ようこそ実力至上主義のダンジョンへ   作:修羅シュラ

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英雄創世

「食い荒らすぞ!!」

 

鋭く放たれたリヴェリアの号令が、戦場の空気を震わせた。

その一声を合図に、妖精部隊(フェアリー・フォース)が進軍を開始する。

リヴェリア・リヨス・アールヴ率いる、妖精(エルフ)のみで構成された魔導部隊。統率、練度、そして火力のすべてにおいて、ロキ・ファミリアが誇る対軍勢戦の切り札である。

 

部隊最大の強みは、単に優れた魔導士が揃っている点ではない。

リヴェリアの希少(レア)スキルによって、部隊全体の魔力運用に常識外れの補正が掛かっていることにこそ、その真価があった。

 

本来、魔法とはそう幾度も乱発できるものではない。

高位の攻撃魔法であればなおさらだ。精神力(マインド)を激しく消耗し、戦況次第では一度の詠唱が命取りにもなる。

 

だが、この部隊にその常識は通じない。

 

妖精(エルフ)たちは次々に詠唱を重ね、間断なく魔法を放ち続ける。火炎、氷槍、雷撃、暴風――属性の異なる砲撃が怒涛となって前方を呑み込み、敵陣を容赦なく蹂躙していった。

 

闇派閥(イヴィルス)の兵が叫ぼうと、食人花が醜悪な口を開こうと、結果は変わらない。

石壁を震わせる轟音の中で、魔法の奔流に巻き込まれた者たちは為す術もなく呑まれ、焼かれ、砕かれ、消えていく。

そこにあるのは戦いではない。

ただ一方的な殲滅だけだった。

 

小人族(パルゥム)の次は妖精(エルフ)か」

 

不意に、嗤いを含んだ声が響いた。

 

怪人(クリーチャー)!!」

 

真っ先に反応したのはアリシアだった。

その叫びは警告であると同時に、押し殺していた激情の噴出(ふんしゅつ)でもあった。

 

姿を現した怪人(クリーチャー)を見た瞬間、彼女の双眸(そうぼう)に剥き出しの憎悪が宿る。

忘れたくても忘れられない相手。

己を変えるきっかけとなり、同時に、心の奥底へ決して消えぬ火種を残した仇敵。

その存在を前に、平静を保てという方が無理な話だった。

 

「貴様はあの時の羽虫……!あの男はどこだ!!」

「貴様に応える義理はない!!ここで討ってやるっ!!」

 

今にも飛び出しかねないアリシアを、レフィーヤが慌てた声で呼び止める。

 

「あ、アリシアさん!!」

「アリシア、落ち着け」

 

続けて響いたリヴェリアの声は、短く、だが強い制止の力を帯びていた。

 

その一言で、アリシアははっとしたように肩を震わせる。

荒れかけた呼吸を整えるように深く息を吸い、ゆっくりと吐き出して、どうにか激情を押し戻した。

 

「すみません、取り乱しました」

「いや、いい」

 

リヴェリアはそれ以上問わなかった。

事情を知りたい気持ちはある。

だが、怪人(クリーチャー)を前にして意識を余計な方へ向けるのは愚かだ。

戦場での一瞬の乱れは、そのまま死に繋がる。

 

ならば、今は切り捨てるべきだった。

 

「そうか。あの男はここにはいないようだな。ならば……一人だけ生かして、居場所を吐かせるとしよう」

 

怪人(クリーチャー)が低く身構える。

 

それを見据えたまま、リヴェリアは躊躇なく命じた。

 

「目標、怪人(クリーチャー)!!撃てええええっっ!!」

 

号令と同時に、再び魔法の砲撃が始まった。

幾重もの魔法陣が閃き、詠唱の響きが重なり、次の瞬間には無数の光が一直線に敵へ殺到する。

爆炎が噴き上がり、衝撃波が石床を揺らし、破砕された瓦礫が暴風に煽られて宙を舞った。

 

その中で、アリシアだけは明らかに違っていた。

彼女もまた部隊の一員として砲撃に加わっている。

だが、その瞳に宿る色は、任務に徹する兵士のそれではない。誰よりも濃く、昏く、燃えさかる殺意が、怪人(クリーチャー)へと真っ直ぐ向けられていた。

 

 

清隆たちが向かった先は、【ガネーシャ・ファミリア】が保有する闘技場だった。

 

巨大な石造りの円形闘技場。

幾重にも連なる観客席、戦いの名残を刻んだ石床、そして頭上へ抜ける空間の広さ。

ここならば、余計な被害を気にせず暴れられる。

 

「ここ、【ガネーシャ・ファミリア】のところじゃん。勝手に使って大丈夫なの?」

 

ティオナがそう口にする。

その声音は弾んでいた。

これから戦えることへの高揚が色濃かった。

視線はすでに清隆へ向き、獲物を前にした獣のような落ち着きのなさが隠しきれていない。

 

「問題ない。オレが手配したからな」

「準備万端ってわけね……アンタこうなることわかって動いてたわけ?」

 

ティオネの鋭い問いに、清隆は答えなかった。

 

