ようこそ実力至上主義のダンジョンへ   作:修羅シュラ

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怪物(モンスター)怪物(アイズ)怪物(清隆)

ベート、ティオネ、ティオナは、自分たちが強者の部類に属していることを理解している。

それは思い上がりではない。

Lv.6という高位の能力値(ステイタス)、幾度となく迷宮(ダンジョン)を潜り抜けてきた経験、そして常人なら一度で心を折られるような修羅場を越えてきた経験。

加えて、戦いにおける才能(センス)もある。

少なくとも、これまでの戦歴がそれを証明していた。

 

だが、目の前の男は、その自負を根底から覆していた。

技量も、判断も、間合いも。

何もかもが、自分たちの理解の外側にあった。

 

「テメェ!?いつから隠していやがった!?」

「答える必要があるのか?」

 

ベートが吠える。

だが、その怒声とは対照的に、男の呼吸は少しも乱れていなかった。

 

闘技場で暴れ回る三人を相手にしているのに落ち着いていた。

服についた砂を軽く払い落とす仕草にすら、余裕があった。

三人同時を相手にしてなお、消耗の色が見えない。

まさに怪物だった。

 

「この感じ、Lv.6……いや、Lv.7!?【猛者】と同じ感じがする!!」

 

ティオナが息を切らしながら口を開く。

全身が告げていた。

勝てない、と。

 

だが、ただ格上というだけじゃない。

【猛者】オッタルに通じる圧はある。

それでも、何かが違った。

もっと静かで、もっと底が見えない。

力を誇示するでもなく、威圧するでもなく、ただそこに立っているだけで、自分たちの攻め手が削がれていくような異質さがあった。

 

「てめぇは一体、何がしてぇんだ!!」

 

問いに対し、彼は無表情のまま口を開く。

 

「オレは━━━」

 

 

「英雄を探している」

 

 

彼は英雄を欲していた。

 

 

時は数刻前に遡る。

オレは【ヘスティア・ファミリア】の作戦決行前に、ベルへの調整、各所への仕込み、必要な布石を一通り終えていた。

加えて、眼晶(オクルス)越しに賢者(フェルズ)と作戦の最終確認もちょうど済ませたところだ。

 

「移動します、ダイダロス通りまで!」

 

ベルの声が響く。

それを合図にしたように、場の空気が一段階張り詰めた。

 

無理もない。

相手は【ロキ・ファミリア】。

都市最強の一角を担う、第一級冒険者たちだ。

正面からぶつかれば、【ヘスティア・ファミリア】に勝ち目は薄い。

 

だが、【ロキ・ファミリア】はオレらだけが相手じゃない。

局面は【ヘスティア・ファミリア】と闇派閥(イヴィルス)を含めた三つ巴になる可能性が高い。

あの連中が、この混乱を見過ごすとは思えなかった。

 

だからこそ、ベルの失墜を防ぐという表向きの目的は、連中の介入すら利用すれば達成できると踏んでいる。

もっとも、オレにはそれとは別に、やっておきたいことがあった。

 

考え事をしているうちに、ダイダロス通りの入口へ到着する。

この場にいるのは、オレとベル、そしてリリルカの三人だけだった。

他の団員たちは、それぞれの持ち場へ向かっている。

 

「では清隆様、作戦通りに……何かあれば眼晶(オルクス)で連絡を」

「ああ。わかった」

 

オレはリリルカから受け取った眼晶(オルクス)を収納し、ベルと共にダイダロス通りの中央へ向かって歩き出す。

リリルカはそれを渡し終えると、すぐに自分の持ち場へ戻っていった。

 

オレとベルの役目は陽動だ。

事件の発端となったベル・クラネル。

そして【ロキ・ファミリア】所属でありながら、今はヘスティア側に立つオレ。

オレらを囮に使うのは、作戦として悪くない。

少なくとも、敵の視線を引きつけるという一点においては、十分すぎる価値がある。

 

「清隆さん……」

 

ベルが不安げに声をかけてくる。

 

「何だ?」

「モンスターを庇う僕を、清隆さんはどう思いましたか……?」

 

ずっと避けてきた問いだった。

オレが自分をどう見ているのか。

助けているのは情けなのか、それとも別の理由があるのか。

英雄に憧れている少年が、オレに問いかける。

 

怪物(モンスター)を庇う英雄なんて、今までの歴史上にもいない。怪物は人類にとって悪だ。それは変わらない」

「っ……!」

 

