ようこそ実力至上主義のダンジョンへ   作:修羅シュラ

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ちょっと恋愛描写多めかも?




極東大戦の前触れと違和感

「さて、始めましょうか。私たちの神会(デナトゥス)を!」

 

都市を賑わした戦争遊戯(ウォーゲーム)が終わってから、数日経ったある日。

オレは星屑の庭に呼び出され、気づけば円卓会議じみた配置の席に座らされていた。

逃げ場はない。

いや、物理的にはあるのかもしれないが、この面子を前にして無言で立ち去れば、あとが面倒になるのは目に見えている。

 

開催宣言じみた声を上げたアリーゼは、満足げに胸を張っていて、その隣でアストレア様は苦笑いを浮かべ、輝夜は表情を崩さないようにしながらも、どこか面白がっている気配を隠しきれていなかった。

リューは頭を抱えるように小さくため息をつき、ライラは相変わらずこちらに興味があるのかないのか分からない顔で、魔道具(マジックアイテム)の調整を続けている。

 

「さて、議題ですけれど───まずは清隆!遠征お疲れ様ね!」

「……前にも聞いた気がするがな、これ」

「何度言ってもいいじゃない! あなたが無事に戻ってきて嬉しいのよ」

「そうか」

 

素っ気なく返すと、アリーゼは気にした様子もなく、勢いよくこちらへ片目瞑り(ウィンク)を飛ばしてきた。

しかも、効果音付きで、「バチコーンッ!」と付けていて、オレとアストレア様以外がイラッとしていた。

 

「それで清隆。深層は相当凄かったみたいですね。第一級冒険者のランクアップが三人も出たとか」

 

リューが、事実確認をするような口調で問いかけてくる。

 

「ティオネ、ティオナ、ベートの三人だな」

 

答えると、室内の空気がわずかに引き締まった。

無理もない。

ランクアップが三人同時。

しかも全員がレベル6に到達したとなれば、驚かない方がおかしい。

 

「それで、お前もランクアップしたらしいな」

「なんで知ってる?」

「私には伝手(つて)があるんだよ、ギルドに公式発表されるのも時間の問題だろうな」

 

ライラが、魔法道具(マジックアイテム)を覗き込みながら、ついでのように言った。

 

オレはレベル3からレベル4になった。

もっとも、それは表向きの話だ。

実際のステイタスとは大きく異なる。

そろそろ偽りの経歴の方でも段階を上げておかないと不自然になる。

 

だからこそ、公式発表を待つのではなく、噂として先に広めておいた。

その方が、かえって信憑性は増す。

 

「それで、貴方と【剣姫(けんき)】なのだけれど───ついに付き合い始めたの?」

「「「えっ!?」」」

「残念ながら付き合ってませんよ。あとその噂はどこからですか」

「街の人たちが噂してるわよ。仲睦まじく歩いていたって」

「「「それ、いつも通りじゃん」」」

 

今度は輝夜以外の三人───アリーゼ、リュー、ライラが、ほとんど同時に突っ込んだ。

輝夜は口を挟まなかったが、どこか面白くなさそうに目を細めている。

アストレア様はその反応を楽しむように、微笑みながらこちらを見ていた。

……この人、完全に楽しんでいるな。

 

「でも、実際のところはどうなんだよ?」

 

ライラが、からかうような調子で言う。

 

「どうも何も、いつも通りだ」

 

第一、オレとアイズが付き合っている事実はない。

だが遠征を終えた後のアイズがおかしいのは事実。

以前から距離感が近いことはあった。

視線を向けられることも、隣を歩かれることも珍しくはなかった。

 

だが、今はそれとは明らかに違う。

やたらとこちらに絡んでくる。

オレが出かけようとすれば、当然のようについてこようとする。

もはやそれが当たり前になりつつあった。

今日はさすがにこの場へ連れてくるわけにもいかず、家で大人しく待たせているが。

 

リヴェリアたちには「責任を取れ」と言われた。

あの戦場であそこまで言わせた以上、張本人のオレが知らない顔をするわけにもいかない。

 

結果として、今は俺がアイズの面倒を見るような形になっている。

もっとも、リヴェリアは最後まで不服そうだったが。

 

「それで婚儀はいつにしますか、旦那様?」

「えっ!?」

 

突拍子もなくそう言い出したのは輝夜だった。

アリーゼが目を丸くし、次の瞬間にはじとりとした視線をこちらへ向けてくる。

……面倒なことになる予感しかしない。

 

