全員が止まらざるを得なかった。
◇
でかい、空洞だった。天井が見えない。見上げると、赤い光が上へ上へと続いていて、その先が闇に溶けている。
壁は木だった。岩ではなく、年輪のような層が幾重にも重なって壁を作っている。
そしてその壁が湾曲していた。円筒だ。
「……幹の、中か」
壬生さんが呟いた。そうか。俺たちは今、大禍樹の内側にいる。
外から見上げた、あの二千メートルの幹。その中身が空っぽだったということだ。
壁のあちこちに、瘤や実のようなものが生っていた。小さいものから、大きいものまで。中には黒く硬化した殻に覆われた見覚えのある形もある。
熾実だ。まだ実の状態で壁に生っている。
「……ここで生まれるんですね」
「そのようだな」
「ここには来ていなかったんですか」
「——入口の裂け目に、熾実がいた」
壬生さんが来た道のほうを振り返った。
「二体だ。狭い通路に居座っていて後ろがつかえて誰も入れん。倒そうとしたが殻の防御を破れなかった」
昨日、俺が基地で土嚢を積んでいた頃、この人たちはあそこで熾実と睨み合っていたのか。
「今日はいなかったな」
鬼頭が言った。
「昨日はあそこを塞いでたのに、今日は蜜瘤だけだ」
「……移動したんじゃないですかね」
「移動?」
「今朝、俺が斬ったやつが基地に一体来ました」
「……」
「もう一体がどこにいるかはわかりませんが……、もしかしたら中にいるのかも」
そんなの誰にもわからない。
「索敵、頼む」
壬生さんが、後ろにいるアース・ガーディアンの盗賊さんに声をかけた。
小柄な人だ。フードを目深にかぶっていて顔がよく見えない。地面に片手をついて目を閉じた。
しばらくそのまま動かない。十人が黙って待っている。
「……上には、何もありません」
「何?」
「この筒、ずっと上まで続いてます。二千メートル。でも、途中から実が減って、上のほうは空です」
「じゃあ、登る意味はないのか」
「ないと思います」
盗賊さんが、今度は反対を指した。
「下です。この空洞に底があります。そこからさらに下に、空間が広がってる。……かなり深い」
壬生さんが眉を寄せた。
「どのくらいだ」
「わかりません。感覚が届く限界まで、続いてます」
炎鬼の魔法使いが口を開いた。
「下って……この山、火山ですよ」
「そうだな」
「下に行けば行くほど、マグマに近づきます」
そんなこと、言われるまでもない。
さっきから足の裏が熱い。壁のひび割れから漏れる赤い光も下へ行くほど明るくなっている。
俺たちは今、燃えている山の内側にいて、これからそこへ降りようとしている。
「狂気の沙汰だな」
鬼頭が吐き捨てた。
「ああ」
壬生さんも否定しなかった。
◇
ボンっ。
「下じゃ!」
ヴィヴィが実体化して、地面を指差した。
「下に、美味いヤツの匂いがするのじゃ!」
「……お前な」
「山ほどおるぞい! 下にたくさん! ずーっとしておる、いい匂いが!」
十人の視線が一斉にヴィヴィに向いた。そして俺に向いた。——説明が必要な空気だ。
「……こいつ、ヴィヴィは食えるモンスターの匂いがわかるんです」
「食えるモンスターの、ということは」
「はい」
「下に熾実が大量にいるということか」
「そうなりますね」
盗賊さんが小さくうなずいた。
「……ええ。数は多いです。下に、密集してます」
「集まってるってことは、守ってるものがあるんじゃないですか」
「……本体か」
「たぶん」
沈黙が落ちた。天井の見えない筒の中で十一人が黙っている。
やがて壬生さんが息を吐いた。
「行くしかないな」
「マグマの上にか?」
鬼頭が言った。
「他に案があるか」
「……ねぇよ」
鬼頭が刀の柄を握り直した。
「あの樹はあと二日で本土に根が届く。ここで引いたら次は
◇
何分歩いただろう。十分、いや二十分、太い、らせん状になっている蔦を下りる。ようやくついた空洞の底は——広い。
さっきの空洞よりさらに広い。
天井が高く、ドーム状になっている。床がどこまでも続いている。まるで東卿ドームのようだ。
壁は見えない。赤い光がゆらゆらと動いていて、影が伸びたり縮んだりしている。
そして正面。奥のほうに何かがあった。
大きい。
床から生えている。木の根が絡み合ってできた巨大な塊だ。
その中心が、赤く光を放ちながら、脈動していた。
——どくん。
——どくん。
——どくん。
「……心臓、か?」
規則正しく、ゆっくりと、床を震わせながら。俺の足の裏にその振動が伝わってくる。
「……人?」
その塊の前に影が立っていた。人の形をしている。
だが、人ではない。
腕が長い。異様に長い。それが蔦のようにうねっている。
頭の上に、何かが咲いていた。
花だ。
影がゆっくりとこちらを向いた。
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岩の裂け目と空洞のイメージはセンターオブジアース!