否定も肯定もしない沈黙。

だが、それだけで十分だった。ティオネは苛立ちを滲ませながらも、この状況が偶然ではなく、ある程度見越された上で整えられたものだと悟る。

 

「どーでもいい。さっさと始めるぞ、まずは俺からだ」

「えぇ!?ベートだけずるい!さっきベートは戦ったじゃん!次は私にやらせてよ!」

「うるせぇ!まだ決着ついてなかっただろうが!!」

 

ベートとティオナが言い争う。

だが、その騒がしさを前にしても、清隆の表情は変わらない、ただ静かに三人を見ていた。

 

「三人まとめてかかってこい。その方が早い」

「「「はっ?」」」

 

静かな声でそう告げる。

ベートの目付きが険しくなり、ティオネの額に青筋が浮かぶ。

ティオナだけが、一瞬遅れて口元に笑みを浮かべた。

 

「いくぞ」

 

短く告げるや否や、清隆が踏み込んだ。

次の瞬間、彼が立っていた石床が爆ぜる。

速い───そう認識した時には、すでに清隆はすでに眼前、完全な射程圏内へ入り込んでいた。

 

「───っ!?」

 

反応したベートもまた、さすがにLv.6だった。

鍛え抜かれた肉体が超反応で応じた、ベートの鋭烈(えいれつ)蹴撃(しゅうげき)が空気を裂き、(うな)りを上げて清隆を()いだ。

風圧が髪を揺らす。

 

当たらない。

清隆は最小限の動きで上体を沈め、その一撃を紙一重でかわしていた。

 

低く潜り込んだ姿勢のまま、腹部へ拳を叩き込む。

ベートも辛うじて腕を差し込んだ。

直撃だけは避けたが、防ぎきれない。

 

鈍い衝撃音とともに、ベートの身体が後方へ吹き飛んだ。

観客席へ叩き込まれた瞬間、石材が砕け、破片と粉塵が派手に舞い上がる。

そこまでで、一秒にも満たない。

 

今の攻防だけで、ティオネとティオナは理解できた。

認めたくはない。

それでも理解せざるを得なかった。

 

ベートよりも。

そして自分たちよりも。

目の前の男は、遥かに上の領域にいる。

 

「ティオナ」

「うん」

 

その一言だけで十分だった。

双子である彼女らは言いたいことは全て伝わっていた。

ティオネとティオナは武器を捨てた。

これは殺し合いではない、それに清隆も素手である以上武器は使わない。

それは自分たちの誇り(プライド)であり、己の肉体ひとつで戦う相手に対する礼儀でもあった。

 

「アアアアアアアアッッ!!」

 

瓦礫の中から、咆哮とともにベートが再び闘技場へ戻る。

その叫びにあるのは怒りだけではない。屈辱、苛立ち、そして、自分が見下していた相手を強者だと認めざるを得ない悔しさ━━━そのすべてが混ざり合い、獣じみた咆哮となって噴き出していた。

 

三人は、清隆を自分たちより上の強者だと認めた。

その上でなお、退かない。

未知の高みへ挑むように、三者三様の闘志を燃やしていく。

 

そんな彼らを前にして、清隆はただ静かに告げた。

 

「英雄の作法を教えてやる」

 

 

リヴェリアたちは怪人(クリーチャー)を退けた後、ダンジョンへと続く退路を発見し、再び進軍を開始していた。

周囲には戦闘の爪痕が色濃く残っていた。

仮に怪人(クリーチャー)が追撃してきたとしても、リヴェリアの第二階位攻撃魔法(レア・ラーヴァテイン)があれば、探知し、迎撃し、必要なら撤退もできる。

 

だが、探知に引っかかったのは怪人(クリーチャー)ではなかった。

 

異端児(ゼノス)

 

フィンの監視をかいくぐり、地上からダンジョンへ戻ろうとしていた存在たち。

見過ごすわけにはいかない相手だった。

フィンがこの場にいない以上、指揮を執るのは副団長であるリヴェリアだ。

 

「俺たちはウィーネを助けたかっただけなんだ!!お前たち人間を傷つけるつもりなんて一切ない!」

「!?」

 

そう叫んだのは、蜥蜴人(リザードマン)だった。

その言葉に、妖精(エルフ)たちの間から驚愕の声が漏れる。

無理もない。怪物(モンスター)が、人と同じように言葉を操る。それ自体が、彼女たちにとって常識の外側にある出来事だった。

 

続いて黒衣(メイジ)が口を開く。

人類と融和を結びたい、争いの連鎖を終わらせる最後の希望なのだと、そう告げた。

 

その言葉に、団員たちの胸中が揺れる。

実際、彼らが地上に出てから一般市民を襲ったという報告はない。

むしろ先に攻撃を仕掛けたのはこちらであり、彼らはやむなく迎撃したに過ぎないとも言える。

これまで確認されてきた武装した怪物(モンスター)たちの行動を思い返せば、頭ごなしに嘘だと断じることはできなかった。

 

沈黙が落ちる。

誰もが言葉を失ったその時だった。

 