「お前と結婚するなんて初耳だぞ」

「あら、そうでしたか?では、これからしてしまいましょうか」

「輝夜?嘘をついてはダメよ?だって私と結婚するんだから」

「アリーゼまで嘘つかないでください!あと輝夜、その喋り方気に障るからやめろ!」

 

輝夜ともアリーゼとも、結婚の約束などした覚えはない。

どこかオレの知らないところで既成事実でも作られているのだろうか。

さっき、輝夜が小声で「……あの金髪小娘、切り伏せる……」と呟いていたが、なるほど、そういうことか。

 

「コホンッ……それは置いておいて」

 

さすがに空気が妙な方向へ転がりすぎたと判断したのか、アストレア様が軽く咳払いをした。

 

「私たちが本当に聞きたかったのは、あの少年のことよ。あなたの弟子の」

「ベルのことですか」

 

オレがそう返すと、今度は全員の視線が自然とこちらへ集まった。

 

約一か月半で昇華(ランクアップ)を果たした、世界最速兎(レコードホルダー)

【リトル・ルーキー】ベル・クラネル。

 

【アポロン・ファミリア】との戦争遊戯(ウォーゲーム)では、【太陽の光寵児(ポエブス・アポロ)】ヒュアキントス・クリオ───レベル3の第二級冒険者を一騎打ちで打ち破った。

 

その戦果もあって、ベルはレベル3へと昇華(ランクアップ)した。

期間はおよそ一か月。

少し前までレベル1だった冒険者が、今やレベル3。

常識で考えれば異常だ。

が、あの戦いを見た後でなおベルを認めない者は、そう多くないだろう。

 

「他派閥である、あなたが彼を鍛えているっていうのは世間的には出てないけれど、バレたら大変なことになるんじゃない?」

「バレないよう対策はしていますが、もしバレたとしても【ロキ・ファミリア】の幹部でもないですし、リヴェリアに半殺しにされるくらいで済みますよ」

「それは……済むって言っていいのかしら……」

 

アストレア様が微妙な顔をする。

いいか悪いかで言えば悪いのだが、バレなければ問題ない。

 

では、なぜこいつらが知っているのか。

理由は単純だ。

オレがベルに稽古をつける際、三日という短い期間では成長にも限りがあった。

だからこそ、他派閥であり、なおかつ秘密を漏らさないであろうこいつらに協力を頼んだのだ。

五対一という構図になったせいで、ベルは途中から白目を剥いていたが。

 

「けどすごいわね、彼ちょっと前まで駆け出し冒険者だったのでしょ?それが今じゃオラリオの注目の新人(ルーキー)よ」

「清隆であれば、何か知ってるだろう?白兎の秘密を」

「輝夜、流石にそれは知っていても教えられないと思いますが」

「なんだよリオン、知りたくないっていうのかよ世界最速兎(レコードホルダー)の秘密」

 

アリーゼ、輝夜、リュー、ライラがベルについてぞれぞれ考察を話し出す。

希少(レアスキル)の類だろうと、検討はついているだろう。

オレはヘスティア様との契約で教えることはできないが。

 

「あと、最近【ロキ・ファミリア】は何しているの?なんか秘密裏に動いているみたいだけど」

 

アストレア様が、今度はオレたちの動向について探るように尋ねてきた。

遠征が終わった後、メレンに滞在していたことが原因だろう。

長期遠征の打ち上げとして家族(ファミリア)旅行という線もなくはない。

 

だが、【イシュタル・ファミリア】や【カーリー・ファミリア】までメレンにいたという噂を耳にしていれば、何かあると勘づいてもおかしくない。

 

「オレはあまり関与していない、そういう方針を決めるのは幹部以上だからな」

「あら、まだ幹部になっていなかったの?私なら幹部以上にしていたのに!」

「最近レベル3からレベル4になったんだ、それ以上にオレの周りは化け物ぞろいだ」

 

自分時間(プライベート)が削られるのは御免だった。

ただでさえ、最近はアイズに付きまとわれて時間が減っているというのに。

 

 

結局、その後もしばらく話は続いた。

短時間で終わるはずだった集まりは、気づけばすっかり長引いていた。

 

そのまま食事までご馳走になり、オレが席を立つ頃には、外はすっかり夜になっていた。

 

「楽しかったわ、清隆!」

「ああ、オレもだ」

 

玄関先までアリーゼたちが見送りに出てきていた。

 