ベルの表情が強張る。

 

「だが、怪物(モンスター)は助けを求めていた、オレらと何ら変わらない感情を持っていた」

 

それは事実であり、真実。

怪物(モンスター)ベル・クラネル(愚者)を頼り、夢物語のような未来を信じて手を伸ばしてきた。

人と怪物が、いつか手を取り合えるかもしれないという、あまりにも現実味の薄い願いを抱いて。

無謀にも程がある。

オレやフィンなら、まず切り捨てていた選択肢だ。

 

だが、ベルはその手を取った。

人一倍、英雄に焦がれている少年が理想の英雄を目指すため、人類だけじゃなく怪物まで救ってしまいたいと思ってしまった純粋な願い。

ただそれだけだった。

 

だが同時に、それはベルにしか選べなかった愚行でもある。

そして、おそらくベルにしか救えなかった。

 

「今更迷っているのか?自分が選んだ選択肢に」

「迷いません。僕は、清隆さんが敵になっていたとしても、きっと助けていました」

 

ベルの真紅(ルベライト)が、まっすぐオレを見据える。

そこに、もう迷いはなかった。

何を言われようと、自分の選択を変えるつもりはないらしい。

 

「ならいい」

 

その直後、後方の家屋の屋根に着地音が響いた。

オレとベルが同時に振り向く。

 

そこに立っていたのは、ベートとアイズだった。

 

オレたちを追跡(マーク)するのは二人だけか。

陽動として見れば、完全な成功とは言い難い。

だが、第一級冒険者を二人引きつけられるなら、それだけで十分すぎる釣果だ。

 

そろそろ、オレとベルは別れ、お互い一人になる。

だが、その前に一つだけ伝えておくべきことがあった。

 

「ベル、一つだけ聞け」

「はい、何ですか?」

 

オレたちは足を止めた。

 

「お前が選んだ選択肢を悩むな。自分で選んだ道に悔いを持てば、お前はそこで終わる」

 

ベルの目が見開かれる。

 

「ただ前へ進め。偽善者であれ。お前はベル・クラネルだ。それを忘れるな」

「はい!!」

 

それだけ告げて、オレはダイダロス通りの中央へ向かう。

ベルもまた角を曲がり、自分の目的地へ走っていった。

 

 

『オオオオオオオオォォ───!!』

 

怪物(モンスター)の咆哮が、オラリオの空気を震わせた。

それを合図に、清隆は走り出す。

 

追っているのはベート・ローガ。

Lv.6の能力値(ステイタス)を持つ第一級冒険者にとって、清隆の追走など本来なら欠伸が出るほど容易なはずだった。

 

だが見失った。

角を曲がった、その一瞬だった。

視界から外れた時間は、ほんの刹那にすぎない。

それなのに、そこにいるはずの姿がない。

 

(消えた?……あり得ねェ。角を曲がった程度で、俺が離されるわけがねえ)

 

ベートの視線が鋭く走る。

路地の幅、壁面の高さ、屋根への跳躍経路、足場になりうる窓枠や突起。

追跡に必要な情報を一瞬で拾い上げるが、どう考えても清隆が逃げられる速度ではなかった。

消え方そのものが不自然さを感じていた。

 

(いや......いるな。姿が見えねえ(・・・・・・)が匂いがする)

 

第一級冒険者として鍛え上げられた感覚。

そして獣人としての鋭敏な嗅覚。

視覚が欺かれても、完全に痕跡まで消せるわけではない。

 

何らかの魔道具(マジックアイテム)を使った。

ベートはそう判断した。

少なくとも、それほどの小細工でもなければ、自分の追跡から逃れられるはずがない。

 

ベートは屋根へ跳び上がる。

石壁を蹴り、瓦の上を滑るように駆けながら、かすかに残る匂いを辿って追走を再開した。

 

 

フィンは、今回の件において清隆を軽視していなく、陽動だと理解していてもなお、監視役をつける必要があると判断していた。

 

作戦前、フィンは団員たちに問いかけた。

誰か一人、清隆の監視役として動ける者はいないか、と。

 

その問いに、真っ先に反応したのはアイズだった。

彼女が手を挙げること自体は、フィンにとって想定の範囲内だった。

 

