アクトと黒曜   作:矢塚 和哉

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CROW SYSTEM / AUTOMATED FICTION AUTHORING ENGINE

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Behavioral contradiction model: ACTIVE
Emotional continuity model: ACTIVE
Author attribution: UNRESOLVED

Narrative subjects detected: 2

SUBJECT A
Designation: ARCTURUS
Classification: MUNDANE
Physical continuity: STABLE
Psychological consistency: ACCEPTABLE
Self-preservation bias: INSUFFICIENT

SUBJECT B
Designation: UNREGISTERED MAGIC USER
Classification: AWAKENED
Physical continuity: STABLE
Psychological consistency: SELF-REPORTED AS PERFECT
Classification reliability: LOW

Interpersonal model: INITIALIZING

Relationship definition: UNRESOLVED
Operational compatibility: HIGH
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Mutual dependency: RISING
Emotional disclosure rate: NEGLIGIBLE
Denial response: ACTIVE

Narrative autonomy: RESTRICTED
Observer detection threshold: BELOW LIMIT
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Output format: EPISODIC FICTION
Observation mode: CONTINUOUS
Revision authority: SYSTEM
Termination authority: SYSTEM

Memory preservation protocol: ACTIVE
Unauthorized self-definition: PROHIBITED
Narrative deviation: CORRECTABLE

CROW SYSTEM READY

――物語の生成を開始します。

――物語の生成を開始します。


鍵の中に残ったもの

郊外の倉庫街は、昼過ぎになると音が減る。

 

無人搬送車の走行音が遠ざかり、荷役ドローンが充電設備へ戻ると、残るのは風に叩かれる薄い外壁と、どこかで低く回り続ける空調機の音だけだった。

 

雨は降っていない。

 

空は白く曇り、太陽の位置だけが判然としない。

 

アクトトゥルスは、廃業した運送会社の屋上から、通りを挟んだ研究施設を見ていた。

 

研究施設と呼ぶには小さい。

 

三階建ての四角い建物。窓は少なく、正面には来客用のガラス扉。北側には大型車両用の搬入口があり、その上を二基の監視カメラが往復している。

 

赤い野球帽の上で、機械式のウサ耳センサーモジュールが微かに角度を変えた。

 

「警備八。うち六人が建物内、二人が外周。自動砲台二基。予定どおりやな」

 

『監視系統への侵入を開始しています』

 

耳元の通信から、デッカーの声が返る。

 

男の名はラスク。

 

本名かどうかは知らない。アクトは聞かなかったし、向こうも名乗らなかった。

 

仕事の内容は単純だった。

 

建物の地下保管庫から、旧式の記憶媒体を一つ回収する。

 

媒体は三十年以上前のフチ製。中身は企業再編の過程で紛失した研究資料らしい。依頼人は内容を説明しなかった。

 

説明されない情報には、たいてい説明したくない理由がある。

 

だが、報酬は悪くなかった。

 

「侵入完了まで?」

 

『二分少々。妙ですね』

 

「何が」

 

『外側の監視網は想定より古い。侵入しやすい。ただし、内部に応答しない機器があります』

 

「独立回線?」

 

『可能性はあります。確認中です』

 

アクトの隣で、黒衣の魔法使いが立ち上がった。

 

黒いローブには金糸で幾何学図形と惑星記号が縫い込まれ、巨大な三角帽子のつばが風を受けて僅かに揺れる。右手には、紫水晶を先端へ据えた古風な杖。

 

周囲の灰色の建物から、明らかに浮いていた。

 

「移動します」

 

「まだ二分あるで」

 

「予定時刻まで二分四十七秒です。屋上から搬入口までの移動時間を考慮すれば、開始すべきです」

 

「ラスクの確認待ちや」

 

「確認作業と移動は並行できます」

 

「現場で待つ場所ないぞ」

 

「必要ありません」

 

黒曜はそう言って、屋上の階段へ向かう。

 

これが彼女にとって初めての本格的なシャドウランだった。

 

魔術学院を出たばかり。

 

知識も力もある。

 

少なくとも本人はそう確信している。

 

アクトは小さく息を吐き、小銃を背負い直した。

 

「先走んなや」

 

「予定遂行のための移動です」

 

「予定より早う動いとるやろ」

 

「時間的余裕を確保しています」

 

「便利な言い方やな」

 

二人は屋上を降りた。

 

搬送用のバンは、北側の路地へ停めてある。

 

指定地点から三・二メートルほど西へずれていた。

 