「ええ、またどこか時間を作ってまた会いましょう!」

「貴方は私たちの命の恩人です。何かあれば相談してください」

「ああ、何かあれば相談させてもらおう」

 

日も落ちている。

そろそろ帰るかと背を向ける。

……流石にアイズといえど、家の前で待っているなんてことは━━━いや、あいつなら普通にあり得るな。

 

「清隆、家まで送ろう」

「いや、別にすぐそばだから大丈夫だ」

「遠慮するな。な?」

 

輝夜がそう言って一歩前に出る。

その声音で、別件があるのだと察した。

 

「……わかった」

 

オレと輝夜は星屑の庭を出て、並んで夜道を歩き始めた。

オラリオの夜は静かだった。

通りに並ぶ魔石灯が淡く道を照らし、石畳の上に二人分の影を長く落としている。

 

オレと輝夜がこうして並んで帰るのは、いつぶりだろうか。

七年前にもあったのか、それとも故郷にいた頃まで遡るのか。

もう、はっきりとは思い出せない。

 

「最近、きな臭い噂を耳にした」

 

輝夜は唐突にそう告げた。

 

「私たちの故郷で、大戦がそろそろ起こるとの噂だ」

「噂はどこからだ?」

「私の従者だ。唯一、信頼している女だ」

 

そう言って、輝夜は一枚の紙を差し出してきた。

ざっと目を通す。

そこに記されていたのは、確かに不穏な内容だった。

 

「大戦が起こる、か」

 

オレが呟くと、輝夜は小さく頷いた。

 

輝夜はゴジョウ家の暗殺部隊の一人だ。

その中でも、今は裏切り者という扱いになっている。

オレにとっては関係ないのだが、輝夜とは幼少期からの付き合いだ。話くらいは聞いておくことにしよう。

 

「大戦が起こったとしても興味がないな、お前もその口だろう」

「ああ。あまり興味はないが、どうにもそれだけじゃなくてな」

 

オレは歩く速度を少し落とし、続きを促した。

 

「お前と私、そしてサンジョウノ・春姫を連れ戻そうとしている計画が立っているとも書かれていた」

 

オレを連れ戻そうとするのは、まあ分かる。

いつか起こり得る話ではあった。

 

だが、裏切り者の輝夜に加え、サンジョウ家の巫女まで対象に含めているとなると、話は少し変わってくる。

 

「サンジョウノ・春姫は確か勘当されたと聞いたが......いやオラリオの歓楽街に狐人(ルナール)がいるという噂聞いたことがあるな」

「歓楽街?お前、行ったのか!!」

 

輝夜の視線が一変した。

冗談抜きで殺気が混じっている。

 

「いや行ったことはない、オレのファミリアにいる、ある男が当時ハマっててな、その時に聞いた話だ」

「今後も行くな、なんだったら私が相手してやるぞ」

 

夜気の中で、輝夜は真顔のままそう言った。

……話の流れが急におかしくなったな。

 

「遠慮する」

「そうか、残念だ…」

 

輝夜は大きく肩を落としていた。

オレがそれで誘いに乗るやつじゃないって知ってるだろうに。

輝夜は少しだけ視線を逸らし、それから何でもないことのように付け足す。

 

「……お前が妙な場所で妙な女に引っかかるのは、普通に気に食わないだけだ」

 

輝夜が赤く染まった頬を誤魔化すように、咳払いをした。

 

「それで連れ戻す計画についてだが」

 

オレが促すと、輝夜は一度だけ周囲へ視線を走らせた。

夜の通りに人影はまばらだ。

輝夜は周囲に聴かれまいと、声量を落とした。

 

「どうやら動いているのは一つの家だけじゃない。ゴジョウ家だけでなく、サンジョウ家、それに他の旧家(きゅうけ)も噛んでいる可能性がある」

 

オレたちを連れ戻そうとしているんだ、他の旧家(きゅうけ)関わってもおかしくはない。

 

「表向きは血を正しい場所(・・・・・・・)へ戻すため、だそうだ。戦が起これば駒が要る。名のある家の血筋、扱いやすい巫女、裏の事情を知る者━━━そういう連中を外に放っておきたくないんだろうな」

 

戦争の道具として、オラリオで活躍しているオレたちが必要ということだ。

そして、サンジョウノ・春姫は勘当されたとはいえ、サンジョウ家の血を引く巫女。

利用価値だけで言えば、確かに放置したくない存在ではある。

 

