白鳥の国にて ~駐エルフィンド公使館付海軍武官の回想~ 作:ポオツマス亭
白大理石に秋の陽光が照り返し、街全体が不自然なほど眩しく輝くファルマリアの大通り。
その華やかな賑わいから弾きだされるように、路地の影、大通りの脇を歩く一際異質な一団があった。
それは、美しい褐色の肌に、陽光を鈍く吸い込む栗色の髪をした
だが、それでも
――この一氏族を率いるのが、長のディネルース・アンダリエルである。
彼女は真っ赤な、しかし泥汚れ一つない外套のフードを深く被り、久しぶりに街に出てきて買い出しの荷物を抱えた同胞の女たちの先頭を歩いていた。
すれ違う
その理不尽な侮蔑に、まだ若い同じ氏族のアウレリア・アーレントが悔し気に肩を震わせたが、ディネルースはただ静かに、その切れ長の琥珀色の瞳を路面の石畳へとむけさせた。
「気に病むな、リィル(アウレリアの愛称)。私たちは必要な物資を手に入れ、同胞の待つ森へ戻る。それだけが今日の仕事だ。」
「……はい、ディネルース様。ですが、あいつらのあの目は……ついこの間までは、ああではなかったのに」
「目など気にするな。曇った目で何を見ようと、私たちの価値は揺るがない」
ディネルースの凛とした、しかし乾いた声が、氏族の少女たちの心を静かに落ち着かせる。
その時、前方から規則正しい軽快な蹄の音が響き渡り、大通りを行き交う白エルフたちが、一斉に憧憬と敬意に満ちた眼差しで道を開けた。
現れたのはエルフィンド外務省の紋章が誇らしげに金箔で描かれた、黒塗りの重厚な馬車だった。
特注の
「外務省の公用馬車ですね……。宮廷の青白い人形どもが、また何か贅沢な玩具でも運んでいるのかしら」
リィルが不満げに吐き捨てる。
しかし、ディネルースはその馬車が自分たちの目の前を通り過ぎる瞬間、外套のフードの奥で、わずかに眉根をひそめた。
(……いや、違う)
馬車の窓ガラスの向こう。
[
キャメロット連合王国の、仕立ての良い深い濃紺の軍服。
その海軍服の男――アーサー・R・タリンナリー大佐は、膝の上で白手袋を綺麗に揃え、完璧なポーカーフェイスで正面の
ほんの一瞬。
馬車の速度が落ち、窓越しに、アーサーの冷徹で、全てを見透かすような
男はただの感傷的な観光客ではない。
その微笑みの裏にあるのは、エルフィンドの「美」を愛でる優雅な眼差しなどではなく、獲物の骨の太さまで測り知ろうとする、冷酷な獣のそれだった。
馬車はそのまま、砂埃一つ立てずにファルマリア駅の方向へと滑り去っていった。
「ディネルース様? どうかされましたか?」
立ち止まった長を、リィルたちが不思議そうに見上げる。
ディネルースは、遠ざかる馬車の軌跡を見つめたまま、外套の下で拳を静かに握りしめた。
「キャメロットの軍人だ。それも、ただの飾りではない……本物の、血の匂いを知る海軍将校がこの国に入った」
ティリアンの
だが、今通り過ぎたあの人間の男は違う。
あの男は、この美しいエルフィンドの仮面の裏にある「綻び」を、冷酷に、そして愉悦を交えながら剥ぎ取りにきたのだ。
「あの白エルフども……自らを『高貴な支配者』と信じて疑わない哀れな人形たちが、あの男の掌の上でいつまで踊っていられるかしらね」
ディネルースの薄い唇から、自嘲気味な、しかし極めて冷徹な言葉が零れ落ちる。
それは誰に聞かせるでもない、乾いた独り言だった。
すでに昨年、あのロザリンド会戦の上官であり、王家側近を務めていた同胞が『謀殺』され、それ以来、エルフィンドにおけるダークエルフの立場は、坂を転げ落ちるように悪化し続けている。
(こうして街に出るのも、今日が最後かもしれないわね……)
様々な思考が巡るが、迷いを断ち切るようにして首を振った。
「行きましょう。おめでたい
ダークエルフの氏族長は、もう一度だけ馬車が消えた先を鋭い目で見据えてから、身を翻した。
白大理石の街が放つ欺瞞の輝きを拒絶するように、
《作者注記》
※ヴァスリー:イアヴァスリル・アイナリンド。ダークエルフ族。ディネルースの隣の氏族長。ディネルースは彼女たち氏族の買い物も頼まれていた。