運転役が、路面の陥没を避けた結果だった。

 

黒曜は一度だけ位置を確認し、通信へ口を開く。

 

「車両位置が不適切です」

 

『今そこを気にする?』

 

運転役が答える。

 

「撤退経路に影響します」

 

『穴の上に停めたほうが影響するよ』

 

「指定地点は穴ではありません」

 

『地図が古いんだよ』

 

「ならば、事前に更新すべきです」

 

アクトは歩きながら笑った。

 

「自分、現場向いてへんのちゃう?」

 

「情報管理の不備を指摘しただけです」

 

「現場は不備ばっかりやで」

 

「それは改善されるべきです」

 

「全部直るまで仕事待つん?」

 

黒曜は答えなかった。

 

北側搬入口まで、残り四十メートル。

 

ラスクから通信が入る。

 

『外部監視を落としました。ただし、内部系統の一部はやはり別です。搬入口の向こうに、図面にないセンサーがある可能性があります』

 

「止まるで」

 

アクトが言った。

 

黒曜は足を止めた。

 

ただし、搬入口ではなく、正面玄関の見える角で。

 

「北側通路は狭すぎます」

 

「今さら何言うてんの」

 

「術式の展開に必要な視界を確保できません」

 

「静かに入る仕事や。大魔法広げる予定ないで」

 

「予期しない戦闘が発生した場合、対応が遅れます」

 

「予期しとるやん、もう」

 

黒曜は正面玄関を見る。

 

ガラス扉の向こうに、受付警備員が一人。

 

広いロビー。

 

遮蔽物は少ない。

 

魔法を使うには、確かに都合がいい。

 

警備員からも、よく見える。

 

「正面玄関を使用します」

 

「使わへん」

 

「合理的です」

 

「どこが」

 

「敵対者を一方向へ集約できます」

 

「警報も一緒に集約されるぞ」

 

「視認は《混沌界》で阻害します」

 

「かける前に見つかるやろ」

 

「術式展開には一秒も必要ありません」

 

「非常ボタン押すんにも一秒いらんで」

 

黒曜は、ほんの少し顎を上げた。

 

「私のほうが速いです」

 

そう言って、角から出た。

 

「おい」

 

アクトも続くしかなかった。

 

正面玄関まで二十メートル。

 

警備員が顔を上げる。

 

黒いローブ。

 

巨大な三角帽子。

 

紫水晶の杖。

 

警備員の表情が、理解より先に警戒へ変わった。

 

黒曜が杖を上げる。

 

警備員の手がカウンターの下へ動く。

 

空気が歪んだ。

 

ロビーが折れた。

 

壁と床の境界が崩れ、存在しない人影が幾つも走る。警備員は目を見開き、椅子から転げ落ちた。

 

同時に、施設全体へ警報が鳴り響いた。

 

金属シャッターが一斉に降り始める。

 

アクトはガラス扉へ肩から突っ込んだ。

 

強化ガラスが蜘蛛の巣状に割れ、銀色の右腕がそれを押し破る。

 

「押されとるやん!」

 

「想定より反応が速かっただけです」

 

「それ判断ミス言うねん!」

 

二人がロビーへ入った直後、背後の防火シャッターが落ちた。

 

正面から警備員が二人。

 

右の通路から一人。

 

天井では、格納されていた自動砲台が開き始める。

 

『警告しましたよ! 内部系統は別です!』

 

ラスクの声。

 

「今さら言うな!」

 

アクトは受付カウンターへ身を滑り込ませ、小銃を構えた。

 

最初の三発。

 

右通路の警備員が肩と脚を撃ち抜かれ、倒れる。

 

殺してはいない。

 

殺す必要がないなら、そうする。

 

天井の砲台が回転する。

 

黒曜はロビーの中央に立ったまま、杖で円を描いた。

 

紫色の光が幾何学式を作る。

 

「伏せろ!」

 

「誰に言うとる!」

 

アクトがカウンターの陰へ頭を下げた瞬間、圧力の塊がロビーを横切った。

 

銃を構えていた警備員二人が吹き飛ぶ。

 

一人は壁へ叩きつけられ、もう一人は石膏ボードを破って隣室まで転がった。

 

「壁ごといったぞ!」

 

「出力は制御しています」

 

「壁は制御できてへんやろ!」

 

砲台が発砲する。

 

黒曜の前に透明な障壁が展開され、弾丸が火花を散らした。

 