「オレはまだしも、輝夜と春姫まで対象に入っているのはそういうことか」

「ああ。お前は特別だろうな、外で育った異物(・・・・・・・)として回収したい。私は裏切り者の処分も兼ねている。春姫は……巫女としての価値を、今さら惜しくなったんだろう」

 

輝夜の声音は淡々としていた。

故郷というものへの温度の低さを物語っていた。

 

「計画の中心は誰だ」

「そこまではまだ掴めていない。だが、少なくとも一人や二人の独断じゃない。兵を動かす準備、資金の流れ、使者の往来━━従者の報告を見る限り、かなり前から水面下で進んでいたらしい」

 

オレは星を眺めようと、空を見上げた。

今日は生憎曇り、星が見えるわけもなくそれでもオレたちは見上げていた。

 

「時期は」

「早ければ数か月以内。遅くとも一年は待たないだろう、とのことだ」

 

オレたちは今オラリオにいる。

極東とは遠く離れた場所だ、こちらにくるとしても、労力も兵力もいる。

正直、故郷がどうなろうとどうでもいいが、こちらへ手を伸ばしてくるなら話は別だ。

 

「オラリオまで手を出してくると思うか?」

 

輝夜がオレに問いかける。

 

「正面からは来ないだろうな。さすがに都市相手に喧嘩を売るほど愚かじゃない。だが、機会を狙ってというのはあるだろうな。遠征帰り、単独行動━━━あるいは闇派閥を利用してとかな」

 

オレたちを取り返すとなれば手段は選んでいられないだろう。

オラリオを相手にするということはそういうことだ。

 

「今はまだ噂と報告の段階だ。だが、春姫も気にかけといた方がいいだろうな。清隆も、しばらく単独で都市の外へ出るな」

「忠告として聞いておく」

 

正直オレを捕まえようとするならば、オッタルやレオンなどを連れてこないと無理だろう。

アイツらが何を考えているのか知らないが、オレにとって脅威になることはないだろう。

 

気づけば家の近くまで来ていた。

見慣れた通り。見慣れた建物。

そして━━

 

「……いるな」

 

オレが小さく呟くと、輝夜もすぐに気づいたらしい。

門の前。

壁にもたれかかるでもなく、ただ静かに立っている金髪の少女の姿があった。

月明かりと魔石灯の淡い光の下で、その金色の髪だけがやけに目立つ。

 

アイズだった。

まるで最初から、オレが帰ってくるまで動くつもりなどなかったかのように。

 

「……本当に待っていたのか」

「……噂は本当だった……」

 

オレが呟くと隣で輝夜が、面白くなさそうに目を細める。

 

オレたちの姿を見つけたアイズが、ゆっくりと顔を上げた。

金色の瞳が、真っ直ぐこちらを射抜く。

 

最初にオレを見て、それから隣の輝夜へ移る。

ほんの数秒。

それだけのことなのに、空気が妙に張り詰めた。

 

「……遅かった」

 

先に口を開いたのはアイズだった。

 

「話し込んでいた」

「そう」

 

短いやり取り。

それだけで終わるはずだった。

だが、アイズの視線は輝夜から外れない。

 

「ずいぶん熱心だな、金髪小娘。門の前で待ってるとは」

「清隆を待つのは、普通」

 

普通とは何か、オレは改めて考えなければいけないみたいだ。

 

だが、その返答に面白くないと思ったのか、輝夜の眉がぴくりと動く。

 

「清隆を送るのは、もういい」

「ほう?」

「ここからは、私がいるから」

 

輝夜の口元がわずかに吊り上がる。

対するアイズは無表情のまま。

だが、その金色の瞳だけが、はっきりと相手を見据えていた。

 

剣は抜いていない。

殺気も露骨には出していない。

これは面倒になる予感がした、しかもかなり面倒な類の。

 

「私たちこういう関係ですの、【剣姫】さん」

 

輝夜はオレの腕に、自分の腕を絡め密着してきた。

胸をオレの腕に押し当てるように、密着度合いは上がっていく。

 

「……清隆から離れて」

「いやですわ〜」

「離れて」

「嫌」

「斬るよ」

「やってみろ」

 

一触即発。

その一歩手前だった。

お互いに剣に触れ、いつ殺し合いに発展してもおかしくない。

 

オレは納めるため輝夜から自ら抜け出す。

だが、それで納得した顔ではなかった。

むしろ、次に何を言うかを決めたような、妙な間があった。

 