アイズには理由があった。

清隆がなぜ自分たちではなく、ベル・クラネルに肩入れするのか。

なぜ【ロキ・ファミリア】を離れ、あちら側へ立つのか。

その説明を彼女は求めていた。

裏切られた、とまでは言わないにせよ、置いていかれたという感覚は確かにあった。

だからこそ、フィンも当初はアイズを監視役に据えるつもりでいた。

 

だが、その場でもう一人、手を挙げる者がいた。

ベート・ローガだった。

それはフィンにとって、やや意外な光景だった。

 

ベートは清隆を好いているわけではない。

何を考えているのかわからない。

感情が読めない。

そういう人間を、ベートは本能的に好まない。

 

それでも、認めてはいた。

 

深層へ赴くとき、最も頼りになる支援役(サポーター)を一人挙げろと言われれば、ベートはおそらく清隆の名を出す。

戦況の把握、危険の察知、判断の速さ。

どれを取っても、清隆は優秀だった。

少なくとも、実力に関して疑う余地はない。

 

だからこそ、気に入らなかった。

 

自分も認める実力者が、【ロキ・ファミリア】ではなく、あの少年の側につく。

その事実が、ベートには妙に引っかかった。

理屈ではなく、感情の問題だった。

その苛立ちが、監視役への立候補という形で表に出た。

 

フィンは、アイズとベートの二人を見比べながら考えた。

どちらを監視役に置くべきか。

私情を排し、純粋に任務の適性だけで判断するなら、答えは一つだった。

フィンはアイズではなくベートを抜擢した。

 

フィンは清隆の老獪(ろうかい)さを知っている。

もしアイズを清隆の監視につければ、逆に彼女の方が清隆側へ引き込まれる危険性を、フィンは完全には否定できなかった。

だから、アイズには悪いが清隆の監視役からは外れてもらった。

 

代わりに、ベル・クラネルの監視がアイズへ命じられていた。

本来なら、清隆の監視役を自ら務めたかった。

その役目をベートに取られたことを、アイズは気にしていたが。

 

だが同時に、清隆が今この局面で最も重視しているのがベル・クラネルであることも、彼女は感じ取っていた。

ならば、ベルを見ればいい。

なぜ清隆があの少年へ肩入れするのか。

何を見ているのか。

それを確かめるためにも、監視役の任務をアイズは受け入れていた。

 

 

(引き離せない......!)

 

ベルは窮地に追い込まれていた。

姿そのものは見えていないはずだった。

魔道具(マジックアイテム)は、ベルの存在を視覚から外していて、通常であれば追跡は格段に困難になる。

 

それでもアイズは、屋根から屋根へと躊躇なく跳び移り、ほとんど迷いなくベルを追ってきていた。

視線を向けなくとも、背後に迫っていることがわかる。

本来の予定では、この魔道具(マジックアイテム)でアイズを引き離し、そのまま他の追跡者まで巻き込むはずだった。

 

だが現実にベルが引きつけているのは、アイズ一人だけ。

陽動として見れば、失敗に近い。

少なくとも、盤面は想定よりかなり悪い方向へ傾いていた。

 

「邪魔するよ!」

 

不意に、アイズの前へ一人の女が躍り出た。

仮面をつけたアマゾネス。

しなやかな肢体に、布面積が少ない恰好。

 

アイシャ・ベルカ。

黄金色の光をその身に纏いながら、彼女はアイズの進行方向を塞ぐように立ちはだかる。

 

アイズは、追跡の足を止めざるを得なかった。

 

「あなたは......?」

「名前なんてどうでもいいだろう?私はあんたと戦いたいただそれだけさ」

「今......ここでですか?」

「私はアマゾネスだ、こんな状況だからこそ堂々と戦えるんじゃないか」

 

アイシャの視線が、見えていないはずのベルの方角へ一瞬だけ流れる。

すぐにアイズへ戻る。

そのわずかな動きだけで十分だった。

先へ行け、と。

そう促しているのだと、ベルには理解できた。

 

ベルは心の中で短く感謝を告げ、そのまま駆け出す。

アイズの視線が逃げたベルの方へほんの一瞬だけ向く。

だが、すぐに目の前のアイシャへ戻された。

 

「私、少しもやもやしているので手加減が上手くないかもしれません」

 

アイズは静かに言った。

 

「随分な挨拶じゃないか、アンタなら一瞬で片付けられるっていうのかい?」

 

アイズは小さく息を吐き、それから答えた。

 

「はい」

「上等だよ!!やってみな!!」

 