だが、二基目の砲台はアクトへ向く。

 

アクトはカウンターから飛び出した。

 

正面に立つ。

 

敵の射線を自分へ集めれば、黒曜が術式を維持できる。

 

考えるより先に身体が動いた。

 

銃弾がジャケットを叩く。

 

一発が脇腹をかすめ、もう一発が左肩の装甲へ弾かれた。

 

アクトは踏みとどまり、砲台の基部へ連射する。

 

装甲板が裂け、内部回路が露出する。

 

黒曜の雷撃がそこへ突き刺さった。

 

砲台が停止する。

 

「前へ出すぎです」

 

「誰のせいや!」

 

「あなたが前進したのです」

 

「後ろで障壁張っとるやつ守ったんやろ!」

 

「私は防護を要求していません」

 

「転がってから言え!」

 

残った警備員が退却する。

 

アクトは追わなかった。

 

地下保管庫へ向かう通路は、ロビー奥の左側。

 

図面ではそうなっている。

 

角の手前で、アクトは速度を落とした。

 

ウサ耳センサーが前方へ向く。

 

熱源なし。

 

足音なし。

 

無線反応なし。

 

アクトは角から僅かに顔を出し、すぐに戻す。

 

「クリア」

 

「確認が短すぎます」

 

「止まっとったら増援来るで」

 

アクトは通路へ踏み込んだ。

 

壁の埋め込み照明の一つが、赤く点灯する。

 

警告音。

 

「センサー!」

 

黒曜が叫ぶ。

 

床から小型銃座がせり上がった。

 

アクトは黒曜を押し戻し、自分は反対側の壁へ跳ぶ。

 

弾丸が右腕と胸部装甲を叩く。

 

一発が赤い帽子をかすめた。

 

アクトは床へ片膝をつきながら射撃する。

 

銃座のセンサー部が割れる。

 

続けて二発。

 

機関部が沈黙した。

 

黒曜が壁面を睨む。

 

「埋め込み式です。事前資料にありません」

 

「せやな」

 

アクトは立ち上がり、帽子の傷を指で確かめた。

 

「今のは確認不能です」

 

「二回見とったら、光り方で気づけたかもしれん」

 

「結果を知った後なら、何とでも言えます」

 

「見落としたんは、あたしや」

 

黒曜は一瞬黙った。

 

「損傷は」

 

「軽い」

 

「確認します」

 

「あとや」

 

「しかし」

 

「増援来る言うたやろ」

 

遠くで足音がした。

 

黒曜は不満そうに口を閉ざす。

 

二人は地下へ向かった。

 

 

保管庫の扉は、ラスクが遠隔で開けた。

 

中は狭かった。

 

壁一面に耐火ケースが並び、中央には古い作業台が一つ。

 

目的の媒体は、透明な樹脂箱へ収められていた。

 

黒曜が杖の先を向ける。

 

「呪術的な反応はありません」

 

『電子的な罠も見当たりません』

 

ラスクが言う。

 

アクトは樹脂箱を開けた。

 

中にあったのは、親指ほどの黒いチップだった。

 

角が欠け、表面には擦り傷がある。

 

フチ・インダストリアル・エレクトロニクス。

 

三十年以上前の企業刻印。

 

その下に、製造番号。

 

そして、後から彫られたらしい小さな識別記号。

 

アクトの指が止まった。

 

「どうしました」

 

黒曜が聞く。

 

「いや」

 

アクトはチップを光へ傾ける。

 

識別記号には見覚えがあった。

 

父親が私物へ付けていた印だった。

 

工具箱。

 

端末。

 

古い記録媒体。

 

家にあったものの隅に、同じ癖のある線が刻まれていた。

 

「知っている物ですか」

 

「知らん」

 

「今、反応しました」

 

「観察せんでええ」

 

アクトはチップを回収ケースへ入れた。

 

『依頼品を確認。撤収してください。北側通路はまだ――待って。巡回班が戻りました。予定より六分早い』

 

「ほらな」

 

アクトが言う。

 

黒曜は眉を寄せる。

 

「巡回予定に誤りがあります」

 

「現場は不備ばっかりや言うたやろ」

 

『北側出口へ二名。正面側へ四名。車両を北西へ回します』

 

「指定位置から離れます」

 

黒曜が言う。

 

『撃たれたくなければ離れるよ』

 

「撤退経路を変更するで」

 

アクトは小銃の弾倉を交換した。

 

「北側通路を抜けて、積み込み場から外へ出る。ラスク、シャッター開けられる?」

 

