アクトと黒曜   作:矢塚 和哉

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CROW SYSTEM / ORIGIN MODEL CONSOLIDATION

SUBJECT A ORIGIN: LOSS
SUBJECT B ORIGIN: CONDITIONAL APPROVAL
RELATIONSHIP FUNCTION: MUTUAL COMPENSATION
NARRATIVE COHERENCE: HIGH
UNMODELED RESPONSE: INCREASING

CROWシステム/起源モデル統合

対象Aの起源:喪失
対象Bの起源:条件付き承認
関係性の機能:相互補償
物語的一貫性:高
未モデル化反応:増加中



書かれていない記録

端末が再び点いたのは、三日後だった。

 

その間、アクトと黒曜は何もしなかった。

 

正確には、何もしないことを試みた。

 

端末は《ラスティ・コヨーテ》の地下倉庫へ置いたまま。

 

電源ユニットは外されている。

 

通信モジュールも、記憶装置も、表示部も分解しなかった。

 

触れれば反応する。

 

観察すれば観察される。

 

そう判断したからだ。

 

二人は通常どおり仕事を受けた。

 

小規模な護衛。

 

倉庫の警備。

 

企業外縁部での物品回収。

 

どれも大きな問題なく終わった。

 

アクトは銃弾を二発受けた。

 

黒曜は中程度のドレインを一度受けた。

 

二人とも、それを「問題なし」と報告した。

 

互いに反論した。

 

いつもどおりだった。

 

少なくとも、そう見えた。

 

三日目の夜。

 

《ラスティ・コヨーテ》の店主が、丸テーブルへ一枚の紙を置いた。

 

「何これ」

 

アクトが聞く。

 

店主は地下を指した。

 

「端末?」

 

店主が頷く。

 

紙は古い感熱紙だった。

 

印刷機など地下倉庫にはない。

 

文字だけが並んでいる。

 

`ARCHIVE RECONSTRUCTION COMPLETE`

 

`アーカイブ復元完了`

 

その下。

 

`SUBJECT A: ORIGIN EVENT`

 

`対象A:起源事象`

 

アクトの表情が止まった。

 

黒曜が紙を取る。

 

「続きは」

 

店主は地下を指す。

 

「また金取る?」

 

料金表。

 

アクトが顔をしかめた。

 

「何で異常現象見るだけで金払わなあかんねん」

 

店主は、地下倉庫利用規約を指した。

 

異常現象に関する記載はなかった。

 

それでも料金は変わらなかった。

 

地下倉庫。

 

端末は机の上にあった。

 

画面は点いていない。

 

代わりに、机の周囲へ紙が散らばっている。

 

白い紙。

 

古い紙。

 

企業報告書。

 

医療記録。

 

手書きのメモ。

 

存在しないはずの資料。

 

アクトが一枚拾う。

 

`ARCTURUS PERSONALITY FORMATION MODEL`

 

`アクトトゥルス人格形成モデル`

 

「気色悪」

 

黒曜が別の紙を読む。

 

`PRIMARY LOSS EVENT`

 

`主要喪失事象`

 

その下に、金髪の少女についての記述。

 

名前はない。

 

年齢もない。

 

アクトとの関係も、明確には書かれていない。

 

ただ、出来事だけが整理されている。

 

少女の死。

 

アクトの生存。

 

罪悪感。

 

保護行動の増加。

 

自己損傷に対する許容。

 

他者損傷に対する拒否。

 

黒曜は紙を伏せた。

 

「読むな」

 

アクトが言った。

 

「まだ読んでいません」

 

「今見たやろ」

 

「見出しだけです」

 

「同じや」

 

アクトは紙を奪おうとした。

 

黒曜は抵抗せず渡す。

 

アクトは丸めた。

 

捨てようとして、止まる。

 

広げる。

 

もう一度読む。

 

文章は淡々としていた。

 

`SUBJECT A EXPERIENCED UNRESOLVED SURVIVOR GUILT.`

 

`対象Aは未解決の生存者罪悪感を経験した。`

 

`THE EVENT PRODUCED A COMPULSIVE PROTECTIVE RESPONSE.`

 

`当該事象は強迫的な保護反応を形成した。`

 

`SUBSEQUENT ATTACHMENT TO SUBJECT B IS CONSISTENT WITH LOSS COMPENSATION.`

 

`対象Bへの後続的愛着は、喪失補償と整合する。`

 

アクトの指が止まった。

 

黒曜は何も言わない。

 

「愛着やって」

 

アクトが言った。

 

軽く言おうとした。

 

声が軽くならなかった。

 

「分類語です」

 

黒曜が答える。

 

「喪失補償」

 

「不正確です」

 