「もしそれが本当だとして」

 

口を開いたのは、リヴェリアだった。

情を切り捨て、現実だけを見据える者の冷たさを持っていた。

 

「貴様らは、それを証明できるのか?」

「!?」

 

異端児(ゼノス)が息を呑む。

 

リヴェリアの眼差しは一切揺るがない。

その瞬間の彼女は、ただのリヴェリア・リヨス・アールヴではなかった。

不在の団長、フィン・ディムナの理性と責務を代行する者として、この場に立っていた。

 

「涙に訴えるのでもなく、情に縋るのでもなく───モンスターにすべてを奪われた者たちを、納得させられるのか?」

 

それはあまりにも酷薄(こくはく)な問いだった。

 

願いだけでは足りない。

善意だけでも足りない。

 

人と怪物(モンスター)の間にあるのは、長く積み重ねられた血と恐怖と喪失だ。

それを乗り越えるには、希望を語るだけでは決定的に足りない。

 

「それができなければ、聞くに値しない絵空事だ」

 

その言葉は冷たく、重く、そしてあまりにも正しかった。

それほど人類と怪物(モンスター)の垣根は大きい。

 

「君たちが味方であればどれほど頼もしいかと考えたこともあった」

「無駄な仮定だな」

 

その一言で十分だった。

もはや、これ以上の問答に意味はない。

妖精は杖を構え、怪物は剣を構えた。

 

互いの間に流れる空気は重く、鋭く、今にも裂けそうなほど張りつめていた。

誰もが次の一瞬を待っている。

先に動いた方が、戦端を開く。

 

その均衡を破ったのは、アリシアだった。

 

「私は英雄に憧れている」

「アリシア……?」

 

不意に零れたその言葉に、リヴェリアの眉がかすかに寄る。

アリシアは俯いたまま、腰に差した二振りの短剣へ静かに指を触れていた。

その仕草はひどく穏やかだった。

だが、穏やかなのは外側だけで、胸の内には押し殺し続けた熱と痛みが、いまだ熾火のように燻っている。

 

彼女は英雄に憧れている。

怪物へ手を差し伸べた愚か者。

誰もが怯え、拒み、切り捨てるものへ向かって、それでもなお手を伸ばしたベル・クラネルの背は、アリシアにとって眩しすぎるほどの光だった。

 

今思えばあれこそが英雄なのだろうと、そう思う。

だが。

 

「私は、あの少年のように愚者にはなれない」

 

少年のようにはなれない。

怪物に奪われたものを知っている。

人が壊され、血を流し、声を失っていく現実を知っている。

 

その記憶を抱えたまま、なお怪物へ手を差し出せるほど、アリシアは優しくなれない。

強くもなれない。

 

だから、彼女は別の背中を見た。

 

静かで、冷たく、揺るがない者。

誰よりも現実を知り、誰よりも容赦なく、死の気配すら当然のものとして踏み越えていく異質な存在。

 

綾小路清隆。

 

彼の強さは、英雄の光とは違う。

人を救うために輝く強さではない。

どれほど泥濘(ぬかるみ)に沈もうと、どれほど血に塗れようと、ただ立ち、生き残り、相手を圧倒するための強さだ。

 

憧れたのは、きっと光だけではなかった。

光になれない自分でも届くかもしれない、もうひとつの高み。

アリシアはそれを、彼の背に見た。

 

その果てに待っていたのは、鍛錬などという生易しいものではなかった。

 

何度も地に叩き伏せられた。

骨が砕け、肺が潰れ、意識が闇へ沈む寸前まで追い込まれた。

死んだ、とすら思った瞬間は一度や二度ではない。実際、あと一歩で命が途切れていたこともあっただろう。

 

それでも、終わらない。

 

引きずり起こされる。

生へと引き戻される。

立てと命じられる。

また殺されかける。

そして、また生き返る。

 

そんな狂気じみた修業を繰り返しても、恐怖は消えなかった。

だが、恐怖に足を止めることだけはなくなった。

 

死の気配を前にしても、身体を動かすことができるようになった。

短剣を振るう手にも、詠唱を削る判断にも、躊躇が消えた。

 

だからこそ、いまここにいる。

 

誰もを救う英雄にはなれない。

ベル・クラネルのような愚かしい優しさも持てない。

 

だが、それでもなお憧れを捨てきれなかった女は、別の形で前に進むことを選んだ。

 

「だから私は貴方たちを屠ります」

 

短剣が抜き放たれる。

 

白刃が空気を裂いた瞬間、周囲の温度が一変した。

肌を刺すような冷気がアリシアの足元から広がり、石床の上を白く侵していく。

霜が走り、吐息が凍え、空気そのものが薄氷をまとったように張りつめた。

 

白銀聖域(アルヴァ・テメノス)

アリシアに発現した希少(レア)スキル。

それは彼女の周囲一帯を、自らの戦うための領域へと変えていく。

冷気は味方をも容赦なく蝕みかねない。だからこそ、彼女は同胞を巻き込まぬよう、一歩ずつ前へ出た。

 