次の瞬間、二人の間合いが一気に詰まる。

空気が裂ける。

金属音が、夜の街路へ鋭く弾けた。

 

 

 

「ウィーネ君が危ないんだ!ベル君助けてくれ!」

 

ヘスティアの声が響く。

その切迫した響きには、一人の誰かを案じる焦りが滲んでいた。

 

ウィーネが今、一人でいること。

その事実を知った春姫が、ためらうより早く駆け出してしまったこと。

状況を理解したベルに、迷う余地はなかった。

 

返事を口にするより先に、彼の足は動いていた。

ヘスティアの道標(アリアドネ)が示す位置を頼りに、全速力で街路を駆け抜ける。

 

「春姫さーーーん!!」

「ベル様!?」

 

屋根伝いに走る春姫の姿を見つけた瞬間、ベルは石壁を蹴って一気に跳躍した。

着地の勢いを殺しきらぬまま、そのまま彼女のもとへ駆け寄る。

 

「春姫さん、僕に魔法お願いします!ウィーネを早く見つけないとアイズさんが来ちゃいます!」

 

その一言だけで十分だった。

春姫は息を呑み、次の瞬間には覚悟を決めたように詠唱へ入っていた。

迷っている時間はない。

躊躇は、そのまま取り返しのつかない遅れになる。

 

【ウチデノコヅチ】の力がベルへ付与される。

 

「春姫さんごめんなさい、ちょっと走ります!」

「え?きゃああああああっっ!?」

 

次の瞬間、春姫の悲鳴が夜気を裂いた。

強化された脚力のまま、ベルは彼女を抱え、一気に路地の奥へと駆け抜けていく。

 

やがて視界の先に、一人で心細そうに歩くウィーネの姿が見えた。

 

「ウィーネ!!」

「ウィーネ様!!」

「ベル、春姫!!」

 

振り向いたウィーネの顔が、一瞬で崩れる。

不安と孤独に耐えていた幼い表情に、安堵が一気に押し寄せていた。

涙が溢れる。

ベルと春姫もまた、その姿を認めた瞬間、張り詰めていたものを一度だけ緩めた。

 

三人は引き寄せられるように抱きしめ合う。

ようやく会えた。

それだけで十分だったはずなのに、その安堵は長く続かなかった。

 

「ベル......でてきて」

 

暗がりの路地の先に、一人の少女が立っていた。

淡い金の髪。

夜の陰の中でも揺るがない、静かな存在感。

アイズ・ヴァレンシュタインだった。

 

ベルは咄嗟に分かれ道へ飛び込み、魔道具(マジックアイテム)で身を隠す。

だが、それはほとんど意味をなさなかった。

 

アイズはもう確信している。

そこに怪物(モンスター)がいる、と。

ベルは素早く判断する。

 

春姫へウィーネを託し、魔道具(マジックアイテム)を託し先へ行かせる。

ここで足止めするしかない。

 

そしてベルは、アイズの待つ路地へ姿を現した。

 

「聞いてください!アイズさん!」

「何も聞かない、私はモンスターを許さない」

 

返答は即答だった。

迷いのない、あまりにも硬い声だった。

ベルの顔が歪む。

 

ベルとアイズは、そこまで深く関わってきたわけではない。

18階層での出来事、そして戦争遊戯(ウォーゲーム)の後、少し言葉を交わした程度。

それ以上でも、それ以下でもない。

 

だがアイズはベルを見ていた、綾小路清隆が関心を寄せる少年として。

 

そうでなければ説明がつかない。

清隆が【ロキ・ファミリア】ではなく、【ヘスティア・ファミリア】へ助力していることに。

 

なぜベルなのか。

なぜ、この少年でなければならないのか。

それを知りたかった。

そして同時に、自分の方がふさわしいのだと、どこかで認めさせたかった。

 

アイズ自身、その感情の正体をまだ理解しきれていなかった。

ベルへの嫉妬なのか。

モンスターを庇うという選択そのものへの拒絶なのか。

あるいは、もっと別の名前を持つ感情なのか。

 

だからこそ、剣を抜く。

問答では届かないなら、剣で測るしかない。

自分が何に苛立ち、何を知りたがっているのか。

その答えごと、斬り結ぶ中で確かめるために。

 

「行くよ」

 

アイズの声が落ちた、次の瞬間。

剣戟の音が、狭い路地に鋭く鳴り響いた。

 

 