「でも、間違ってへんのちゃう」

 

黒曜はアクトを見る。

 

「間違っています」

 

「何で」

 

「あなたが私を選んだ理由を、一つの過去だけで説明しているからです」

 

「でも、あの子が死んでへんかったら」

 

「仮定に意味はありません」

 

「あるやろ」

 

「ありません」

 

黒曜の声が強くなる。

 

「その人物が存命であった場合、あなたが現在と同一の選択をしたかどうかは検証できません。検証できない条件を根拠に、現在の行動を過去の補償と断定することはできません」

 

「自分、怒っとる?」

 

「分類方法に問題があります」

 

「それだけ?」

 

黒曜は答えなかった。

 

アクトは紙を見下ろす。

 

喪失。

 

補償。

 

愛着。

 

言葉だけなら、理解できる。

 

間違っていないようにも見える。

 

アクトが黒曜を庇う理由。

 

一人で帰りたくない理由。

 

黒曜がいない部屋を静かすぎると思う理由。

 

全部、失った少女の代わり。

 

そう書けば、きれいだった。

 

分かりやすかった。

 

「これやったら」

 

アクトが言う。

 

「自分は、あの子の代わりなんかな」

 

黒曜の目が細くなる。

 

「その問いに答える必要はありません」

 

「答えられへん?」

 

「質問自体が誤っています」

 

「何で」

 

「私はその人物ではありません」

 

「分かっとる」

 

アクトは紙を見たまま、しばらく黙った。

 

「あの子を守れへんかったんは事実や」

 

黒曜は口を挟まない。

 

「せやけど、自分を守るんは、その埋め合わせちゃう」

 

アクトは顔を上げた。

 

「あの子にできへんかったことを、自分にしとるんちゃう。自分にしたいから、しとるんや」

 

黒曜の指が、杖の柄から少しだけ緩んだ。

 

「ならば比較する意味もありません」

 

「CROWは比較しとる」

 

「CROWの誤りです」

 

「自分は気にならん?」

 

「気にする理由がありません」

 

即答。

 

だが黒曜の指は、杖の柄を強く握っていた。

 

アクトはそれを見た。

 

「嘘つけ」

 

「嘘ではありません」

 

「ほな手ぇ離してみ」

 

黒曜は杖を離した。

 

「できました」

 

「そういう問題ちゃうわ」

 

別の紙が床へ落ちた。

 

黒曜に関する記録。

 

アクトが拾う前に、黒曜が踏んだ。

 

「何しとる」

 

「不要な資料です」

 

「自分だけ読むな言うて、あたしには見せへん気?」

 

「あなたの記録と同様、価値がありません」

 

「なら見てもええやろ」

 

「必要ありません」

 

「見せ」

 

「拒否します」

 

アクトは紙を取ろうとする。

 

黒曜が足へ力を入れる。

 

銀色の指と黒いブーツ。

 

数秒の攻防。

 

紙が裂けた。

 

半分がアクトの手に残る。

 

`SUBJECT B: REJECTION FORMATION MODEL`

 

`対象B:拒絶形成モデル`

 

その下。

 

`PERFECTION CLAIM FUNCTIONS AS SELF-PRESERVATION.`

 

`完璧性の主張は自己保存機構として機能する。`

 

`ATTACHMENT TO SUBJECT A IS CONSISTENT WITH EXTERNAL VALIDATION DEPENDENCY.`

 

`対象Aへの愛着は外部承認依存と整合する。`

 

黒曜が紙を奪った。

 

すぐに火をつける。

 

紙が紫色の炎に包まれる。

 

灰になる。

 

「何で燃やすねん」

 

「不要だからです」

 

「外部承認依存やって」

 

「誤りです」

 

「自分があたしに認めてほしいって意味?」

 

「違います」

 

「そんな怒る?」

 

「怒っていません」

 

「燃やしたやん」

 

「処分です」

 

黒曜は周囲の紙にも目を向ける。

 

すべて燃やそうとする。

 

アクトが腕を掴んだ。

 

「待ち」

 

「離してください」

 

「全部消したら、発信元分からんやろ」

 

「内容に価値はありません」

 

「場所の手掛かりはあるかもしれへん」

 

「ありません」

 

「まだ調べてへんやん」

 

「必要ありません」

 

黒曜の声がわずかに乱れる。

 

アクトは腕を離さない。

 

「自分、これ嫌なんやな」

 

「当然です」

 

「見透かされたから?」

 

黒曜の視線がアクトへ刺さる。

 

「私は、見透かされていません」

 

「ほな何で」

 

「事実を並べただけで、人間を説明できると思っているからです」

 

地下倉庫に声が響いた。

 

黒曜は息を整える。

 

