魔剣を拾ったら中身が飯にしか興味のない生意気少女だった 作:竜刃丸
油断した。沈む、と思った瞬間、とっさにロックを張って自分自身を囲った。
それで何とかマグマをかぶるのは避けられたが、マグマの奔流に少し流されてしまった。
俺は今、直径五メートルほどのドームの中にいた。ロックで空間を固めて作った球の空間だ。
その空間の外側をマグマが覆っている。
ゆっくりと流れている。ときどき表面に黒い膜が張って、それがまた割れて、赤い中身が覗く。
まるでスライム状の生き物に飲み込まれてしまったみたいだった。
「……」
ロックで土台を作り胡坐をかく。
熱い。
呼吸をすると喉の奥が痛む。ロックの内側の空気そのものが、もう熱を持っている。
汗が出るがすぐに熱で乾く。Tシャツから露出している腕や首回りがヒリヒリする。もっと長袖を着てくればよかった。
「……生きてるな」
おもむろに声を出してみた。とりあえず生きてはいる。
ロックの表面を見た。膜がうっすらと光っている。
熱で歪んでいるんだ。俺のロックは空間を固定する魔法であって、断熱材じゃない。マグマそのものは押し止めているが、熱は輻射熱としてじわじわと通る。
……さっきからドームの内側の温度が上がり続けている。
どのくらい保つか。
マグマの熱は一般的に800~1200℃、これに囲まれているとしたらかなり熱いはずだ。常温を長く保てるとは思えない。
——もって三~五分ってとこか。根拠はない。だが体感でそのくらいだ。
顔を拭うと手の甲に汗がべたりとついた。
汗。そうか。
もう一度、汗を拭う。指先からしずくが落ちた。
落ちた方向を目で追う。
——こっちが下、なら反対が上だ。当たり前のことだが、全方位がマグマの赤一色の中では、自分がどっちを向いているのかわからない。
しかし今、俺は上を見つけた。核があったボス部屋から見えた空。火口。そこを目指す。
距離は……蔦で降りたのが二十分。ぐるぐる回りながらだったから、実際の高さはそんなにないはずだ。
三百メートル。多く見積もってもそのくらいだ。
「……行けるな」
シフトなら、五秒。立ち上がりドームの中で上を向く。
シフト。——ドームが動かない。
「……あれ?」
もう一度。
——。動かない。
「マグマのせいか」
わかった。ドームの外側には大量のマグマがある。
シフトは空間を掴んで移動する魔法だ。空を飛ぶときは、周りが空気だから問題がない。押し退けるものが軽いからな。
「マグマが重すぎるのか」
マグマは液体だ。だが水よりずっと重い。ドロドロで、粘りがあって、質量がある。
その中を、大きさ五メートルのドームで押し進む。泥の中を全力疾走しようとしているようなものだ。
残り三分。
「無理だ……まいったな」
『下僕』
腰の鞘からヴィヴィの声がした。
「なんだ」
『暑いのじゃ』
「知ってる」
『わしは暑いのが嫌いじゃ』
「奇遇だな。俺もだ」
『だから早くここから出るぞ』
「マグマが邪魔で動かないんだよ」
『弾き飛ばせばよかろう』
「え?」
『邪魔なものはどかすんじゃ。今までそうやってきたじゃろう?』
……はは。
「——そうだな、ヴィヴィ」
『お? ヤル気がでたのか?』
「ああ、さぁここからでるか!」
『おうとも! わしは腹がへったのじゃ!』
童子切安綱を両手で持つ。
「こんな時にか?」
『腹はいつでもへるのじゃ! わしはな、豚汁が食いたい』
イメージするのは酒吞童子が最後に放った獄炎の
「またあれか?」
『そうじゃ。味噌のやつ。おぬしが作ったやつじゃ』
刀の切っ先、ドームの外側でマグマが渦巻きだした。
「わかった」
『よし』
アニヒレイトを打つことはできない。ここにはもう空気がない。だから
残り二分。
「帰ったら作ってやる」
『約束じゃぞ』
「約束だ」
◇
マグマの中をドームで進むのは無理だ。ならマグマがなければいい。
マグマを灰にして道を作る。所詮マグマも物体だ。せいぜい高くて1500℃。それ以上の高温で焼かれれば消滅する。
マグマが歪む。捻れる。圧縮される。
ドームの膜がまた歪んだ。
熱い。ドームの中は乾いたサウナ状態だ。汗は出た端から蒸発している。
残り一分。
ドームの前で三メートルほどの巨大な球が出来上がった。
白い。超高密度に圧縮された空間の塊。
「……いける」
俺は上を向いた。残り三百メートル。その先に青い空がある。
「ヴィヴィ、掴まってろ」
『うむ!』
俺は童子切安綱を真上へ突き上げた。
「——
◇
放った。白い塊がドームから放たれ、マグマの海を突き進んだ。
回転しているからか、螺旋の炎波が周囲を巻き込み、もろとも灰にしながら上昇していく。
塊の通り道にあったマグマが根こそぎ消滅した。
いや、それだけじゃない。螺旋の余波がその周囲を押し広げる。