その背には迷いがない。

人類は怪物を嫌悪する。

その事実を、アリシアは否定しない。

憧れを抱いた少女のままではいられなくても、現実を引き受けて進むことならできる。たとえその先に血と後悔しかなくとも、自分はそちらを選ぶ。

 

その時だった。

 

「いたぞ!モンスターと【ロキ・ファミリア】だ!」

 

突如、背後から怒号が響いた。

直後、通路の奥から重い足音が殺到する。

闇派閥の構成員たちが、食人花の群れを引き連れて雪崩れ込んできた。

 

しかも後方だけではない。

左右の扉までもが次々と開き、同じように増援が吐き出されていく。

 

「初めからこれが狙いか!!」

 

リヴェリアが鋭く叫ぶ。

 

三つ巴。

【ロキ・ファミリア】、異端児(ゼノス)、そして闇派閥(イヴィルス)

通路が不自然なほど開けていたことも、各所の扉が解放されていたことも、すべてはこの乱戦を作るための布石だった。

 

ぶつけ合わせる。

疑念と敵意を煽る。

できるなら、そのまま同士討ちにまで持ち込む。

 

「私が武装したモンスターを押さえます!リヴェリア様たちは前を!!」

「アリシア、先走るな!!っ……何人かはアリシアの援護を!それ以外は闇派閥(イヴィルス)の対処だ!!」

 

リヴェリアの制止より早く、アリシアは駆け出していた。

白い軌跡を引くように、アリシアが異端児(ゼノス)へ肉薄する。

 

「ふっ!!」

「ぐっっ……!?冷てェ!?」

 

短剣が閃いた。

一撃。二撃。三撃。

連なる斬撃は軽やかでありながら重い。

美しさすら感じさせる軌道の内側に、研ぎ澄まされた殺意と技術が潜んでいる。

 

蜥蜴人(リザードマン)は剣で応じるが、受けるたびに金属が軋み、鱗の隙間へ冷気が噛み込んでいく。

 

飛来した羽弾(バレット)が横合いから襲いかかる。

だがアリシアは怯まず、視線だけで軌道を捉え、冷気を走らせる。

弾丸は空中で凍りつき、そのまま氷塊と化した。

彼女はそれを短剣で断ち割り、砕け散る氷片を遮蔽物のように使いながら、さらに一歩、間合いを詰める。

 

強い。

それは単に出力が高いという意味ではない。

踏み込みに恐れがない。

受けるべきものと捨てるべきものの判断が速い。

間合いの奪い方、視線の誘い方、冷気の使いどころ、そのどれもが洗練されていた。

かつて後衛の魔導士として戦っていた妖精(エルフ)の面影は、もはやそこにない。

いまの彼女は、冷気と刃を自在に操り、前線で敵を圧し潰す近接戦闘者だった。

 

付け焼き刃ではない。

その程度の変化で、この場にいる異端児(ゼノス)を押し込めるはずがない。

アリシアが強くなった。

ただ、それだけのことだった。

 

「【弓引く(かいな)は霊峰の意志】!」

「え!?アリシアが短文詠唱!?」

 

援護に回ろうとした団員の一人が、思わず声を上げる。

 

それも当然アリシアには短文詠唱など存在しない。

本来必要な詠唱を飛ばしていた。

 

彼女渾身の武装魔法───『巨氷の弓矢』を生み出し、引き絞ったそれを撃ち放った。

 

「【グレイス・サギタリウス】!!」

 

放たれた氷矢は、迅烈(じんれつ)を持って空間を貫いた。

 

視界のすべてを白く塗り潰しながら異端児(ゼノス)へ殺到する。

 

次の瞬間、轟音とともに凍気を孕んだ衝撃が炸裂する。

石床が砕け、無数の氷柱が地面から突き上がり、壁面には白い亀裂が蜘蛛の巣のように広がった。舞い散る氷片は刃と化し、遅れて襲う寒気が肉と骨の奥まで噛みつく。

 

死者こそ出ていない。

だが、被害は深刻だった。

四肢の一部を砕かれた者。

氷片に肉を裂かれ、地を転がる者。

命だけは辛うじて繋いでいる───それだけの光景が、通路の先に広がっていた。

 

「あれがアリシアなのか……?」

 

リヴェリアはその轟音と共に振り返ると、驚愕の声を呟きざる得なかった。

異端児(ゼノス)は言うまでもなく、その一撃を目の当たりにした団員たちまでもが息を呑む。

 

アリシアの成長は、もはや説明では足りない。

それは憧れを抱いた少女が、死線の中で何度も壊され、なお立ち上がることを強いられた果てに得た力だった。

優しさの形を失ってなお、前へ進むことだけはやめなかった者の刃。

その冷たさと凄絶さが、いま、誰の目にも明らかになっていた。

 

 

ベートの連撃をいなしながら、清隆は視線だけをわずかに動かした。

正面ではベートが牙を剥き、絶え間なく蹴撃を繰り出してくる。

 