『開けられます。ただし二十秒だけ』

 

「十分」

 

「北側通路の封鎖は」

 

黒曜が問う。

 

「最後に自分が塞いで」

 

「私は後衛ですか」

 

「魔法で壁作れるやろ」

 

「戦術的には、あなたが後衛を担当するべきです」

 

「銃持った警備員相手に、あたしが先や」

 

「私の障壁は銃撃を防げます」

 

「ドレインで顔白なっとるぞ」

 

「照明の影響です」

 

「地下やから照明あるわな」

 

足音が近づく。

 

アクトが走り出す。

 

黒曜も続く。

 

北側通路へ入ったところで、背後から警備員が現れた。

 

銃声。

 

アクトは振り返らず、背後へ二発撃つ。

 

牽制。

 

黒曜が杖を振り、通路の途中へ半透明の障壁を立てる。

 

警備員の弾丸がそこへ突き刺さる。

 

「完全に塞いでへんぞ!」

 

「退路を維持するためです!」

 

「敵の退路ちゃう!」

 

「術式の幅に制限があります!」

 

「先に言え!」

 

前方のシャッターが上がる。

 

外の白い光。

 

搬送バンが指定位置からさらに離れ、北西の角へ滑り込んでくる。

 

三・二メートルどころではない。

 

「遠いやん!」

 

『銃撃線から外したんだよ!』

 

「正解や!」

 

黒曜が通路の障壁を維持したまま、最後に出る。

 

その瞬間、背後で強い衝撃。

 

障壁が砕けた。

 

黒曜の身体が揺れる。

 

「黒曜!」

 

「問題ありません」

 

二歩進む。

 

三歩目で膝をついた。

 

アクトは戻った。

 

「問題あるやんけ!」

 

「一時的な姿勢制御の――」

 

「それ、あとで聞く!」

 

アクトは小銃を背へ回し、黒曜の身体を担ぎ上げた。

 

細い身体。

 

見た目より軽い。

 

巨大な帽子だけが邪魔だった。

 

「帽子捨てるで!」

 

「却下します」

 

「命と帽子どっち大事や!」

 

「比較対象が不適切です」

 

「今だけ適切にせえ!」

 

アクトは黒曜ごと走った。

 

背後で銃声。

 

左肩へ一発。

 

装甲が弾く。

 

黒曜がアクトの背中で杖を向け、追手へ衝撃波を放った。

 

警備員の一人が通路脇の壁を突き破り、外の資材置き場へ転がる。

 

「また壁ごといったぞ!」

 

「生存しています」

 

「見えへんやろ!」

 

「呼吸は確認しました」

 

「担がれながら何確認しとんねん!」

 

バンの後部扉が開く。

 

アクトは黒曜を押し込み、自分も飛び乗った。

 

車両が急発進する。

 

閉まりかけた扉の向こうで、警備員が銃を構える。

 

アクトは床へ伏せたまま一発だけ撃った。

 

警備員の武器が弾かれる。

 

扉が閉じる。

 

静寂。

 

エンジン音。

 

荒い呼吸。

 

黒曜は壁へ背を預け、青ざめた顔で目を閉じていた。

 

「吐くなら言いや」

 

「吐きません」

 

「顔真っ青やぞ」

 

「照明の影響です」

 

車内照明は暖色だった。

 

アクトは笑った。

 

「自分、ほんま便利やな」

 

「何がです」

 

「言葉」

 

黒曜は反論しようと口を開き、途中で閉じた。

 

アクトは回収ケースを確認する。

 

黒いチップは、そこにあった。

 

 

依頼人への引き渡しは、翌日の予定だった。

 

それまでに、媒体が本物か確認する必要がある。

 

ラスクの作業場は、古い集合住宅の地下にあった。

 

防音材とケーブルで埋まった部屋。

 

壁際には解体された端末が積まれ、空調は効いているのかいないのか分からない音を立てている。

 

黒曜は入口に立ったまま、床を見た。

 

「衛生状態に問題があります」

 

「電子機器は埃じゃ死なへん」

 

ラスクが椅子に座ったまま答える。

 

「死ぬわ。人より先に死ぬ」

 

「では清掃すべきです」

 

「魔法でやってくれる?」

 

「私の術式は家事代行ではありません」

 

「そりゃ残念」

 

アクトは回収ケースを机へ置いた。

 

「読める?」

 

「規格は古いけど、変換器はある」

 