「清隆は、私に責任を取るって言ったから」

 

輝夜の笑みが消える。

言ってない。

アイズが勝手に言い始めたことだ。

 

「……は?」

 

低い声だった。

さっきまでの軽口混じりの調子は、もうどこにもない。

アイズは自分が何かおかしなことを言ったとは思っていないのか、静かなまま続ける。

 

「リヴェリアたちにも言われた。清隆が責任を取ることになってる」

 

なってない。

なんならリヴェリアには必要以上アイズに近づくなと言われている。

 

「……清隆」

「誤解だ」

「まだ何も言っていないが?」

「聞く前に言っておく。お前が想像しているような話じゃない」

「ほう」

 

輝夜の口元が、逆に静かに吊り上がる。

 

「じゃあ、どういう話なんだ?」

 

戦場でのやり取り。

アイズの告白じみた執着。

それをこの場でそのまま説明できるわけがない。

説明したところで、余計に悪化する未来しか見えなかった。

 

「責任を取る?なんだそれは。どういう経緯でそんな話になる?お前はこの金髪小娘に何をした?」

「語弊のある言い方をするな」

「語弊があるように聞こえる言葉を吐いたのはそっちだろうが!」

 

完全に沸点を超えて、輝夜が感情を剥き出しにしていた。

アイズはそんな輝夜を見ても一歩も引かない。

むしろ、自分の言葉が否定されることの方が不満らしかった。

 

「清隆は、ちゃんと責任取るってことになってる」

「そんな約束した覚えはないが……それ公に言ってないだろうな?」

 

その目には、ほんのわずかに不満の色があった。

 

「隠す必要、あるの?」

「ある」

「どうして」

「誤解を招くからだ」

「でも、本当」

 

アイズは譲るつもりはないらしい。

輝夜がそのやりとりを聞いて、痺れを切らしたみたいで、オレたちに怒りをあらわにした。

 

「お前が最近この小娘に付きまとわれている理由はよく分かった」

「付きまとってない」

「待ち伏せして、責任を取らせてとか言っておいてか?」

「それは……普通」

「バアアアアアカめっ!それがどこの世界の普通だ!」

 

輝夜が完全にキレた。

 

「清隆! お前もお前だ! なんでそんな厄介なものを抱え込んで平然としてる!?」

「平然とはしてない」

「してるようにしか見えん!」

「内心ではかなり面倒だと思ってる」

「口に出せ! もっと早く!」

 

フゥフゥと肩で息をしながら、声を荒げていた。

アイズはアイズで、輝夜の怒声にも怯むことなく、ただ静かにオレの隣へ寄ってくる。

そして当然のように、輝夜との間に立つような位置を取った。

 

「……清隆を困らせないで」

「困らせているのはどっちだ!」

 

輝夜の怒鳴り声が、再び夜に響いた。

オレは額を押さえた。

極東大戦だの連れ戻し計画だの、さっきまでの不穏な話題が全部吹き飛ぶくらいには、目の前の修羅場の方が切実だった。

 

 

翌日。

清隆たち【ロキ・ファミリア】は、敵の拠点《アジト》を見つけ出すため、ダイダロス通りへ足を運んでいた。

もしオラリオに、バベル以外のダンジョンへの入口が存在するのだとしたら───その可能性が最も高いのは、このダイダロス通り以外にない。

 

班を分け、手分けしてダイダロス通りを探していた。

アイズたちは、地上で歩き回りながら違和感を探していたのだが手がかりはなかった。

そう判断しての捜索だった。

団員たちは班を分け、入り組んだ街路を手分けして探っている。

 

張り詰めた空気が続く中、ティオナがふいに口を開いた。

 

「アイズって清隆のこと好きなのー?」

「バカっ!」

 

ティオネが反射的に止めようとしたが、アイズの耳に届いてしまった。

 

「……好きなのかな?」

 

 アイズは少しだけ視線を落とし、ぽつりと呟く。

 

「……よく、わからない」

「へぇ、アイズがそんな反応するなんて」

 

アキが意外そうに目を丸くした。

 

アイズは真剣に清隆のことを考えてみた。

だが、それが“好き”なのかどうか、まだ断定できない。

そもそもアイズは、これまで誰かをそういう意味で好きかどうか、深く考えたこと自体がほとんどなかった。

 

「アイツ……清隆とはティオナたちより長い付き合いになるけど、最初は本当にやばかったわよ」

 

アキが、どこか懐かしむように言った。

 