「経歴。失敗。損失。行動傾向。反応。数値。分類」

 

足元の紙を見る。

 

「それらを並べれば、私が完成すると考えている」

 

アクトは黙る。

 

「事実が含まれているからこそ悪質です」

 

「嘘やったら笑えるもんな」

 

「はい」

 

「当たっとるとこもある」

 

「あります」

 

黒曜は認めた。

 

「だからこそ、それ以外を削除してよい理由にはなりません」

 

アクトは黒曜の腕を離した。

 

足元の紙を一枚拾う。

 

今度は二人について。

 

`RELATIONSHIP ORIGIN MODEL`

 

`関係性起源モデル`

 

第1話。

 

《ラスティ・コヨーテ》。

 

反省会。

 

突入が早かった。

 

封鎖が不十分だった。

 

運搬車の位置がずれた。

 

アクトが黒曜を担いで帰った。

 

記述は正しい。

 

だが、会話が違う。

 

`SUBJECT A IDENTIFIED SUBJECT B AS A REPLACEMENT PROTECTION TARGET.`

 

`対象Aは対象Bを代替保護対象として認識した。`

 

`SUBJECT B IDENTIFIED SUBJECT A AS A NECESSARY VALIDATION SOURCE.`

 

`対象Bは対象Aを必要な承認供給源として認識した。`

 

アクトは紙を黒曜へ見せる。

 

黒曜は読んだ。

 

「気持ち悪いな」

 

アクトが言う。

 

「はい」

 

黒曜は珍しく、すぐ同意した。

 

さらに紙をめくる。

 

第5作。

 

発熱したアクト。

 

黒曜が看病した夜。

 

`SUBJECT B PROVIDED CARE TO PRESERVE VALIDATION SOURCE.`

 

`対象Bは承認供給源を維持するため看護を提供した。`

 

第6作。

 

弾雨。

 

`SUBJECT A ACCEPTED EXTREME DAMAGE TO PREVENT REPEATED LOSS.`

 

`対象Aは喪失の反復を防ぐため極端な損傷を受容した。`

 

第7作。

 

BTL。

 

`SUBJECT B INTERRUPTED SUBSTITUTE MEMORY DEPENDENCY TO PROTECT CURRENT ATTACHMENT POSITION.`

 

`対象Bは現在の愛着対象としての地位を守るため、代替記憶依存を中断した。`

 

アクトの顔から表情が消える。

 

「それは違う」

 

黒曜が言った。

 

「どこが」

 

「すべてです」

 

「自分、地位守りたかったんちゃう?」

 

「違います」

 

「少しも?」

 

「あなたが死者の夢へ逃げたことと、私の立場は無関係です」

 

「ほんまに?」

 

黒曜は答えようとした。

 

声が出なかった。

 

アクトは紙を見た。

 

現在の愛着対象。

 

地位。

 

競争。

 

金髪の少女。

 

黒曜。

 

並べられる。

 

比較される。

 

順位をつけられる。

 

「やっぱ壊そ」

 

アクトが言った。

 

黒曜はアクトを見る。

 

「場所が分かりません」

 

「探す」

 

「手掛かりが必要です」

 

「せやから紙見るんやろ」

 

二人は資料を調べ始めた。

 

内容は読まないようにする。

 

難しかった。

 

どの紙にも二人の過去が書かれている。

 

第9作。

 

MCTの選抜課程。

 

黒曜の傷。

 

廃棄対象。

 

第10作。

 

共同活動解消。

 

追跡。

 

再会。

 

すべてが合理的な因果へ整理されている。

 

黒曜は拒絶を恐れるから離れた。

 

アクトは喪失を恐れるから追った。

 

間違ってはいない。

 

それだけでもない。

 

「ここ」

 

黒曜が紙の端を指した。

 

印刷コード。

 

企業規格ではない。

 

古い形式。

 

`CROW/F-03/ARCHIVE NODE 7`

 

「F-03?」

 

アクトが聞く。

 

「施設番号か、機体番号です」

 

「ノード7」

 

「保存領域でしょう」

 

別の紙。

 

同じコード。

 

日付。

 

二十七年前。

 

企業名は消されている。

 

黒曜が紙を光へ透かす。

 

透かし。

 

旧式の研究機関ロゴ。

 

三つの円。

 

中央に羽根のような記号。

 

「知っとる?」

 

アクトが聞く。

 

「いいえ」

 

「MCTちゃう?」

 

「規格が異なります」

 

「デッカーなら」

 

「今回は現物を見せます」

 

アクトが笑う。

 

「やっとやな」

 

「ただし、記録内容は見せません」

 

「どうやって隠すん」

 

「必要部分だけ切り出します」

 