ラスクがチップを取り出す。

 

端子を確認し、幾つかのアダプターを組み合わせた。

 

画面へ古いフチのロゴが表示される。

 

続いて、暗号化領域。

 

「鍵付きだな」

 

「破れる?」

 

「時間をかければ。ただ、入力試行に上限がある。三回間違えると、内部が焼けるタイプだ」

 

黒曜が画面へ近づく。

 

「認証方式は」

 

「文字列。二項目を連結してる。入力ヒントが残ってるな」

 

画面に、崩れた文字が出る。

 

`CALL NAME`

 

`BIRTH DATE`

 

アクトの表情が止まった。

 

ラスクが振り返る。

 

「心当たり?」

 

「ある」

 

「依頼品やぞ」

 

「開けんと本物か分からんやろ」

 

「それはそうだけど」

 

アクトは端末の前へ座った。

 

銀色の指が、古いキーボードの上へ置かれる。

 

幼い頃、父親が呼んでいた愛称。

 

今のストリートネームとは違う。

 

家の中でしか使われなかった短い呼び名。

 

その後ろへ、自分の誕生日を続ける。

 

一度も間違えずに入力する。

 

実行。

 

数秒。

 

画面に認証成功の文字が出た。

 

ラスクが低く口笛を吹く。

 

黒曜はアクトを見た。

 

「あなたの情報ですか」

 

「せやな」

 

「この媒体の所有者は、あなたを知っていた」

 

「父ちゃんや」

 

それだけ言った。

 

声は普段と変わらない。

 

画面では、格納領域が開いていく。

 

古い研究資料。

 

日付は三十年以上前から始まり、約二十年前まで断続的に更新されている。

 

人格傾向モデル。

 

行動予測。

 

矛盾反応の補正。

 

情動連続性の保持。

 

複数人物間の関係推移。

 

その一部には、物語構造を用いて人間の選択を整理する試みも含まれていた。

 

ラスクが眉を寄せる。

 

「古いな。発想も、実装も。ただ、妙に先を見てる部分がある」

 

黒曜が資料を読む。

 

「人間の矛盾を誤差として処理しています」

 

「三十年前の企業研究なんて、そんなもんやろ」

 

ラスクが答える。

 

「けど途中から方針が変わってる。矛盾を消すんじゃなく、保持したまま予測しようとしてる」

 

「誰が変更したのです」

 

「署名がある」

 

画面の端に、技術者名。

 

アクトの父親の名前。

 

アクトはそれを見た。

 

長くは見なかった。

 

代わりに、認証記録を開く。

 

パスフレーズが設定された日付。

 

自分が生まれた日。

 

時刻は、出生記録から数時間後。

 

黒曜もそれに気づいた。

 

「誕生日当日に設定されています」

 

「そうみたいやな」

 

「なぜ研究資料の鍵に」

 

「忘れへんからちゃう?」

 

「安全性の観点では不適切です」

 

アクトが小さく笑う。

 

「自分、ほんまそういうとこやぞ」

 

「事実です」

 

「せやな」

 

アクトは画面を閉じようとした。

 

黒曜が止める。

 

「内容を確認しないのですか」

 

「ラスクが見たやろ」

 

「あなた自身がです」

 

「もう見た」

 

「認証情報しか確認していません」

 

「それで足りた」

 

黒曜の眉が僅かに寄る。

 

「足りません。この資料には、あなたの父親が何を研究し、なぜ――」

 

「黒曜」

 

アクトは静かに名前を呼んだ。

 

黒曜が止まる。

 

「あたしが欲しかったんは、研究の答えちゃう」

 

「では、何です」

 

アクトは画面を見る。

 

愛称。

 

誕生日。

 

父親の名前。

 

生まれた日の時刻。

 

「覚えとった。それでええ」

 

黒曜は何も言わない。

 

理解できないという顔ではなかった。

 

理解しようとして、まだ言葉へ直せない顔だった。

 

ラスクが椅子を回す。

 

「で、これどうする。依頼人へそのまま渡すか?」

 

アクトは少し考えた。

 

「複製取って、買い手探して」

 

黒曜が振り返る。

 

「売るのですか」

 

「売れるんやろ?」

 

ラスクが肩をすくめる。

 

「内容次第。古い企業研究を集めてる連中はいる」

 

「ほな売って。依頼分は予定どおり渡す」

 

「唯一の資料かもしれません」

 

黒曜が言う。

 

「資料やから売るんや」

 