「アレ以上やばいって何よ……」

 

ティオネが半ば呆れたように返す。

【ロキ・ファミリア】の中でも、清隆への評価は昔から割れていた。

とにかく無表情で、何を考えているのか分からない。

他人との距離感も独特で、50階層でアイズに向けたあの言葉も、その最たるものだった。

異質としか言いようがない。

 

だが問題は、その“心無い発言”をぶつけられた当の本人が、なぜかそこから清隆との距離を縮めていったことだった。

周囲からすれば、理解不能にもほどがある。

 

「うーん、どう説明したらいいんだろう……暗黒期っていう、闇派閥(イヴィルス)がそこら中にいたやばい時期があったんだけど」

 

アキが顎に手を当てながら言う。

 

「こっちは皆、やらなければ死ぬって状況で必死だったのよ。なのに、清隆だけは妙に冷静だった。慌てもせず、ただ淡々と敵を片づけていったのよね……」

「……なんか想像つくけど」

 

アキがため息混じりに呟くと、ティオネが想像して合点がいったのか苦笑いしていた。

今までの清隆を知っていれば、想像は難しくない。

どれだけ危険な状況でも顔色一つ変えず、必要なことをやる。

そういう男だと一緒に深層まで潜った冒険者は知っている。

 

「清隆、7年前のあの時からレベル3だったからそこそこ強かったし、闇派閥(イヴィルス)の幹部相当が来ない限り、あいつ一人行かせれば片がつくくらいにはね」

「でも今の清隆さんって、レベル3……じゃなくて、レベル4でしたっけ?」

 

アキが記憶を辿るように話すと、リーネも考え込むように呟いた。

 

「あんたよりレベル低いのに、なんでそんな奴追いかけてんのよ」

「清隆は私の憧れだから......」

「だから何でよ!」

 

ついにティオネが堪えきれず、アイズへ突っ込んだ。

アイズは、なぜ理解してもらえないのか分からないとでも言いたげに、小さく首を傾げる。

 

「暗黒期での戦いぶりとか、アイズの憧れって話を聞く限り、団長ほどじゃなくても、もっと高いレベルでもおかしくないんだけどね」

「本当は実力隠してて嘘ついてるとか!」

「……まあ、その線が絶対ないとは言わないけど、私たち家族(ファミリア)にまで嘘をつくとは思えないわ」

 

アキ、リーネ、ティオネがそれぞれ考察を口にする。

清隆が暗黒期にあれほど動いていたのなら、普通に考えれば、もっとレベルが上がっていてもおかしくない。

そう、この場にいる誰もが感じていた。

ギルドや他派閥の中には、実力や立場を偽る者もいる。

だが、【ロキ・ファミリア】に関してはそうした誤魔化しは基本的にない。

所属している清隆も、その例外ではない。

 

だからこそ、余計に分からない。

暗黒期を生き抜き、アイズが憧れるほどの男。

それなのに、記録の上ではそこまでではない。

その噛み合わなさが、かえって綾小路 清隆という存在の不気味さを際立たせていた。




◇ゴジョウノ・輝夜
【アストレア・ファミリア】所属。
Lv.5。
ゴジョウ家の出身で、かつては暗殺部隊の一員として育てられた少女。裏切り者として故郷を離れた。
幼い頃から“黒い仕事”に手を染めてきた。
清隆とは幼少期から知り合いで、お互いに助け合いながら生きるうちに恋心を抱いてしまった。
現在も故郷側に残した従者と繋がっており、魔法道具(マジックアイテム)を用いた臨時報告のやり取りが行われている。

◇アリーゼ・ローヴェル
【アストレア・ファミリア】の団長。
Lv.5。
5年前の破壊者(ジャガーノート)から救ってくれたことで恋に落ちた。
清隆に、何度かアプローチをかけているが特に進展なし。

◇アナキティ・オータム
【ロキ・ファミリア】所属。
Lv.4。
清隆とは長い付き合いのある団員の一人。ラウルたちを中心とした二軍寄りの集団に清隆が混じることが多いため、探索や遠征では同じ部隊(パーティー)を組む機会も多い。
清隆が人付き合いに不器用であることをよく理解しており、何かと世話を焼いてくれるお母さん。周囲との潤滑役になることも多く、清隆にとっては数少ない“気を遣いすぎずに済む相手”の一人でもある。
また、清隆の戦闘面や戦術面に関しては、アキやラウル、アリシアなどは頼りにしている節がある。
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