「ぐっっ……!?」

 

ベルは、完全にアイズに呑まれていた。

アイズも無制限に力を振るっているわけではない。

致命に届かない程度の加減は、確かに残されている。

だがそれでも、能力値(ステイタス)の差、積み上げてきた技術の差、実戦経験の厚み。

 

そのどれもが、真正面からベルへ圧し掛かっていた。

剣戟が鳴り響くたび、ベルの身体は弾かれる。

 

斬り伏せられる。

鞘で殴り飛ばされる。

石畳へ叩きつけられ、呼吸が乱れ、体勢が崩れる。

それでも、ベルはただ打ちのめされているわけではなかった。

反撃の意志だけは、最後まで途切れていない。

 

斬られても立ち上がる。

吹き飛ばされても受け身を取る。

着地と同時に重心を整え、最小限の動きで再び間合いへ入り込もうとする。

 

荒削りではある。

だが、その粘り方には確かな型があった。

アイズの目には、別の誰かが映っていた。

 

ベル・クラネルの動きの端々に、綾小路清隆の影がちらつく。

無駄を削り、崩れた体勢を即座に立て直し、勝てない相手にも行動の選択肢だけは失わない。

 

完成度では遠く及ばない。

それでも、似ている。

だからこそ、アイズにはそれが耐え難かった。

 

なんなんだ、この少年は。

なぜ、彼の面影がそこにある。

胸の奥に生まれたざらついた感情は、苛立ちよりもなお、たちが悪かった。

 

言葉にすれば、嫉妬。

だが、それだけでは足りない。

認めたくない何かを目の前に突きつけられたときに生まれる、拒絶に近い衝動だった。

 

だから斬った。

ベルが反応しきれない速度で。

だから打った。

防御に回した腕ごと、身体を吹き飛ばすつもりで。

だが、それでもベルは立っていた。

 

口元から血を零し、全身の筋肉が悲鳴を上げ、骨まで軋んでいるはずなのに、それでもなお膝をつかない。

そこにあるのは、異端児(ゼノス)たちを守りたいという思いだけではない。

ここに至るまで積み重ねてきた選択の数々。

そして、綾小路から叩き込まれた攻防の基礎、そのすべてだった。

アイズの中で、何か黒いものがはっきりと形を持ち始める。

 

ベルの投げかける言葉を彼女は聞こえていた。

だが、もはや理解しようという意思がない。

彼女は今、会話ではなく、自分の衝動そのものと戦っていた。

 

「ずるいっ!ずるいっ!ずるいっっ!!」

「ぐっ……!?」

 

アイズの連撃が、嵐のようにベルへ叩きつけられる。

ベルはそれを辛うじて捌く。

もちろん、清隆ほど洗練されているはずもない。

受けの精度も、崩された後の立て直しも、まだ未熟だった。

 

それでも繋がっている。

今ここで完全に折れずにいられるのは、綾小路から学んだものがベルの身体に残っていたからだ。

 

だが、限界が近いのはベルだけではなかった。

アイズも限界だった。

胸の内側で、何かが悲鳴を上げている。

怒りなのか、焦りなのか、喪失感なのか、自分でもわからない。

何一つ整理できないまま、ただ苦しいだけの感情が膨れ上がっていく。

 

ならば壊してしまえばいい。

壊してしまえば、答えが出る気がした。

ベルを壊せば、清隆は自分を見てくれるのではないか。

その思考がどれだけ歪んでいるかを、彼女はもう判断できなかった。

 

アイズがすべてを終わらせるため、一気に踏み込もうとした、その瞬間だった。

 

鋭い剣閃が、二人の間を横切った。

 

「おい金髪小娘、貴様何をしている」

「!?──輝夜さん!!」

「あなたは……!」

 

輝夜が、黄金の光を纏いながら立っていた。

その一撃は、アイズの絶対不可避に近かった斬撃を、正面から受け止めていた。

 

「なんであなたがここに!」

「清隆から頼まれたんだ......お前と違ってな」

「━━━━━━━ぁ」

 

何かが折れた音がした。

それが現実の音だったのか、彼女の内側だけで鳴ったものなのかはわからない。

ただ、アイズはふらつくように一歩、また一歩と後ろへ下がり、片手で頭を押さえた。

 

「私は……清隆に求められてない……?私はもう必要ないの???」

 

その呟きは、戦場にはあまりにも不似合いなほど幼かった。

剥き出しの感情だけが、そこにあった。

 