左右から迫る気配━━━ティオネとティオナ。双子の連携は素早く、呼吸も深い。

正面へ意識を割かせた上で、挟み込む。

清隆はそれを理解した上で、あえてギリギリまで動かなかった。

 

すべてを見切った上で、身体を滑らせるように引く。

直後、左右から放たれた拳が空を切り━━━そのまま互いの軌道へ食い込んだ。

 

「っ!?」

「えっ!?」

 

鈍い衝突音が響く。

ティオネとティオナは互いの拳をまともに受け、勢いを殺しきれぬまま弾かれた。

体勢を崩し、それぞれ逆方向へ吹き飛んでいく。

 

そこへ間髪入れずベートが飛び込む。

怒気を剥き出しにしたまま、高々と脚を振り上げる。狙いは頭部。

 

清隆は片手を上げた。

それだけだった。

 

空気が唸る。

直後、振り下ろされたベートの踵が、その手のひらに受け止められる。

 

止められるとは思っていなかったのだろう。いや、止められたとしても、真正面から受け切られるとは考えていなかったはずだ。

 

清隆は表情ひとつ動かさない。

受け止めた脚を軸ごと制し、そのまま力任せに地へ叩き伏せた。

 

「ガッッ!?」

 

鈍い音が闘技場に響く。

ベートの身体が石床へ激突し、砕けた破片と砂塵が跳ね上がる。

 

「舐めんじゃねえッッ!!」

「はあああああッッ!!」

 

追撃に移ろうとした清隆の前へ、すでに立ち直ったティオネとティオナが割って入る。

清隆は即座に標的を切り替える。

先にティオナ。

地を蹴り、距離が一瞬で消える。

 

「嘘っ!?」

 

ティオナの驚愕が声となって漏れた時には、もう遅かった。

反射的に放たれた回し蹴りを、清隆は腕で受け止めた。

 

そのまま手首を掴み、次の瞬間迫ってきていたティオネの方角へ、ティオナの身体を躊躇なく投げつけた。

 

「ちょっ━━!?」

「ティオナ!?」

 

回避は間に合わない。

ティオネは咄嗟に腕を上げたものの、真正面から飛び込んできた妹の身体を受け止めきれず、そのまま二人まとめて体勢を崩した。

そこへ、清隆が腕を大きく振るう。

空気が裂けた。

 

そのまま大きく振りかぶった腕で、拳圧を物理的に飛ばす(・・・・・・・・・・)

 

ティオネとティオナの身体がまとめて弾き飛ばされた。

互いを巻き込みながら観客席へ叩きつけられ、石材を砕き、粉塵の中へ沈んでいく。

 

そして、倒れていたベートが、死角から詰め寄っていた。

低く、鋭く、獣じみた執念で間合いへ滑り込んでいた。

今度こそ一撃を通すつもりで打ち込む。

 

清隆は振り返らない。

ただ、視界の端で捉えた位置情報だけを頼りに、後方へ蹴りを放つ。

 

「があッッ……!?」

 

乾いた衝突音。

ベートの身体がくの字に折れ、そのまま弾丸のように吹き飛んだ。

石床を跳ね、転がり、最後には壁際へ激突してようやく止まる。

 

闘技場に荒い呼吸だけが残った。

戦闘が始まってから、およそ十分。

その間、清隆は一度として被弾していない。

呼吸も乱れていない、服に土埃がついている程度で、傷らしい傷ひとつ見当たらなかった。

 

驚くことでもなかった。

実力差がある。

ただ、それだけのことだった。

 

「なんで……その実力がありながら隠していやがった!!」

 

瓦礫を押しのけながら、ベートが吠える。

声には怒りだけでなく、理解の追いつかない苛立ちが滲んでいた。

これほどの力を持ちながら、なぜ今まで表に出さなかったのか。

なぜ何食わぬ顔で後方にいたのか。

ベートにとっては、その事実自体が許しがたい裏切りに近いのだろう。

 

「言う必要があるのか?」

 

清隆の返答は、あまりにそっけなかった。

 

「この感じ、Lv.6……いや、Lv.7!?【猛者】と同じ感じがする!!」

 

ティオナが息を切らしながら口を開く。

その頬に浮かぶのは、もはや先ほどまでの無邪気な笑みではない。

悔しさだった。

 

認めたくない現実を、身体の痛みとともに飲み込まされる苦さだった。

ここまで差があるとは思っていなかった。

 

「てめぇは一体何がしてぇんだ!!」

 

ティオネが怒号を叩きつける。

当然の疑問だった。

わざわざこの場を整え、自分たちを連れてきて、力の差を見せつけた。

そこまでして何を望んでいるのか。

 

清隆は三人を見た。

実力差は伝えた。

 

清隆は口を開く。

 

「オレは英雄を探している」

 

その言葉が落ちた瞬間、闘技場に満ちていた空気がわずかに変わった。

先ほどまでぶつかり合っていた殺気も、荒い呼吸も、砕けた石の匂いも、その一言の前では妙に遠く感じられる。

 

ベートたちは揃って目を見開き、清隆を見つめていた。

意味がわからない。

まさしくそんな顔だった。

無理もない。

 

