魔剣を拾ったら中身が飯にしか興味のない生意気少女だった   作:竜刃丸

54 / 55
第46飯 「それが一番、嬉しいことです」

 

油断した。沈む、と思った瞬間、とっさにロックを張って自分自身を囲った。

 

それで何とかマグマをかぶるのは避けられたが、マグマの奔流に少し流されてしまった。

 

俺は今、直径五メートルほどのドームの中にいた。ロックで空間を固めて作った球の空間だ。

 

その空間の外側をマグマが覆っている。

 

ゆっくりと流れている。ときどき表面に黒い膜が張って、それがまた割れて、赤い中身が覗く。

 

まるでスライム状の生き物に飲み込まれてしまったみたいだった。

 

「……」

 

ロックで土台を作り胡坐をかく。

 

熱い。

 

呼吸をすると喉の奥が痛む。ロックの内側の空気そのものが、もう熱を持っている。

 

汗が出るがすぐに熱で乾く。Tシャツから露出している腕や首回りがヒリヒリする。もっと長袖を着てくればよかった。

 

「……生きてるな」

 

おもむろに声を出してみた。とりあえず生きてはいる。

 

ロックの表面を見た。膜がうっすらと光っている。

 

熱で歪んでいるんだ。俺のロックは空間を固定する魔法であって、断熱材じゃない。マグマそのものは押し止めているが、熱は輻射熱としてじわじわと通る。

 

……さっきからドームの内側の温度が上がり続けている。

 

どのくらい保つか。

 

マグマの熱は一般的に800~1200℃、これに囲まれているとしたらかなり熱いはずだ。常温を長く保てるとは思えない。

 

——もって三~五分ってとこか。根拠はない。だが体感でそのくらいだ。

 

顔を拭うと手の甲に汗がべたりとついた。

 

汗。そうか。

 

もう一度、汗を拭う。指先からしずくが落ちた。

 

落ちた方向を目で追う。

 

——こっちが下、なら反対が上だ。当たり前のことだが、全方位がマグマの赤一色の中では、自分がどっちを向いているのかわからない。

 

しかし今、俺は上を見つけた。核があったボス部屋から見えた空。火口。そこを目指す。

 

距離は……蔦で降りたのが二十分。ぐるぐる回りながらだったから、実際の高さはそんなにないはずだ。

 

三百メートル。多く見積もってもそのくらいだ。

 

「……行けるな」

 

シフトなら、五秒。立ち上がりドームの中で上を向く。

 

シフト。——ドームが動かない。

 

「……あれ?」

 

もう一度。

 

——。動かない。

 

「マグマのせいか」

 

わかった。ドームの外側には大量のマグマがある。

 

シフトは空間を掴んで移動する魔法だ。空を飛ぶときは、周りが空気だから問題がない。押し退けるものが軽いからな。

 

「マグマが重すぎるのか」

 

マグマは液体だ。だが水よりずっと重い。ドロドロで、粘りがあって、質量がある。

 

その中を、大きさ五メートルのドームで押し進む。泥の中を全力疾走しようとしているようなものだ。

 

残り三分。

 

「無理だ……まいったな」

『下僕』

 

腰の鞘からヴィヴィの声がした。

 

「なんだ」

『暑いのじゃ』

 

「知ってる」

『わしは暑いのが嫌いじゃ』

 

「奇遇だな。俺もだ」

 

『だから早くここから出るぞ』

「マグマが邪魔で動かないんだよ」

 

『弾き飛ばせばよかろう』

「え?」

 

『邪魔なものはどかすんじゃ。今までそうやってきたじゃろう?』

 

……はは。

 

「——そうだな、ヴィヴィ」

『お? ヤル気がでたのか?』

 

「ああ、さぁここからでるか!」

 

『おうとも! わしは腹がへったのじゃ!』

 

童子切安綱を両手で持つ。

 

「こんな時にか?」

『腹はいつでもへるのじゃ! わしはな、豚汁が食いたい』

 

イメージするのは酒吞童子が最後に放った獄炎の焔球(ほむらだま)

 

「またあれか?」

『そうじゃ。味噌のやつ。おぬしが作ったやつじゃ』

 

刀の切っ先、ドームの外側でマグマが渦巻きだした。

 

「わかった」

『よし』

 

アニヒレイトを打つことはできない。ここにはもう空気がない。だから()()()を使ってアニヒレイトを打つ。

 

残り二分。

 

「帰ったら作ってやる」

『約束じゃぞ』

「約束だ」

 

 

 

 

マグマの中をドームで進むのは無理だ。ならマグマがなければいい。

 

マグマを灰にして道を作る。所詮マグマも物体だ。せいぜい高くて1500℃。それ以上の高温で焼かれれば消滅する。

 

マグマが歪む。捻れる。圧縮される。揺蕩う(たゆたう)だけの赤い流れが、やがて輪郭をもった塊となる。渦を巻きながら凝縮していき膨れ上がっていった。

 

ドームの膜がまた歪んだ。

 

熱い。ドームの中は乾いたサウナ状態だ。汗は出た端から蒸発している。

 

残り一分。

 

ドームの前で三メートルほどの巨大な球が出来上がった。

 

白い。超高密度に圧縮された空間の塊。

 

「……いける」

 

俺は上を向いた。残り三百メートル。その先に青い空がある。

 

「ヴィヴィ、掴まってろ」

『うむ!』

 

俺は童子切安綱を真上へ突き上げた。

 

「——帝釈焱獄天(たいしゃくえんごくてん)

 

 

 ◇

 

 

放った。白い塊がドームから放たれ、マグマの海を突き進んだ。

 

回転しているからか、螺旋の炎波が周囲を巻き込み、もろとも灰にしながら上昇していく。

 