その結果、赤い壁に囲まれた縦の穴が開いた。
直径三メートルの塊が通ったはずの道が、十メートル近い空洞になっている。
真っ直ぐ上へと延びる空への道、その向こうに——。
「見えた」
光だ。火口の外の昼の光。
「!?」
穴の壁面がもう崩れ始めていた。マグマがゆっくりと内側へ倒れ込んでくる。粘りがあるから、水みたいに一瞬では埋まらないが。
「埋まる!」
俺はドーム状のロックを解き、体を薄く纏う分だけ残す。
熱が全身に叩きつけられた。
「——っ!」
構うな。加速する。<
「うおおおおおおお!」
穴の中を真っ直ぐに上昇した。
両側のマグマの赤い壁が内側へ迫ってくる。頬をかすめる熱で皮膚が引きつる。
速度を上げる。もっとだ。
もっと。
一秒。
二秒。
壁が近い。穴が細くなっている。肩が触れそうだ。
三秒。
四秒。
上の光が大きくなってくる。
丸い。もうすぐ。
火口だ。
五秒。
「——っ!」
マグマを抜け出た! 背後で、溶岩が穴を塞ぐ音がした。
——世界が、白くなった。
光だ。火口の縁を越えて俺は空へ飛び出した。
背後で、溶岩が噴き上がる。
俺が開けた穴を追いかけるように、赤い柱が火口から吹き上がった。
轟音がする。俺はそれに押し上げられるみたいにさらに高く飛んだ。
空気が冷たい。信じられないほど冷たい。
「——っは!」
息を吸う。生きている空気だ。
肺に入って、喉を通って、痛いくらいに冷たい。
俺は空中で体勢を立て直して下を見た。
火山があった。大禍樹のないただの火山に戻っている。
火口から白い煙が上がっている。噴火というほどじゃない。さっきの溶岩が少し溢れているだけだ。
島は無事だった。
そして、——灰が降っていた。白い灰が、島全体に、ゆっくりと雪みたいに降っていた。
「……終わったな」
『下僕! 下僕!』
腰の鞘が騒いでいる。
『生きておるか! 生きておるな!』
「生きてる」
『豚汁じゃ!』
「わかったって」
俺は南にシフトを向ける。高台にテントの列が見える。前線基地だ。
そこにたくさんの人が集まっていた。全員がこっちを見上げていた。
◇
降りていくと誰も動かなかった。
二百人以上の探索者がぽかんと口を開けて空を見ている。
俺は基地の中央、テントの前に降り立った。テントには少し灰が積もっていた。
「……ただいま戻りました」
「…………」
「あ、あれ?」
「うおおおおおおおおおおおお!」
人が押し寄せてくる。肩を叩かれ、背中を叩かれ、腕を掴まれ、揉みくちゃにされた。
「生きてた!」
「生きてんじゃねえか!」
「マジかよ! どっから出てきた!?」
「火口です」
「火口!?」
「はい」
「なんで火口から出てくるんだよ!」
説明が難しいな。
人垣の向こうから、真壁さんが走ってきた。眼鏡がずれている。
「狭間さん!」
「あ、真壁さん。ゲート消しちゃってすみません」
「そんなことはいいんです!」
真壁さんが言葉に詰まった。眼鏡を外して目元を押さえた。
「……そんなことは、いいんです」
「後で作り直します」
「後でいいです。後で」
その後ろから大きな影が来た。壬生さんだった。
無言でこっちに歩いてきて、いきなり肩に抱え上げられた。ぐえっ、高い。
「うおっ」
「よく戻ったな!!」
「……戻りました」
「言った通りだ」
「信じてると言ったからな!」
おろされた。
「よくやった」
「はい」
壬生さんの声が、少し震えていた。心配をかけてしまった。申し訳ない。
「おい」
人垣が割れた。赤い髪の鬼頭炎児がそこにいた。
肋を押さえながら、片手を僧侶に支えられて、それでも自分の足で立っている。
顔がひどかった。
煤で汚れていて、目が赤くて、口が引きつっている。
「テメェ」
「……鬼頭さん」
「テメェ、この」
近づいてくる。鬼頭が拳を上げた。
——そして、俺の胸を軽く小突いた。
「……このバカ野郎が」
「え……」
「勝手に死んだと思わせやがって」
「すみません」
「ふざけんな」
「……」
「借りを返せねえかと思ったろうが」
「……借りって」
「飯を食わせてもらった。熾実を斬ってもらった。ここまで運ばれて命を拾った」
「……」
「返させろよ」
「……じゃあ、またなんか美味い飯おごってください」
「あ?」
「それが一番、嬉しいことです」
『そうじゃそうじゃ! おーごれ! おーごれ!』
「「「「「「おーごーれ! おーごーれ!」」」」」」
「!? て、てめーら! ちょーしのるんじゃねー!?」
「ははは」
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FIN(大嘘)
ようやくここまで来ました!
すごく!難産でした!
もしよかったらレビューとか⭐︎いただけると作者が嬉しくてシフトで飛び上がります!
引き続きお楽しみください!