執筆において使用した生成AI:SuperGrok
執筆において使用した動物:ホモ・サピエンス
「お前は何になりたい?」
その日、人類はついに神を観測した。神に観測されてしまった。
……私はどうやら本当に人間だったらしい。日頃から人間になりたいと思っていたけど、周囲の異常を見ると今も昔も私はちゃんと人間のようだ。
「大金持ちになりたい」と叫んだ男は、金塊で出来た山になった。
「鳥と一緒に空を飛んでみたい」と願った少女は、翼の生えた雲になった。
「まだ生きていたい」と祈った老人は、脈動するシャボン玉になった。
「愛されるようになりたい」と呟いた誰かは、無数の唇だけが漂う霊体になった。
「強くなりたい」と拳を握った者は、どんな場所にも生える小さな苔になった。
「誰からも忘れられたい」と願った者は、量産品のマネキンになった。
「楽して暮らせるようになりたい」と望んだ人々は、流れるままの液体になった。
神の言葉に疑問を持っていた人々は、世界に取り壊されて新生した。
私は変わり果てた街の様子に愕然としながらも、大きな音と振動で我に返った。
車を始めとした様々な機械が人間の制御を突然離れたことで、凄まじい大事故が発生していると気付く。慌てて近くのデパートに駆け込むと、やはり変わり果てた何かが大量に存在している。
一応安全そうに思えるのでスマホを見ると、SNSを見ても皆の更新が止まっている。一瞬不思議に思ったけど、そうだ、あの姿形ではスマホの操作なんて……。
変わり果てた人々はそれぞれ得た新しい姿のまま、思い思いに生きていくのだろうか。あの姿形でも人間としての意識が残っているかどうか、確認は難しいけれど。
金塊の山は光を反射して輝き続け、翼の雲は空高く舞い上がり、シャボン玉は自身の脈動で弾け飛び、唇の霊体は風に乗って漂い、小さな苔は徐々に増殖し、マネキンは立ち尽くし、液体は地中へ流れてしまった。
……人間から見ると変わり果ててしまった彼らの本当の願いがなんだったのか、私は勝手に想像しながらまずは帰って休むことにする。この現実を受け止めるには、落ち着ける場所が必要だ。
翌朝、目覚めた私は現実を確認するため外に出た。やはり昨日の出来事は実際に起きたことなのだ、神様があれ以来どうしているのか気になるけれど……。
それよりも昨日は人間だけだったのに、今日は空や地面、建物まで何だかおかしくなっていることに気付く。
きっとこの世界は、願いが叶ったその瞬間から、変質を深めている。
私はただ人間のまま、この変質の中を進んでいこう。
そうしてしばらくの間歩き続けて気付いたことがある。世界自体が変質することで、昨日起きたはずの大事故の影響が曖昧になっていること。そして、変質した物の近くに寄ってみると小さな音が聞こえる場合があること。
気になって声を掛けたり、触ったり、近くで動いたりすると音の大きさや出方が変わるので、きっと意思があるのだ。これならどこかには会話が成立する人もいるって希望が湧いてくる。
思い返してみれば、昨日から不思議なほど私は落ち着いているけれど、やっぱり一人は寂しい。
それから数日間、街中から生活物資を拝借――気持ちだけお返し――しながら変質した物たちを観察しつつ進んでいると、ついに発見した。
崩れたビルの隙間に唇の霊体が集まっている。音を出し合いながらゆっくりと漂い、規則正しく回転している腕が生る樹に近付いていくとそれは起きた。樹がまるで唇に気付いたように音を出し始めたのだ。
唇と樹は確かに反応し合っている。唇は漂うというよりも飛ぶように速く動き出し、樹は回転の方向や生っている腕を変えたりと、まるで言葉を交わしているかのようだ。
私は意を決して近付きながら声を掛けてみる。しかし、唇と樹の行動はそのままだ。私の声も、私の存在も、どちらからも無視されている。