塊の通り道にあったマグマが根こそぎ消滅した。

 

いや、それだけじゃない。螺旋の余波がその周囲を押し広げる。

 

その結果、赤い壁に囲まれた縦の穴が開いた。

 

直径三メートルの塊が通ったはずの道が、十メートル近い空洞になっている。

 

真っ直ぐ上へと延びる空への道、その向こうに——。

 

「見えた」

 

光だ。火口の外の昼の光。

 

「!?」

 

穴の壁面がもう崩れ始めていた。マグマがゆっくりと内側へ倒れ込んでくる。粘りがあるから、水みたいに一瞬では埋まらないが。

 

「埋まる!」

 

俺はドーム状のロックを解き、体を薄く纏う分だけ残す。

 

熱が全身に叩きつけられた。

 

「——っ!」

 

構うな。加速する。<シフト(空間移動)

 

「うおおおおおおお!」

 

穴の中を真っ直ぐに上昇した。

 

両側のマグマの赤い壁が内側へ迫ってくる。頬をかすめる熱で皮膚が引きつる。

 

速度を上げる。もっとだ。

 

もっと。

 

一秒。

 

二秒。

 

壁が近い。穴が細くなっている。肩が触れそうだ。

 

三秒。

 

四秒。

 

上の光が大きくなってくる。

 

丸い。もうすぐ。

 

火口だ。

 

五秒。

 

「——っ!」

 

マグマを抜け出た! 背後で、溶岩が穴を塞ぐ音がした。

 

——世界が、白くなった。

 

光だ。火口の縁を越えて俺は空へ飛び出した。

 

背後で、溶岩が噴き上がる。

 

俺が開けた穴を追いかけるように、赤い柱が火口から吹き上がった。

 

轟音がする。俺はそれに押し上げられるみたいにさらに高く飛んだ。

 

空気が冷たい。信じられないほど冷たい。

 

「——っは!」

 

息を吸う。生きている空気だ。

 

肺に入って、喉を通って、痛いくらいに冷たい。

 

俺は空中で体勢を立て直して下を見た。

 

火山があった。大禍樹のないただの火山に戻っている。

 

火口から白い煙が上がっている。噴火というほどじゃない。さっきの溶岩が少し溢れているだけだ。

 

島は無事だった。

 

そして、——灰が降っていた。白い灰が、島全体に、ゆっくりと雪みたいに降っていた。

 

「……終わったな」

『下僕! 下僕!』

 

腰の鞘が騒いでいる。

 

『生きておるか! 生きておるな!』

「生きてる」

 

『豚汁じゃ!』

「わかったって」

 

俺は南にシフトを向ける。高台にテントの列が見える。前線基地だ。

 

そこにたくさんの人が集まっていた。全員がこっちを見上げていた。

 

 

 ◇

 

 

降りていくと誰も動かなかった。

 

二百人以上の探索者がぽかんと口を開けて空を見ている。

 

俺は基地の中央、テントの前に降り立った。テントには少し灰が積もっていた。

 

「……ただいま戻りました」

「…………」

「あ、あれ?」

 

「うおおおおおおおおおおおお!」

 

人が押し寄せてくる。肩を叩かれ、背中を叩かれ、腕を掴まれ、揉みくちゃにされた。

 

「生きてた!」

「生きてんじゃねえか!」

「マジかよ! どっから出てきた!?」

 

「火口です」

「火口!?」

 

「はい」

「なんで火口から出てくるんだよ!」

 

説明が難しいな。

 

人垣の向こうから、真壁さんが走ってきた。眼鏡がずれている。

 

「狭間さん!」

「あ、真壁さん。ゲート消しちゃってすみません」

「そんなことはいいんです!」

 

真壁さんが言葉に詰まった。眼鏡を外して目元を押さえた。

 

「……そんなことは、いいんです」

「後で作り直します」

「後でいいです。後で」

 

その後ろから大きな影が来た。壬生さんだった。

 

無言でこっちに歩いてきて、いきなり肩に抱え上げられた。ぐえっ、高い。

 

「うおっ」

「よく戻ったな!!」

 

「……戻りました」

「言った通りだ」

「信じてると言ったからな!」

 

おろされた。

 

「よくやった」

「はい」

 

壬生さんの声が、少し震えていた。心配をかけてしまった。申し訳ない。

 

「おい」

 

人垣が割れた。赤い髪の鬼頭炎児がそこにいた。

 

肋を押さえながら、片手を僧侶に支えられて、それでも自分の足で立っている。

 

顔がひどかった。

 

煤で汚れていて、目が赤くて、口が引きつっている。

 

「テメェ」

「……鬼頭さん」

「テメェ、この」

 

近づいてくる。鬼頭が拳を上げた。

 

——そして、俺の胸を軽く小突いた。

 

「……このバカ野郎が」

「え……」

「勝手に死んだと思わせやがって」

 

「すみません」

「ふざけんな」

「……」

「借りを返せねえかと思ったろうが」

 

「……借りって」

「飯を食わせてもらった。熾実を斬ってもらった。ここまで運ばれて命を拾った」

 

「……」

「返させろよ」

 

「……じゃあ、またなんか美味い飯おごってください」

「あ?」

 

「それが一番、嬉しいことです」

『そうじゃそうじゃ! おーごれ! おーごれ!』

 

「「「「「「おーごーれ! おーごーれ!」」」」」」

 

「!? て、てめーら! ちょーしのるんじゃねー!?」

 

「ははは」

 

 

=========================

FIN(大嘘)

ようやくここまで来ました!

すごく!難産でした!

 

もしよかったらレビューとか⭐︎いただけると作者が嬉しくてシフトで飛び上がります!

引き続きお楽しみください!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。