目の前にいる男は、たった今、自分たちを一方的に叩き伏せたばかりだ。

その強さは、少なくとも常識の物差しでは測れない。

英雄を名乗るでもなく、力を誇示するでもなく、ただ淡々と圧倒してみせた男が口にしたのは、英雄になりたいではなく、英雄を探している、という言葉だった。

 

「探しているってどういうこと……?」

 

ティオナが呆然と呟く。

 

英雄になりたい、ではない。

英雄を探している。

そのわずかな言い回しの違いの中にこそ、清隆という男の本質が滲んでいた。

自らその座へ就くことではなく、別の誰かをそこへ押し上げること。

 

それは願望とも野心とも違う、どこか歪んだ視点だった。

 

「オレは英雄になれない」

 

その言葉に、ベートたちの間へ新たな困惑が走った。

 

なれない?

これほどの力を持ちながら。

これほど理不尽なまでに他者を圧倒できる存在でありながら。

それでもなお、自分は英雄になれないと、そう言うのか。

 

彼らはすでに身体で理解していた。

清隆の力は、自分たちの理解を超えている。

都市最強と謳われる【猛者】オッタルよりも。

最も英雄に近い男と称される【ナイト・オブ・ナイト】よりも。

少なくとも、この下界では清隆が最強だと断定することができていた。

 

それほどの男が、英雄になれないと口にする。

 

「オレは英雄など興味はない」

「!?」

 

短く、あまりにもあっさりとした否定だった。

なれないのではない。

なる気がない。

 

そこにこそ、三人は一層の異質さを感じた。

名誉。称賛。栄光。

強者が求めて然るべきものを、清隆はまるで路傍(ろぼう)の石でも見るように切り捨てる。

 

英雄という称号に、一度たりとも手を伸ばしたことがない。

欲しいと思ったことすらない。

その事実が、彼の在り方をいっそう不気味なものにしていた。

 

「じゃあ興味がないなら英雄なんて探す必要もないじゃない!」

 

ティオネが怒気を滲ませて叫ぶ。

それは反論というより、理解を拒むための声だった。

 

「一つ約束したことが今でも頭に残っている」

 

どこか遠くを見るような響きがあった。

思い返そうとしたことなどなかった。

 

七年前。

記憶の底に沈み、もはや二度と拾い上げられることもないはずだった残滓。

 

消えかかる命。

自分の手の中から零れ落ちていった温もり。

死の直前だというのに、なお笑いかけてきた顔。

その不自然なほど穏やかな微笑が、いまになってやけに鮮明だった。

 

『だから……清隆……英雄になってよ』

 

アーディは、そう言い残して死んだ。

 

その言葉の意味を、清隆は長く理解しようとしなかった。

理解する必要も感じていなかった。

英雄になれなどと、そんな願いを託されたところで、自分には何の価値も見出せなかったからだ。

 

だが、世界は待ってはくれない。

 

「北の最果てでは黒き終末が待っている」

 

黒竜。

三大冒険者依頼(クエスト)の一角。

 

ゼウス、ヘラ、その両大派閥ですら討ち果たすことのできなかった、最後冒険者依頼(ラストクエスト)

 

討たなければ、いずれ世界は終末を迎える。

英雄たちが潰えた今、その役目は残された者たちが果たさなければならない。

 

だが、本当に可能なのか。

この(ぬる)い下界で。

ぬるま湯のような秩序に守られ、死地を忘れつつあるこの都市で。

かつてゼウスとヘラですら届かなかった怪物へ、手が届くのか。

 

清隆には興味がなかった。

達成できず、世界が滅びるとしても、それはそれで自然の帰結(きけつ)だと受け入れるつもりでいた。

強くなることすら、ただ生の延長線にある行為でしかなかった。

そこに崇高な目的などなかった。

 

アーディの死もまた、いずれ忘れ去られていただろう。

思い出すことすらなく、過去の底で風化していたはずだ。

 

だが、思い出すきっかけがあった。

ベル・クラネル。

あの少年と出会った時、清隆の中で途切れていた何かが、不意に繋がった。

忘れていたはずの残滓が、唐突に熱を持って蘇った。

 

愚かだった。

真っ直ぐで、眩しくて、脆い。

それでもなお手を伸ばし、立ち上がり、傷つきながら前に進もうとする在り方は、どこか遠い昔話を思わせた。

 

英雄譚の始まり。

誰にも期待されず、笑われ、それでもなお駆け出した者。

 

「だが、ベル・クラネル一人ではあの黒竜に勝てない」

 

断定だった。

 

ベル・クラネルがこれから先、大成したとしても。

誰もが認める英雄となったとしても。

それでもたった一人では、黒竜には届かない。

それほどまでに、あれは別格だった。

 

『アルゴノゥト』

 

多くの人々に騙されながら、なし崩し的に猛牛を倒して英雄になってしまった喜劇の物語。

 

だが、その道化はやがて船となった。

多くの英雄を乗せ、次代へ繋ぐ始まりの舟。

ゆえにこそ、始まりの英雄と呼ばれている。

 