私はそこに立ち尽くしたまま、ただ見つめていた。
寂しさが、胸の奥でゆっくりと広がっていく。
唇と樹の交流を眺めたあと、私は静かにその場を離れて、独りで休息を取った。
……そして、世界の段階が進んだとでも言うように、翌日からはそこかしこで見かけるようになった。
空中に浮かぶ無数の歯車が互いに噛み合い、回転の速度を変えながら音を響かせている。そのリズムに合わせて、地面から伸びた艶のある透明な管がゆっくりと伸縮を繰り返している。歯車と管は明らかに会話を交わしている。
私は近づいて声を掛ける。歯車と管は私の声を通り越し、互いの動きだけを深めていく。
さらに先で、溶け続けるろうそくの山が滴を振り撒きながら形を変え、砕けては固まり直す骨の群れが滴を受け止めて音を奏でている。ろうそくと骨は一つの旋律を紡いでいる。
私は声を掛ける。ろうそくと骨は私の存在を通り越し、旋律だけを紡ぎ続けている。
どの交流も、私の声を通り越し、ただ互いの間だけで成立している。
胸の奥の寂しさは、確かに広がっていく。
この変質した世界の中で、会話が成立しているのは彼ら同士だけだ。そして今、世界の異物は人間のままである私自身であることを、静かに思い知らされる。
私は人間のまま、この変質した世界の中を進み続ける。
動物は、人間は声を何のために出すのだろう? 自分を誰かに伝えるため、誰かを自分が認識した証拠を残すためだろうか?
この世界で私の声は何のためにあるのだろう。世界は広い、私がこれまで進んできた距離なんてちっぽけなものだろう。しかし、私が人間になりたかったように、人間になりたいと願っていた人は他にもいるはずだ。なのに、人間はどこにいるのだろうか……。
ふと私は後ろを振り返った。これまで変質していく世界を真っ直ぐ進み続けてきたけれど、それは変だと思う。見落としていた分かれ道や回り道があるはずだと、そう思いながら振り向くと……あぁ、変質したものの末路は虚無らしい……。
そうして私は何故か真っ直ぐ伸び続ける道を前に進みながら、そういえば最後に食事や睡眠を取ったのはいつだったかなと呑気なことを考えていた。今の私は本当に人間なのだろうか? 空はずっと晴天なのに存在している水溜まりを覗き込むと、姿形は確かに人間の頃の私と同じはずなんだけど。
……改めて、念のため、背後を再び確認すると確かにそこは虚無で、これまでの道が静かに消えていくのが見える。
私は世界に導かれるように、細く真っすぐに伸び続ける道を進み続ける。
道の両脇では、変質したものたちの交流が加速している。
空中に浮かぶ方程式の群れが互いに解き合い、数字を交換しながら形を変えている。
その隣では、カラフルな蔓が絡まり合い、ほどけ合いを繰り返しながら光を発している。
地面近くでは、柄だけで歩く傘の群れが開閉を合わせ、規則正しい音を立てている。
そして、それらの音や光に反応するかのように、透明な、透明な何かが世界に広がっていく。
私は変質したものたちの存在を少し煩く感じながらも、道の先だけを見て進み続ける。
世界の変質はさらに速度を上げ、空がゆっくりと亀裂を広げ、地面が光の粒子に溶け始めている。
私はきっと人間のまま、ただ前へ進む。
もう、進み続けるのも疲れてきた頃に行き止まりが現れた。まぁ、単なる直感だけどあそこが行き止まりなんだと、理解してしまった。それは私の最期でもあるのだろう。
一歩一歩が重い、ほんの少し前までは大量に在ったはずの変質したものたちも、すでに全部消えてしまった。後は私だけ、私が最後。
……限界が来た。行き止まりに到達すると同時に、私は倒れてしまった。瞳から最期の涙が一滴、溢れる。
あぁ……向こう側はなんて綺麗な世界なんだろう……。
そう思った私は、静かに問いかけた。
「あなたは何になりたい?」