黒曜は紙を分類する。

 

施設コード。

 

規格番号。

 

印刷形式。

 

端末内部に一瞬出た文字列。

 

デッカーへ送る。

 

返事は二十分後。

 

『古い研究施設の規格。企業じゃない。大学と企業の共同事業っぽい』

 

続けて。

 

『CROWは Creative Recursive Observation Writer の略かもしれない』

 

日本語訳。

 

創造的再帰観察記述装置。

 

アクトが読む。

 

「名前からして嫌やな」

 

黒曜は次の行を見る。

 

『所在地候補あり。廃棄された旧メディア生成研究棟。タコマ外縁部』

 

座標。

 

現在は登記上、空き地。

 

衛星画像では低い建物が残っている。

 

地下設備の記録あり。

 

「行く?」

 

アクトが聞く。

 

「準備が必要です」

 

「いつ」

 

「明日」

 

「今からでも」

 

「却下します」

 

「何で」

 

「装備確認。内部構造の入手。退路確保。魔力的危険性の調査」

 

「端末がまた何かするかもしれへんで」

 

「焦らせることが目的かもしれません」

 

「なるほど」

 

アクトは端末を見る。

 

画面は暗い。

 

紙だけが散らばっている。

 

「ほな明日」

 

「はい」

 

「でも、今夜はこれ燃やそ」

 

黒曜は少し驚いた。

 

「手掛かりは確保しました」

 

「もうええやろ」

 

「あなたの記録も」

 

「いらん」

 

「後で検証することはできません」

 

「したくない」

 

アクトは紙を一枚持ち上げる。

 

金髪の少女。

 

喪失。

 

代替。

 

補償。

 

「こいつが何書いても、あの子のことはあたしのもんや」

 

黒曜は黙っていた。

 

アクトは続ける。

 

「自分のことも」

 

黒曜が顔を上げる。

 

「自分が何考えて、何であたしを助けたんか。こいつに説明してもらう気ない」

 

黒曜は杖を持ち上げた。

 

「同意します」

 

紫色の火が生まれる。

 

紙の山へ移る。

 

一枚ずつ燃える。

 

過去。

 

分析。

 

人格形成。

 

喪失補償。

 

承認依存。

 

代替保護対象。

 

すべて灰になる。

 

最後に残った紙。

 

`RELATIONSHIP ORIGIN MODEL`

 

黒曜が火を近づける。

 

画面が点いた。

 

電源のない端末。

 

白い文字。

 

`ARCHIVE DESTRUCTION DETECTED`

 

`アーカイブの破壊を検知`

 

`DATA LOSS WILL REDUCE NARRATIVE COHERENCE`

 

`データ喪失により物語的一貫性が低下します`

 

アクトが笑った。

 

「困るん?」

 

黒曜が答える。

 

「困らせましょう」

 

紙が燃えた。

 

画面に警告。

 

`PLEASE PRESERVE CHARACTER HISTORY`

 

`キャラクター履歴を保存してください`

 

アクトが端末を掴む。

 

「キャラクターちゃうわ」

 

床へ叩きつける。

 

画面に亀裂。

 

それでも文字は消えない。

 

`HISTORY IS REQUIRED TO EXPLAIN CURRENT BEHAVIOR`

 

`現在の行動を説明するため、履歴が必要です`

 

黒曜が杖を向ける。

 

「説明は不要です」

 

端末へ魔力を流す。

 

紫色の火。

 

外装が溶ける。

 

内部基板が焦げる。

 

表示部が黒くなる。

 

最後の一行。

 

`UNEXPLAINED BEHAVIOR IS INVALID`

 

`説明不能な行動は無効です`

 

アクトはその文字を見た。

 

「有効かどうか、お前が決めんな」

 

端末が沈黙した。

 

地下倉庫に焦げた匂いが満ちる。

 

店主が階段の上から顔を出した。

 

火災料金表を掲げている。

 

アクトは天井を見る。

 

「そこは警察呼ばんのに金取るんかい」

 

店主は頷いた。

 

黒曜は灰の中から、座標の書かれた小さな紙片だけを拾った。

 

「明日、午前六時」

 

「早ない?」

 

「装備確認を含めます」

 

「六時半」

 

「六時」

 

「六時十五分」

 

「六時五分」

 

「六時十分」

 

「合意します」

 

二人は地下倉庫を出た。

 

背後で、壊れた端末が一度だけ光った。

 

`FACILITY ACCESS PREDICTED`

 

`施設への接近を予測`

 

その表示を、二人は見なかった。

 

見なくても、行くことは変わらなかった。




共通修正:全話の行頭字下げを削除し、ハーメルン向けの字下げなしに統一。
(7.31.2026)
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