ベルも、輝夜も、思わず息を呑む。

今目の前にいるのは、剣姫アイズ・ヴァレンシュタインではない。

強さの奥に押し込められていた、未整理な執着そのものだった。

清隆に求められている者が、目の前に二人いる。

 

ベル・クラネル。

そして、今こうして介入してきた輝夜。

 

ならば、自分は何なのか。

自分は選ばれていないのか。

見てすらもらえていないのか。

幼いアイズが、心の底でそう呟いていた。

だからこそ証明しなければならない。

綾小路清隆に相応しいのは、自分なのだと。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

空気が変わる。

 

風がアイズの金髪を揺らし、その周囲に渦を巻く力が、もはや理性の制御下にないことを物語っていた。

彼女の意識から異端児(ゼノス)のことはほとんど消えていた。

 

守るべきか、討つべきか。

そんな本来の目的すら脇へ追いやられ、彼女はただ、自分の衝動だけで剣を握っている。

それはもはや、怪物を狩る者の姿ではなかった。

 

怪物になりかけた者の姿だった。

 

「清隆のやつ、どんな怪物育ててるんだ……」

 

輝夜が額に滲む汗を乱暴に拭う。

皮肉のようでいて、その実、余裕は薄い。

今のアイズは、正面から受け止めるには危険すぎた。

 

「っつ━━━輝夜さん!!」

 

ベルが叫ぶ。

ここにいる自分たちだけで止めるしかない。

そのことがわかっていたからだ。

 

一歩でも気圧されれば終わる。

この場で立ち尽くした瞬間、全部が壊れる。

だから、ベルは退けない。

 

異端児(ゼノス)を守ると誓ったあの時から、もう負けるわけにはいかなかった。

 

「っ……!!早くどこかに行け!お前じゃ足手まといだ!お前にはやることがあるのだろう!」

「っ……すみません、お願いします!!」

 

ベルは躊躇を切り捨てて跳躍した。

一目散に、その場を離脱する。

今ここで最優先すべきは、自分が残ることではない。

守るべきものを守り切ることだ。

 

「逃がさない……!」

 

アイズが追おうとした、その瞬間。

 

「【禍つ彼岸の花】───【ゴコウ】!!」

 

神速の居合が閃いた。

一直線に走る太刀筋が、アイズの進路を断ち切る。

 

「くっ......!?」

 

アイズはそれを受け切る。

ベルを追うための動きは、すべて防御へ回さざるを得ない。

完全に足を止められた。

 

「これを受けきるか化け物め、一応疑似とはいえ同じLv.6なのだがな」

 

輝夜が低く吐き捨てる。

 

ベルは取り逃がした。

今から追っても、今の自分では見つけられない。

そう判断したアイズは、標的を目の前の輝夜へ切り替える。

 

「八つ当たりなら付き合ってやる!だがここでは被害が出るだろう、大馬鹿者!ついてこい、相手ならそこでしてやる!」

 

そう言い残し、輝夜が高く跳躍する。

目的の場所へ誘導するように。

 

アイズもまた、それを追って跳んだ。

もう自分を制御するつもりはなかった。

ただ、この胸の内側を切り裂くような衝動に、どこかで決着をつけるために。

 

 

「追い詰めたぜ、清隆。出てきやがれ」

 

オレは幾つかの路地を抜けた末に、ようやく足を止めた。

追ってきたのはベート・ローガだ。

 

魔道具(マジックアイテム)で姿を眩ませていたとはいえ、万能じゃない。

投石などで法服(ローブ)の一部を裂かれた時点で、効力はほとんど失われていた。

獣人の嗅覚まで相手にするなら、最初からこれだけで逃げ切れるとは思っていない。

 

オレは観念したように物陰から出て、正面からベートを見据えた。

表情を変えないまま立つオレを見て、ベートは露骨に舌打ちする。

苛立っているのだろう。

追いついたという事実よりも、追い詰めた相手が少しも追い詰められているように見えないことに。

 

「テメェは何が目的なんだ、あの兎野郎に肩入れしやがって」

「オレはオレの目的のために動いている、その目的にベル・クラネルが必要、ただそれだけだ」

「はっ!そうかよ!!」

 

問答に耐えきれなくなったのか、ベートが地を蹴った。

 

神脚。

 

一瞬で間合いを詰め、そのまま横顔を砕くつもりの蹴りを放ってくる。

 