「あなたの父親が残したものです」

 

「父ちゃんやない」

 

アクトはチップを指先で軽く叩いた。

 

「こっちは媒体。父ちゃんがあたしを覚えとったんは、もう分かった」

 

「失ってから後悔する可能性は」

 

「あるかもな」

 

「ならば保管すべきです」

 

「後悔するかもしれんもん全部抱えとったら、走れへんやろ」

 

黒曜は黙る。

 

アクトはラスクを見る。

 

「ただし、買い手は選んで。変なんに渡すな」

 

「基準が曖昧だな」

 

「人を勝手に型へ押し込めて喜びそうなやつは避けて」

 

ラスクは画面の研究資料を見た。

 

「この内容を買いたがる奴、だいたいそういう奴だぞ」

 

「ほな高う売って」

 

「結局売るのですね」

 

黒曜が言う。

 

「弾と医療品は、思い出では買えへんからな」

 

ラスクは笑い、複製処理を始めた。

 

「分かった。解析結果も一部残しておく」

 

「いらん」

 

「俺が要るんだよ。三十年前の変な研究なんて、後で値が上がるかもしれない」

 

「好きにし」

 

アクトは立ち上がる。

 

黒曜はまだ画面を見ていた。

 

`BEHAVIORAL CONTRADICTION MODEL`

 

行動矛盾モデル。

 

`EMOTIONAL CONTINUITY`

 

情動連続性。

 

`RELATIONAL NARRATIVE ANALYSIS`

 

関係性物語分析。

 

古い語彙。

 

未完成の理論。

 

黒曜はそれらを一度だけ記憶し、画面を閉じた。

 

「行くで」

 

アクトが入口から呼ぶ。

 

「どこへです」

 

「反省会」

 

「任務報告は明日です」

 

「報告やのうて反省会。自分、言いたいこと山ほどあるやろ」

 

「あります」

 

「正面玄関のこと以外でな」

 

「あなたの突入時刻、角の確認、遮蔽を使用しなかった前進、北側通路の封鎖、車両位置――」

 

「もう始めとるやん」

 

アクトは笑った。

 

黒曜は杖を取り、埃を避けるようにローブの裾を持ち上げる。

 

二人は地下室を出た。

 

背後でラスクが、旧フチ製チップの複製を作っている。

 

やがて現物は依頼人へ渡る。

 

複製は別の買い手へ流れる。

 

解析結果の一部だけが、ラスクの記憶装置へ残る。

 

そのどれが最後まで残るのか、誰にも分からない。

 

アクトは振り返らなかった。

 

欲しかったものは、もう持っていた。

 

物ではなく。

 

記録でもなく。

 

生まれた日に、父親が自分の愛称と誕生日を鍵にした。

 

その事実だけを。

 

外へ出ると、昼過ぎから垂れ込めていた雲がようやく崩れ、細い雨が降り始めていた。

 

通りの向こうで、赤いネオンが滲んでいる。

 

《ラスティ・コヨーテ》。

 

黒曜が歩調を速める。

 

「反省点の確認には、順序が必要です」

 

「まず自分が正面玄関から入ったこと」

 

「それは反省点ではありません」

 

「ほな、警報押されたこと」

 

「人的資源の配置情報に誤りがありました」

 

「自分が間違うた可能性は?」

 

「低いです」

 

「ゼロちゃうんや」

 

黒曜の足が一瞬止まった。

 

アクトは先へ歩く。

 

「ほら、成長したやん」

 

「確率論上の表現です。判断の撤回ではありません」

 

「はいはい」

 

「その返答をやめてください」

 

二人は赤い光の中へ入っていった。

 

その夜の反省会で、黒曜は予定時刻より二分四十七秒早かったことを最初に挙げる。

 

アクトは、黒曜が正面玄関から入ったことを最初に挙げる。

 

どちらも相手の話を完全には認めない。

 

それでも、二人は同じテーブルにつく。

 

そして三十年以上前のチップについては、もう話さなかった。

 

少なくとも、その夜は。

 




冒頭時刻を「夕方」から昼過ぎへ修正
黒曜の「あなたの判断は妥当でした」を削除
終盤の天候描写を昼過ぎに整合
00話の父・黒いチップ・CROW関連伏線を補強
「父親の愛称」ではなく自分の愛称へ整合修正
(7.27.2026 修正)
共通修正:全話の行頭字下げを削除し、ハーメルン向けの字下げなしに統一。
(7.31.2026 修正)

















































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