ひとりの英雄だけでは足りない。

英雄が英雄を呼び、英雄譚が次の英雄を生む。

 

そうでなければ、あの終末には届かない。

 

「テメェは何を言ってやがる!?」

 

ベートの叫びが響く。

 

黒竜。終末。英雄を生み出す。

どれも常人なら戯言と切り捨てるしかない。

 

「オレはベルだけじゃない他の英雄を生み出す必要があった」

 

清隆がベルだけに執着しない理由。

 

ベルひとりに未来を託していない理由。

 

足りないのなら、増やすしかない。

英雄の舟に続く、新たな英雄を。

選び、削り、壊し、鍛えなければ。

届く者を、届かせる。

そのためなら、必要なものと不要なものを、容赦なく切り分ける。

 

ティオネの顔色が変わった。

何かを悟った。

 

その先に続くであろう言葉が、何を意味するのかを。

 

「あの日、初めて人工迷宮(クノッソス)攻略に乗り出した日」

「おい、てめぇ!!何言おうとしてやがる!!」

 

ティオネの怒号が響く。

 

「助けようと思えば助けられた、オレが本来の実力を出していれば」

「ちょっと待ってよ!それは!!」

 

ティオナの声が震える。

 

否定してほしい。

いまの言葉の先を、冗談だと言ってほしい。

 

だが清隆は、表情ひとつ変えなかった。

感傷も、躊躇も、言い訳もない。

 

ただ事実として、静かに告げる。

 

「だから、オレはリーネたちを見殺しにした」

 

その言葉のあと、沈黙が落ちた。

あまりにも重く、あまりにも冷たい、沈黙だった。

 

「うおおおおおおおおッッ!!」

 

次の瞬間、その沈黙を食い破ったのはベートの咆哮だった。

 

怒りすら加速へ変えた、獣じみた神速。

蹴りが閃く。

空気を裂き、一直線に清隆を捉えたその一撃は、まともに食らえば骨まで砕く威力を孕んでいた。

 

轟音が響く。

清隆の身体が弾かれ、そのまま壁へ叩きつけられた。

石材が砕け、ひび割れ、激しい砂煙が舞い上がった。

 

ベートの肩が荒く上下する。

ティオネもティオナも、息を止めたままその砂煙を見つめていた。

 

「満足か?」

 

静かな声が、粉塵の奥から落ちてくる。

 

何事もなかったように歩き出し、肩や服についた砂を手で払う清隆の姿だった。

反応できなかったわけではない。

避けなかった。

 

「テメェはなんで、どうしてそんなこと平気でできるんだっ……」

 

ティオネの喉から絞り出された声は、怒鳴り声というより呻きに近かった。

 

「必要だからだ、英雄が。あの黒き終末を倒すためには」

「そのために仲間を犠牲にしてもいいと思っているの!?」

 

ティオナの声は震えていた。

瞳には涙が浮かび、噛み締めた奥歯の間から怒りが滲む。

 

本来なら助かったはずの者たち。

手を伸ばせば届いたかもしれない命。

それを、目の前の男は必要だったの一言で切り捨てた。

 

「仕方がないと思っている」

 

清隆は、ただそう答えた。

 

三人の拳に、さらに力がこもる。

今すぐにでも殴りかからなければ、この男の言葉に自分たちの何かを踏み潰される───そんな錯覚すら覚えるほどだった。

 

それでも清隆は続ける。

 

「あの死が結果的にお前たちの成長に繋がったのは事実だ」

「は?」

 

ティオネの口から零れたのは、理解を拒む声だった。

 

「恨みは人を強くする、喪失は人を成長させる」

 

その死が【ロキ・ファミリア】を変えたのもまた事実だった。

痛みは牙になる。

喪失は視界を研ぐ。

 

とりわけベートの変化は誰の目にも明らかだった。

あの日から、彼は前よりも深く、前よりも鋭くなっていた。

 

「そうだったとしても!見捨てていい理由には……!!」

「だったら何故お前らが助けてやらなかった?」

 

ティオナの叫びを、清隆の一言が切り裂いた。

あまりにも理不尽な問いだった。

助けられるものなら助けたに決まっている。

見捨てたかったわけではない。そんなはずがない。

 

だが、現実にはできなかった。

相手の罠にはまり、分断され、挙句の果てには『精霊の分身(デミ・スピリット)』と相手していた。

そんなもの無理に決まっている。

 

「オレならば『精霊の分身(デミ・スピリット)』など脅威にすらならない」

「それはアンタだからでしょ!清隆が初めから隠してさえいなければ……!」

「お前たち第一級冒険者はいつから他人に頼るようになったんだ?」

「───っ」

 

第一級冒険者という立場そのものを問う、苛烈な断罪だった。

 

第一級冒険者。

下の冒険者たちが見上げる背であり、民衆にとっての希望であり、前線に立つ者たちの象徴だ。

 

ゆえに、迷いは許されない。

他力に望みを繋ぐ甘さも、あってはならない。

 