「……は?」

 

ベートの喉から、間の抜けた声が漏れた。

 

理由は単純だ。

疑問に思う必要もない。

ベートの神脚より、オレの防御が速かった。

それだけの話だ。

 

蹴りを受け流す。

続けざまに飛んでくる拳を逸らす。

下段、上段、死角を狙った連撃。

だが、どれも当たらない。

 

ベートの表情に、明らかな揺らぎが走る。

知らず手加減していたのではないか、そんな疑念が生まれたのだろう。

 

確かめるように、さらに何発も蹴りと拳を繰り出してくる。

オレはそれを、防ぐ。

特に深く考える必要はない。

読み切ったというほど大げさなものでもない。

 

相手の重心、肩の入り、視線、踏み込み。

それに合わせて体を動かすだけだ。

 

「もう終わりか?」

「テメェ……」

 

戸惑い、困惑、疑問。

今のベートの顔には、そのどれもが浮かんでいた。

 

なぜ防げる。

なぜ自分より先に動ける。

 

問いの形にならないまま、そのすべてが表情に出ている。

答えてやってもよかったが、その前に確認しておきたいことがあった。

この路地まで来た意味の、答え合わせだ。

 

「いるんだろ?……ティオネ、ティオナ」

 

一拍の沈黙。

その後、屋根の上から気配が動いた。

 

「いつから気づいてた?……いやいるのをわかってて(・・・・・)ここまで来た……?」

「……すごいベートの蹴り全部防いでる……」

 

二人が屋根から降りてくる。

予想通りだった。

オレはベートに追い詰められたふりをしながら、道筋を調整していた。

追い詰める場所が、この路地になるように。

 

フィンの思考はある程度読めていた。

 

オレに対して感情を抱え込みすぎているアイズはオレの監視役として外される。

フィンほどの男なら、それを見落とさない。

監視役に据えれば、任務より私情が優先される危険を考えるはずだ。

 

そうなると消去法でベートが選ばれるだろう。

 

そして、布陣通りティオネとティオナは一緒に動いていた。

ヴェルフと命を追跡し、ヴェルフが吹き飛ばすのは想定外ではあったが、彼女らがいるところに方向転換し、探し出せばいいのこと。

 

気の毒な話だが、ベルにはアイズの相手をしてもらった。

今頃アイズがベルを追い、【麗傑(アンティアネイラ)】が足止めしている頃だろう。

もしアイズが感情に呑まれて暴走したとしても、輝夜が適切なタイミングで介入するよう仕込みは済ませてある。

 

舞台は整った。

ここから先、ベルはヘルメス様の舞台へ引き上げられる。

英雄として、再び人々の視線の中心に立つために。

オレとヘルメス様の間で交わした条件は単純だ。

 

ヘルメス様はオレへ必要な情報の受け流し。

その代わり、ヘルメス様がやろうとしている演出に手を出さない。

ベルが英雄として返り咲くことは、オレにとっても本来の目的の一つだ。

なら、止める理由はない。

 

━━━だが。

もしベルが、ただ怪物(モンスター)を殺すでもなく、殺されるでもなく、もっと別の道を選ぶのだとしたら。

神威だとか、神の筋書きだとか、そういうものを覆して。

誰も想像していない第三の選択肢を、あいつが本当に掴み取るのだとしたら。

 

「おい、清隆!いつまで黙り込んでるつもりだ!」

 

ベートが痺れを切らしたように怒鳴る。

ティオネもティオナも、同じように苛立ちを滲ませていた。

 

「オレがここにお前らを呼んだのには理由がある。着いてこい」

 

それだけ告げて、オレは背を向けた。

向かう先は、ヘルメス様と交渉のうえで使用許可を得た場所。

闘技場へ。

 






アイズが壊されていく……こんなはずじゃなかったんです……

ベルはアイズへの好感度が低いため、手加減はされてますが、普通に骨折るくらいは痛めつけてます。

英雄vsモンスター
ヒロインvsヒロイン
怪物(主人公)vs幹部

これが本当の三つ巴!

2部構成もしくは3部構成にする予定です。

次回はガチなのでよろしくお願いします。

【再】現状のヒロイン誰が好き?

  • 壊れちゃったアイズたん
  • 生娘・輝夜
  • アイゾウ・アリシア
  • バーニング・アリーゼ
  • 影の薄いレフィーヤ
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