ベートの牙が痛む。

ティオネは目を見開き、ティオナは唇を噛んだ。

 

神々が下界に降りて以降、この世界の理は変わった。

数を揃えれば覆せる時代は終わった。

群れでは届かない絶望があり、群れでは止められない終末がある。

 

必要なのは量ではない。

質を求められている。

 

多数の強者ではなく、戦局そのものをひっくり返す圧倒的な“一”。

ただそこにいるだけで流れを変え、ただ剣を振るうだけで絶望を後退させる存在。

 

「神威すら乗り越えるのか、アイツは……」

 

ふいに漏れた声は、場の空気をわずかにずらした。

それでもダイダロス通りの彼方から届く雄叫びは、ここまで震わせてくる。

その熱を聞き取りながら、清隆は一人の少年を思い浮かべていた。

 

ベル・クラネル。

ヘルメスから聞かされていた筋書きとは違う。

用意された舞台の熱狂を超えて、もっと大きな何かが渦巻いている。

 

「誰よりも強くなれ。でないとベルに追い抜かれるぞ」

「ウルセェ!!先公(せんこう)きどりしてんじゃねえ!!まだ終わってねえぞ!!」

「いや、時間切れだ」

 

清隆がそう呟いた、その直後だった。

 

上空から何かが墜ちてきた。

叩き落されたような速度で、風を裂き、空気を震わせ、そのまま闘技場の床へ激突する。

石材が砕け、粉塵が跳ね上がる。

 

「斬新な登場の仕方だな、輝夜」

「ガホッ……貴様から先に斬ってやろうか、大馬鹿者……!!」

 

土煙の中から現れたのは輝夜だった。

 

息は荒く、極東の衣は無惨に裂け、そこかしこを刻む斬創が着物を赤黒く染めている。

口元から垂れた血を腕で乱暴に拭った。

 

ベートたちは、毒気を抜かれたようにその光景を見た。

輝夜をここまで追い詰めたものが、来る。

 

「清隆......!!」

 

声とともに、風が降りた。

 

闘技場の上方。

そこに立っていたのはアイズだった。

 

金の髪を揺らし、その全身に風を纏っている。

いつもの無表情はそこになかった。

鋭く、痛ましく、そして抑えきれない憎しみに似た感情を露わにした眼差しが、真っ直ぐ清隆を射抜いていた。

 

彼女は舞台へ降り立つ。

一歩、また一歩と、足を進める。

 

その周囲には誰も入れない。

同じ【ロキ・ファミリア】のティオネたちですら、その気配の鋭さに不用意には近づけなかった。

 

「私は清隆にとって必要ないの!?」

「必要だ」

「嘘っっ!!」

 

叫ぶと同時に、アイズの身体が風とともに消える。

 

加速した斬撃が幾重にも重なり、清隆へ襲いかかる。

 

紙一重。

風の刃が頬を掠め、衣の裾を裂き、床に深い傷を刻む。

それでも彼は一歩ごとに身をずらし、真正面から受けることなく捌いていた。

 

「だってベルに執着してる!」

「オレの弟子だからな」

「その黒髪の女の人にも構ってる!!」

「幼馴染だしな」

 

「あんなにアイズが感情出してキレてるところ初めて見た……」

「正直清隆にはムカついてたし、ぶった切ってほしいところね」

「アイツ、あの状態のアイズの攻撃軽々とかわしてやがる……」

「私は唯一の幼馴染……!!」

 

ティオナ、ティオネ、ベート、輝夜が呟く。

輝夜だけおかしいことを言っていたが、清隆は気にしないことにしていた。

 

だがアイズには周囲の呟きすら、届かない。

 

感情は頂点に達していた。

幼い頃を思わせるほど剥き出しの激情。

なぜこんなにも胸が荒れるのか、自分でも説明できない。

ただ、張本人が目の前にいる以上、抑えられるはずがなかった。

 

「私のことなんて一切清隆は見てないっっ!!」

 

振り下ろされた一撃が、大きく地を割る。

砕けた石床が弾け、衝撃で周囲の足場が崩れる。

アイズ自身も、そして間近にいた清隆も、一瞬だけ体勢を乱した。

 

「なら証明してやる」

 

その隙を、清隆は逃さない。

 

崩れたアイズの間合いへ一歩で入り込み、その手首を掴んで引き寄せる。

勢いを殺しきれなかったアイズの身体が、思わず清隆の胸元へ傾いた。

 

そして───

 

「んっ......!?」

 

時間が止まった。

 

誰も、何が起きたのかすぐには理解できなかった。

ただ、目の前の光景だけが、あり得ないものとして網膜に焼きつく。

 

清隆とアイズの唇が、重なっていた。

 






異端児(ゼノス)編はあと一話続く予定です。
最後の方ギャグみたいになっちゃいましたが、ご了承を。

異端児(ゼノス)編が終わればソードオラトリア11巻に突入する予定ですが、ちょっとだけ【アストレア・ファミリア】に触れたり、今まで出てこなかったヒロインを出したり、極東大戦に触れたり、したいと思うのですがどうですかね……

異端児編終わった後について

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